第458話、真剣に対策を考える錬金術師

移動の間、私は頭を悩ませていた。

まだ短時間しか調べてはいない。だから私が間違っているのかもしれない。

けれどどうしても私には、この土地が昔から緑豊かだったとは思えないんだ。


先ず土が乾燥している。それは最初の予想通り、雨が無いせいなんだろう。

そしてその乾燥は表面だけでなく、かなり深くまで水気が存在しなかった。

つまり地表近くに水源は無く、動植物が生活出来るような環境に無いんだ。


植物は当然、動物も水が無ければ生きられない。

そして動植物が生活しない環境では、土が栄養を溜める事は無い。

土の栄養が無ければ小さな生物達も、この土の中で生きて行く事が出来ない。


この土地は、精霊達が蘇らせた砂漠とは完全に真逆の環境だ。


あの砂漠の土地は、普通に植物が育ってもおかしくない環境だった。

水分を吸い続ける存在が消えた事で、時間はかかるけど何時かは普通に緑が蘇る。

けれどここは違う。ここはどう足掻いても、砂漠である事が普通の土地なんだ。


「・・・これ、大分、不味いんじゃ」


この土地の土は半ば死んでいる。現状この広大な土地を蘇らすのは難しい。

少なくとも雨が降らない地域という時点で、特別な対策が必要になる。


過去私が作った、雨を降らせる道具は使えない。

アレは魔法で発生させた雨ではなく、魔法で気候を変化させる道具。

元から雨が降っておかしくない環境が有って、初めて使用が可能な道具だ。


勿論魔法で雨を発生させようと思えば出来ない訳じゃない。

けれど魔法で降らせても意味が無い。魔力で作った現象は魔力が無くなると消える。

魔法で降らせた雨の水を土が吸収しても、魔力が切れたら一瞬で乾く。


乾かせない為には自然現象を利用する必要があり、最初の問題に戻ってしまう。

無理矢理自然現象を捻じ曲げる大魔法は、一度なら良いけど継続は出来ない。

本来あり得ない現象を無理やり続ければ、おそらく別の問題が浮き上がる。


そもそもかなり深くまで土が死んでいる。生きている土はかなり下の方だった。

地下に水源は存在するのだろうけど、地上の土地に影響を与えられる量じゃない。


地下水源を地上まで引き上げれば、小規模な畑ぐらいは作れるかもしれない。

けれどこの広大な砂漠を蘇らせるのは不可能だろう。

もしそんな無茶に水を使おうとしたら、生活の為の水すら枯渇しかねない。


『『『『『キャー♪』』』』』


何が原因で、どう対処すれば良いか、悩んでいる私の耳に山精霊の声が届く。

ふと視線を向けるとご機嫌に踊っていて、楽しそうで良いなぁと思ってしまった。

解決策が思いつけなくて、私もそっちに混ざりたい気分だ。


この砂漠を緑にって、流石に無茶が過ぎる。この環境でどうしろと。


いや、一応手が無い訳じゃない。緑を取り戻す手段自体は在るんだよ?

