第447話、弟子を迎えに行きたい錬金術師
先日手紙がまた届いたらしく、そろそろ二人が帰るという内容を聞かされた。
やっと弟子達が帰って来る。そう思うと毎日そわそわしながら過ごしている。
まだかな。まだかな。と思いながら過ごす毎日は、楽しい様で寂しかった。
今日も帰って来なかった。まだ帰って来ない。まだなのかなぁ。まだかぁ・・・。
段々と帰って来ない事に気落ちして来て、帰って来る報告の時が一番嬉しかったと思う。
多分リュナドさんが居てくれなかったら、既に迎えに飛び出していたかもしれない。
ただ彼も毎日来てくれるわけじゃないから、やっぱり寂しい日は寂しいけれど。
『『『『『キャー♪』』』』』
「・・・ん、そうだね。帰って来るの楽しみだね」
ただ山精霊達は純粋に帰って来る事を楽しみにしているらしい。
この子達が居るおかげで、リュナドさんが居なくても気が紛れているかも。
勿論毎日世話を焼いてくれる家精霊のおかげも大きい。
「君達は凄いねー・・・」
『『『『『キャー!』』』』』
褒められたー! と喜ぶ山精霊達は、そのまま楽し気に踊り始める。
君達は本当に毎日楽しそうだね。確かに褒めたけどさ。まあ、良いか。
踊る山精霊達を見つめながら、ふふっと笑って家精霊の淹れてくれたお茶を飲む。
『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』
「ん、リュナドさんかな」
ボーっとしていると庭の精霊達の声が響き、そわそわしながら庭に出た。
小道に目を向けると予想通りリュナドさんで、待っていられずにトテトテと近づく。
「いらっしゃい、リュナドさん」
「あ、ああ」
そして歓迎の言葉と共に彼に抱き付き、ギューッと彼の体を抱きしめた。
彼はそんな私の背をポンと叩いて応えてくれたけど、ちょっとだけ物足りない。
出来ればもっとギュッとして欲しいけれど、彼はしてくれる時としてくれない時がある。
その差は何だろうかと最初は不思議だったけど、最近ちょっと解って来た。
何か話したい事というか、手紙とか、仕事の話の時は、彼は話を優先するみたいだ。
だから多分今日もそうなのだろうと思い、残念だけれどすっと離れる。
「何か、仕事?」
「いや、仕事じゃない。精霊達が手紙を届けて来た。殿下達は港に着いたらしい。書いている日付は昨日だから、今頃はむこうの城に居るだろう」
「っ!」
港に着いたという事は、荷車を飛ばせば一日もかからない。
フルヴァドさんの乗る車は飛ばせるし、そうでなくても二人には絨毯がある。
なら今日か、遅くても明日には帰って来るんじゃないだろうか。待ち遠しい。
「ただ船旅の為に、あちらの国に色々と協力をして貰っていたからな。国王陛下への挨拶やら何やらと、もう少し帰るのが遅くなりそうだ」
「・・・そっか」
一瞬物凄く喜んだせいで、反動が凄い。物凄く気分が沈んでしまった。
仕方ないのだろう。パックがそう判断したのであれば、必要な事なのだろうし。
私ならすぐ帰ってるだろうな。だって直ぐ帰って来ると普通に思ってたし。
「あー・・・会いに行っちゃ、駄目なのか?」
「え、良い、のかな」
私は二人を待つと決めた。だからちゃんと、待ってないといけないと思ったんだけど。
「それなりに片付いて、こっちに帰って来た訳だし・・・良いんじゃないかと、思ったんだが」
「っ、じゃあ準備して来る!」
現金なもので、会いに行けると解ったとたん元気が出て来た。
即座に走って家に入り、外套を取りに二階へ上がる。
けれど既に家精霊が外套を広げて、ニコッと笑って待っていた。
お礼を言いながら外套に袖を通し、何時もの鞄を背負って仮面を付ける。
バタバタと降りたら山精霊達が既に荷車を出していて、リュナドさんも傍に立っていた。
『『『『『キャー♪』』』』』
何時でも行けるよーと声を上げる山精霊にもお礼を言って、ぴょんと荷車に乗り込む。
そして振り返って・・・リュナドさんが乗って来ない。
「リュナドさん、どうしたの?」
「え、どうしたのって、見送りに残ってるだけだが・・・」
