第479話、説明するも信じて貰えない錬金術師

この国の傍には海がある。それはつまり大量の水が傍に在るといって良い。

勿論海の水には大量の塩が含まれている。つまり塩水だ。

塩水を飲み水には使えないし、農作物を育てるなんて基本的には出来ない。


海水でも育つ作物は一応あるけれど、土壌が塩化して育たなくなる事が殆どだ。

つまり海に面した土地は塩害と隣り合わせで、けれど海水からは塩が取れる。

そう、塩が取れるんだ。海水から塩を。ならその逆が出来ないはずがない。


海水から塩分を抜き、塩害にならないレベルの水を作る。

という事をみんなに説明したら、困惑の表情を向けられた。

特に王女と侍女さんが、なんだか困った顔を見合わせている。


・・・私、何か変な事、言ったかな。間違った事は言ってないはずなんだけど。


「え、えっと、その・・・確かに海から塩を取る事は出来ますが・・・水を消す事で塩を作っている訳ですし・・・消した水を復元させるという事でしょうか・・・」

「・・・そのやり方も、出来ない事は、ないね」

「え、出来るんですか!?」


王女はまた声を大きくして驚き、その勢いにまた私はビクッとしてしまう。

けれど今回も侍女さんが肩を掴んでくれて、王女は少し恥ずかしそうに一歩下がった。


「え、えっと、それが出来るなら、確かに何とかなりそうですね」

「・・・でも、この国では、無理かな」

「え」

「・・・先ず火力が要る。けど燃料が無い、よね?」

「燃料・・・それは、そう、ですね・・・」


塩を作る方法はいくつかある。先ず一番簡単なのが煮詰めて作り出す方法だ。

この際出来る水蒸気を使って水を作る、という事も出来ない訳じゃない。

けれどそれは当然火が必要になるし、その為の燃料が必要になる。


木材が無ければ国にお金も無い、って言ってるのに燃料なんて流石に無理なのは私も解る。

少しぐらいならいけるかもしれないけど、作物を作る量の確保なんて不可能だ。

そもそも空から海岸を見た感じ、塩の作り方自体天日干しっぽいし。


「・・・だから、あと二つ、方法がある。今回はそっちにする」

「二つも、あるんですか?」

「・・・ん、結果的にやる事は同じなんだけど、手段が少し違うから二つ、かな」

「?」


また王女が困ったように首を傾げてしまった。あ、リュナドさんも傾げている。

だからなのか精霊達も皆並んで首を傾げていてちょっと可愛い。

でもリュナドさんは兎も角、精霊達はメイラと一緒に学んだはずなんだけどな。


あの子達はリュナドさんと一緒の子だから、知らないままなのかな?

