第448話、師として弟子を認める錬金術師

荷車の移動は精霊達に任せても良かったのだけど、途中から自分で操縦した。

移動の間ずっとリュナドさんにくっついているのも、それはそれで悪くはない。

むしろ良い。ずっとくっついていたいぐらいだ。けど、でも、今は。


パックとメイラにやっと会える。そう思うと荷車を飛ばさずにはいられない。

むしろ限界ギリギリまで飛ばしているのに、まだ速度を上げたいと思ってしまう。

そうして領地を超え、国を超え、海とその傍に建つ城が見えて来た。


『『『『『キャー♪』』』』』

「ん、あっちだね・・・いたっ!」


精霊達が指さす方向を見ると、城の中庭にパックとメイラの姿が見えた。

思わずそのまま急降下させそうになったけれど、慌てて速度を落としつつ降ろして行く。

この速度で落ちたら大変な事になる。けれど気持ちがはやって身を乗り出してしまった。


「パック! メイラ!」


まだ距離があるから聞こえないかもしれない。けれど呼ばずにはいられなかった。

そしてその声はどうやら届いたらしく、二人と精霊達の視線が私の姿を捉えている。

良かった。みんな元気そうだ。精霊達もちゃんと居る。


地面が近付くと同時に荷車から飛び出し、二人にギュッと抱き付いた。

後ろでちょっと派手な音がしたけれど、多分壊れてはいないだろう。

そんな事よりも今は二人だ。二人が帰って来た。腕の中に可愛い弟子が居る。


「おかえり・・・・!」

「ただいまです、セレスさん・・・!」

「ただいま帰りました、先生・・・」


メイラは何時もの様に抱き返してきて、パックも珍しく同じ様に抱き付いて来た。

頑張ったんだろうなぁ。特にパックは大変だっただろう。普段もそうだし。

この子は私とメイラに対人能力が無いから、そこを補助しようと気を使っている。


色々解ってない事が多いし、見えてない事が多い私でも、弟子の事はそれなりに見てるんだよ。

きっと私が居ない間もメイラを守ってくれていた。一緒に居なくてもそれぐらいは解る。

だからこそ私は見送れたんだ。パックが一緒だったら、不安だけど大丈夫だって。


うん、不安はどうしようもない。心配だし、出来れば見える所に居て欲しい。

それでもパックが一緒だからこそ、メイラを見送る事が出来たんだよ。

勿論アスバちゃんと精霊殺しが居る、って言うのも理由ではあったけど。


それでもパックが隣に居るなら、メイラを助けてくれるって思えるから。


「ありがとう、パック。私を師匠で居させてくれて」


本当に優秀な子だ。私とは大違いだ。きっとパックはもう一人前だと思う。

それでも可愛い弟子だから、もうちょっと可愛がらせて欲しい。

ギュッとパックを抱きしめながらそう願い、するとパックは泣きだしてしまった。


「ありがとう・・・ございます・・・!」


少し慌てたけれど、どうやら嬉しかったみたいだ。私にギュッと抱き付いて来ている。

きっと私の想像以上に頑張ったんだろう。大変だったんだろう。疲れたんだろう。

パックは私に余り甘えてくれない。そんな子が甘えているんだからきっとそうだ。


「頑張ったね、パック。メイラも」

「はい・・・!」

「・・・はい」


メイラもパックも抱きしめ、二人共抱えて頭を撫でる。ただメイラの元気が無い様に感じた。

どうしたのだろうと思い、パックを抱きしめたまま膝を突き、メイラを見上げる様に顔を見る。

するとさっきまで嬉しそうだったのに、何故か眉をひそめて私を見つめ返して来た。


「セレスさん、私・・・私は、自分が一番役に立たないといけないはずの所で、何も出来ませんでした。きっと足を引っ張りました。肝心の時に動けませんでした・・・ごめんなさい」


それは、あの時の死人の事、かな。多分アレを相手に動けなかった事だろう。

でもアレは仕方ないと思うんだよね。完全にメイラの天敵だったと思うし。

とはいえそれを伝えるのは不味い。だって私その場に居ない事になってるもん。でも。


「良いんだよ。無事に帰って来てくれたら。私にとってはそれが一番大事な事だからね」

「・・・そう、ですか」


あ、あれ、メイラが更に落ち込んでしまった。ほ、本当に気にしなくて良いんだよ?

