第444話、色々置いておいて幸せを満喫する錬金術師
暖かい。心地いい。落ち着く匂いがする。そう感じて擦り寄った。
すると自分の心がほんわかして来るのを自覚し、尚の事傍に寄りたくなる。
そうして暫くスリスリと頬を擦り付けて・・・段々頭が覚めてきた。
思考が覚醒して行くのに任せて、ゆっくりと目を開いていく。
そこにはスースーと眠るリュナドさんの顔があり、まだ少しぼーっとした頭で疑問を持つ。
なぜ彼がここに居るのだろう。そう思いつつも彼に抱き付いた。
すると当然心がホワホワして来て、けれどやっぱり何でという疑問が残る。
彼と一緒に寝た覚えは無い。よく考えると寝た覚えも無い。
いや、そもそも家に帰って来た覚えすらない。ならここは何処だろう。
天井を見上げると、そこは見慣れた天井だ。間違い無く自室の天井だ。
「・・・あれ?」
そこで本格的に目が覚めた。私何で寝てるんだろう。記憶が本当に全くない。
最後の記憶を辿ってみると、リュナドさんの胸の中で泣いていた記憶だった。
そこから先の記憶が一切無く、気が付いたら今の状態になっている。
「・・・もしかして、私、泣き疲れて、寝ちゃった?」
そうじゃないと今の状況は納得出来ない。それ以外に考え付かない。
つまりあの後寝た私を、彼はベッドまで連れて来てくれたのか。
ただ彼が帰らずに隣で寝ているのは・・・。
「・・・心配して、くれたの、かな。多分、そう、だよね」
慌てて、泣いて、縋って、彼を引き留めた。その姿は優しい彼にどう映ったのだろう。
私は人の考えが解らない。解らないからこそ、今回彼を不快にさせてしまった。
けれどそれでも優しい彼は許してくれた。許してくれたんだ。
でも落ち着くと思う事がある。優しい彼が、泣いている人間を、許さないだろうかと。
彼は優しい。優し過ぎる程に優しい。そんな彼に泣いて縋れば、きっと許してくれる。
それは私でも何となく解ってしまった。解るはずなのに、それでもやった。
卑怯だと思う。狡いと思う。酷いと思う。でも、それでも、離したくなかったんだ。
それに昨日はそんな事を考える余裕も無かった。ただただ縋らなければと。
どうにかして許して貰わなければいけないと、必死に縋った結果が今だ。
結果的には良かったのかもしれない。けれど狡い事には変わりない。
「・・・ごめんね、リュナドさん」
申し訳ない気持ちが胸を埋める。けれどそれ以上に彼が傍に居る幸せを感じる。
本当に私は何処までも自己中心的な人間だと思う。だからこそ人の気持ちが解らないのだろう。
彼に酷い事をしたと解っているのに、それでも彼がここに居てくれる事が嬉しいのだから。
きっと私はまた同じ事をすると思う。彼に嫌われない為に同じ事を何度も。
それだけ手放したくない人だ。ずっとこの手を握っていたい。傍に居たい。
「・・・ライナにも、同じ、だろうな、私」
私をいつでも助けてくれた親友。大好きな尊敬する人。彼女にも彼と同じ気持ちだった。
ただリュナドさんへの気持ちを自覚した今、彼女への気持ちも思い直すべきだ。
嫌われても好きな事は変わらないと思う。けど、好きだから大丈夫なんて、言えない。
きっと好きだからこそ辛い。苦しい。悲しい。私はそれに耐えられるか怪しいと思う。
けれど彼女はリュナドさんとは違う。子供を産む事で引き留めるなんて出来ない。
どうしたら良いのだろう。彼女に嫌われない為には、何をしたら良いのだろう。
「ライナには直接聞こう。それが一番確実だよね」
今回は既にリュナドさんを不快にさせた後だったから、余計に焦る必要があった。
けどライナは別に今回困らせてないし、きっと素直に教えてくれるだろう。
勿論厳しい事を言われる覚悟は、しなきゃいけないと、思うけど。
「でも今は、今はもう少し、この幸せな気分を、味わっておこうかな」
起こした体をゆっくり倒し、リュナドさんを起こさない様に気を付けながら抱き付く。
それだけで幸せな気分になれるのだから、彼の事をどれだけ大好きなのか解るというものだ。
絶対に手放さない。何が何でもしがみ付こう。私はもう、そう、決めた。
「大好きだよ、リュナドさん。にへへ・・・」
リュナドさんには申し訳ないと思う。こんな面倒な人間に好かれてしまって。
