第446話、落ち着いた日々を過ごす錬金術師

リュナドさんに自分の思いを告げてから大分経ち、アレから私は変わらない日々を送っている。

依頼を受けて仕事をして、興味の出た事を書いて纏めて、夜はライナの店へ行く。

変わらない毎日で、その変わらない事が凄く心地良くて、幸せに感じる。


勿論あの夜の事も、次の日の朝の事も、ライナには全部報告している。

話を聞いた彼女は頭を抱えてテーブルに突っ伏し、暫く動かなくなったけど。

また私は何かしたのだろうかとオロオロしていると、彼女は溜息と共に顔を上げた。


「・・・こればっかりは、私が何をどう言っても、余計に捻じれるだけなのかもね。セレスがどれだけ彼の事を好きなのかは・・・ズレてるけど伝わってると思うわ。うん、伝わってはいるのよね。ただリュナドさんが想定外に『いい人』過ぎるだけで」


想定外な良い人。ライナにそこまで言わせる程に、彼は優しくて暖かい人なんだ。

私の事じゃないのに何故か嬉しい。褒められたのは私じゃないのに嬉しい。

ただ私の好意が少しズレて伝わっている、というのはどういう事なのだろう。


「あー・・・えっと・・・セレスはリュナドさんの事が大好きなんだけど、それは友人としての最大限の好意と思われているっていうか・・いやでも、セレスの思考だとズレてないのよねぇ」


気になって訊ねると、何だかそんな感じの事を言われた。確かにズレてはいない。

私は彼の事が大好きで、とても大切で、ずっと友達でいて欲しいと願っている。

そこがちゃんと伝わっているなら、私はちゃんと伝えられたんじゃないだろうか。


「・・・ここから先は、私が口を出しても仕方ないのかなぁ。セレスは今の関係で十分幸せで、リュナドさんは自分の意志次第な所あるし。彼とは今は友人のつもりはあるけど・・・私はセレス優先かな。取り敢えず今は様子見しよう。うん」


その続きの言葉の意味は良く解らなかったけど、取り敢えず様子見になったらしい。

ただリュナドさんの意思の部分が気になる。聞いても良い事なのだろうか。

そう思いつつ恐る恐る訊ねると、また彼女は少し困った表情を見せた。


「ん-ーーー、まあ、あの人はさっき言った通り、ちょっと良い人過ぎるわ。彼は今貴女の気持ちを第一に考えている。多少のすれ違いは有るけど、ある意味ちゃんと伝わってるのよ。だから彼が自分の意志を優先するのかで関係が変わる。踏み込むのか、留まるのか、ね」


私の事を第一に考えてくれている。成程優しい彼なら有りそうな事だ。

もしかしてそれで何かを我慢させているという事なんだろうか。

それは嫌だな。大好きだからこそ、彼に変な我慢はさせたくない。


「一歩踏み込ませる方法が無い訳じゃないんだけど、それをセレスにやらせると絶対今以上に拗れる予感がするのよね・・・だから今はセレスは普段通りに生活しておきなさい。リュナドさんには・・・次に顔を合わせる機会があったら、私がちょっと話しておくから」


ただ彼女からそんな心強い言葉を貰っているから、きっと彼の事は大丈夫だろう。

実際私が変に行動したら拗らせると思うし。なら任せた方が絶対良い。


「多分彼がどういう選択をしても・・・今のセレスなら、離れる以外の選択は受け入れるでしょうね。その時点で答えが出てると思うんだけどなぁ・・・なーんでこうなるのかしらね」


なんて最後に呟いていたけれど。多分私がまた何か余計な事をしてしまったのだろう。

でも彼女の言う通りだ。私は彼が離れて行かないなら、きっと何でも受け入れると思う。

それはライナも同じ事だと告げると、彼女はフッと優しく笑った。


「私は大した事はしてないわよ。友人がちゃんと生活できる様に、周りに嫌われないように、出来るだけ好かれるように、少し気をきかせてるだけ。友達なんだから、当然でしょ?」