水が無ければ水を持ってくれば良い。単純明快な対処手段だ。

この土地の一番の問題は水源だろうから、私ならそれは対処出来る。


問題は、私一人では無理だ、という事だろうか。


私に用意出来るのは水のみだ。後はこの土地に住む人が頑張らないと無理だと思う。

自然現象を引き起こして草木を生やすのではなく、人力で世話をする必要があるから。

そもそも一度ここまで草木が消えてしまえば、蘇るのに時間を要する。


水を用意して、死んでいる土を蘇らせ、植物が育つ環境を整える。

つまり自然の営みに任せていては、何十年かかるか解らないという事だ。

逆に言えば、人の手が入るのであれば、蘇らせる事は出来ない事では無い。


ただそこで、どうしても一つの疑問が残る。不安要素と言っても良い。


『雨は年に数回パラパラ程度しか降りませんが・・・気候は昔から変わりませんよ?』


王女の言っていた言葉が本当なら、この環境下で動植物は生きていた事になる。

私の知る知識からすれば、一体何を言っているのか、と疑問に感じる話だ。

けれどもしそれが事実なのだとすれば、自然現象以外の理由が在ったとしか思えない。


普通なら植物なんてまともに育たない環境で、けれど育っていた理由が何か在るはず。

逆を言えば、育たなくなった理由が解らなければ、水源をもって来ても無駄かもしれない。

あの砂漠の呪いの様に、土地が蘇らない理由が、環境以外に在るかもしれないんだ。


「・・・先ずは、周辺調査、かな」


手早く済ませたかったけれど、そうはいかなくなってしまった。

これは時間がかかりそうだ。正直に言うとちょっと後悔している。

だってこれ、暫く弟子達に会えない事が確定してしまったんだもん。


それが何よりも大問題だ。辛い。メイラとパックに会いたい。

いっそ二人を連れて来る為に一回帰ろうかなぁ。

何て一瞬思ったけれど、大きな溜息と共に考えを切り替える。


何を考えているんだ私は。王女があんなに必死に頼んで来た事だろう。

だから私は彼女に対して手を貸してあげたいと思って、この仕事を受けたんじゃないか。


「・・・気合を、入れろ」


情けない自分に呻くように告げ、寂しい気持ちを無理やり押さえつける。

代わりなんていうのは失礼だけど、その代わりリュナドさんが傍に居てくれるのだから。

私の前に立つ彼の背中に抱き付きながら、今後の予定を頭ので立て始めた。


「腑抜けてるつもりは無かったんだけどなぁ・・・気を付けるよ。精霊達も頼むな」

『『『『『キャー!』』』』』


ただそんな私の独り言を勘違いしたらしく、彼は苦笑しながら私に応えた。

精霊達も同じ様に取ったのか、おーっとこぶしを突き上げている。

慌てて否定しようとしたのだけれど、突然の大声が響いて動きが固まった。


な、なんだろう、やけに前が騒がしい。恐る恐る彼の背から覗き見る。

すると城下町の手前に人が並んでいて、大きな歓声を上げていた。

縮こまりながら聞くに、どうも王女の帰還を歓迎する声らしい。


「・・・大人気だな、あの王女様」

『『『『『キャー♪』』』』』


リュナドさんは少し驚いたように呟き、精霊達は楽し気に鳴いて応えていた。

自分が歓迎されていると思っているのだろうか。思っていそうだなぁ。

私はその声の圧が少し怖くて、お城までただただリュナドさんの背中に隠れていたけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「陛下、失礼致します」

