第480話、素材の確保と不要部分の処理を考える錬金術師

「ふむ、中々に大きいな。この魚で良いのだな?」

「・・・ん、良いよ・・・魚じゃないけど」

「そうなのか? どうみても魚の魔獣にしか見えないが」

「・・・見た目は、魚みたいだけど・・・魚じゃないよ」


竜に捕らえられた魔獣。一見とても巨大な魚に見えるそれは、実際は魚じゃない。

解体して骨格を見ればその違いは良く解るし、生態的には陸の獣に近い生き物だ。

鯨の、元々大きめの鯨の魔獣。ただでさえ大きいのに魔獣なせいで更に大きい。


魔獣だと解るのは、竜の前足から逃げようと魔力を纏って暴れているからだ。

巨体が暴れているから竜の前足が揺れ、けれどその程度で済んでしまうのが流石は竜だ。

その辺の生き物なら容易く吹き飛ばされる膂力も、竜の前では形無しという感じだね。


「・・・結構早く見つかって、良かった」


今回は偶々海面に上がった所を捕まえられたけど、魔獣は普通の鯨より深い所を泳いでいる。

当然だけど深く潜っていると見つけられないし、最初に見つけた影が当たりで助かった。

最初から狙っていたのは魔獣の方だから、普通の鯨なら海に帰すつもりだったし。


最悪海の王子の国まで行かなきゃいけないかなって思ってた。

あっちの海は散々探索したから、大体の生息地は把握しているからね。

生息域が解っているなら、空から影が見えるまで粘る事もできる。


あの魔獣は船とかの接近からは潜るけど、空からの接近を警戒しないのが最大の弱点だ。

空で狩人が待ち構えてたとしても、普通に気が付かずに水面に上がって来る。


本来なら空への警戒なんて要らない、っていうのが大きいんだろうけど。

下手に近づけば返り討ちに遭いかねない。巨体っていうのはそれだけで有利だ。

それが魔獣となれば尚更で、竜じゃなければこんなに簡単に捕まえられない。


「なあセレス、アレ生きたまま連れ戻るのか?」

「・・・暴れられても困るし、ここで仕留めておく」


リュナドさんの問いに答えつつ魔法石を手に取る。

普通の鯨なら陸に上がると自重で碌に動けないけど、魔獣となればまた別だ。

陸に下ろしたら普通の魚の様に跳ねかねない。規模が段違いだから危険すぎる。


「・・・竜、頭を押さえておいて」

「承知した」


竜の力があれば簡単に仕留める事が出来るとは思う。

けど竜に素材の知識があるとは思えず、下手に頼んだらまた魔獣を探す事になりかねない。

一体居たなら探せばもう一体は居ると思うけど、この大きさが次も見つかるとは限らないし。


そう思い竜には抑える事に専念してもらい、複数の魔法石に魔力を流す。

魔獣の目を狙って火の魔法を放ち、そのまま脳まで到達して脳を焼き切る。

普通なら無理な倒し方だけど、竜が抑えてくれるおかげで簡単だ


この魔獣は海から出ないから、魔力は水の操作に特化してる事が多いんだよね。

だから水の中に居ると割と強敵だけど、陸に上げてさえしまえば敵じゃない。

身にまとった魔力程度じゃ、複数の魔法石による魔法は防げない。


「・・・使わない肉はどうしようかな」


食用の為に獲った訳じゃないから、大量の肉は殆ど使う予定が無い。


なら食べられる様に処理しておいて、王女にあげたら喜ぶんじゃないかな。

だって城には食料があんまり無いみたいだし、干物や塩漬けにすれば多少保存も利くし。

結構な量の油だってとれるし、燃料の無い彼女達には有用な物だよね。


「・・・うん、ひげとかの保存のきく素材以外は、食用で王女にあげれば良いかな」

「え、あ、わ、私に、ですか?」

「・・・うん。この鯨からとれる油なら、食用にも使えるし、使い勝手悪くないし」

「そ、そうなんですか。ありがとうございます」


お礼を言われる程の事ではないけどな。要らないから渡すようなものだし。

持って帰ったとしても私がこの量を消費するのは・・・精霊達なら出来るかな?

