第442話、母の忠告に危機感を覚えた錬金術師
子供。私が子供を、産む。そんな事考えた事も無かった。だって意味が無いから。
私は欠陥品だ。種として大きな欠陥を持つ人間だ。だって私は同じ人間が怖いのだから。
生物は基本的に同じ種を敵と認識しない。少なくとも繁栄する為の異性に対しては。
けれど私は駄目なんだ。他者の心が理解出来ない。そして理解もされない。
そんな人間が子供を産める訳がない。気を許して体を晒せる訳が無い。
私が心から気を許せるのは、親を除けば親友のライナだけなのだから。
・・・いや違う。そうだ。今は違う。
アスバちゃんが居る。フルヴァドさんが居る。大事な友達が今は増えた。
メイラもパックも気を許せる大事な弟子。そして何よりも、リュナドさんが、居る。
気を許せる、私が怯えなくても済む男性が、二人居るんだ。今の私には。
ただパックは弟子で子供だ。そんな事を考えるべき対象じゃない。
ならリュナドさん相手ならどうか。私は彼の子供を産みたいと思うだろうか。
どうだろう。それは無い気がする。産みたい、という意欲的な感情は無い。
『全ての生物に共通するもの。それは子孫を繋ぐ事。番を見つけ、番と交尾して、子を成して、次の世代に繋げ、更にまた同じ事を繰り返す。勿論生態的に番でなくても良い生物も居る。それでも子々孫々と繋いで行こうとするのは、どんな生物も変わらない。本能にでも刻まれた様に』
ふとお母さんの話を思い出した。大分奥に押し込めていた記憶を。
この話は何時の話だったろうか。生物の生態の説明をされた時だっただろうか。
教えられた事は覚えているとけど、何時頃だったかは余り覚えていない。
『ただし番を見定める基準は生物によって様々。力の強さ、見目の麗しさ、狩りの上手さ、踊りの上手さ、匂いとか色々だね。そんな事一切気にせず別性なら良いと判断する生物も居るけど、そうしなければ生き残れないと判断した生態とも言える。それは種の判断基準な訳だ』
種による番の判断基準。先々を生きて行く為に、子々孫々繋いで行く為の基準。
それは生き物によって変わって来るし、生きて行く為であるからこその基準がある。
人間にはまだ理解不能な判断基準の生物も居るけど、そこにもきっと何か理由が有るはずだ。
『そんな中で、人間の番の判断基準は少々狂っていると、私は思うね』
そこでお母さんは、ハッと笑いながら話し始めた。そこまでは真剣な表情だったのに。
私は確か、一体どうしたのだろうと首を傾げながらも、大人しく聞いていたと思う。
『生物が子々孫々と繋ぐ為、繁栄する為の基準が広すぎる。時代によって、住む地域によって、下手をすれば村単位で基準が変わる。同じ『人間』という生物にもかかわらずだ。これは人間が高い思考能力を持ちうる故の欠陥であり、利点でもある。人間という生物が生きる為にね』
欠陥であり利点。明らかに反する言葉に、私は理解出来ずに首を傾げるしか出来ない。
そもそも番だのどうのの前に、私は人が怖い。そんな人間が番の判断など解る訳が無い。
『過去は人間も野の生物と余り変わらない基準を持っていたはずだ。けれど人間は社会を築き、文化を持ち、秩序を作り、身分が存在する。そうなると人間ってのは、種としての子孫の繁栄よりも、別の事を優先する個体が生まれる。結果として、子を産まない個体も増える』
別の事を優先する個体。私の様な『人間』の事だろうか。
そうか、お母さんは私の事を説明していたのか。
つまり私はきっとこの先一人で生きて、一人で死ぬという事なのだろう。
きっとそれは正しい。私に番など作れない。不可能だ。
子供の頃の私は冷静に自分をそう分析していた。
お母さんはそんな私に目を向けると、少し溜息を吐いた。
『あたしも『人間』という種として、生物としての観点を見れば欠陥品だ。子供を産む気なんて欠片も無かったからね。けどあたしはアンタを産んだ。欠陥品にもかかわらずだ』
それは単に、お母さんが欠陥品じゃなかったからじゃないだろうか。
私とお母さんは違う。お母さんはただ面倒臭いだけで、人と関われない訳じゃない。
根本的に『人間』としての欠陥品。それがきっと私だ。そう、思った。
『・・・コイツの子なら産んでも良いかな。そう思う相手が居たら、手放すんじゃないよ。アンタはアタシ以上に問題がある。大事な物ってのは、何時だって何時無くなるか解らない。無くしてから気が付いたって無意味だ。気が付かずに無くしそうだからね、アンタは・・・』
そう、そうだ。そんな事を、言われた。欠陥品の自分を見ていた私に、そう言った。
呆れた様な、困った様な、優しい笑みで私の頭を撫でながら。ちゃんと気が付けと。
「・・・ああ、そっか。そういえば、そうか。お母さんに、そんな事、言われてたっけ」
産んでも良いかなと思う相手。思える相手。私がそんな事を想える異性。
居る。間違い無く居る。彼なら。リュナドさんの子供なら、私は産んでも構わない。
勿論男性に裸を見せるのは恥ずかしいし、子供を産む事のリスクも理解している。
それでも彼が望むなら、彼の為なら、私は産んでも良いと思える。
彼に頼まれた訳じゃないけれど、私がそう思える相手という事がきっと大事なんだ。
なら私はきっと彼を手放してはいけない。絶対に手放しちゃいけない。
お母さんは解っていたのかな。私が大好きな人を手放す事を。気が付かない事を。
