第476話、新しい仲間を歓迎する錬金術師

目の前の人魚はただリュナドさんの事を好きになっただけらしい。

石の中に閉じ込められていたのだから、きっと彼に助けられた事になると思う。

なら助けてくれた彼に好意を持つのは何もおかしな事じゃない。彼女は私と同じだ。


優しい彼が助けてくれて、手を伸ばしてくれて、だから傍に居たい。

なら後はリュナドさんが嫌かどうかで、彼が嫌じゃないなら何の問題も無いよね。


「・・・良いのか、セレス。本当にアイツを連れて行って」


ただ彼は小声で私に訊ねてきて、思わず首を傾げて見つめ返してしまう。

何故私に可否を求めるんだろう。私の判断は特に関係ない話なのに。

彼女を連れて行く事で私に何か不利益でもあったかな。


「んー・・・別に、良い、よね?」

「・・・お前がそう言うなら、解った。俺もそれで良い」

「ん、そっか」


私が良いなら良いという答えに首を傾げつつも、了承の返事に頷き返す。

リュナドさんの事だし何か心配してるのかな。でも何を心配されているのか解らない。

私が彼に心配される事となると・・・ああ、そうか。人魚と居て大丈夫なのかって事かも。


多分人付き合いのダメな私が、人が怖い私が、彼女が傍に居て平気なのか。

そこを心配してくれたんじゃないかな。でも大丈夫。目の前の人魚は人間じゃないし。

単純に人間とは種族が違うという事じゃなく、彼女は精霊や神性の様な何かだ。


人じゃなければ私は特に怖くない。その上で会話が成立するなら警戒も余り要らない。

何よりもリュナドさんの事が好きな時点で、私は彼女と仲良くなれる気がする。


「じゃあとりあえず地上に降りないか。いい加減高くて怖い」

「あ、うん、そうだね」

『あ、私も乗せてー』


リュナドさんの言葉に頷いて高度を下げようとすると、人魚がリュナドさんの後ろに乗る。

飛べるから別に乗る必要はない気がするけど、そうしたいのなら別に良いかな。

精霊達が食べる必要もないのに食べるのと同じだろう。多分深い意味は無い。


あえて理由があるとしたら、リュナドさんの傍に居たいって事ぐらいじゃないかな。

だってリュナドさんの事が好きで付いてくる訳だし。なら傍に居たいよね。


『『『『『キャー♪』』』』』


高度を下げると精霊達の声が響き、ピョンピョンと飛びまわっているのが見える。

竜はリュナドさんの事を確認すると丸まり、最初の様に眠り始めてしまった。


『・・・アイツ、あんなにいっぱい居るのね』

「街に帰ったらもっと居るぞ」

『ゲッ、嘘でしょ?』

「なんだ、精霊達の事が苦手なのか。なら残っても良いんだぞ?」

『お断りよ。あの中じゃ可愛そうだから容赦してあげたけど、外に出た以上は不快な事されたら吹き飛ばしてあげるわ。上下関係って物を教えてあげないとね』


彼女はフンっと鼻を鳴らしながら応え、その返事に私は少し心配になる。

彼に付いて来ると言った彼女の事だから大丈夫とは思うけど・・・。


「頼むから、本気で付いて来るなら最低限仲良くしてくれ」

『別に敵対するつもりは無いわよ。ただの躾よ。じゃないとアイツら何するか解んないでしょ』

「・・・それは、まあ、うん」


私と同じ事をリュナドさんも思ったのか、喧嘩をしない様に頼んでいた。

ただ彼女の返答にちょっと気まずそうに答え、私も似た様な気持ちになっている。

あの子たち良い子なんだけど、色々やらかしてるからなぁ。未だに家精霊に怒られるし。


むしろメイラから話を聞く限り、何時かぎゃふんと言わせてやる、って感じみたいだけど。

多分絶対に勝てないと思うから諦めて言う事聞く方が良いと思うんだけどなぁ。

そもそも家精霊は山精霊達が悪戯さえしなきゃ優しい精霊だし。


『キャー!』


地上に降りると精霊が一体前に出てお礼を言ってきた。出してくれてありがとうって。


「うん、無事でよかった。でも今回私は何もしてないから。リュナドさんと竜のおかげだよ」

『キャー?』


助けたのは私じゃないと伝えると、なぜか精霊は首を傾げて否定した。

迎えに来てくれたのはリュナドだけど、助けてくれたのは私だって。

