第445話、一緒が良い錬金術師

「今何時だ・・・?」


そんな呟きが耳に届き、ふと意識が浮上する。

ぼーっとしながら目を開けると、天井を見つめるリュナドさんが見えた。

彼も少しボーっとした表情で、その顔を私へと向ける。


「んみゅ・・・おはよう、リュナドさん」

「お、おはよう・・・」


彼と目が合い自然と笑顔になり、朝の挨拶を互いに言い合う。

ただ私が寝ていると思っていたのか、声をかけた事で少し驚かせてしまったみたいだ。

ポヤッとした頭でその事を理解しつつも、彼の肩に頭をのせる様に転がる。


「にへへ・・・」

「・・・機嫌良いな」


かれはご機嫌に笑う私を見て、少し呆れた声音な気がした。

けれど私から離れる所か、空いている手で私の頭を撫でる。

すると余りに気持ち良く感じて、意識が溶けそうになった。


「はふぅ・・・ふぇ・・・」


思わず変な声が漏れ、意識せずとも彼に擦り寄ってしまった。

そのせいか彼の手がズレ、私の頬に添えられる。暖かい。

触れられている所が気持ち良い。彼に触れらえていると思うだけで心地良い。

もっと撫でて欲しくて、彼の手の上に自分の手を添えた。


「・・・えへぇ」

「っ・・・!」


多分今の私は、物凄くだらしなく笑っているだろう。この時間が余りに幸せ過ぎて。

そんな私を見つめる彼は、何かをぐっと我慢する様に堪える表情を見せた。

一体どうしたのだろうかと首を傾げると、彼は手を放して体を起こす。


そして頭を抱えるしぐさを見せて、大きな溜息を吐いた。

本当にどうしたのだろう。もしかして寝過ごしてしまったのだろうか。

彼を見ながら私も体を起こし、寝ぼけた頭を起こす様に伸びをする。


「んんっ・・・!」

『『『『『キャ~・・・!』』』』』


私達が起きたからなのか、山精霊達も続々と起き始めた。

頭の上に何時も居る子は、若干寝ぼけながら私の袖を登り始める。

あ、落ちた。仕方ない、乗せといてあげよう・・・頭の上で寝たね。


「・・・嘘みたいにぐっすり寝たな、俺・・・良いのか悪いのか。いや、良いのか」


彼の様子は少し心配だったけれど、そんな風に呟いていたから大丈夫だろう。

本人が良いと判断したのであれば、きっとそれは良い事だ。寝れたみたいで良かった。

彼はお酒を飲むと眠りが浅くなるなのかな。そういう人も居るらしい。


確認を取ってみようかと思った所で、コンコンとノックの音が響き家精霊が入って来た。

起こしに来たのだろうか。一瞬そう思ったけれど、家精霊が何時もと違う事に気が付く。

会話用の板を胸に掲げていて、既に文字が書かれていた。ええと・・・。


『お客様がいらっしゃいました』


お客。こんな朝に・・・いや、二度寝したから昼なのかも。でも誰だろう。

もしかしたらライナかもしれない。昨日急いで出たから心配させたかも。

リュナドさんの事も相談していたし、それなら早く謝らないと。


「えと、誰、かな」

『ハニトラ様です』


ハニトラさん? どうしたんだろう。今日は誘ってないのだけれど。

彼女は誘わないと来ないから、初めて彼女から来てくれた日かもしれない。

とはいえ誘ったら絶対来てくれるから、それはそれで嬉しいのだけど。


「・・・えっと、ハニトラって、アイツ、だよな?」

「ん? 私が知ってるハニトラさんは、一人だけだよ?」

「・・・だよな」


リュナドさんは他にハニトラさんを知っているんだろうか。

取り敢えずお互い知っているハニトラさん、って事で今は大丈夫かな。


「居間で待たせてる、んだよね。すぐ行くから、お茶を先に出してあげて」


家精霊は了承の意を示す様にペコリと頭を下げて、扉を閉めて下に降りて行った。

別に閉めなくてもよかったんだけどな。私は普段着のままだし、着替える必要は無い。

リュナドさんは・・・彼も昨日と同じかっこだね。


「えっと、私は降りるけど・・・リュナドさんはもう少し寝てる?」

「・・・いや、起きる。降りるよ。アイツに言いたい事もあるしな」

「そう? じゃあ、一緒に行こっか」

「ああ。一緒に、行こう」


何となく手を伸ばすと、彼はその手を取ってゆっくりと握った。

なんだろう。ちょっと不思議な感じがする。何時もと、何だか違う様な。

何が違うのかは上手く説明できないけど、彼の私への触れ方が変わった気がする。


とはいえ嫌な感じは無く、むしろ嬉しい気がするから、気にする必要も無いかな?