「・・・行かないの?」
てっきり彼も一緒だと思ってたんだけど。一緒には行けないのだろうか。
仕事が残ってるのかな。それなら無理には連れて行けない。
でも出来るなら、やっぱり一緒に来て欲しい。人の多い所に行く訳だし。
パックとメイラが居るとはいえ、彼が居ないと少し不安だ。
「確認取ったのはそういう事か・・・解った。でも日帰りで頼む。仕事が残ってるから」
「ん!」
私も別に何日も居るつもりは無い。兎に角二人を迎えに行きたいだけだから。
喜んで彼に手を伸ばし、苦笑する彼の手を引いて荷車に乗せる。
『『『『『『キャー!』』』』』
そして山精霊の元気な声と共に荷車が飛び立ち、一直線に海へと向かった。
王様に挨拶という事は、多分城に居るのだろう。
ならやっぱりリュナドさんが居てくれないと、困った事になったかもしれない。
「ありがとう、リュナドさん」
「・・・ん」
ギューッと彼にだきつくと、今度は彼も抱きしめ返してくれた。
でも今日は簡易鎧着てるから、ちょっと抱き付き難いなぁ。仕方ないか。
竜鎧よりは良いけどね。アレだと抱き付いてる気がしないから。
でも首元は出てるから、そこにスリスリして満足しておく。にへへ。
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港に到着した僕達は、先ず何よりも協力をして下さった陛下への礼に向かう事にした。
ただし公式には話せない事も幾つかあり、非公式な場での会談にはなるが。
なので王子がその手引きを行ってくれて、ただし会えるのは翌日になると言われた。
勿論急いで当日に遭う理由も無ければ、無理を通す必要も無い。
そうして翌日になり、今王子と共に陛下の元へと向かっている。
メイラ様には残っていて構わないと言ったのだが、自分も行くと言って付いて来た。
ただしやはり人が多い所は怖いのか、僕の袖をチョンと握って顔を伏せている。
姉弟子様は意地っ張りで頑張り屋で相変わらず可愛らしい。
「パック殿下も律儀だな。父への挨拶などせずに帰っても良いだろうに」
「そういう訳にもいかないでしょう。此度の事で大事な船を何度も貸して頂きました、その礼は述べておかねば、流石に礼儀知らずかと」
僕の隣で国王である自身の父を蔑ろにするような事を言う中年王子。
その言葉が何処まで真意なのかは解らないが、そういう訳にもいかないだろう。
僕は今錬金術師の弟子として、そして国を預かる者としての立場を持つのだから。
むしろ先生に恥をかかせない為にも、その辺りはきっちりやっておきたい。
「礼儀の為だけ、ではないだろう?」
「勿論」
今後も友好的に手を繋いで行きたい、という挨拶的な意味もある。
内陸にある我が国にとっては、海に面した国との友好は不可欠だろう。
特に父の・・・前国王のした事を考えれば、むしろ此方は下手に出てしかるべきだ。
けれどそれは『錬金術師セレス』の存在により許容されてしまっている。
僕が先生の弟子である事で、そしてあの街が我が国である事で、王子は許容すると決めた。
国王陛下もそれを認め『無かった事』にして、友好国として過ごして下さっている。
勿論最初にこの国に来た時も、その礼はしておいた。
公に言えば問題になるので、公式のあいさつの後に、別の場ではあったが。
『神雷の魔女の娘の協力を手放してまで、面子を通す意味が無いのでな』
陛下はそう答えた。結局の所、この国で重要視されているのは先生という事だ。
今回の協力も、そして陛下と王子の寛容も、全て先生が居なければ成立していない。
それを致し方ないと思う事が情けなく、更に今から利用しようとしている事も情けない。
今回の事は先生が関わっていない。表向きにはそうなっている。
けれどそんな事は当然表向きだ。僕だけなら兎も角、メイラ様が居るのだから。
錬金術師の一番弟子が居て、更にあの街の聖女が共に向かった。
これで先生の関与が無い、何て思う程頭の中身が無い人間はそう居ない。
だから今回グインズ殿の国と友好を繋ぐ道化になれる。空っぽな道化に。
