第474話、無事を確認しに行く錬金術師

リュナドさんが石に吸い込まれる様に消え、石はそのままコトリと下に落ちる。

その光景を見た瞬間、胸にずきりと鈍い痛みを感じた。

頼んでしまった。行かせてしまった。彼が消えてしまった。


迎えに行ってくると彼は言ったけど、どう考えても危険な事に変わりない。

でもやらせたのは私だ。願ったのは私だ。私が彼にやらせたんだ。

その事を改めて自覚して手が震える。とんでもない事をしたと吐き気さえする。


もしこれで彼が戻ってこなかったら、私は、私は・・・!


「では、これは持っていくぞ」


床に落ちた石を見つめて泣きそうになっていると、竜が指先を伸ばして器用に石を転がす。

太い指が荷車を占領したのも一瞬、すぐに石は竜の前足の中に納まった。

ただよく見ると竜は石をじかに握っておらず、私と同じように封印結界を使っている。


竜の主はリュナドさんで、そこから竜も神性を受けている可能性は少なくない。

とはいえメイラやパックから聞く限り、街の人の祈りは精霊やリュナドさんに対してだ。

竜が来てからも相変わらず『精霊使い』への祈りが精霊達の力になっているっぽい。


だから多分竜はその枠から外れていると思うけど、それでも念を入れて悪い事は無い。


「雲の上まで飛べば、地上は多少の衝撃程度で済むだろう」

「・・・私も行く」


翼を大きく広げて飛び上がる動作をする竜に、自分も行くと絨毯を握る。

だけど竜は荷車をむんずと掴み、そのまま地面まで無理やり下ろした。


「我が主は行ってくると告げた。迎えに行ってくるとな。ならば信じて待っていろ」

「っ・・・わか、った」


荷物から出しかけた絨毯をギュッと握り、かすれた声で竜に返答する。

竜の言う事は正しい。間違っているのは私の方だ。

それでも彼にそばに少しでも居たいと思ってしまったんだ。


けど確かに彼は迎えに行ってくると言っていた。それに『待ってろ』とも。


なら私は待ってなきゃいけない。彼が戻って来るのを、精霊達と一緒に戻って来るのを。

きっとちゃんと無事に戻ってくると信じて、私はここで待ってなきゃいけないんだ。


「・・・リュナドさん」


不安で堪らない。胃を握られた様に気持ち悪い。体の感覚があやふやだ。

気を抜くと涙があふれそうで、けれどぐっと堪えて荷車から降りて空を見上げる。

竜は何と言った。リュナドさんは何と言った。私がするべき事は何だ。


彼を信じて待て。いつだって彼は私を助けてくれた。きっと今回だって。


「・・・無事に、帰って来て」


両手を胸元で握り込んで、空を見上げながら祈る様に口にする。

頼りになって優しい大好きな人が、ちゃんと無事に戻ってくる様に。


そうしてどれぐらい時間が経ったろうか。気が付くと王女達も傍に居た。

私と同じようにじっと空を見上げ、誰も口を開かずにじっと待つ。

すると急に空に凄まじい魔力を感じ、けれどこれは竜の魔力だと解る。


かなりの距離があるのに、雲の遥か上まで飛んでいるのに、それでも感じられる魔力量。


それは竜神の国でアスバちゃんと対峙した時よりも、もっと力を感じる物だった。

研鑽していたんだ。ただのんびり寝ている様に見えて、先に進むために鍛えていたんだ。

これだけの力があれば確かにあの石を壊せるかもしれない。けど逆を言えば――――。


「・・・あれぐらいしないと、壊せない」


あの魔力量は使いようによってはこの国が吹き飛ぶ。

それぐらいの力を込めて、同じく国が吹き飛ぶ様な力を持つ石を壊す。

なら石の内側に居る者達の受ける衝撃はどれほどのものか。


「――――――っ」


思わず胸を握り込み、カタカタと震える体を抑える。

万が一が頭によぎって仕方ない。皆助からない結果を想像して仕方ない。

信じたいのに、帰って来るって信じたいのに、それでも怖くて堪らない。


精霊達が消えた時、私はその事を『状況を検分しての確認』で知る事が出来た。


実際には精霊達がそう認識させないために、消えたという実感をわかない様にさせていた。

それでも私は消えた事に気が付いたし、消えた事を忘れたくはない。

あの時の悲しさは絶対に忘れられないものだ。けど、それでも、少しマシだったんだと思う。


頭では解ってるし、心も辛かったけど、上手く認識できない事が緩衝材になっていたんだ。


けど今は違う。もし彼らが消えたら、間違いなくその傷はここに残る。

私が頼んだと、行かせたと・・・殺したという事実がずっと。


「―――――」


罪悪感なんて言葉で片づけて良い物じゃない感情が溢れ、空に走った衝撃で止まる。


「う、ぐ・・・!」

「きゃあ!?」

「姫様・・・!」


一瞬肌に軽く感じた衝撃の後、更に重い衝撃がズドンと私達を襲った。

立っている事が出来ずに皆蹲り、それでも私は空を見上げ続ける。

どうか、どうか、無事に帰って来てほしいと。


すると何かが落ちて来るのが見えた。あれは・・・竜だ。竜が落ちて来る。

何時もの様に降りてくる動きじゃない。アレは完全に落ちている。

