第478話、対処の説明をする錬金術師

話から察するに、おそらく人魚はこの国で崇められていた存在の補助をしていたんだろう。

あの祭壇の、人魚というよりは魚人というのが正しい像。

今は居ないけれど、元々は居たんだろう。けれどその存在は消えてしまった。


自然に消えた訳じゃない。だってあの祠は、祭壇はだれかが埋めた形跡があった。

地上へと辿る階段らしきものや、それを隠す様に埋めた後が。

きっと元々はあの祭壇へ、地上から行ける様になっていたんだろう。

けれどその存在は消された。人魚の言うように誰かの手で。


まあその辺りは特に興味も無いし、想定が確定さえすれば私は良い。

私の仕事はこの国に緑を戻す事だし、土地に呪いが無いなら心配はない。

心配していたのは、土地に呪いが在るせいで砂漠が広がってる可能性だったし。



呪いが無いなら心配事は無い。なら私の仕事だ。錬金術師の仕事だ。



「・・・それじゃ、竜」

「む?」

「・・・手を貸して。素材を、取りに行く」

「ふむ、承知した」

『『『『『キャー♪』』』』』


既に仕事は終わったと丸まっていた竜に声をかけ、頭を上げたのを確認して荷車に乗り込む。

すると精霊達も楽し気について来て、わーっと荷車に乗り込んで行った。

手を貸して貰えないならそれでも構わないけど、竜の手が在った方が手っ取り早いから助かる。


ただリュナドさんが困った顔で私を見ていて、どうしたんだろうと首を傾げて見つめ返す。


「セレス、何の素材をどこに取りに行くんだ?」


あれ、彼には言ってなかったっけ。言ってなかったかな・・・言ってない気がする。

またやってしまったと慌てて一旦荷車を降りると、精霊達も何故かついて来た。

ただ精霊達は何故かリュナドさんに怒っていて、彼はそれにも困った顔をしている。


良く見ると王女と侍女さんも眉を顰めていて、ただ人魚だけは楽しそうに笑っている。

人魚は解ってるのかな。いやでも人魚が一番事情を解ってないはずだよね。

とりあえずあっちは良いか。先ずはリュナドさんと王女に説明しないと。


「・・・先ずこの国は、水が必要、だよね」

「そうだな。そこが一番問題だからな」

「・・・だから、先ず土地に流せる水を、飲める水を作る」


そこまで言うと、全員驚いた顔を見せた。何故かさっきまで笑っていた人魚まで驚いている。

いや、精霊達は何故か胸張ってドヤ顔してるね。こっちも何故かは解らないけど。


「つ、作れるのですか!? 水を!?」


王女がその驚きのまま大声で迫って来て、思わずビクッと後ずさる。

ただ私の怯えに気が付いてくれたのか、侍女さんが王女の肩を掴んで抑えてくれた。

そこで王女も私の驚きに気が付いてくれた様で、慌てて下がって頭を下げる。


「も、申し訳ありません、疑った訳ではないです。ですがそれならば、なぜこんなにも遠周りをしたのかが私には解らなくて。最初からその手段ではだめだったのでしょうか」


あれ、そっち、なのか。いや、王女様は私と同じタイプだから、気が付けてないのかな。

とりあえず落ち着く為に深呼吸を、深く深く息を吐いてからゆっくり口を開く。


「・・・私が、心配していたのは、土地の呪い。呪いのせいで、砂漠が広がってるなら、普通の対処は意味が無い。だから色々確認してただけで、呪いが無いならどうにかなる」

「ほ、本当に、本当にどうにかなるんですか!?」

「・・・この土地なら、人手があれば、いけるよ」


この国は確かに気候的にはどうにもならない土地だと思う。

王女からも、国王からも聞いた通り、この国の自然の気候じゃ雨が降らない。

たとえ一時的に雨を降らせたとしても、その後全く雨が降らなくなるだろう。


ここはそういう土地なんだ。だから雨には期待できない。

けどこの土地には一つ、水を手に入れる為の手段がある。


「―――――よ、よか、った」

「姫様・・・」


その事を告げると、王女は心底安堵した顔で泣き崩れ、侍女さんが彼女の背中をさする。

泣かせてしまった。ずっと不安だったんだ。先に言ってあげるべきだったな。


『あははははははははっ!』