その言葉に涙がこぼれた。短い言葉に籠められた優しさに、思わず彼女に抱き付いた。

ああ、やっぱりライナの事は大好きだ。一番の親友だ。彼女が居たから私がある。

大好きな人を手放さずに済んだもの、結局彼女のおかげだ。


彼女への感謝は一生忘れない。常に胸に抱いて生き続けなきゃいけない。そう思う。


「後はまあ・・・ハニトラさんは、まあ良いでしょ。あの人何だかんだ悪い人じゃないし。今のリュナドさんなら二人抱えても怒られない立場だし・・・むしろ望まれる立場じゃないかしら。むしろあの人割と本気でリュナドさんの事好きみたいだし、私が口出す権利も無いでしょ」


最後にそんな事を呟いていたけれど、それは私にとっては嬉しい話だ。

ハニトラさんリュナドさんの事大好きだもんね。ぎゅってしたいしされたいよね。

自分のやった事は間違っていなかった。その事がとても嬉しい。


そんな感じの話を大分前にして、平和な今日に至る。


なのにまだ弟子達が帰って来てないのがとても辛い。辛いけど、我慢は出来ている。

代わりなんて事を言ってはいけないのだろうけど、リュナドさんが居てくれるからだ。

あれから彼は前よりも家に来るようになった気がする。因みに今日も居る。


きっと傍に居て欲しい、という願いを叶えてくれているのだろう。本当に優しい。

なので今まで以上に彼に好意を伝えようと、やって来た彼にギューッと抱き付いた。

ちゃんと大好きだとも何度か伝え、だから我慢しなくて良いからねとも。


「・・・まあ、うん、気持ちはありがたく、受け取っておく」


ただ彼は困った顔をしていたので、まだライナと話をしていなかったのかも。

失敗した。何で私は何時もこうなのだろうか。本当に情けない。

そう思いつつも、彼が近くに居るだけで幸せな気分になる。本当に独りよがりだ。


「あー、そういえば、先日手紙が来たんだが・・・」


その後は軽く今後の話等をした。と言っても私にはそこまで関係無い話だったけど。

弟子達を助けに行った国の事だったんだけど、私に何か要望は有るかと聞かれた。

その国が大変な状況で、その為に魔法使い弟姉が向かい、弟子達が協力していたと。


事実は理解できたけれど、なら私に何かを望む権利は無いと思う。だって図々しいよね?

弟子達が頑張ったから、師匠にも礼を寄こせとか、何を言ってるんだろうって思う。

なので頑張った二人の望みを聞いてくれたらいいと、そう伝えておいた。


「そうか・・・そうだな。今回の件は、セレス自身は完全に無関係、だもんな」


なので彼はそう言って納得し、二人が帰国してから改めて話を聞く事に決まった。

当たり前だよね。事情も殆ど解ってないままに、弟子達が頑張った事実だけ知ってるとか。

そんな師匠に何が言えるというのだろう。まあ、でも、付いて行けるなら行きたかったけど。


「それじゃまあ、後の事は二人に、というか殿下にお任せかな」


どうやらリュナドさんはパックに任せる事に決めたらしい。

私もその方が良いと思う。あの子は賢いから。でも早く帰ってきて欲しいな。

弟子の居ない寂しさを覚えながら、彼にギュッと抱き付いて心を誤魔化していた。


でもさっきの話を聞く限り、もう少ししたら帰って来るらしい。待ち遠しいな。


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セレスとハニトラ女のタッグに弄ばれて数日後、不本意な程に俺の生活は何時も通りだった。