なんて少し疑問を持ちつつも、これからとる方法について説明を続ける。


「・・・先ず一つ、半透膜を使った逆浸透。それで淡水を作る」

「すみません錬金術師様、言ってる事全然解りません」


あ、あれ、今のじゃ王女は解んなかったか。えっと、えっと・・・。


「・・・一部の溶液や気体だけを通す道具を使って、塩を通さずに水だけ取り出す」

「なる、ほど?」


あれ、成程って言ったのに首傾げちゃった。解ったのかな。解らなかったのかな。

まあ良いか。成程って言ったし、解ってるって事で話を進めよう。


「・・・ただこれに関しても、問題点がある」

「な、何でしょう・・・」

「・・・浸透膜に使う素材が、普通の物だと足りない」

「沢山必要なの、ですか?」

「・・・作物を作る為の量なら、かなり沢山必要になる。圧力をかけるから、消耗品で考えないといけない。一応頑丈な魔獣は知ってるけど、それでも使用に限界はある、かな」

「それは、問題、ですね・・・」


逆浸透を行うのに必要な素材は、普通の動物からとれる物では強度に問題が有る。

なら魔獣からとれば良いかと言えば、安心できる強度の魔獣は少ない。

何せその素材は大体が内臓の一部だ。普通内臓っていうのは脆いものだ。


その脆い筈の内臓がやたら頑丈な魔獣が居て、それを使えば今言った事は何度も可能になる。

でも無限に使えるって訳じゃないし、どれだけの数が要るかも解らない。

もしかするとその為に魔獣が絶滅するかもしれないね。それぐらいの数は要る気がする。


後は一部の植物や鉱物も出来るけれど、そっちは魔獣の素材以上に数が足りない。

厳密には時間をかければ良いけど、そんな時間は無いみたいだし。これも却下になる。


「あ、あの、先程から聞いていると、問題しかないような・・・」

「・・・そうだね」

「えぇ・・・」


あ、王女が悲しげな顔に。ち、違うよ、今言った事が問題が多いってだけだよ。

ちゃ、ちゃんと解決案有るから。あるから行こうって言ったんだよ。大丈夫だよ。


「・・・大丈夫。今からとりに行く素材なら、問題ないから。それを使えば今言った事と同じような事が、問題なく出来るようになるから」

「そうなん、ですか?」


あ、あれ、だめだ、王女の不安そうな顔が晴れない。ど、どうしよう。


「セレス。とりあえずやる事は解らないが解った。日が暮れる前に動こう」

『『『『『キャー!』』』』』

「・・・ん。そう、だね。すぐ見つかるとも、限らないし」


ただそこで埒が明かないと思ったのか、リュナドさんが出発しようと促す。

精霊達もそれが良いとばかりに声を上げ、指示を出してないのに荷車を動かしだした。

私も日が暮れる前には見つけたいと思うし、彼の言葉に素直に頷く。


ただ今何か変な事言わなかった? 解らないけど解ったって、どっち?

私の説明が下手なのかなぁ。でもパックとメイラは解ってくれたんだけどなぁ。


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錬金術師の言う事の大半は良く解らず、ただ問題だらけという事だけは解った。

彼女の事だから大丈夫だと思うのだけど、訳が解らなくて不安しか残らない。

勿論信じていない訳じゃない。ただ解らな過ぎて怖いだけだ。


そもそも浸透圧がどうの圧力をかけるとどうのと言われても、何の事かさっぱり。

精霊公は解っているのかと思っていたら、どうも彼も解っていないみたいだし。

足元に居る精霊達も並んで首を傾げていた。アレはちょっと可愛かった。


『『『『『キャー♪』』』』』


ただ精霊達は何の心配も要らないとばかりに、気楽に楽し気に踊りを始めた。

その間にも荷車は空を飛び、城を越えて海に出て、その後ろを竜が追いかけて来る。

空高く飛ぶ荷車から地上を、海を見下ろす光景は未だに慣れない。


私は思わず一歩下がってしまうけれど、錬金術師は御者席に立ったまま海を見下ろしている。

先ほど言った素材は海にあるのか。あれ、そういえば結局もう一つの方法を聞いてないような。

いや、同じような事が出来る素材を取りに行く、と彼女は言った気がする。


同じ様な、という事は同じでは無いのだろうか。でも今の彼女に説明を求める勇気は無い。

だってあんなにも真剣に・・・真剣に? 海を見つめているのだから。

うん、仮面で実際はどうなのか解らない。多分真剣なんだと思う。怖いから確認は無理。


だってさっきの説明も「何で説明してるのに解らないんだこいつ」みたいな圧力あったし。

低く唸る様な声で説明されて、よく解らない事が多くても聞き返せなかった。

一応流しちゃダメな所は聞いたつもりだけど、全く良く解らない部分は聞き返せていない。


私馬鹿なのかなぁ。いや、賢いとは思ってないけど、何だか泣けてくる。


「・・・うーん・・・居ない・・・こっちの方には居ないのかな・・・」


私が嘆いている間も荷車は空を飛び、錬金術師は相変わらず何かを探している。

アレを邪魔する勇気なんてやっぱりなくて、不安を押し殺しながらひたすらに待つ。

そうして無言の時間が続く事暫く、とうとう錬金術師が動いた。


「・・・見つけた。竜、あの大きな影、アレを捕まえてきて。潰さないでね」

「あの影か。成程私を連れてきたのはこの為か。小さき者達にアレを運ぶのは一苦労だろうな。承知した。とってこよう」


錬金術師は竜の了承を確認すると竜から離れ、竜は轟音を上げて下降して行く。

そしてすぐに上昇してきて、その前足には大きな大きな―――――。


「さか、な?」

『『『『『キャー!』』』』』

『食うな。アンタ達自分の主の説明聞いてたでしょうが』


精霊達の喜びの理由が解って、驚いた気持ちが抜けてしまった。

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