「手早く話せ」

「はっ、竜と共に現れた男の言葉は真実の様です。姫様のお姿を確認したと」

「・・・そうか」


娘の迎えに行かせた者は、娘の事を良く知る人間だ。

先に死ぬのは老いぼれが良いだろうと、自ら志願して向かった。

娘の姿が確認出来れば、その事を暗号で先に伝える様にさせて。


本物にせよ偽物にせよ、あんな化け物を従える存在を無碍には出来ない。

ただ男の言葉が嘘か真実かで、こちらも対処を変える必要がある。

少なくとも娘は本人だった。後はどちらの意味での助力なのか。


いや、そもそも本当に助力の為に来たのか、という疑問もありはあるが。


奴が最近風の噂で聞いた『精霊公』その人だとすれば、この国に攻め入る理由はない。

むしろ手を貸すだけ損だろう。国交を結ぶにも遠く、そもそも結ぶ価値が無い。

となれば奴の言葉が真実である・・・と素直に思えれば何より幸せなのだがな。


「・・・父上、どう思われますか?」


異変を感じてすぐに私の元へ来た息子は、判断をしかねて問いかけて来た。

今は信用の出来る者しか周囲に居らぬ故、対立している態度を見せる必要もない。

いや、この異常事態だ。むしろ対立をする方が不自然か。


「我々を縛り付けるのが目的、やもしれんな」

「余計なあがきはせずに、緩やかに自滅しろ、という事ですか」

「その可能性の方が高いだろう。常識的に考えればな」


精霊公自身に攻め入る理由はない。だが周辺国には理由が在る。

我が国の動向に気が付いている国が、見返りを提示して依頼をした可能性が。

あの竜という目に見える武力を置く事で、我々が兵を下手に動かせないようにする為に。


そうなれば我々は何も出来ず、ただ緩やかに死んでいくしかないだろう。

もしくはあの竜に挑んで返り討ちにあい、大義名分の下殲滅されるかだな。

娘の助力の願いに応えて、という一点が痛手過ぎる。


「ですがもし、もし本当に妹の願いの為に来たのであれば・・・」

「儚い希望だな、それは」

「ですが父上、竜が本当に居たのです! ならばあの噂も本当かもしれません!」

「・・・そうだな。可能性はあるかもしれんな」


砂漠に森が蘇った。精霊公の力により、ずっと砂漠であった土地に森が出来た。

そんな噂は聞いていたし、それは真実なのかもしれん。だが、どうだろうな。

単純にその砂漠は蘇る余地があっただけで、対処可能と判断しただけではないのか。


蘇らせたのではなく、蘇ると踏んだから手を出した。そうは考えられないだろうか。

勿論成果を出した者の手であれば、この国にも緑が蘇ると夢を見たくはある。

だが夢は破れた時、大きな落胆も生まれるのだ。縋る事は出来ない。


「どちらにせよ、お前は今まで通りに努めよ。最悪の場合は私の気が狂えば良い」

「・・・父上」

「王になる者が情けない顔をするな。その時は、お前が私を斬るのだ。良いな」

「・・・はい」


その時は臣下も切らねばならぬ故、私も出来ればしたくはない。

だが覚悟の決まった目で頷く臣下を見て、今更怖気づく事など出来ようか。

一番の味方を切り捨ててこそ、解り易く乱心したと判断出来るのだ。


「とはいえ、暫くの内は表面上歓迎するしか無かろう。たとえ建前だとしても、彼の者は助力の為に来たと告げたのだ。何よりも行方不明だった王女を連れて帰ったのだからな」


一応は恩を感じるべき相手で、礼を告げるべき相手だ。

ならば城に迎え入れるのは当然であり、多少の融通は利かせるしかない。

本当に娘の願いを聞いて来たというのであれば、暫くは好きにさせるとするさ。


「だが何も成果が無く、ただ我々を縛るつけるためであれば・・・お帰り願うとしよう」

「・・・はい」


流石に国王が乱心して国が乱れた中、他国の客人を歓迎など出来ん。

当然その情報が出回れる事は、国の醜態を晒す事にはなる。

だがこのまま何も出来ずに殺されるぐらいであれば、喜んで息子に斬られよう。

この国随一の愚王として、国の歴史に名を残してやろうではないか。


「さて、客人を待たせて機嫌を損ねても面倒だ。先に構えておくか」

「私も参ります、父上」

「好きにせよ。ただし下手に噛みつくな。お前は生きねばならん」

「はい、解っております」


本当に解っているのか若干不安になるが、頷く息子を連れて私室を出た。

護衛達を連れて謁見の間へ向かい、客人の到着よりも先に玉座へ座る。

本来ならば待たせるのが筋だ。あちらからの訪問なのだからな。


だがこの状況でそんな額面通りの決まりなど、頭の緩い人間のやる事だろう。

アレは機嫌を損ねてはいけない人間だ。化け物を従える化け物だ。


待っている間に『奴を捕らえれば竜が手に入るのでは』等と言う阿呆が居て頭が痛い。


あの竜を従える者が、なぜ普通の者だと思える。そもそもどうやって従えさせる気だ。

精霊公を捕らえた所で、奴が竜に指示を出せば国が吹き飛ぶだけだろうに。

戦争派の者故私の静止には反論し、だが息子が『妹の恩人だぞ』と告げれば黙った。


不服ではあろうが、旗印が要る。そしていざという時の盾としても。

自分達が最悪の状況でも生き残る為に、この国の王子はまだ必要なのだ。

汚い計算ではあるが、その程度の計算はまだ出来る様子でホッとする。


そうして待つ事暫く、客人が来たと兵からの伝達が入り、精霊公と娘が姿を現した。


精霊公は成程常人とは思えぬ存在感だ。

竜人とでも思う鎧を身に纏い、明らかにただ者ではない空気がある。

周囲を歩き回っているアレが精霊というものか。初めて見たな。


「国王陛下、先ぶれも無く訪問した事を先ず謝罪したく思う」

『『『『『キャー♪』』』』』

「ほう・・・」


精霊公は謁見の間の中央まで進むと、膝を突いてそう告げた。

てっきり威圧的に来るかと思ったが、声音は随分と優男の雰囲気だ。

成り上がり者と聞いていたが、礼を知らぬ無頼漢という訳ではないのか。


そして精霊達も精霊公に倣う様に膝を突き、従者らしきローブの人物も膝を突いた。

精霊公と共に来た従者。となれば噂の錬金術師と思うのが妥当か?