僕自身には何も無い。国を治める者ではあっても、それ以上の価値が無い。
有るのは先生の弟子の一人である、という事ぐらいだろうか。
それでも所詮それだけだ。実力も無ければ、結局は師の威を借りる事しか出来ない。
いや、解っている。自分に出来る事は、今の手持ちを十全に使う事なのだと。
メイラ様の出来ない事を、僕が代わりにやる。役割分担は解っているんだ。それでも。
・・・情けない話だ。我ながら情けない想いだと思う。
結局、また僕は、肝心な所で力になれなかった。メイラ様の危機に何も出来なかった。
せめて彼女の隣に立つ為に、その為に魔法石を使う技術だけでもと努力していたつもりだ。
だが結局僕に出来たのは避難誘導。精霊達の力を狩りて、人を逃がした程度だ。
急いで助けに来てくれたメイラ様を見て、ホッとした自分を覚えている。
なんて、情けない。動けなくなった彼女を支えて守るだけしか僕には出来なかった。
戦おうとした時も結界で防ぐのが精いっぱいで、攻撃に移る暇なんてない。
グインズ殿が居なければそれも無理だったろう。結局僕は無力なままだ。
それが悔しくて堪らない。余りにも力不足なこの身が口惜しい。
けれど顔に出せばメイラ様を不安にさせる。そう思いずっと隠していた。
「パック! メイラ!」
「――――――、せん、せい?」
「セレスさん!?」
『『『『『キャー♪』』』』』
白の中庭を通った所で、先生の声が聞こえた。驚いてメイラ様と共に周囲を見回す。
けれどその姿は何処にも無く、ただ精霊達が上を見て手を振っている事に気が付く。
慌てて視線を上に向けると、そこには見覚えの在る荷車が飛んでいた。
そしてその端に立つ、見慣れたローブ姿で仮面の女性が、こちらを見ている事も。
先生だ。先生が迎えに来てくれた。帰還を迎えに来てくれたんだ。
その事実を認識した瞬間、張り詰めていた何かが一つ切れる音が聞こえた気がした。
けど駄目だ。ここは他国の王城だぞ。我慢しろ。堪えろ。そう自分に言い聞かせる。
その間に荷車が中庭に降り立ち、先生と精霊が飛び出して来た。
「おかえり・・・・!」
そして僕とメイラ様をギュッと抱きしめ、震える声でそう言ってくれた。
まるで全て知っているかのように。無事に帰れなかった可能性を知っている様に。
いや、きっと知っていたのかもしれない。それでも先生は待っていてくれたんだ。
「ただいまです、セレスさん・・・!」
「ただいま帰りました、先生・・・」
メイラ様は嬉しそうに先生に抱き付き、僕も少し恥ずかしくなりながら抱き付く。
そんな僕達に先生の目が嬉しそうに細められるのが、仮面ごしでも解った。
「頑張ったね。二人共。パックは、特に」
「え? 僕は、何も」
「そんな事無いよ。パックが居なかったら、駄目だったと思う。パックが居たから、私は二人を送り出せたし、待ってられたんだから。ありがとう、パック。私を師匠で居させてくれて」
「―――――――」
どうして先生は、何時も何時もそうなんだろう。本当に敵わない。
僕が一体何の役に立ったというんだろう。先生の期待にそこまで応えられたのだろうか。
自己評価では十分じゃない。最低限をこなせただけでしかない。
それでも先生は僕に期待してくれて、そして十分に仕事をしたと言ってくれた。
師として送り出した自分は間違ってなかったと。お前は弟子として仕事を成したと。
「ありがとう・・・ございます・・・!」
何度目か解らない。先生の前で涙を流すのは。みっともなく縋りついてしまうのは。
情けないな。ここは先生の家ですら無いのに。泣き止めない。涙が止まらない。
「・・・やっぱ、単純に好意だよな、アイツのアレって」
ふとそんな呟きが耳に入って顔を上げようとしたが、先生が更に抱きしめて来て出来なかった。
リュナド殿も着ていたのか。精霊公も呼んだという事は、共に陛下の元へ行くつもりだろうか。
駄目だ。上手く頭が回らない。先生の暖かさに涙が溢れる。思考が鈍る。
ああもう、何時まで子供なんだ僕は。
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