第459話、完全にパニックの錬金術師

城に着くまでの人の多さに怯えて後ろに下がり、完全にリュナドさんの背後に隠れる。

暫くそのままじっと耐えていると、段々と声が小さくなっていくのを感じた。

顔を上げてそっと前を見ると、いつの間にか城の門の中に入っていた様だ。


「お客人はこちらへどうぞ」


途中で王女と別れ、私達は違う所へと運ばれた。客の荷車を停める所なのかな。

取り敢えず案内された所に荷車を移動させ、私達が下りた後に彼等が荷車を触ろうとした。


『『『『『キャー!』』』』』

「わっ!?」


山精霊達が一斉に怒り出し、キャーっと唸りながら荷車を囲む。

知らない人が触ったから怒ったんだろうか。犬みたいだ。

でも出先で壊されても困るし、守ってくれるのはありがたいかな。

怒られた人は驚いているけど、精霊が小さいからかそこまで怯えてはいない様だ。


「悪いがその荷車は特別製だ。下手に触ると精霊達が暴れかねんぞ。何処に置けば良いかだけ伝えて、そいつらに運ばせた方が良い」

『『『『『キャー!』』』』』

「は、はい」


リュナドさんの指示を聞いて慌てだし、精霊の文句を言われながら荷車を誘導する男性。

そして駐車された車に半分の精霊達が残り、半分は私達に付いて来る様だ。


「他の者達にも注意しておけ。それに触るなと。精霊共が小さいからと舐めて手を出せば大惨事になると、きっちり言い聞かせておけ。良いな?」

『『『『『キャー!』』』』』

「はっ!」


リュナドさんの注意はどちらかというと、周りが怪我しない為のものだろう。

この子達何やり出すか解らないからね。ちゃんと注意しておかないと。

とはいえ彼が言い出さなければ、そんな事も頭に浮かばなかった訳だけど。


「では、お客様方。こちらへどうぞ。謁見の間へご案内致します」

「よろしく頼む」


さっきとはまた違う使用人・・・というか、文官さんかな。

文官の男性が一礼して、リュナドさんを先導する為に城の廊下を進む。

暫く進んでいくと王女の姿が見え、この短時間に着替えて来た様だ。


「着替えたのか。早いな」

「優秀な侍女が付いておりますので。優秀過ぎて侍女以上の仕事しちゃうんですけど」


王女が視線を流した先には、後ろに控える侍女さんが立っている。

彼女も着替えているけれど、一緒に来た侍女さんで間違い無いだろう。


「化粧は適当なので、少し恥ずかしいですね」

「そうか? 私からは十分に美人だが」

「お褒め頂き恐悦至極にございます」

「信じてないな」

「流石にそこまで可愛らしい世界で生きていませんよ」

「それはそうか」


可愛らしい世界とは何だろうか。まさか彼女より美人が沢山居るのだろうか。

私から見ても王女は美人だと思うんだけどな。化粧が無い方か可愛いかな?


「陛下への謁見の際、気を付ける事は有るか?」

「・・・てっきり威圧的に行くのかと思っておりました」

「助力に来たのに威圧的など、阿呆のする事だろう」

「・・・そうですね。助力に来て下さったのですものね。特別こちらを気にせず、そちらの礼節で振舞って下さって構いません。もし大きく違えば声をかけます」

「解った。それと・・・助力以上の事は出来んぞ」

「はい、解っております」


文官さんは聞いていないふりをしつつも、要所要所で後ろに意識を傾けている。

先導しながら話を聞いているのだろう。ならもう少しこっちによれば良いのに。

とは思うものの声をかける勇気もないまま、謁見の間まで案内された。


「ひぃう」


凄い量の人が詰まっている。思わずリュナドさんの背後に隠れ・・・られなかった。

彼が膝を突いてしまったので、慌てて私も彼の傍に伏せる。

精霊達は楽し気に『キャー♪』と鳴いて合わせていた。今だけ精霊になりたい。


けれどすぐに彼が立ち上がったので、そそくさと彼の背後に隠れる。

その間色々と話していたみたいだけど、人の多さでそれ所じゃない。先ず落ち着かないと。

いや、良く考えたら私に話なんて特に無いし、じっとこの状況を堪えていれば良いのか。


うん、リュナドさんも居るし、彼が傍に居るなら問題――――。


「セレス、国王陛下がお訊ねだ」

「・・・ぇ」


え、なに、なにを、何の事!? 私全然話聞いてなかったから解んないよ!?

突然話が振られた上に注目を集め、リュナドさんは隠れさせてくれない。

その事実の認識をするまでに数秒必要として、理解した瞬間体が強張った。


だって皆険しい顔してるんだもん。え、なに、私何か変な事言った?

それで皆怒ってるの? 国王様もじっと睨んでるし、こ、怖い・・・!

え、待って、今弓構えた人居たよね!? 何で!? 私何もしてないよ!?