彼の優しさを解っておきながら、つけ込むような縋り方をする人間に好かれて。
けどもう、無理なんだ。貴方と離れるのは。だから、ごめんなさい。
その代わり私が出来る限りの事を返すから。貴方が望むなら何でもやるから。
だからずっと傍に居て下さい。お願いします。そう願いながら、彼に擦り寄った。
・・・幸せだなぁ、私。ありがとう、お母さん。
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「いづっ・・・!」
激しい痛みと共に、意識が一瞬で覚醒した。体中が痛い。
何だ、何が起きた。何でこんな痛みが。混乱しながらも、目だけを動かして周囲を探る。
『『キャー♪』』
「あ、お目覚めになられたのですね!」
「おはよう、マスター」
すると近くから精霊の鳴き声が聞こえ、同時に聞き覚えの無い声も聞こえた。
最後の声はテオだろう。トテトテと近付いて来るのを感じる。
声のした方向へ目を向けると、どうやらこの国の城の使用人らしき人物が居る。
女性の様だ。彼女が笑顔で近付いて来るので、事情を聞く為に体を起こそうとした。
「いぐっ・・・! がっ・・・!」
『『キャー!?』』
「聖女様!?」
「マスター、動かない方が良い」
けれど今度は先程と比べ物にならない激痛が走り、力を抜いてもまだ痛みが抜けない。
呼吸にすら痛みが走る。痛くない場所が無い。動けない。
そこで自分の状況を思い出した。これは反動だ。無理をした反動が原因だろう。
私は精霊殺しを、テオを振る為に屁理屈をこねた。守るべき者達を守る為に力を振るうと。
あの街の子供達を、守るべき子供達を、そしてあの街を守る為に今戦う必要が在ると。
けれどそれは所詮屁理屈だ。屁理屈で力を使えば、罰があって当然だ。
テオは言っていた。私自身に力が在れば、その反動も少しは軽くなると。
確かに今のテオは私とした誓約により、以前とは違う存在になっているらしい。
けれどテオ自身の在り方は変わっていないと言っていた。あくまで自分は精霊殺しのままだと。
簡単に言ってしまえば、テオは『剣の精霊』の様な物で、私には彼を使う力が無いだけなんだ。
そんな私が彼の力を十全に使うには、その為の『規則』が必要になるらしい。
だから彼は私の誓約にのっとり、あの街を守る為の剣として自分を作り替えた。
私の体に負担なく、精霊殺しという強大な力を使える様に。
ならその誓約を違えればどうなる。当然振るうに値しない未熟な身は崩壊するだろう。
テオの強大な力を扱いきれない私では、あの短時間が力を振るう限界だった訳だ。
それでも屁理屈をこねた事で、少しだけ融通が利いた。結果この激痛で済んでいる。
「す、すまない、大丈夫だ・・・無理をした反動で、体が痛い、ぐっ・・・だけ、だから」
痛みを自覚してしまうと喋るのも苦痛だ。何より体が単純に痛いのとは違う。
どう言えば良いのだろうな。勿論体も痛いが、もっと奥の何かが痛い。
本来なら痛みを感じてはいけない所が痛む。そんな風にしか表現できない。
『『キャ~』』
「聖女様・・・!」
どうも精霊達は私の頭の横に居るらしい。首を動かせないのでよく見えないが。
使用人の女性は痛ましそうな表情を私に向け、きっと精霊達も同じ様な顔なのだろう。
テオも原因は解っているから声はかけないが、心配そうな表情を見せていた。
しまったな。それは私の本意ではない。そう思い笑顔を見せる。痛い。
「心配しないでくれ。体はただ痛むだけだ。暫く転がっていれば治るさ。ところで君は?」
「あ、も、申し訳ありません。私は聖女様のお世話を仰せつかった者の一人にございます!」
「ああ、グインズ殿が、つけてくれたのかな」
「は、はい。殿下の指示の後、精霊様に選んで頂きました!」
『『キャ~』』
どうやら私の看病をする人間は、精霊達が選んだらしい。それは確かに安全だな。
この子達は敵意に敏感だ。下手に私が判断するよりよほど正確だろう。
テオも何も言わないだけで、おそらく同意はしているのかな。
「世話をかけた。すまないな」
「め、滅相もありません! このような役目を頂けた事、光栄に思っております!」
「そ、そう、かい?」
