第475話、人魚の意思を確認する錬金術師

見る限りリュナドさんは無事な様だ。少なくとも鎧に綻びは見られない。

その事にほっと息を吐いてから絨毯を近づけると、人魚の目が私に向いた。


『あら、お迎えかしら?』

「っ、セレス、助かった! 乗せてくれ!」

「・・・ん、解った」


知らない相手だから一瞬警戒はしたけれど、リュナドさんの願いを無視なんてできない。

すぐに彼に近づいて手を伸ばすと、人魚はあっさり彼から手を離した。


「あ~~~、怖かった。光が見えたと思ったら遥か上空とか流石に怖すぎる。しかも精霊共は俺の事を置いて行きやがったし、この人魚は話が通じねえし、迎えに来てくれて助かった・・・」

『あら失礼ね。ちゃんと対話してたじゃないの。地上に下ろしてあげるとも言ったわよ?』

「あれは対話って言わない。脅しって言うんだ」

『ふふっ、ごめんなさい、人と話すのは久しぶりだから調子乗ってしまったのよ』

「・・・そうかい。はぁ」


人魚はクスクスと笑い、リュナドさんはため息を吐いてそれ以上は言わなかった。

少なくとも敵対するつもりは無い様だ。むしろ付いて来たいのかな。

さっきリュナドさんにそんな感じの事言ってたし。


『それで貴女は何者? 彼の伴侶かしら?』

「違う」


人魚の事を観察していると私に問いかけてきて、けれど私より先にリュナドさんが答えた。


『あらそう。ふーん?』


すると人魚は私に近づいて来て、仮面をじっくり見つめる様に顔を近づけて来る。

私も私で彼女の事を観察し、おそらくは石の中に居た神性だろうと予測していた。

ただ祭壇に在った像と似ても似つかない美しい人魚に見える。


けれど人魚が空を飛ぶはずもなく、飛ぶ為の魔法を使っている様子もない。

なら目の前の存在は人魚の形をしているだけで、実際は人魚ではない何かだろうか。

勿論人魚が神性を持った可能性もあるけど、実際の所は聞いてみない事には解らない。


『貴女本当に彼の伴侶じゃないの?』

「私は違うよ。リュナドさんとは友達」


何故か人魚は彼の返答を確認する様に、私にもう一度訪ねてきた。

けど答えは変わらない。私と彼は友達だもの。

彼が望むなら子を産む事も構わないけど、彼は友達でいようと私に告げた。


だから友達だ。大事な友達。そして頼りになる大恩人。大好きな人だ。


『ふーん、じゃあ彼の伴侶・・・居ないなら恋人とかは居ないの?』

「居ねえよ。そんな事を聞いて何がしたいんだお前は」


人魚は私の返答をつまらなさそうに聞き、彼の伴侶にこだわる様に訪ねて来る。

けれど今度もリュナドさんがすぐに答えたので、私の出る幕は無かった。

彼の恋人か。どんな人がなるんだろう。ハニトラさんぐらい彼の事が好きな人だと良いな。


『誤解を与えない様にしておかなきゃと思ってるだけよ。また嫉妬で封じられるなんて事になるのは御免だもの。私はただ自分が綺麗だと思った物に恋しているだけなのに』

「綺麗?」


彼が首を傾げて訊ね、私も何の事だろうかと耳を傾ける。

すると人魚はフフッと笑い、彼の背中に抱きつくように移動してきた。


『貴方の力はとても綺麗だった。まるで貴方の生き様が力になった様で。あの時の背中に私は恋焦がれたわ。だから私は貴方を見届けたい。貴方の輝きが消えるその時まで』


つまり衝撃を殺す為に力を振るった彼の姿が綺麗で、その綺麗さに恋したという事かな。

少なくとも彼に好意を持って接しているらしいし、警戒する必要は余り無いかもしれない。

ただ好意を持たれている本人は若干困ったような表情だけど。


「それは恋というより、ただの興味じゃないのか?」

『あら、興味程度で人間に付きまとう気なんか起きないわよ。貴方を人間という括りにして良いのかどうか、私にとっては疑問視する所だけど』

「俺は正真正銘人間だからな」

『そうみたいね。不思議だわぁ』

「そもそもそういう話なら、俺じゃなくて精霊達に向けるべき感情だろ。俺は特別な力なんて持ってねえよ。アレは全部精霊達の力だ、俺はそれを代わりに振るってるだけだよ」

「ふうん?」


彼の言葉で眉を顰めて見つめる人魚に、私は何となく声をかけたくなった。


ー------------------------------------------


衝撃に合わせて全力で槍を振るうと、その衝撃を切り裂くように力が走った。

暴力的な衝撃が渦巻く中、俺が槍を振るった軌跡だけは意に介さない。

そして放たれた力は光に届き、バキンと何かが壊れるような音が耳に届いた。


「え・・・」


そして目に入ったのは雲と空。雲の隙間から遥か下方に地面が見える。


「―――――っ!」


余りの高さに背筋が震え、声にならない悲鳴が漏れた。

けれど俺の体は落下が始まらず、ふと自分の身を見ると腰に手が回っている。

これはまさかと思っていると、背後から声をかけられた。


『ありがとう。助けてくれて』

「・・・ああ、無事だったか。こっちこそ助かった。俺は飛べないからな」

『何で飛べないんだろうねー?』

『気合が足りないー?』

『リュナドのやる気の問題ー?』


