第457話、予想外の言葉に悩む錬金術師

「あ、あの、すみません精霊公様・・・少し外を見ても、良いですか?」


飛行が少し落ち着いた所で、王女がおずおずと頼んで来た。

頼まれたリュナドさんは少し悩むそぶりの後、私へと視線を向ける。


「セレス、良いか?」

「・・・ん、結界は張ってるから、大丈夫」

「だ、そうだ」


安全性の心配をしていたらしい。けど今ならもう安定しているから大丈夫だ。

竜はかなりの速度で飛んでいるから、彼には判断が付かなかったのだろう。

実際結界を張っていなければ、幌を開けた瞬間吹き飛ばされかねない。


「で、では・・・っ!」


彼女が恐る恐る閉じていた幌を開けると、そこには大きな竜の背中が目に入る。

そして竜の下方には白い雲の絨毯が広がっていて、上には雲一つない。

普段はここまで高く飛ぶ事が無いから、壮観な景色に私も少し見惚れる。


「・・・凄い、本当に、空を飛んでる」


王女は荷車の端に立ち、ぼーっと呆けた様子で景色を眺めていた。

彼女の裾を軽く握っている侍女も、同じ様に目を開いて景色の先を見つめる。

普段荷車で飛ぶ私でも見惚れた景色は、普段飛ばない彼女達にはもっと良い物なのかな。


『『『『『キャ~』』』』』


そして何故か精霊達が胸を張り、誇らしそうに鳴ている。

何故なのかは良く解らない。でも凄く『どやぁ』って顔してる。


「このまま雲の上を進み、海を通った事にして殿下の国に向かいます。ちゃんと口裏を合わせる様に頼みますよ。本当はこんな事をする訳にはいかないのですから」

「っ、はい、精霊公様。承知しております・・・!」


え、そうなの? そうなんだ。そういえば前にもそんな事を言われた様な。

駄目な事をしてリュナドさんは大丈夫なのかな。少し心配だ。


・・・いやちょっと待って。これって私の仕事に、彼が付いて来てくれてるんだよね。


という事はこれは急ぐ私の為であって、全部私の為にやってくれてる事じゃないか。

え、だ、大丈夫なの、本当に良いのこれ。しちゃいけないって、言ってるけど。

また私のせいで迷惑を大きくかけている。そんな事に今更気が付いた。


「・・・リュナドさん、大丈夫?」

「ああ、問題無い。もし問題が有れば、私達は即座に帰る。それだけだ。そうだろ?」

「・・・なら、良いけど」


リュナドさんは王女様に目を向けながら応え、王女は神妙な顔でコクリと頷く。

二人が大丈夫というなら、私が余計な事を言うべきではないのかもしれない。

というかこれって、もしかして王女にも迷惑かけてる、って事なのかな。


こ、これは不味い。げ、現地でしっかり仕事しないと、申し訳なさ過ぎる。


不安になってリュナドさんの腕を取り、ギュッと抱き付いてしまう。

けれど彼はそんな私を迷惑がらず、何時も通り受け入れてくれた。

相変わらず彼は私に甘い。その甘さが心地いい私は悪い人間だと思う。


「竜の目測ではそう時間もかからずに貴殿の城に着くはずだ。それまでは腰を落ち着けておくと良い。私は予定通り正面から押し通る。後の説得は貴女の仕事です、王女殿下」

「は、はい、お任せ、下さい・・・!」


押し通るとは少し物騒な。そんな感想を抱いたけれど、実際はそんな事は無かった。

竜が現地に着くと雲を突っ切って急降下して、海の上へと降りて行く。

そうして城のてっぺんと同じ高さになった所で、速度を落として城へと向かった。


そこで彼は竜に魔法で声を拡散して貰い、城への訪問を告げただけだ。

正面から押し通るというのは、ある意味あっているけれど、少し違う気がする。

とはいえ先ぶれというのは本来必要らしいから、押し通っているので合っているのかな?