だってほら、失敗の量なら私の方が多いし。メイラの方がしっかりしてるよきっと。

なんて慌てていると、後ろからリュナドさんが近付いて来るのが解った。


「期待されてなかった。そんな風に思ってるなら間違いだぞ。セレスは本気で毎日お前達の身を案じて待ってたからな。無事に帰って来てくれたらそれで良いんだよ。セレスにとっては」

「で、でも、私・・・」


私の言葉足らずと理解力の無さを、彼が補完して説明をしてくれた。

それでもメイラは納得がいっていないのか、泣きそうな顔で俯いてしまう。

期待してなかったと思われていたのか。どうしてそう思ったのだろう。


けど私は彼女に期待している。私の弟子であって欲しいとずっと願っている。

それはちゃんと生きてくれないと叶わない。無理はしないで欲しい。

無事に帰って来てくれる。それだけで全然構わないんだよ。


「メイラは、ちゃんと、私の期待に応えてくれてるよ」

「・・・でも、今回は、私は・・・大した事、出来てないです」

「そんな事無いよ。メイラは何時も頑張ってるよ。帰って来てくれてありがとう」

「うぇ・・・うぇええええええ・・・」


メイラをもう一度抱きしめると、今度は彼女も泣き出してしまった。

私の弟子達は泣き虫だなぁ。師匠に似てしまったのだろうか。

それはちょっと不安だけど、嬉しくも思ってしまう。


可愛いなぁ。本当に可愛い弟子達だ。ありがとう、ちゃんと帰って来てくれて。

この両手の暖かさに、私がどれだけ感謝しているか。

貴方達が居たからこそ、私はもうちょっとがんばろうって思える事が増えたんだよ。


「貴方達が居るから、私は師匠で居られるんだよ。ありがとう」


泣いて私にすがる二人に、心の底からの言葉を告げる。

半人前の私を一人前に近づけてくれる二人に。

そうして暫く二人の事を抱きしめ、泣き止むまで頭を撫でてあげた。


『『『『『キャー!』』』』』

「あ、ご、ごめんね」


途中で『僕達もがんばったー!』と精霊達が突撃して来たけど。

実際この子達も頑張ったからね。褒めてあげないと。

ただ精霊達を褒めてたら、パックがもう抱きしめさせてくれなかった。酷い。


いいもん。メイラ抱いてるもん。あ、リュナドさんもこっち来て。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