もし彼に嫌われても、それは仕方ない事と思った。それでも私は彼の事が大好きだから。
けどきっと駄目なんだ。お母さんが手放すなと忠告する以上、きっと間違った判断だ。
あのお母さんが忠告していたなら、私はもっと、今より危機感を持たないといけない。
ならどうすれば良い。私はどうしたら良いのか。いや、そんなの、解り切っている。
跳ねる様に椅子から立ち上がり、絨毯を手に取って扉に向かう。
「っ、ライナ、ごめん、今日はもう、帰る!」
「え、セ、セレス!?」
『『『『『キャー?』』』』』
背後から声をかける親友の声は聞こえていたけど、それでも今回ばかりは止まれない。
精霊が不思議そうに声を上げる中、外に出て絨毯を投げる様に広げる。
そして広がるのも待てない気分で飛び乗って、全力で絨毯を空に飛ばした。
「リュナドさんの所に連れてって! お願い!」
『キャー!』
頭の上の子に懇願すると『任せて!』と力強い返事が返って来た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「んで我等が精霊公様は、そのまま帰って来ちまった、って訳か?」
「うっす・・・」
『『『『『キャ~』』』』』
騒がしい酒場の中で、呆れた溜息を吐く先輩と、それに静かに応える俺。
何故溜息を吐かれなきゃいかないんだ。むしろ俺が溜息を吐きたい。
後なんだ精霊共の『やれやれ』って態度は。お前らも少しぐらい俺の味方しろよ。
そう思いながら酒を流し込み、なっかなか酔えない自分が若干嫌になる。
かなり強い酒飲んでるはずなんだけどなぁ。強化の為の薬を飲んで以降はこうだ。
一応強い酒を暫く飲んでれば酔えはするけど、それもかなり飲まないと素面のまま。
こんな話をする時ぐらい、直ぐに酔いたいもんだ。そう思いながらまた酒をあおる。
その度にマスターが酒を追加して、そんな俺を見る先輩がまた大きな溜息を吐いた。
「友達ねぇ・・・」
「なんすか。さっきから溜め息ばっかり。俺が悪いって言うんすか」
「まだ酔ってねえ癖に絡んでくんじゃねえよ。ったく」
ちっ、酔った振りが通じねえ。まあ先輩は俺が酔えなくなったの知ってるからな。
何時だったか俺を潰しに来て逆に潰れたし、この程度で酔うとは思わねえか。
あの時の俺はほろ酔いだったから、先輩は相当飲んでいたはずだ。
「おめえさぁ、その言葉が本気だと思ってんのか?」
「・・・本気じゃなかったら、おかしいでしょ。そのタイミングで言うって事は、それ以上踏み込んで来るなって、そういう意味での釘刺しでしょう。違いますか?」
「その時の話だけを聞きゃあ、そうかもしれんがよ・・・」
先輩はグラスを傾けながら言葉を選ぶ様子を見せ、その間に俺はまた酒を一気に煽る。
今日は酔いたい。普段なら余り酔いたくは無いが、今日だけは思い切り酔いたい。
そう思い空いたグラスをマスターに渡し、受け取った彼はまた酒を注ぎながら呟く。
「重症だな、こりゃ」
「全くだ」
『『『『『キャ~』』』』』
うるせえな。アンタ達だって同じ目に遭ったらこうなるっての。
えーえー俺はヘタレですとも。アスバに言われなくなって承知しておりますよ。
だからこそそんな俺でも、覚悟を決めたんだよ。元々覚悟はしてたけどさ。
それでもただ形だけとか、対外的な意味とか、そういう事を抜きにしたつもりだった。
結果がこれだ。友達でいましょうねだ。正直あの場で蹲らなかっただけ自分を褒めたい。
そしてその後に、あの思わせぶりな別れだ。マジで何考えてんのか解んねぇ。
「・・・くそ」
だってのに頭にちらつく。アイツの笑顔が。アイツの言葉が。セレスの事が。
せめてアイツの行動に嫌気がさすか、何時もの様に諦めがつくならまだ良かった。
けど面倒な事に自覚しちまったんだよな。セレスに対してけして少なくない好意がある事に。
泣きたくなる。あの錬金術師様だぞ。あのセレスだぞ。今まで俺がどんな目に遭った。
初対面の時は脅され、二度目も同じく、それ以降も何度となく脅された。
けどアイツは・・・アイツは、俺を頼ってる。狡いよなぁ。本当に狡い。
「はぁ~・・・・」
また深々と溜息を吐きながら、度数の高い酒を一気に煽る。
すると流石に少しずつ酔いが回って来たのが解った。
何度も一気に煽ったおかげだろう。と言っても酔い始めた程度だが。
そんな俺を訝し気に見ながら、グラスを傾けつつ先輩が口を開く。
「俺の目からすると、あの錬金術師殿はお前以外眼中にねーと思うがね。これは俺以外も、精霊兵隊全員の総意だと思うぜ。むしろお前が駄目なら誰が良いんだってよ」
「だったら何で『友達』なんて言い出したんすか」
「それは・・・彼女の事だから、何か考えが有るんだろうさ」
「そいつはぁ申し訳ありませんね。精霊公なんて呼ばれながら、頭の足りない男で」
「拗ねてんなぁ・・・今日は駄目だなこりゃ」
拗ねもするさ。酔いもやっと回って来て、余計に気持ちが腐っていく。
出来れば潰れたい。こんな気分を忘れるぐらい。前後不覚になる程に。
その場合どれだけ飲めば良いか、どれだけの支払いになるかも解んねーけどな。
こんな時でも支払いが気になる小物ぶりに泣きたくなる。
『『『『『キャー!』』』』』
「ん?」
そこで突然精霊達が騒ぎ始めた。やけに嬉しそうだ。一体なんだ?