彼の背中を眺めながら首をかしげていると、竜がゆっくりと地面へと降りて行く。

城にも城下町にも迷惑が掛からない様に、速度を落として少し離れた所に。

それでも巨大な竜が着地した事で、乾いた地面の砂が大きく舞った。


「・・・暑い」

『『『『『キャー♪』』』』』


竜の着地と同時に結界を解くと、道中の途中から感じていた熱気が更に増す。

王女の国はとても暑い様だ。太陽の日差しで火傷をしそうに感じる。

こういう所は服を脱ぐよりも、着ている方が涼しかったりする。


精霊達は暑かろうが寒かろうが関係なく、ご機嫌に飛び回っているけれど。

外套を知らない人の前で脱ぐつもりはない私も同じ事かな。暑くてもこのままだ。


竜の背中から軽く地面を見てみると、確かに草木の類が見て取れない。

見渡す限り緑の無い地面が続いていて、有るのは土か岩だけの様だ。

不毛の大地。そんな言葉が似合う景色がずっと広がっている。


「・・・リュナドさん、地面に降りても、良い?」

「ああ、むしろ頼む」

「・・・ん」


近くに寄って確かめてみようと、荷車を飛ばして竜の背中から地面に降りる。

そして荷車から飛び降りてしゃがみ込み、軽く地面を手で確かめてみた。

ぱっと見から解ってはいたけれど、地面が凄く乾いている。水気が一切無い。


「・・・ここが、緑豊か、だった?」


王女は確かにそう言っていた。かつては緑豊かな国だったと。

けれどこの土の様子を見る限り、その時の気配は見て取れない。

多分雨が降っていないのだろう。水が無ければ植物は育たなくて当然だ。


となれば気候の変化で砂漠化が進んだ、という可能性が高いのだろうか。

けれど国一つが砂漠化する程の変化が、そこまで急激に起きるものなのだろうか。

もし起きるとしても、その前兆が有ったはずだ。少なくとも王女が生まれるより前に。


「れ、錬金術師さま、何か解りそうですか?」

「・・・ん、地面が、凄く、乾いてるね」

「は、はい、広がった砂漠は、何処もこの様になっております」

「・・・雨は、何時から降らなくなったのか、何時から気候が変わったか、解る?」

「え、雨、ですか?」


王女に質問をすると、何故かキョトンとした顔をされた。

そんなにおかしな質問ではないはずだけど。何でそんな顔をするのだろう。

不思議に思い首を傾げると、彼女は慌てた様に背筋を伸ばして返事を口にした。


「雨は年に数回パラパラ程度しか降りませんが・・・気候は昔から変わりませんよ?」

「・・・え?」


気候が、変わらない? この土が生まれる気候で、昔は緑豊か、だった?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