「えへへ・・・」

「・・・ご機嫌なら何よりだよ」


ただ思わず笑みを漏らすと、彼には少し呆れたような笑いで言われてしまった。

機嫌を損ねた訳では無い様だけど、ちょっと浮かれ過ぎだっただろうか。

でも駄目なんだ。何だか自然に笑ってしまう。手が、触れるだけで、嬉しい。


「・・・行かないのか?」

「あ、う、うん、ごめん、行こう」


彼の手をじっと見つめて固まっていた。完全に無意識だった。

また頭が寝ているのかもしれない。ちゃんと起きないと。

少し慌てつつ彼に応え、部屋を出て階段を降りて居間に向かう。


するとそこには家精霊の報告通り、ハニトラさんがお茶を飲んで待っていた。

ただ彼女の様子は何処か怖い物があり、何時もなら笑顔で飲むお茶を睨んでいる。

普段と違う彼女の様子に驚いていると、その目が私に向けられた。


ただし鋭かったはずの目は、横に居る彼に向くと鋭さが消えたけれど。

むしろ気が抜けた様な、肩の力を抜いた様子で溜め息を吐いている。


「・・・態々見せつけてんじゃないわよ」


へ? 見せつけるって、何をだろう・・・何も持って来てないん、だけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『錬金術師が精霊公に泣いて縋りついた。捨てないで欲しいと必死になっていた』


そんな噂が朝から広まっていた。馬鹿馬鹿しい。有る訳が無い。

多少なりともあの錬金術師を知っている人間なら、そんな事信じる訳が無い。

噂話をする人間に愛想を振りまきながら、内心では鼻で笑って聞いていた。


「はっ、あの女がそんな事する訳無いじゃない。演技なら兎も角、ねえ?」

『キャー?』


水桶を抱えて家に帰り、鼻で笑いながら精霊に訊ねた。

すると精霊から帰って来たのは、私の言葉を否定する返事だった。

本当にしたよと、僕見てたから知ってるよと。


「・・・は? え、ほんとに? え、でも、演技でしょ?」

『キャー』


精霊は首を横に振り、違うよと否定した。つまり、本当に、本心で、言ったと。

本当だろうか。精霊達はあの女の僕だ。嘘の可能性が高い。

そもそもあの女がそんな事を本当にするタマか。絶対何かの策だろう。


いや、もし本当なら、本心から言うような事態なら、それは好機じゃないの。


散々私を煽ってくれたくせに、何やったのかしらねアイツ。

精霊公が自分にベタぼれだという自身があったんでしょうけどね。

人の心は何時だって移り変わる。何が切っ掛けになる変わらない。


これは好機だ。逃がしちゃいけない。今こそ付け入る好機だわ!