いや、うん、冷静に考えるとそうなんだよな。だって今更だもんよ。


セレスは元々俺との関係を噂されてたし、ハニトラ女に関しては俺の家に住み着いてやがる。

酒場であんな騒動があって新しい噂が立った所で、結局俺達の関係の噂はそのままだ。

セレスが正妻で、ハニトラ女が側妻、って感じの噂は前からあったからな。


後酒場の件で一時俺の悪い噂は立ったが、ほぼほぼ一瞬で消えた。

仲が良い故の痴話喧嘩。そんな風に落ち着いたらしい。

場所が酒場で酔っぱらい共しか見てなかった、ってのも大きな要因だろう。


でも以前は完全に否定していたが、もう否定を口に出来なくなったのが変化と言えば変化か。


「なっさけねぇ・・・」


実際にはどっちもそんな関係じゃない。セレスには手を出してないし、ハニトラ女も当然だ。

つーかハニトラ女に関しては、普通に距離の取り方が前より上手いんだよな。

セレスに許可を貰ったってのがデカいんだろうが、最近は無理に迫って来る事が無い。


ていうかさ、あいつら何時の間にあんなに仲良くなってたんですかね。

おかしいだろ。組むなよ。普通組むような関係じゃないだろ。

ああでも貴族って妻同士仲が悪いと問題も有るんだっけ?


先々の事まで考えていたんですねセレスさん。

それならもう少し俺の気持ちも慮ってくれると凄くありがたいんですが。

いや、まあ、考えた上なんだろうけどさ。だってセレスは友人だからな。


妻としての立場に、流れで甘んじる気ではいるが、実際は友人でしかない。

なら子供を産んだり、そういう欲求を解消する相手は、別で必要だろうと。

だからってハニトラ女なのは不可解だが、セレスはアイツを認めている。


いやまあ、俺も馬鹿じゃないから、一応認めた理由は気が付いてっけどさ。

つーかそうじゃなかったら精霊が懐かねーと思うんだよ。

こいつら何だかんだ、悪意だったり敵意だったりは、結構敏感だからな。


つまりセレスは、本気でアイツを俺の傍に置かせるつもりなんだろう。

認められた本人も本人で、自分の立場と仕事をきっちり理解していやがるしな。

ただの痴話喧嘩だと噂を広めたのはアイツだ。これ以上説得力ある人間も居ないだろう。



・・・だからこそ、今自分が否定すると、本当にセレスとの関係が無くなる気がする。



我ながら情けない事この上ない感情だ。今まで否定しておきながら何言ってやがる。

とはいえセレスはその俺の葛藤を理解している様で、我慢するなと告げて来る。

俺を誘っているのか良く抱き付き、居間での会話も大体隣に居る・・・と思っていた。


「あ、あのー、セレスさん?」

「ん、何、リュナドさん?」


俺の腕に抱き付き、片手で俺の手をニギニギと握り、片手で指を撫でるセレス。

蕩けた様な笑顔で俺を見上げ、体を預けてくる様子は本当に困る。

何が困るって、この間初めて知ったが、セレスは単純に距離感がおかしいらしい。


『あの子、好きな相手には抱き付くわよ。パック殿下もそれで困ってなかった? 多分貴方がもっと伝えてくれって言ったから、その通りにやってるだけでしょうね。私はあんまりずっと抱き付かれると流石に邪魔だから、長い時は引きはがすけど。辛いならそうしたら?』


セレスの態度について相談にいったら、ライナにはそんな風に返された。

確かに殿下は隙あらば抱き付かれる、と言っていた覚えがある。

子供扱いだからなのかと思っていたが、よく考えるとアイツは子供も避けるよな。


つまり単純明快に好意のみで、彼女のこの行動に誘う意図は無い。無いらしいんだよ。

本当かと疑いたくなるが、その事実を知るとセレスが寝る時抱き付いて来る理由になる。


他にも色々と思い返すと、確かに思いあたる節がある。セレスは良く俺に抱き付いていた。

まさかアレ全部そうだったのか。いや待って、何時から何時までがそうなんだ。

何て悩みつつも、結局この思考は現実逃避だろう。セレスがどうあれ俺は抵抗できない。


「・・・何でも無いです」

「そう? なら、良いんだけど・・・にへへ」


幸せそうに笑うセレス。それはもう単純に、大好きな友人だからでしかない。

そう、友人なんだ。どれだけ俺が願望的な思考をしようとも、これは友人に向ける笑顔。

解っているのに引きはがせない自分が情けない。色々と辛い。


『セレスの心が変わるかどうかは、正直難しいと思うわよ。ただあの子はもう貴方に最大限心を開いてるから、後は貴方がどう望むのかでしかないんじゃないかしらね。まあ話を聞くに、その流れは正直私でも心が折れそうだけど・・・でも、セレスは多分、受け入れると思うわよ?』