なんて考えていると、当の精霊達が外套の裾をクイクイと引っ張って来た。


『『『『『キャー?』』』』』


精霊達は自分達の食べる所があるかが気になるらしい。残念そうに食事してたしなぁ。

王女にあげるのは決めたけど、精霊達が食べる分ぐらいは貰って良いよね。


「・・・精霊達の分は残して貰おう」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達は声だけで解るほどに嬉し気に鳴き、みんなで万歳して喜んでいる。

そう決めたら血抜きをしておこう。幸い竜が居るから普通じゃ出来ない事も出来るし。

本来鯨の血抜きって殆ど出来ないからね。切り分けてから食べる前に抜くしかない。


「・・・じゃあ竜、そのまま持っててね」

「うむ」


魔獣は既に死亡しているから、身に纏う魔力が無くなった事で防御能力は殆ど無い。

ただ分厚い皮と肉は手持ちのナイフじゃ厳しいと思い、また魔法石を握り込む。

使うのは風の魔法。鯨の首を狙って風で肉を切り、血が勢いよく噴き出していく。


まあこの巨体だから、この血抜きにどこまで効果があるかは若干怪しいけど。


「・・・竜、頭を下にして持っていける?」

「問題ない。とはいえ少々飛ぶ速度は落ちるが。変に持つと重みで千切れるだろう?」

「・・・ん、無理しない程度で、お願い」

「承知した」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達はよっぽど楽しみなのか、荷車の中をピョンピョンと跳ね回る。

その光景に少しクスッとしながら陸へと荷車を飛ばし、竜も後を付いて来る。

ここまでそれなりの距離を飛んだから、陸に着く頃にはある程度の血は流れるだろう。


魔獣の状態を見ながら荷車を飛ばしていると、背後に人の気配を感じた。

けど体が警戒をしていないから、多分リュナドさんだろうと思って少し後ろを見る。

やっぱりリュナドさんだ。飛んでる時は端にあんまり来ないのに、どうしたんだろう。


「それでセレス、あの魚の・・・ええと、内臓を使って道具を作るって事で良いのか?」

「・・・ううん、違うよ。あの魔獣の内臓は・・・まあ、普通の獣に比べれば頑丈だけど、多分数回強い圧力を加えたら壊れると思う。だから無理かな」

「え、じゃあ何でアレ獲ったんだ」

「・・・アレの素材が要るから、だけど」


あれ、リュナドさんが首を傾げてしまった。何でだろう。さっき説明・・・してない!

落ち込んだ王女に慌ててしまって、結果は同じだからとしか言ってなかった!

え、えと、は、早く説明しないと!


「いや、そういえば後二つ手段があるって言ってたのに、説明したのは一つだけだったな。最後の一つの為の素材、って事か?」

「・・・ん、そう」

「成程な。まあ期待しておくかね」


説明不足に気が付き慌てていると、リュナドさんはすぐに私のミスに気が付いてくれた。

ホッとしながら頷くと、彼は私のミスに対し特に気にした様子なく応える。

それどころか期待していると言われ、胸に熱い気持ちが湧いて来た。


「・・・うん、頑張ろう。彼の期待は、応えないと」


陸に着いたら目的の物を取りだして、全力で彼の期待に応えよう。

本当は使う気の無かった魔法石の一つを握り、フンスと気合を入れた。


ー------------------------------------------


でかい魚の魔獣。セレスが言うには魚じゃないらしいが、俺には魚にしか見えない。

以前セレスと海を散々移動した時にも見たが、あの巨体は流石にびっくりした。

今は竜っていうもっと大きいのが居るが、それは比べる対象が間違ってるだけだろう。


多分あの魚の横に並んだら、俺なんて豆粒みたいな感じじゃないか?


素材以外は食用にするらしいが、この巨体をどうやって解体するんだ。

俺にはどうすれば良いのかさっぱり解らないんだが、王女はその辺り解ってんのかね。

セレスの言葉に安請け合いしていたが、要は素材以外自分で処理しろって事だぞ。


いや、よくよく考えれば上手くやれば王女の人気取りになるのかこれ。

大量の食糧と、セレスの言う通りなら使い勝手のいい油と、更には水もこれから作る。

少なくとも即物的な報酬を用意出来る時点で、民の想いは王女へと流れるだろう。


人間っていうのは大半は遠くを見ていない。目先の苦しみから助けて欲しいもんだ。

その目先の出来事を解決したのが王女となれば、王女の願いの方に民は動きやすい。


何せポンコツでも王族だ。国王や王子の意見に逆らえる立場の人間だ。

なら民は王家に逆らった訳じゃない。王家に従った上で救いの手を取る事が出来る。

易きに流れるのは人間の性とでも言えば良いのか・・・利用する側が言う言葉じゃないな。


「・・・ここまで考えての対策なのか、それとも本当に対策が一つだけだったのか」


セレスの事だからどっちかは解らないな。今確かめるのも野暮だろう。

しっかし色々と面倒事が多かったが、最後は問題なく終わりそうだな。


『『『『『キャー♪』』』』』

『ねえリュナド、こいつらさっきから食べる事しか喋らないんだけど』

「・・・何時もの事だよ」


さっきからご機嫌な精霊達は、どうやら鯨を食べる事で頭がいっぱいらしい。

人魚の『相棒がこれで良いの?』という視線に、俺はスイっと目を逸らした。

役には立つんだよ役には。色々問題行動がちょくちょくあるだけで。うん。


・・・なんか俺の周りそんな奴だらけだよな。フルヴァドさんの存在が恋しい。

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