第441話、いつかの言葉を思い出した錬金術師
家精霊に伝えた通り、暗くなってからライナの店へ向かった。
何時もなら外に出ると少しは緊張感が有るけど、今日に限っては全く無い。
仮面を始めて作った時の感覚に近い。喜びが恐怖や緊張の感覚を振り切っている。
「ん~ふふん~♪」
何せ無意識に鼻歌を歌う程だ。我ながら浮かれていると思った。
そうして浮かれ気分で絨毯を飛ばし、ライナの店の裏口に降りる。
閉店後の裏口の扉を叩くとすぐに扉が開かれ、何時も通りライナが迎えてくれた。
「いらっしゃいセレス」
「ん、お邪魔するね、ライナ」
「・・・今日はやけにご機嫌ね。珍しく荷車が街中を飛んで、リュナドさんが合流したって聞いたんだけど。荷車はそのまま帰ったらしいけど・・・何か問題があったんじゃないの?」
「え、あ、えっと、そうなんだけど、そうじゃなくて、えっと」
よっぽど幸せな気分が声に出ていたんだろう。仮面を付けていても伝わった様だ。
けれど彼女は弟子達の事を気にしていて、少々失敗したと思った。
私が慌てて街中を飛んだ事は、彼女なら知っていてもおかしくないはず。
なら多分心配してくれていたんだろう。だって彼女にも真剣に相談したのだし。
申し訳ない気持ちになって慌てて答えていると、彼女はフッと笑った。
「ああ、ごめんなさい。取り敢えず食事にして、落ち着いてから話しましょう」
「う、うん」
何時もの優しい笑みで誘導してくれて、私も何時も通り席に座る。
そうしてまた何時も通り食事を終えたら、お茶を飲みながらゆっくり語った。
弟子達が危なかった事と、そしてきちんと対処してきた事を。
「そう、そっか、セレスがね・・・何だか感慨深いわね。良く、頑張ったわね」
「え、えへへ、ありがとう。ふへっ」
師匠として、何時もの様に突っ走らずに、弟子達を想って事を済ませられた。
彼女はその事をとても褒めてくれて、リュナドさんの時とは違う嬉しさを覚える。
凄く、物凄く、思わず変な声が出る程嬉しい。ライナに褒められた!
「だから今日は、店の中に入る前から、あんなに機嫌が良さそうだったのね」
「え、あ、それは、えっと、その、そうだけど、そうじゃなくて・・・」
「・・・弟子達の事以外にも、何かあったの?」
「あ、う、うん。そのね、リュナドさんがね・・・」
確かに機嫌が良かったけれど、多分今の私の機嫌の良さはまた別種だ。
弟子達の事は良かったと思っている。けどこれは、安堵の感情だと思う。
無事で良かった。間に合って良かった。上手く行って良かった。そんな気持ちだ。
けれど私の今日の機嫌の良さは、確実にリュナドさんとの出来事が要因だ。
勿論弟子達の無事を想う機嫌の良さも有るけど、この幸せな気持ちは別物だろう。
そう思い彼に言われた事、彼との会話を、何度かライナに確認をとられながら話す。
最初は少し驚いた様子で、次に「そっかぁ」と感慨深げに、最後の方で表情が消えた。
そして全てを聞き終えた彼女は、頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。
え、あれ、なんで。途中まで機嫌よく聞いてくれてたのに。
「ラ、ライナ? どうしたの?」
「いえ、その・・・これどうしたら良いのかしら。変に口を出さない方が良いのかしら。二人の事なのだし。私だってあんまり人の事言える立場じゃないのよね、こればっかりは・・・」
「・・・立場って、何で?」
少なくともライナは、私には何でも言って言い立場だと思う。
むしろ言ってくれないと困る。私は彼女の事を一番信頼しているのだから。
あ、もしかしてリュナドさんの事なのかな。それなら私は何も言えない。
「私はわざと独り身のままだから、この手の話で余り人の事は言えない、と思ってるのよ。勿論今はそう思ってるだけで、未来がどうなるかは解らないけど」
「よ、良く解らないけど、ライナは一人で頑張ってて、凄いよと思うよ」
「ありがとう。セレス。ただ、ねぇ。流石に今回は、リュナドさんの気持ちを考えると・・・彼がもう一歩踏み込めば話が違うと思うけど、これは流石に彼が悪いなんて言えないし・・・」
リュナドさんの気持ち? 一体どういう事だろうか。私は何かしてしまったんだろうか。
幸せ気分で彼を見送ったけれど、よく考えたら彼は困った顔をしていた。
アレはもしかして、私の反応以外にも、何か困った事があったんだろうか。
彼がもう一歩踏み込めば違ったと言うけれど、その一歩の意味も解らない。
そもそもライナは彼が悪くないと言っている時点で、きっと悪いのは私なんだろう。
私は一体何をしたら良いんだろう。あんなに幸せな気持ちにしてくれた彼に何を。
解らない。私には解らなくて不安で、けれどライナは気が付いているらしい。
出来れば教えて欲しいけど、ライナは言って良い事だろうかと悩んでいる。