「はい! 街を、いいえ、貴方様は国を救った救世主です! あの光輝くお姿を見てそう思わぬ者は居りません! まるで神の使い・・・いいえ、貴方はまさしく聖女様です!!」
「・・・ん?」
いや、確かにあの場であの化け物を倒したのは私、という事にはなる。そう見せたのだから。
だが国を救った救世主・・・言われてみれば、確かにそういう見方も出来るのだろうか。
「王都の者達の多くは貴方を『聖女』として崇めております。混乱した我が国を救う王子を導き、そして王子ですら対処の叶わなかった化け物を蹴散らした『聖女様』です。あのお姿をこの目で見れた事は何と幸運だった事か・・・!」
「あ、あの・・・」
「あれこそはまさに神の御業という以外に何と言えば良いのでしょう。まさに『聖女』と呼ぶに相応しいお方のご尊顔を拝めるお世話役など、この様な光栄な事がありましょうか!!」
待って。待って欲しい。凄く嫌な予感がするのだが、まさか、もしかして。
「え、ええと、それはその、君がそう思っているだけでは、ないのかな?」
「そんな事はございません。聖女様がその身を削って戦いお倒れになった。その事は最低でも王都の者達に知れ渡っており、貴女に感謝と尊敬を籠めた捧げ物も多く送られております。少なくとも貴女の部下や精霊様方に救われた者は、貴方への感謝を想わぬ者は居りません!!」
「せ、精霊達に?」
「はい! かくいう私も、精霊様に助けられた者の一人です。瓦礫の下に挟まり、もう駄目かと思っていた所、精霊様が突然現れ助けて下さいました。お礼を言う暇も無く何処かへと消えて行かれましたが、同じ様に救われた者は数多く居る様です!」
「だ、だが、それなら、感謝は精霊達にするべきでは・・・」
「精霊様を伴ってこられたのは『聖女様』です。貴方様が居なければ、きっとこの国は無くなっていたでしょう。私はそう思っております!」
そういえば精霊達は、表向きには私に付いて来ている、という事になっていたんだ。
だからこそ私の傍に何時も侍女の恰好をした精霊が居て、ならば彼女の認識はそうなるか。
実際は別にそんな事は無いし、私一人ではどうにもならなかったのだが。
「私は、私の出来る事をやっただけだ。崇められる様な事ではない」
「~~~~~っ、はぁ・・・! なんて、何て謙虚な・・・!」
あ、駄目だこれは。何と答えても私が、というか『聖女』がやった事だと譲らない。
この目は覚えがある。街で私を『聖女様』と見つめる者達の目に近い。
「はっ、も、申し訳ありません! 聖女様がお目覚めになったら報告をする様に命を受けておりました! 少々離れますが・・・精霊様、大丈夫でしょうか?」
『『キャー!』』
「ありがとうございます! では少々失礼致します!!」
そして彼女は慌てた様子で部屋を去って行き、私は止める為に手を伸ばす事も出来なかった。
「・・・は、嵌められた」
ただセレス殿の弟子達の目を欺くだけでなく、私をこの国で認めさせる為の策。
私に目立つように指示をしたのも、単に敵の気を引くだけではなかったという事か。
いや、勿論最初からある程度その目的は有ったのだろうが・・・。
「友達の役に立てて、良かったね、マスター」
「・・・ソウダナ」
「多分マスターの為でも、有るんだろうけど」
「なに、どういう事だ、テオ」
体は動かせないので、目だけをテオに向けて問う。
するとテオは精霊達を持ち上げ、私に見える様にした。
「マスターは力を使うのに、守るべきものが要る。特にあの街を離れたら余計に。そしてこの国は、この街は、今マスターを崇め、その下に付こうとしている。それはマスターの誓約の反動を軽減する事が出来るかもしれない。きっと錬金術師は、そこまで考えていたんだと思う」
「・・・ああ、なる、ほど・・・全く、彼女らしい」
つまりは私が反動で倒れるのも織り込み済みで、反動を幾らかでも軽くさせたかった。
その為に精霊を動員して人を救い、聖女の名を更に高めておいたわけだ。
「・・・敵わないなぁ、全く」
恩を少しでも返せたと思ったら、結局気遣われてしまったか。まだまだ未熟だな。
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