竜なら落ちても大丈夫な気もするけど、あの質量が地面に落ちたらとんでもない事になる。


「っ!」


慌てて結界石を握り込み、竜の落下に合わせる様に複数展開する。

上手くできるかは解らないけど、その衝撃を殺すように受け止めつつ。

幾つかの結界は不可に耐えられず、けれど一番下の強固にした結界で受け止めきれた。


「・・・む、すまんな。受け止めてくれたのか。いやはや一瞬意識が飛んでいた」


竜はハッと気を取り直した様に結界の上で起き上がり、フルフルと頭を振って礼を言う。

ただそこに彼の姿が無い。精霊の姿も無い。落ちてくる様子も無い。


「――――――」


頭が考えるのを止めようとする。それ以上考えるなと心が悲鳴を上げている。

もしそれを理解してしまったら、弱い私は耐えられないと。

けど、目の前の現実は、誤魔化し様が無くて――――――。


『『『『『キャー♪』』』』』

「っ!」


俯きかけていた顔を上げる。確かに今精霊達の声が聞こえた。

いや、今もキャーキャーと鳴き声が響き、空から小さな物が降って来るのが解る。

それらはボスボスと砂漠に埋まっていき、どこまで埋まったのか声が聞こえなくなった。


精霊達は全員帰って来た。良かった。ちゃんと無事に帰って来てくれた。

その事に一瞬ホッとするも、不安まだ胸から消えない。

だって彼の姿が、リュナドさんの姿がまだ見えていない。


「っ!」


即座に絨毯を広げ、全力で上空へと飛ばす。

もっと、もっと高く、雲よりももっと上に。

そうして――――――。


「お、おま、こんな高い所でふざけんなよ! 頼むから早く下ろせって!」

『私も一緒に連れて行ってくれるって約束するなら、今すぐにでも下ろしてあげるわよ?』


何故か彼は人魚につかまっていた。


ー------------------------------------------


ここに閉じ込められてどれだけの時が過ぎただろうか。

余りに長い時間何もない暗闇を過ごした事で、自分が壊れかけている事は認識していた。

それを少しだけでも引き延ばす為に自らを停止して、偶に起きて周囲を確認する。


でも起きた所で結局相変わらずの光景で、何にも・・・何か、居る。


『精霊・・・?』


小さな精霊が居る。神性も持っているみたい。でもどちらもとても小さくか弱い。

それでも神性を持つせいで閉じ込められたのか。哀れだ。

とはいえ久々に他者の存在を認めて、心が跳ねなかったと言えば嘘になる。


『さかなー!』


ただ貧弱な精霊のくせして、クッソ失礼な奴だったけど。

私の力が解らない訳じゃないでしょうに、子供みたいに絡んでくる。

精霊のくせに食い意地張ってるし、かと思えば『主』とやらへの忠誠はやたら高い。


絶対に出るという意思で暗闇の中を走り回り・・・けれどそんな事は無意味だ。

出られるなら私がとっくに出ている。出られないから私はずっとここに居る。

だけどこの無邪気な精霊が泣くのは何となく嫌で、後ろを付いて行って―――――。


『リュナドだ! わーい! リュナドー!』


精霊が突然何かを見つけ、そこには得体のしれない存在がこちらを見据えていた。

それは神性を纏い、精霊の力を纏い、魔獣の力も感じ、けれどそのどれでもない何か。

神でも精霊でも魔獣でもないのにその力を持った化け物。


ガワは人間の形をしているけれど、明らかにおかしな存在がそこに在った。

それは小さな精霊を迎えに来たらしく、精霊は心から安堵した様子で彼の傍に居る。

まるで出られない訳が無いと確信している様子に、水を差してやろうと思ってしまった。


けれど、ああ、けれど、本当に迎えに来たんだ。この化け物はこの世界を壊してくれるんだ。


やっと暗闇が終わる。長かった一人ぼっちの世界が終わる。そして私の存在も終わるだろう。

力を溜め込んだこの世界が崩壊するという事は、それだけの力の開放が起きるという事だ。

せめてこの身を盾にしてでも、この小さい精霊達は助けてやろう。


「っ、おい、俺の後ろに下がってろ!」

『え・・・』


なのに、この化け物は私を押しのけて前に出た。

解っているはずなのに。盾にした方が生き残れると解っているはずなのに。

なのに何の躊躇もなく前に出て、そしてその力が膨れ上がっていく。


「おら、足りねえぞお前ら! もっと気合い入れろ!!」


世界が崩壊していく。その膨大な力を、目の前の化け物が上回っていく。

まるで彼の声に応えるように、纏う力が膨れ上がる。


『・・・綺麗』


幾つもの力が絡み合う。別種の力が一つに纏まって、化け物の力になって行く。

それは涙が流れるほどに綺麗な光景で、心を握られるに十分な出来事だった。

槍を振り下ろして全てを切り裂く彼の姿で、胸に熱く命が燃え始める。



――――――ああ、恋焦がれるなんて、いつ以来だろう。

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