ただそこで人魚がなぜか大笑いしていて、皆が不思議そうに彼女に目を向けた。


『あははっ、いやごめんね。うん、良いねセレス。私アンタの事も好きだわ。ああ、そうよね。人の生きる土地だもの。先ずは人の手で成してこそよね。セレス、貴女は素敵よ』

「・・・あ、ありがとう?」


良く解らないけど褒められてしまった。何がそんなに良かったんだろう。

人の生きる土地を人の手で変えるのは、むしろ当たり前の事だと思うんだけどな。

ただ自然に生きる者達からしたら、人間の変化は蹂躙以外の何物でもないけど。


人魚はその辺り気にしないのかな。そもそもこの人魚元は何なんだろ。元から人魚なのかな。

そもそも今は尾が無くなってるし、人魚って言うのもおかしい様な・・・まあ良いか。

今はそれよりも、王女の仕事を片付けるのが先だ。


「・・・じゃあ、えっと、行く?」


恐る恐る皆に訊ね、今度はちゃんと了承を得てから荷車に乗った。


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一縷の望みが断たれたこの状況で、何の躊躇もなく手段が在るとセレスは動いた。

そう。これこそが人間よ。頼って縋って諦める様な存在は、人間である事を諦めている。

足掻いて足掻いて足掻いて、その果てで奇跡をつかみ取ってこそ美しい。


素材を取りに行くと、その発言から何かを作る気なのは解る。

ただ解るのはそれだけで、どうやらリュナドや女達も解っていないみたいね。

けれどそんな事は私にはどうでも良い。解らなくてもセレスが前を向いているのだから。


今までずっと心を殺していたからなのか、強い人間と出会えた事で心が躍る。

外に出て最初に会えた人間が彼らで良かった。リュナドとセレスで良かった。

そんな想いを胸に彼女の答えを聞いて、心底驚いた事も楽しくて仕方ない。


「・・・だから、先ず土地に流せる水を、飲める水を作る」


当たり前の様に、何でもない様に、セレスはそう断言した。

私に出来ないのであれば、別に自分でやるから問題ない。

まるでそう言われている気がして、それが心底嬉しくて仕方ない。


私達など不要だと、人間は人間の足で生きていけると、そう言われたようで。


「つ、作れるのですか!? 水を!?」


けれど同じ人間であるはずの女はそれを信じられないと叫び、呆れる様に応えられていた。

ただ呆れられていると自覚していても、その内容は嬉しいものだったんだろう。

セレスの溜息にはビクリと震えながら後ずさり、その内容には安堵で涙を流した。


私はそちらには興味が持てない。縋って望むだけの存在なんてどうでも良いもの。


けれどセレスは、彼女は愛おしい。これこそが人間だと愛おしくてたまらない。

奇跡などいらない。当然を掴み取るのだと、そう当たり前に在る彼女が。

余りに愛おしくて、余りに楽しくて、お腹を押さえて大声で笑ってしまった。


『それでセレス、国を全部満たす水を、どうやって作るのかしら。まさか魔法で作り出す、なんて言わないわよね。魔法の水は魔力が無くなれば消えちゃうんだし』

「・・・中空から水は、作れない事は、ないけど・・・違うよ。足りないし」

『出来ない事は無いのね。その事の方が驚きだわ』


悉く目の前の人間は私の予想を超えていく。それともこの時代では普通の事なのかしら。


「・・・もっと、良い物が有る。この国の近くに」

『へぇ、何かしら』

「・・・海」

『・・・へ?』


聞き間違いかしら。海があるって、海の水じゃ土地を育てるのには使えないわよ?

気になって女の方を見ると、また驚きと困惑の顔でセレスを見ていた。

ただリュナドは一瞬思考する様子を見せただけで、特に疑問に思った様子はない。


彼がそういう反応って事は、流石に海の水そのままって訳じゃない、わよね?


『うーみー!』

『さかなー!』

『さかなはなんで魚じゃなくなったのー?』

『さかなが魚じゃないと齧りにくいのに』

『後頑張って美味しくなるように努力してね!』


こいつら海に捨てていいかしら。良いわよね?

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