どうしてそういう結論になるのか解らずにいると、背後から叫び声が突然響いた。


『痛った! あ、あんた、また噛んだわね! 外に出た以上、もー容赦しないわよ!』

『キャー?』

『どっちにしろ全部アンタでしょうが! 波長が同じなのよ波長が痛ったい! 人が話してる最中でしょうが! だから私の尾を噛むなって言ってんのよ!』

『キャー・・・』

『勝手に噛んでおいて不味いって言うなぁ!!』


どうやら私が話している間に、暇だった精霊が彼女の魚部分を噛んだらしい。

これは怒られても仕方ないと思い、精霊達の擁護は諦める。

すると何故か残りの精霊達も彼女に群がりだし、興味深そうに魚部分を見つめていた。


『『『『『キャー?』』』』』

『確かめようとするな! あ、ちょ、本当にやめな、あ、こら、痛った!! 本当に何なのよこいつら! あーもう、本気で許さないから! このっ、吹き飛べぇ!!』

『『『『『キャー!?』』』』』


精霊達は突然発生した水の渦に空高く吹き飛ばされ、そのまま水と共に降って来た。

今の魔法なのかな。魔力を感じなかったし、何かちょっとおかしかったような。


「・・・消えて、ない?」


砂漠だからすぐに水気が砂に吸い込まれたけど、水気がそのまま残っていた。

無から発生した水なのに消えてない。魔法なら消えるはずなのに。これはまさか。


そう考えた所で、ふと王女の姿が目に入った。あ、彼女の事忘れてた。


ー----------------------------------------


何が起きているのか良く解らないまま話が進み、そして終わったらしい。

竜と精霊達が空から降って来て、けれど精霊公が降りてこない。

すると錬金術師が空を飛んで迎えに行き、戻ってくると一人増えていた。


「・・・綺麗」


人魚、と称するのが正しい存在だろう。とても美しい女性の上半身に魚の下半身。

少なくとも祭壇の様な所にあった崩れた像とは似ても似つかない存在だ。

そんな人魚は空を自由に泳いでいて、水の魔法を纏って精霊達を吹き飛ばした。


空を泳ぐ人魚なんておとぎ話でも聞かない。つまりあれは明らかに『人魚』ではない何か。

どう考えても目の前の存在と祭壇に在った像は違うけど、彼女が崇められていた存在だろうか。


『ったく、これじゃオチオチ話も出来ないじゃないの』


ただその人魚は精霊達を吹き飛ばした後、魚の尾の部分を光らせ始めた。

いや、光っている、と言うのも変かもしれない。見つめても眩しさを感じない。

そんな白く光る様に見えていた現象は、暫くすると収まった。


『これでもう噛まないでしょ』


ふふんと胸を張って告げる人魚の尾は、人間と変わらない足に代わっていた。

胸を張る彼女はとても美しく、女の私でも見ほれる程の美貌をしている。

均整の取れた体と言えば簡単だけれど、言葉にするのが無粋に感じる美しさだ。


けどそんな彼女は今一糸纏わぬ姿になっていて、唯一の男性である精霊公は顔を逸らした。


「・・・セレス、頼む、何でもいいから布の類ないか」

「・・・外套の予備ならあるよ」

「それで良いからアイツ隠してくれ」

「ん」


錬金術師は精霊公に頼まれた通り外套を取り出し、人魚に手渡して羽織らせる。


『窮屈なんだけど、着なきゃダメ?』

「・・・リュナドさんが望んでるから、着て欲しいな」

『仕方ないわねぇ・・・貴方さっきと雰囲気違わない?』

「・・・えっと、ごめん」

『別に謝る必要はないけど・・・ふーん?』


そこで何故か錬金術師が私に軽く顔を向け、人魚だった女性も含みがある表情を見せる。

な、なんだろう。私何かしたかな。え、何、凄く不安になって来た。

私何も失礼な事してないよね。むしろ今回は解らな過ぎて何も出来てないよね。


あ、一回不安になったら段々怖くなって来た。私また何か怒られるのかな!?


『アレは何者なの?』

「・・・この国の、王女。多分、貴女の助けを、一番必要としてる、人」

「―――――」


思わず、息をのんだ。錬金術師のその発言が解らない程、流石に私も馬鹿じゃない。

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