「・・・なのに、なーんで私は、錬金術師の家に向かってんのかしらね」

『『『『『キャー♪』』』』』

「何言ってんのか解んないわよ」


どう考えても今向かうべきは、落とすべき男の元のはずなのよね。

何かが合ったのは間違い無くて、そう言う時が一番やり易いんだから。

けれど足は領主館ではなく、錬金術師の家へと向かう道を歩んでいる。


「・・・違うわよ。これはそう、どんなツラしてるのか、見に行ってやるだけよ」

『『『『『キャ~』』』』』

「何よ、何か言いたい事あるならちゃんと伝えなさいよ」

『『『『『キャ~♪』』』』』


何か解った風な精霊達の態度がちょっと腹立つ。

これ以上言っても無駄そうだから、むすっとした表情で歩を進める。

そうして錬金術師の家に着くと、錬金術師は庭に居なかった。


当然なのかもしれない。私が勝手に訊ねて来たのだから、迎えが無いのが普通だ。

けれど何故だろう。彼女の迎が無い事実が、やけに大事に思えた。

すると家の扉が自動で開き、錬金術師が出て来たのかと目を向ける。


「あ、あれ・・・ああ、家精霊ね。ええと、今日は呼ばれてないんだけど・・・錬金術師は家に居るのかしら。居るなら少し、話しをしたいんだけど」


何を言っているのか自分でも疑問だ。何を話すつもりなの。話す事なんて無いでしょ。

何馬鹿な事やってんのかしら。そう思っていながらも、促されるままに家に入った。

そうして少しするとお茶が出され、飲んでいる内に冷静になって来る。


何で来ちゃったのかしらね。今からでも帰った方が良いんじゃないかしら。

なんて思っていると、二階から人が下りて来る気配を感じた。

どんな顔をしているのか。なんて言うつもりなのか、まだ整理がついていない。


そもそも私は何を思って来たのか、ぐちゃぐちゃな思考のまま顔を上げた。


「・・・態々見せつけてんじゃないわよ」


ただそこに居たのは、幸せそうな笑顔で手を繋ぐ錬金術師の姿だった。

当然その隣に居るのは精霊公で、まんざらでもない表情で立っている。


盛大に溜息を吐いたわよ。心配なんてしてない。絶対してない。してやるもんですか。

なんかもうムカムカしてきたわ。ばっか馬鹿しい。やっぱり思った通りじゃないの。

なーにが本当に縋ってたよ。あれがそんな事してた人間の顔かっての。


「精霊公様も、ご機嫌なのは宜しいですが、お座りになられてはどうですか?」

「あっ、ああ、そうだな」


彼に声をかけると慌てた様子で手を放し、今まで自分が握っていたのを忘れていたかの様だ。

イラッっとした。もう何か物凄くイラっとした。私何見せられてんのかしら。


「噂を聞いて様子を見に来たんだけど、やっぱり当てにならない噂だったみたいね?」

「噂?」


わざとらしく首を傾げる錬金術師。解ってるくれに惚けんじゃないわよ


「アンタが精霊公に捨てられそうになって、必死に泣いて縋りついた、って噂よ」

「・・・やっぱそうなってんのか」


精霊公がしゃがみ込んだ。まあどう考えても評判落ちる噂だものね。

けれど錬金術師は不思議そうに彼を見つめていて・・・いやアンタの反応が不思議だわ。

精霊公は大きな溜息を吐くと顔を上げ、私に目を向けて来た。


「その事実確認に来たのか?」

「・・・まあ、そんな所、ですね。事実なら、私も貴方にもっと近付けるかと思いましたので」

「正直だな・・・」

「ええ、私は何時だって正直ですよ」

『『『『『キャー・・・』』』』』


何よその目は。嘘なんてついてないわよ。様子を見に来たのも、付け入るのも本当でしょ。

精霊達のやれやれという反応に少しイラっとしていると、錬金術師が近付いて来た。

満面の笑みだ。なによ、勝ち誇るつもり? 何でも言いなさ―――――。


「そうだよね。私だけは、駄目だよね」

「え? 何を――――」


錬金術師は私の手を取ると、優しく引いて立たせてきた。

一体何を言っているのかと混乱していると、そのまま手を引かれる。

そうして不思議そうに私達を見つめる精霊公に近付き―――――。


「リュナドさん。えへへ・・・ハニトラさんも、一緒で、良いよね?」

「「は?」」


私ごと彼に抱き付き、理解出来ない声が二つ重なった。

とはいえ私は即座に意図を理解し、彼にギュッと抱き付く。

未だ混乱しているのは彼だけだ。むしろ混乱し過ぎて固まっている。


「そういう事、らしいですね? 宜しくお願いします、精霊公様・・・リュナド様?」

「皆、一緒だと、良いよね・・・にへへ」

「――――――っ」


彼は何かを言いたそうだったけれど、何も言えないまましばらく固まっていた。

乗せられた感が凄くするけど、もうこうなったら何でも良いわよ。逃がさないから。

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