少し思考が鈍り始めた頭で疑問を浮かべつつ、周囲の様子を見まわす。
すると酒場の扉がギッと開き、最近では珍しい人間がそこに立っていた。
「・・・セレス?」
『『『『『キャー♪』』』』』
怪しげな仮面とローブ姿。そしてそれに喜んで群がっていく精霊達。
間違い無くセレスだろう。むしろあれがセレス以外の誰に見えるのか。
酒場は突然な錬金術師の来訪に、シンと静かになっている。
マスターに用事でもあったんだろうか。失敗した。予定を聞いておけばよかった。
普段ならまだ、せめて酔う前ならまだ、平静を装えた自信がある。
けど今は無理だ。もう酔いが回り始めてる。下手に喋ったら不味い。
今の感情のおかしさと、酒に酔ってる状況じゃ、自分でも何を言い出すか解らねぇ。
何て思っていると、セレスは少し周囲を見回してからカウンターに向かって来た。
やはりマスターに用事があった――――――。
「・・・リュナドさん」
何で俺なんだよ。ああ、酒場に来たのは、俺を探しに来たって事なのか。
勘弁してくれ。流石にお前だって解るだろう。今日は無理だって。
低く唸る様子から仕事の話だろうが、今の酔った俺にまともな対応が出来るはずもない。
「どうした、俺に何か用か?」
ああ、これは不味い。何不機嫌な声で返してんだよ。お前誰と喋ってんだ。
精霊共もムッとした顔してやがる。それでも殴って来ないのは、俺が仲間だからだろうか。
セレスはそんな俺の言葉を聞くと、体に力を込めたのが解った。警戒の体勢だ。
日頃の鍛錬の賜物だな。酔っててもハッキリ解る。全身に力が籠ってるのが。
怒らせちまった様だ。普段ならそれを恐れるのに、酒の勢いってのは本当に怖いな。
だからどうした。そんな風に思っちまってる。絶対明日酔いが覚めて後悔するぞお前。
自分でもそれが理解出来ているのに、挽回の為の言葉も態度も出て来ない。
そんな俺を見つめるセレスは、殊更拳をギュッと握り込んだ。本格的に不味いな。
これは殴られるかな。殴られるかもなぁ。なんて思っていると彼女が動いた。
「・・・私は、貴方の子供なら、産んでも良い」
音が殆ど無かった酒場の中から、一瞬に完全に音が消えた。
彼女が何を言ったのか、誰も彼もが解らない様子で。そして当然俺も同じ事だ。
はい? 子供? え、何? 何の話? どうしたのセレスさん?
「・・・だから、私を、捨てないで、欲しい」
俺が混乱していると、セレスは更に低く唸るような声で続けた。
うん、ごめん、待って、一瞬で酔いが覚めた。なんて? 捨てる? 誰が? 俺が?
ちょっと待って。何言ってるのかさっぱり解んない。突然一体何を仰っているのですかね。
つーか周りの連中聞き耳立ててんじゃねえよ! よそ向いててもバレバレなんだよ!
「・・・おいリュナド、お前まさか夜の相手を断られてとか、そういう話だったのか?」
「精霊公殿はそういう人間ではないと思っていたんだがな。やはりお前も男か」
オイコラ好き勝手言うなそこの二人! 人聞きが悪過ぎるだろ!
そもそも俺は一度も何もしてねえって言ってんだろうが!
つーか捨てないで欲しいって言いながら、態度は威嚇して怒ってるってどういう事!?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ちょいとご報告。
次の来るラノベ大賞という物に、引き籠り錬金術師がノミネートされております。
https://tsugirano.jp/
一日一回投票出来るようなので、もしよければオナシャス。
ただ投票自体は一日に何度でも出来るので、そういう事すると無効票になるっぽい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます