第477話、土地の状態を改めて確認する錬金術師

王女の事を視界に入れた事で思い出し、さっきまで緩かった喉の奥が詰まる感覚を覚える。

しまった。彼女の事完全に忘れてた。色々連れまわしてたのに意識の外になってた。

完全にほったらかしになってたけど、嫌な風に思われてないかなぁ。


そんな風に少し不安になっていると、突然人魚の下半身が白く光り始めた。

すると尾びれだった筈の下半身が、人間と変わらない二足に変化していく。

ぱっと見は人間と変わらない。浮いてさえいなければだけど。


魔力も何も感じさせずに浮く人間が普通居るはずもない。

それにそもそも形が変わる人間、って言う時点でそう居るものじゃない。

一応居ない訳じゃないけど、それでも目の前の存在は人間の形を取っただけだ。


そもそも精霊達だってそうだし。忘れがちだけど山精霊の服と帽子も体の一部だ。

自分の力で変化させて、小物の類も自分の体を小物に変えているだけ。

家精霊だって良く球体になってるし、山精霊を捕まえる時は偶に腕が伸びている。


定型に見えるけど実際は不定形。それと似た様な物だろう。

ただ目の前の人魚は、完全に人の形を取ったせいか余計に綺麗に見える。

思わず見惚れてぼーっとしてしまい、リュナドさんに声を掛けられハッとした。


「・・・セレス、頼む、何でもいいから布の類ないか」


彼女から目を逸らすリュナドさんは、女性の体だから気を使ったんだろう。

人魚自身は気にしてない感じだったけど、彼が気になるならと思い外套の予備を出す。

普段服を着ないのか彼女は嫌がり、けれどリュナドさんの願いなのでと頼み込んだ。


彼女は彼の事が好きで付いてきた訳だから、彼の頼みなら聞いてくれるだろう。

その予想通り、彼女は渋々だけど外套に袖を通す。

ただその際の受け答えで私の変化が気になったらしい。


いや、その、まだ王女に完全に慣れてなくて。後侍女さんちょっと怖いし。

だいぶ慣れては来たんだよこれでも。普通に話せる程度にはなってるし。


『アレは何者なの?』

「・・・この国の、王女。多分、貴女の助けを、一番必要としてる、人」


そんな思いを持ちながら王女に目を向けていると、人魚も彼女が気になったらしい。

二足になったから人魚はおかしいかな。なんて思いながら彼女の事を説明した。

私の想定が間違っていなければ、王女は誰よりも人魚の存在を願っていた人だろうと。


すると王女は目をクワッと見開き、彼女の侍女も少し驚いた顔をしている。

え、何、私何か変なこと言ったかな。多分間違ってないと思うんだけど。


「で、では、貴女が、この国に水を齎していた存在という事ですか?」

『・・・まー、間違っちゃいないわね』


二人の変化にちょっとびくついていると、王女が確認する様に人魚に訊ねた。

すると人魚は私の予想通りに答えを告げ、けれど何処かつまらなさそうな表情だ。

王女の表情が人魚に対する驚きだった事にホッとしつつ、様子のおかしさに首を傾げる。


『先に言っとくけど。この国に水を満たせって話ならお断りよ』

「なっ、何故ですか!?」

『はぁ? 何故ってアンタね、ちょっとは頭使いなさいよ。なーんで私がわざわざそんな事してあげなきゃいけないのよ。頼まれたら助けるのが当然とでも言いたい訳?』

「っ、それ、は・・・」


人魚の言う事は正しいと思う。助けを求められたからと言って助ける必要はない。

助けてと言われても、出来ない事もあれば、やりたくない事だってあるもん。

それは解ってる。良く解っている。だって私には出来ない事だらけだし。


「・・・対価があれば、受けてくれる?」

『あら、セレスが対価を払うって言うの? この小娘の為に?』

「・・・出来る範囲、なら」


それでも王女に手を貸すと約束した以上、このまま見ているだけも出来なかった。

人魚が何を望むのか解らない。けれど彼女の力があれば確実に王女の役に立つ。


『そう。でも駄目よ。対価っていう物は、必要としている者が払うのが道理よ。その道理を通せないなら最初から力を求めるべきではないわ。私は他者の願いの為の犠牲を認めない』


けれど返って来た答えは厳しいもので、けれど彼女の考えが良く解る発言でもあった。

つまり対価を本人が払う気であれば、その力を貸すと言ったんだと思う。

王女もその事に気が付いたのか、嬉しそうな顔をして口を開く。


「なら―――――」

『言っとくけど、この国を昔の様に水の国に戻せって言うなら無理だからね』

「―――――え?」

『あったり前でしょうが。私がどれだけ弱体化してると思ってんのよ。あんな石の中に封じられてじわじわ力吸われて、この国を水で満たす力なんて無いに決まってんでしょうが』

「そん、な・・・!」


王女は希望を即座に打ち砕かれ、何度目か解らない辛そうな顔を見せる。

私もてっきりこれで解決かなと思っていただけに、少し驚いてしまった。


でも言われてみれば確かにとも思う。人魚は長く封印されてたんだもんね。

神性の類だとしても、黒塊の様な呪いの力には思えない。

となればその力は人の想いが途切れた場合は弱体化するしかないだろう。


そしてこの国は人魚の事なんて誰も覚えていない。祈りなんて誰もしていない。

ならその力は、どう考えたって落ちるに決まっている。当たり前の答えだった。


『大体この国全体を水で満たしてたのは私じゃないし。そもそもが無理なのよ。だから先に言ったでしょ。水を満たせって話ならお断りだって。出来ない事をやる気なんてないのよ』


そうなんだ。となると私が想定を間違えてた事になるのか。

てっきり目の前の人魚があの祭壇の主で、国を豊かにしていたのかと。

あれ、でもさっき王女の質問には肯定してたよね。どっちが本当なんだろう。


いや、どっちも本当なのか。水を満たす一因ではあったけど、全体は無理だったと。

となると確かに人魚の力だけでこの国を救うのは不可能って話になるよね。

後折角外套渡したのに、浮かびながら足組むと中が見えちゃうんだけど。


リュナドさんの位置からは見えないけど,出来れば足下ろしてほしいなぁ。


ー------------------------------------------


「で、では、貴女が、この国に水を齎していた存在という事ですか?」

『・・・まー、間違っちゃいないわね』


その会話を聞き、これでやっと国に帰る事が出来るとため息を吐いた。

色々と紆余曲折あったわけだが、解決は案外アッサリだったな。

結局セレスの想定が大正解だった訳だ。この国の天候じゃどうしようもないと。


と思って気楽に構えていたんだが、どうも話が悪い方向に進んでいる。

人魚は国の復活なんぞに手を貸す気は無いと言い出し、更には最初から無理だと言い出した。

いやまあ俺としても正直この国の復興なんてどうでも良いけど、流石にそれは予想外だ。


つまりそれはセレスの想定が外れた、って事だろう。思わずセレスに目を向ける。

けれど彼女は特に狼狽えた様子もなく、いつも通りの調子で人魚を見ていた。

まあ何時も通りって言っても、人前の何時も通りだけど。あの変わり身の早さすげえな。


それにしてもセレスに動きが無いって事は、人魚の返答は想定通りって事か。

まあ人魚の発言自体は確かに理解できる。封印されてたみたいだもんな。

とはいえ何となくなんだが、俺にはこいつが何か嘘か隠し事が在る様に感じるんだが。


「なあ、本当に無理なのか?」

『なに、もしかしてリュナドはこの娘の事気に入ってるの?』


何でそういう話になるんだ。今そんな話してないだろ。


『あははっ、わっかり易い。冗談よ冗談。そんなに怖い顔しなくてもいーじゃない?』

「今は冗談言ってる場合じゃないと思うんだがな」

『そう言われてもねー。実際私にはどうしようもない話だもの。大体この国から水が消えて砂漠になって滅ぶって言うなら自業自得でしょ。滅びに向かわせたのは本人達なんだから』

「・・・どういう事だ?」


また初耳の話をされて、思わず眉を顰めて聞き返す。

すると人魚は何でもないという風に笑い、その先を口にした。


『この国には崇められた存在が居た。その存在をこの国の人間が疎ましく思った結果、この国から水の加護が消え失せた。ただの自業自得なのよ』

「・・・ああ、やっぱり、そうなんだ」

『あら、セレスは解ってたのね』

「・・・そう、だね」


流石に想定外な返答に俺が、そして王女と侍女も驚く中、セレスだけは何時も通りだった。

まあ俺は兎も角、王女は驚きって言うよりも絶望って感じだが。

そりゃそうだろうな。自分達の先祖が自分達の滅亡を促したなんて話を聞けばそうもなる。


セレスは最初から解ってたのか、途中で気が付いたのか・・・今回は流石に後者かな?

となると当てにしていた事が無駄になった訳だが、我らが錬金術師様に次の手はあるのかね。


「・・・呪いとかは、無い、よね?」

『んー、無いんじゃない? あの石が自然に砕けていたら、その時はどうなっていたか解らないけどね。そういう意味ではリュナドはこの国の救世主よ。そこのアンタ、感謝しておきなさい』


え、要らねえそんな感謝。もう救世主だの神様だの英雄だのはお腹いっぱいだ。

あれ、つーかこの人魚何でそんなこと知ってんだ。石の中に封じられてたってのに。

俺達が壊したのは事実だが、壊れた衝撃で吹き飛ぶって感じの言い方じゃなかったよな。


あれが自然に壊れてたら、もしかしてこの地一帯が呪われてたって事か?

こいつやっぱり何か言ってない事あるな。この調子だと聞いてもはぐらかすだろうが。


「・・・呪いが無いなら、なんとかなる、かな」


マジかよ。どうにかなんのかよ。一番訳が解らないのは我らが錬金術師殿だな。

なら本当に全部想定通りでしかなかったって事か。あの石を取り除くのを含めて。

どこにあるかどんな物かは兎も角として、何かがある事は解ってたんだろうな。


想定外は精霊が吸い込まれた事だけだった訳だ。ったく。


「ま、上手く行ったから良しとするか・・・」


アイツの泣く顔を見なくて済んだしな。今はそれで良しとしておこう。


『『『『『キャー!』』』』』


お帰り。何か怒ってるけど吹き飛ばされたのは齧ったお前らが悪いからな。

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