錬金術師が前触れもなくやって来た。

最初は城の兵が弓を構えていたが、直ぐに彼女の荷車だと気が付き下ろしている。

そうして荷車が地面に迫って来ると、地面に着く前に彼女は飛び出して弟子に抱き付く。


よっぽど帰りを待っていたのだろう。そこには美しい師弟愛が見て取れる。

私の前ではアレだけ貴族然としたパック殿下が、彼女の前では年齢通りの少年に見えた。

そして一番弟子のメイラ殿も、彼と同じくただの子供になっている。


戦場で怪我人を癒し、避難誘導を的確にこなし、魔獣と戦っていた姿とは大違いだ。


この二人は師匠が偉大過ぎるが故に、自己評価がとてつもなく低いのだろう。

私からすれば、二人が何も出来ていないなら、私は完全な役立たずだと言うしかない。

むしろあの国で誰が役に立ったかと言えば、それは間違いなくこの二人だろう。


師匠仕込みの薬は凄まじい効果であり、あれで何人の人間が救われた事か。


素材採取の為に当たり前に山へ入り、魔獣を打ち倒して行く様はまさしく彼女の弟子。

特にメイラ殿は知らない土地にも拘らず、的確に薬の素材を見つけていた。

パック殿下はそれに少し劣りはするものの、怪我人の対処に関しては完璧だった。


だからこそ彼女は弟子達を褒めるのだろう。二人共仕事は成したと。

アレは慰めでも何でもなく、ただの事実を告げているだけに過ぎない。

きっとパック殿下は解ってはいるのだろう。きっと頭では理解しているはず。


だが師匠が偉大過ぎるが故に認められないのだ。自分が余りに小さく見えて。

故にもっと先を求める。師に近付けるように。そしてそれは一番弟子も同じ事。

特にメイラ殿は戦闘能力が高いが故に、余計に師匠と同じ高みを目指してしまうのか。


「末恐ろしいな・・・」


普通ならもう完成していると考えて良い人間だ。だが二人は未だ向上心を持っている。

そしてそんな二人だからこそ、錬金術師は帰って来さえすれば良いと告げるのだろう。

大事な弟子なのだ。これからもまだ伸びる弟子なのだ。無理をする方が困ると。


勿論そこに師弟愛が有るのは確かなのだろう。それは流石に見れば解る。

ただ彼女の事だ。二人をこれだけ大事にしています、と見せつけに来た可能性も有るが。

我等王族は『神雷の魔女』への恩義と、その娘への恩義を忘れない様にしている。


ならば彼女の可愛い弟子達にも、その恩義から気にして欲しいというアピールだ。

ここなら城の重役も見ている可能性があるし、見ておらずとも報告は受ける事だろう。

敵になりそうな人間にも伝わるかも知れないが、大半は友好的に動くはずだ。


『『『『『キャー・・・』』』』』

「ま、満足したなら良かった・・・」


精霊達が満足そうな顔と声音で鳴き、少し疲れた様子で呟く錬金術師。

そして立ち上がり再度弟子達に手を伸ばすと、パック殿下はすっと一歩下がった。


「申し訳ありません先生。陛下へご挨拶に向かわなければなりませんので」

「・・・そっか」


錬金術師はあからさまに残念そうな声音で応え、メイラ殿をギュッと抱き寄せる。

今のは抱きしめられるのを恥ずかしがった、という所だろうか。

若いな殿下。子供扱いなどと考えているのだろうが、恥ずかしがる時点でまだ子供だ。


という思考が漏れていたのかもしれないが、殿下にジロリと半眼で睨まれてしまう。

思わずふいっと視線を逸らすと、精霊公と目が合った。

そういえばまだ彼とは挨拶も交わしていない、という事にお互い気が付いた顔だ。


「これは―――――」

「リュナドさん」


挨拶をしようと口を開いた瞬間、錬金術師は彼の腕を取った。

仮面をしているから表情は解り難いが、動きはどう見ても親しい人間に対するそれだ。

愛おしそうに片腕で彼の腕を抱き抱え、もう片腕は可愛い弟子を抱きしめている。


三人の関係を知らなければ親子連れに見える、なんてズレた思考でそれを見つめてしまった。

ただそれに驚いているのは私だけではなく、弟子達も少し驚いた顔を見せている。


「精霊公―――」

「お久しぶりです殿下。陛下の所にご挨拶に行くのでしたら、私共も向かいましょう。此度の事私からもお礼を告げたく思います。宜しいでしょうか」


私の疑問を遮る様に彼は告げ、つまりは余計な事は言うなという事だろう。

成程。こちらを見せつけるのが本命か。本格的に関係を明確化させるつもりなのだな。

元々二人の関係は半ば公的になっていたが、他国にその仲を見せつける事はしていない。


いや、竜神の国ではやっていたのだったか? だがアレはその場での策の一つだったはずだ。

今回も策ではあるのだろうが・・・いや、わが父への牽制も有るのかもしれないな。

あの人は未だ彼女を諦めていない節があるし、この際だからと見せつけるつもりかもしれん。


ただ、あの外交大好きジジイにしっかり見せつけた結果どうなるか。

恐らくは承知の上だろう。むしろ利用する気に違いない。


「解った。では、いこうか」


当然の光景でしかない事だと解っているが、少々気落ちするのは何故だろう。

娘に婿が出来た気持ちとはこの様な感じなのだろうか。いや、娘ではないのだが。

何とも言えない気持ちが燻る。幸せそうに腕を抱く姿にもやっとする。



・・・彼女がプリス殿に似ているのが良くないんだ。

いや、何も悪くは無いのだが・・・言葉にし難い複雑な気分だ。

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