パニックになりながら、唯一の助けを願ってリュナドさんへと目を向ける。

すると彼は私の事をじっと見ていた。優しいけど力の籠った目で。

何時も私を助けてくれる時の目で、私の行動を待っていてくれた。


「・・・ぁ」


少しだけ、落ち着いた気がする。少なくともパニックは無くなった。

まだ上手く声は出せなさそうだから、深めに深呼吸して喉を開く。


私が聞かれる事なんて、多分この国の土地の事だよね。それ以外ないし。

何が出来るのかとか聞かれたんじゃないかな。多分。

でも正直何が出来るとかまだ解らないし、調査段階でしかないんだよね。


それでも、やれる事はやる。そう決めたから。


「・・・出来る・・・・・・事は――――」

「「「「「うおぉぉおおおぉぉ!!」」」」」

「ひぅ!?」


出来る事はやり切るつもりで頑張ると、そう答えるつもりだった。

その上で何か聞かれたら再度頑張って答えようと、そう思ってたのに。

けれど言葉の途中で何故か大きな声が上がり、ビクッと固まってまた声が出なくなる。


なに、なんで、私ちゃんと答えようとしたよぉぉ・・・!


どうしたら良いのかと周囲を見回しながら怯えていると、すっと影が差した。

リュナドさんが定位置に戻って来てくれて、慌てて彼の背中に張り付く。

はふぅ、やっぱりここが安心する。びっくりしたぁ・・・。


でも取り敢えず、やる気は解って貰えた、のかな。

多分大丈夫だよね。ちゃんと頑張って答えようとした訳だし。

あ、でも何を聞きたかったのか確認出来てないし、やっぱり駄目だったのかも。


ううう・・・頑張るって来たのに、また今回も失敗しそう・・・。

その後いつの間には謁見の間を出て、リュナドさんと個室で二人っきりになってた。

気持ちを落ち着ける為、鎧を脱いだ彼に暫く抱き付いていたのは言うまでもない。


『『『キャー』』』

『『『『『キャ-』』』』』


ん、何か精霊が何体か出てった様な。まあ良いか。すぐ帰って来ると思うし。

何時もの探検だろうし、知らない所はあの子達には遊び場だからね。

でも出る時にどれだけ警戒しても、見送り側が大声で手を振ってたら意味ないと思う。


「・・・ま、アイツ等に任せるか」


リュナドさんはそんな呟きをしながら、私を抱きしめ返してくれていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


謁見の間での出来事を受け止める為、皆一度解散する事になった。

国王と精霊公の会話は、また後日改めて行われる事になる。

いや・・・正確には『錬金術師』との会話になるだろうけど


『・・・出来る』


確かに錬金術師はそう言った。低く唸る様に、当然の事を聞くなという様に。


正直不安はあった。だって彼女はずっと首を傾げていたのだから。

それがここにきて王侯貴族に対し、堂々と胸を張って断言したのだ。

まるで周囲に居る全てに喧嘩を売る様に。私にはあの姿が余りに美しく見えた。


「・・・これできっと、この国も良くなるわよね・・・戦争も無くなる」


戦争を必要としていたのは、そうでなければ国が立ち行かなくなるためだ。

今すぐでなくとも、遠くない未来に国家として破綻する。

だから彼女の手で緑が蘇りさえすれば、そんな諍いは無くなるはずだ。


この後はその話の為に、父と兄に時間を作って貰っている。

錬金術師が成果を出すまでの時間を、私が稼げなければ何の意味も無い。

ただあの時の父は、彼女に呑まれていた様に見えた。なら勝算はある。


『キャー♪』

「あら、貴方・・・どうしたの。まさか精霊公と逸れたの?」


独特な高い声が耳に入り、目を向けると何時の間にか精霊がテーブルの上に立っていた。

精霊公が案内された部屋はとは真逆のはずだけど・・・。


『キャー!』

「そ、そっか、ごめんなさい・・・」


どうやら迷子ではないらしい。ちがうもん! と怒られてしまった。

素直に謝れば『キャー』とご機嫌な様子で返されたので、多分許して貰えたのだろう。

そしてぴょんとテーブルから飛ぶと私の服に張り付き、よじよじと肩まで登って来る。

ただそこからじーっと私の髪を見つめ、唐突に纏めていた髪の中に入り込んだ。


『キャー!』

「えと、そこが、良いの?」


頷く精霊に抵抗できるはずもなく、まあ良いかと乗せたままにする。

監視だろうか。けれど私に監視を付ける意味が有るとも思えない。

何せ精霊公は彼女と違い、私が約束を違えれば帰ると断言しているのだから。


『キャー♪』

「え、ありがと、ござい、ます・・・」


今精霊は何と言った。私に対し『守ってあげる』と言ったのか。

ああ、そういう事なのか。精霊すらも交渉材料に使えという事ですね。

錬金術師の言葉を聞いても暴走する者達に、私が手を下せるかの覚悟を見せろと。


「・・・わかり、ました」

『キャー?』


私は助けて貰う事で頭がいっぱいで、自分で助かる事を諦めていた気がする。

それを精霊公に気が付かせられ、錬金術師の姿を見てハッキリと見惚れた。

あんな風に強い女性になりたいと。想いを押し通せる人間になりたいと。


「・・・行きましょう、精霊様」

『キャー♪』


私は私の出来る事を、私の仕事を成してこそ、彼女に助けを求められるんだ!

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