本来怪しげな仮面は外させるべきだが・・・いや、面倒は避けるべきか。


「精霊公殿、立つが良い。貴殿の謝罪は受け入れるが、我が娘を送り届けてくれた感謝を想えば気にする必要は無い。そして娘よ、良く帰って来た。心配したぞ」

「申し訳ありませんでした、お父様」


思わず本心からの言葉が口から出て、怪我もなさそうな娘の姿にホッとする。

娘の侍女は元騎士だ。危険からは上手く遠ざけてくれたのだろう。

視線で彼女にも労いを告げると、軽く目礼で応えて来た。


「それで、精霊公殿。貴殿は我が国に助力へ来たと、そう告げたな?」

「ええ。そちらの王女殿下の要請に応え、この国へ参った次第です」

「詳しく聞かせて貰おうか」

「簡単な話です。この砂漠に緑を戻す為の助力を願われ、それに応えたというだけの事」


精霊公が何の事も無く告げた内容に、謁見の間に居た誰もがざわつく。

本当に出来るのか、出来る訳がない、いやだがしかし、もし本当なら。

戦争派も穏和派もどちらも、目の前にぶら下げられた餌に食いついてしまっている。


私も出来れば食いつきたい話だ。全てをその夢に賭けたいと思ってしまう甘い言葉だ。


「精霊公殿、貴殿は城に来るまでに、この土地を見ただろう」

「ええ、移動の間ゆっくりと」

「それでも尚、緑が蘇ると告げるのか」


夢は夢だ。可能性は毒だ。人の心を鈍らせる猛毒だ。

もし精霊公が断言しないのであれば、そんな夢は打ち捨てる。


「私には何とも言えませんね」

「なに・・・どういう事か、お聞かせ願えるのだろうな」

「私には何も解らないからですよ。今回の件で力になれるのは私ではない。我が国が誇る錬金術師が尽力すると告げた。私はただ彼女の事を信じるだけです」

「・・・錬金術師」


やはり、背後の者は錬金術師であったか。まさかそこまで噂通りとはな。

彼の錬金術師は精霊公のお気に入りだと、彼女の言葉には全て従うという話だ。

いや、そう思わせる策か、自分に意図はないという建前か。


どちらにせよ、精霊公に何も意図が無い、と思うのは流石に阿呆だろうな。


「・・・ではそちらの錬金術師に問おう。我が国に緑を蘇らせられると断言出来るか?」

「セレス、国王陛下がお訊ねだ」


私が仮面の怪しげな者に声をかけると、精霊公はすっと横に避けた。

まるで錬金術師こそが主かの様に、私と錬金術師を対面させる為に居る様に。

すると彼女はゆっくりと周囲を確認する動きを見せ――――――。


「―――――っ!」


反射的に構えてしまい、護衛も数人武器を構えている。

隠れている弓兵も矢をつがえていて、明らかに警戒を見せた。

当然だろう。正面に居る人間が、突然戦闘態勢に入ったのだから。


「ち、父上?」


だが息子を筆頭に、解らんものは解らんらしい。幾人も首を傾げている。

頼むからしっかりしてくれと思いつつも、今は女から目が離せない。

一体何をするつもりだ。まさかこの場で私達を取るつもりか。


「・・・出来る」


低く、重く、深く、地の底に響く様な、気に食わなさそうな声音で錬金術師はそう告げる。

それと同時に変化に気が付いていない者達が、大きな歓声を上げだした。

錬金術師はそれが不快だったのか、更に体に力を入れる様子を見せる。


・・・今回の仕事は不服、という事か? 本人の意思ではなく、精霊公の指示か?


扱い難い人間だという噂こそが真実で、二人の関係の噂は嘘なのかもしれん。

今にも私達を切り殺しそうな気配は、けれど精霊公が間に入ると薄れた。

精霊公の背中にピタリと寄り添い、建前だけでも噂通りに見せるかの様だ。


「ご納得いただけましたか、陛下」

「・・・迂闊に信じられる事ではない。だが娘を届けてくれた貴殿等を無碍にする気はないし、民が救われるのであればそれが何よりだ。貴殿の助力を歓迎しよう」


こやつの目的が何にせよ、今はこう答えるしか出来んか。

しかし、錬金術師か・・・精霊公の判断が不服なら、引き込む事も出来るか?

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