やる気の問題で空を飛べて堪るか。つーかお前ら無駄な翼はやしたの忘れてないぞ。


『あらそうなの。良い事を聞いたわ。ふふ、自力で降りられないんだ。ふぅん?』

「・・・おい、なんだ、その含み笑いは」

『いえ、もしこのまま下ろす気が無いって言ったら、貴方どうするかしらと思って』

「どうするも何も流石に抵抗するぞ」


流石にこの高さは、この鎧であっても不安がある。

精霊が魔力を通せば軽くなるが、この高さから落ちた事は無い。

ただ今なら精霊達も一緒だし、多分落ちても何とかなるとは思う。怖いけど。


『僕達先に降りてくるー!』

『主が心配してるから行くねー!』

『主泣いてないかなー?』

「え」


だが精霊達は俺が止める間もなくポーンと飛び出し、この高さにも関わらず落ちていく。

あいつらには高所への恐怖ってものが無いのか。楽し気に鳴き声あげてやがる。


『おいて行かれちゃったみたいね?』

「・・・その様ですね」

『自力で降りれるのかしら?』

「・・・どう、かな」

『キャー?』


一応いつも一緒の相棒だけは残ってくれてるが、先の通りやっぱり不安が残る。

今の俺は鎧だけが頑丈な普通の人間だからな。この高さは・・・うん、無理。


「・・・あのー、出来れば下ろして頂けませんかね」

『急に下手に出たわね。ふふっ、どうしようかしらねー。じゃあ私が貴方に付いて行くのを認めるなら下ろしてあげるわ。どうかしら?』

「お前明らかにこの国の何かだよな。連れ帰ったら面倒になる気しかしないんだが・・・」

『あら、それじゃ仕方ないわねー』

「ちょ、何高度上げてんだ!?」

『だって断られちゃったもの。もっと高くに行けば許可貰えるかしらと思って・・あっと』


人魚は手が滑ったとでも言うように棒読みの声を上げ、高度を上げつつかくんと俺を揺らす。


「お、おま、こんな高い所でふざけんなよ! 頼むから早く下ろせって!」

『私も一緒に連れて行ってくれるって約束するなら、今すぐにでも下ろしてあげるわよ?』


何考えてんだこいつ。そもそもなんで俺についてこようなんて言い出してんだ。

こうなったら振り払って一か八かで飛び降りるか・・・いやでもこの高さはやっぱ怖い。

そんな風に葛藤していると、セレスが絨毯で上がって来てくれた。


助かったとセレスに手を伸ばすと、人魚は意外とすんなり俺から手を離した。

本人の言う通り少し調子に乗っただけという事だろうか。

やっぱこいつからはアスバと同じ気配がする。


しかも今度はセレスが伴侶かどうかなんて聞いて来やがった。

自分で否定する分には良いが、セレスの口から聞くと少し辛い物が有る。

ただ人魚は否定しても更に確認する様に訊ね、それでも否定すると不思議な事を言い始めた。


俺が綺麗だったと。あの力が綺麗だったと。でもそれなら俺よりも精霊達に向くべきでは。

俺自身にあんな力は存在しないし、精霊が持ってる力を俺が振るっただけだ。

だとしても人魚が俺達について来る事は、あまり良くない方向に話が進む訳だが。


あんな祭壇があったぐらいだ。本国外に出しちゃダメな存在だろう。


「貴方は、リュナドさんと一緒に居たいんだよね?」


どうしたものかなと悩みながら応答していると、セレスが改めて確認する様に口を出した。

すると人魚はニコッと笑い、美しいと言えるその笑みをセレスに向ける。


『そうね。平たく言えばそういう事になるわね』

「リュナドさんの事が好きになったからだよね?」

『ええ。でもさっき言った通り誤解はしないで欲しいわね。私は別に彼の伴侶になりたいって訳じゃないわ。ただ彼の隣で彼を見ていたい。それだけよ』


念を押すように告げる人魚の言葉を聞き、セレスは首を傾げ考えるしぐさを見せる。

何か解決法でも思いついたのかと見守っていると、不意に俺へと視線を向けてきた。


「リュナドさんは、彼女が付いて来る事、嫌なの?」

「・・・嫌って事は、別にないが・・・」

「そっか。良かったね。リュナドさん嫌じゃないって」

『へえ、ふーん、成程成程ー。そういう関係なんだ。了解了解』


・・・え、あれ、これ人魚連れてく流れになってる? え、良いのか? 

セレスのまさかの判断に驚いていると、人魚はニコッと笑ってセレスに手を伸ばした。


『貴女・・・えーと、セレスって呼ばれてたわよね?』

「ん、私の名前はセレス」

『そう、セレス、これから宜しくね』

「うん。こちらこそ」


あ、これもう完全に連れて帰る方向で決定されてる。マジかよ。

王女にどう説明したものか・・・いやそもそもまだ細かい話も聞けてないんだった。

降りる前に多少は砂漠化の原因について聞いて、それから王女に説明した方が良いよな。



しかし、どう考えても連れて帰っちゃダメそうなんだけどな。大丈夫なのかね。

セレスの事だから何か考えがあるんだろうが・・・こういう所だけは変わらないよなお前。

頼むから先に説明をして欲しいんだよ。俺は凡人だから分かんないんだって。

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