それはそうだろう。何せセレスはさっきも言っていた。我慢はしなくて良いと。

おそらくライナから話を聞いたんだろう。俺も言っても構わないとは伝えてたからな。

セレスなら気が付いていると思っていたし、だからこそあんな事を言うのだろうさ。


「私はリュナドさんが離れる方が嫌だから、何でも言ってね。叶えられる限りは叶えるから」


結局の所はこれなんだ。セレス本人には、これ以上の意図は無い。

多分ライナの言う通り、俺が望めば彼女は受け入れるんだろう。

でもそれは結局俺の我を通すだけだ。その先の事を考えると動きが止まる。


俺が望むかどうかでしかないか。解っちゃ居るんだ。きっとセレスの心は変わらない。

だって本人がはっきり言ったんだからな。俺とは大事な友人だって。


『まあ・・・そうね。貴方の言う通り、セレスにとって貴方はとても大切で大好きな友人だわ。でもそれはただセレスが人を寄せ付けないが故に、それ以上の関係を理解してないだけでもあると思うのよね。それでも貴方がセレスの心変わりを望むなら・・・きっと辛いわよ?』


それでも、関係を壊してまで先に進んでどうなる。孤児院育ちの身としてはそう思ってしまう。

勿論俺は子供が出来たら面倒は見る。でも母親に愛されていない事に子が気が付くだろう。

子供ってのは案外聡い。親の愛情の有無をよく見ている。そして気が付いた子はどう思うか。


金を払って預けられた子供は、親がいるはずなのに預けられた子供は、一体どんな思いだった。

勿論俺の育った所は大人が良かったから、皆それなりに曲がらずに育ったと思う。

けれど心の傷は消えない。親に捨てられた、愛されなかったという傷は、ずっと残る。


俺の居た所にはそういう子供も居た。そいつらの泣いた顔を、何度も見た。

金も子供も突っぱねて返しても碌な事にならないと、皆引き受けていたからな。

当然迎えなんて無い。来る訳が無い。当たり前だ。その為に金を払ったんだ。


そんな大人にはなるまいと誓った事もあった。そんな事もあったんだよ。

孤児じゃないのに孤児になる。そんな子供達の悲痛を知ってるんだ。


「・・・解ってる。大丈夫だよ、俺も、我が儘を通してるだけだから」


だからこそ先に進まない。セレスが友人だと言うなら、俺も友人であろう。

けれど万が一彼女自身がその先に進むと望むなら、俺もその時は応えるだけだ。

そんな未来が有るのかは怪しいけどな。


「にへへ・・・そっか、よかった」


俺の答えに満足したのか、セレスは安堵した笑顔で擦り寄って来た。

いやでも無自覚に誘って来てる態度が辛い事と、解ってて引きはがせない俺が辛いけどな。

これ本当に無自覚なんだよな? 指をつつって撫でてるの本当に他意は無いんだよな?


「大好きだよ、リュナドさん」

「・・・うん」


うん、やっぱ辛い。何が辛いって、段々抱き付かれる事に慣れて来てる事が一番辛い。

抱き付いてくるセレスを抱きしめ返し、心の中で大きな溜息を吐いた。

本当に嬉しそうですねセレスさん。もう良いよ。好きにしてくれ。






尚この後、私だけは不公平だからという謎理論でハニトラ女が呼ばれ、二人で抱き付かれた。

うん、もう、色々諦めそうだわ俺。いや、頑張ろう。頑張れ俺。折れるな。

・・・つかこっちもこっちで、幸せそうな顔で抱き付かれて困る。

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