道中でセレスは、ほとんど口を開く事は無かった。

王女の覚悟を問うたことぐらいだろうか。

駄目なら帰るだけだと、その了承もしてくれたけどな。

最近はこの辺りの融通をちゃんと聞いてくれるから、前より大分やり易い。


そうして目的の土地に辿り着き、街から少し離れた所で竜を降ろす。

するとセレスが早速土地を調べ始め、王女に質問をしはじめる。


だが返答を聞いたセレスは、その返事に怪訝そうな声で応えた後に黙り込んだ。

一瞬機嫌を損ねたのかと思ったが、どうもそういう訳では無いらしい。

暫くジッと地面を見つめた後、しゃがみ込んで土の様子を改めて確かめだした。


表面を触ってみたり、手で軽く掴んで見たり、鞄に入れていた道具で掘ってみたりと。

正直俺には何をやっているのかさっぱりだが、彼女は土を確かめる度に首を傾げている。


「・・・ちょっと離れて貰って、良い?」

「解った。二人共こちらへ」

「は、はい・・・」


セレスの指示に従って彼女から離れ、荷車も少し彼女から離す。

精霊達はセレスと俺達の半々に別れて、セレスの真似をしている様に見えた。

まあこいつらは当てにならん。多分ただ真似してるだけだろうし。


「・・・ん」


セレスは魔法石を取り出すと、ピンと弾いて地面に落とす。

すると魔法石の下の土がゆっくりと盛り上がり、土の柱が出来上がった。

彼女はその柱を触って動かなくなり、俺達はその様子をじっと見つめる。


『『『『『キャー・・・!』』』』』


精霊達も何故か柱に手を触れてしかめっ面をしているが、絶対何も解ってないだろ。

頼むから気の抜ける事しないでくれないかなと思っていると、ガラガラと車輪の音が耳に入る。

目を向けるとどうも貴族の車が走って来ており、大きな鳥に牽かせているのが目に入った。


「殿下、アレは迎え、で合っていますか」

「は、はい。王家の車です!」


取り敢えず、しょっぱなから即帰る事にはならずに済んだらしい。

その事に良いのか悪いのかと思っている内に、セレスはゆっくりと土を元に戻していた。

ただ変わらず疑問があるらしく、仮面の顎の部分を抑えながら首を傾げている。


「セレス、迎えが来たらしい。取り敢えず一旦王城に向かいたい。良いか?」

「・・・ん、解った」


もしかしたら移動を嫌がるかと思ったが、特に否は無く頷いてくれて少しホッとする。

ただ迎えの車がここまで来れず、結局荷車で近付く事態にはなったが。

どうも車を引いている鳥の様な生き物が、竜を怖がって近づけなかったらしい。


「姫様! よくぞご無事で! 心配しましたぞ!!」

「じぃ!」


動かない鳥を動かそうとしていた御者、と思っていたらどうも違ったらしい。

王女の世話を昔からしていた教育係らしく、顔を合わせると二人共駆け寄って行った。


「感動の再開に水を差す様で申し訳ないが、改めて名乗らせて頂く。我が名はリュナド。先に述べた通り、昨今は精霊公などと呼ばれている成り上がり者だ」


半分本気の自虐を混ぜながら声をかけると、じぃと飛ばれた老人は膝を突いた。

そして王女に向けていた表情とは違う、鋭い目で俺を見つめて口を開く。


「これは精霊公殿。姫様の無事を喜ぶ余り、失礼を致しました。先ずは姫様を無事に送り届けて下さった事の感謝と、貴方様の助力を歓迎すると、王からのお言葉をお伝えします」

「そうか。無理を聞いてくれた事を感謝する」

「我が国の宝を保護して下さった方への、当然の歓迎でございます」


国の宝。王女はそんな風に思われているのか。いや、そういう建前か。

まあ良いさ。どちらにせよ城へ迎える、という判断には変わりないし。

この後どうなるかは、俺よりも王女の行動次第だろうしな。


「・・・おかしい」


けれど俺に耳に、唸るように呟いたセレスの声が聞こえ、警戒を少し上げた。

どうやら素直に事が進んでいるのは、錬金術師様には納得がいかない様だ。

俺の背中にくっつく様に呟いていたから、他の連中には聞こえていないらしいが。


「私達はこの荷車で後ろを付いて行く。王女殿下はそちらに乗ると良い」

「は、はい」

「では姫様、御乗りください・・・」


老人は王女の手を取って車に乗せると、怪訝そうな目で荷車を見た。

けれど下手に口を開く事は無く、静かに頭を下げてから車へと乗り込む。

そして御者が方向転換をしたのに合わせて、俺達も荷車へ乗り込んだ。


「精霊達、アレの後ろを追いかけてくれ」

『『『『『キャー!』』』』』


念の為精霊達には俺が指示して、元気よく答えた精霊達が荷車を飛ばす。

ただ一体乗り損ねたのが居て『キャー!』と文句を言いながら慌てて飛び乗っていた。

全員乗るまで待ってやれよと思いつつ、黙り込んでいるセレスに目を向ける。


「セレス、何か気が付いたのか?」

「・・・ううん、まだ、ちょっと、解らない、かな」


何時ものワンテンポ遅い喋り方だが、王女が居ないからか声音に唸る様子はない。

なら機嫌が悪い訳では無く、純粋に考え事をしているという事だろうか。

彼女がここまで悩む事だ。俺は下手に口を出さない方が良いかもしれない。


「そうか・・・何か解ったら教えてくれ」

「・・・うん」


結論が出たら教えると、素直に頷いてくれた事にホッとする。

さて、城ではどういう反応が待っているか、王女のお手並み拝見と行きますかね。


「・・・これ、大分、不味いんじゃ」


・・・今すげー嫌な呟きが聞こえた。気のせいかな。気のせいと思いたい。

セレスが不味いなんて言う事態とか、深く考えたくないんですけど。


『キャー!』


何時の間に乗っていたのか、王女の乗る車の上の気楽な精霊を見て、羨ましいと思った。

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