なら本当は、きっと、今からする事は間違いなんだろう。
「教えて、ライナ。彼が困ってるなら、どうにか、したい」
「・・・そう。でもこれは、私の考えが正しいとも限らないわよ?」
「それでも、教えて欲しい。お願い」
「・・・解ったわ」
ライナは少し悩むそぶりを見せたけれど、最後は頷き返してくれた。
「ありがとう、ライナ!」
「ええ。でもさっき言った通り、言わない方が良い事かもしれないわよ?」
「うん、それでも良い」
もしその答えが、リュナドさんが本当は私を好きじゃない、って内容でも構わない。
いや、構いはするし、凄く嫌だし、泣きそうだけど、仕方ないと思うだけだ。
私は彼の事が好きで、大好きで、感謝してて、だから、それで我慢しなきゃいけない。
嫌われたくはないけれど、嫌われたって、私は彼の事が大好きなのだから。
それは目の前に居る親友の事だって同じ事だ。私は彼女の事を一生大好きなのだろう。
だからそんな二人を助けられるなら、私はどんなことだってする。たとえ自分が苦しくても。
「待ったセレス。また変な事を考えてるでしょ。想像で泣かないの」
「あ、ご、ごめん・・・」
「まったくもう・・・悪い話じゃないわ。むしろ場合によっては良い話よ。けど本心は彼にしか解らない。だから私の想像も入るし、二人で認識しなきゃいけない事だから、変に口を出すのも間違ってるかもしれない。私が言い淀んだのはそのせいよ」
「そ、そっか・・・良かった・・・」
どうやらライナは言い難かったのは、本当は自分で気が付くべき事だったかららしい。
ならそれでも聞きたいと思うのは、本当に我が儘な話だったのだろう。
私だけが困るなら、ここで聞かないという選択肢もある。けど、リュナドさんが、困ってる。
「聞かせて、お願い、ライナ」
「そうね・・・先ずは、何から言うべきかしらね・・・」
ライナはうーんと悩む様子を見せたので、彼女が話し始めるまでじっと待った。
すると彼女は暫くやなんでから、まだ考えが纏まってない様子で口を開いた。
「・・・その、セレスって、男性を好きって感覚、有るの?」
「男性、を?」
「そう。この人とずっと一緒に居たいとか、そういう感覚」
「ずっと、一緒・・・」
言われて少し悩む。男性を好き、と言われても、正直ちょと困った。
リュナドさんの事は好きだけど、別に男性だから好きな訳では無い。
彼だから好きなんだ。そしてライナの事も同じぐらい好きだ。
だからずっと一緒に暮らしたいかと言われれば、勿論ずっと一緒に暮らして行きたい。
けどそれはライナに対してもやっぱり同じで、弟子達ともずっと一緒が良い。
アスバちゃんと、フルヴァドさんも、ずっとずっと一緒に居られたら、それは凄く幸せだ。
でもその中にリュナドさんとパックが居る訳だし、男性が好きと言っても良いのかな。
男性とずっと一緒に居たい。彼らとずっと一緒にか。それは、うん、良いなぁ。
「ん、有るよ」
「・・・今絶対ズレた思考になったわね」
「え、そ、そう? リュナドさんとパックで、ちゃんと男性で想像したよ?」
「・・・合ってるんだけど、合ってるんだけど間違ってるのよ、それだと」
「えぇ・・・」
なんでぇ。二人共男だよ。言われた通り男の人で想像したのに。
ライナは再び頭を抱え、うーんと唸り始めてしまった。どうしよう。
何がいけなかったのか解らない。一緒で幸せじゃ、駄目なのかなぁ?
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思わず頭を抱える。解ってたけどこれは酷い。リュナドさんが流石に可哀そうだ。
せめて何時もの調子であれば、またヘタレたのかあの人、ぐらいだったのに。
セレスが放った言葉を聞いて、それに応えたリュナドさんの言葉。
それは完全に覚悟を決めた男性の返事だ。あの人らしいヘタレ加減ではあったけど。
間違い無く、彼は応えたつもりだったはずだ。彼女の告白に。
ただセレスは何時も思ってる事を言っただけで、告白とか一切思ってないんだけど。
そこがズレたままでも、多分問題無い予感があった。あの二人ならきっと。
彼が受け入れるなら、多分きっと上手く行った。だってセレスは彼の事が好きだもの。
少し悔しい気持ちは有るけど、セレスは私以上に彼を信頼している部分がある。
勿論それは私には出来ない所で、悔しがるのもおかしな話なのだろう。
でもあれだけ私に依存していた彼女が、彼が隣に居れば何も問題ないという顔をする。
あれが最大限の好意でなくて何なのだろう。あのセレスが好意を向ける事自体珍しいんだ。
セレスは無意識に、自分に本当に優しい人に懐く。そこは少し気がついていた。
どれだけ辛辣な言葉を発する母にだって、彼女には大好きで尊敬する母のままなのだから。
そしてリュナドさんは特別彼女に優しい訳じゃない。彼は誰にでも優しい。
勿論無条件じゃないし、敵には優しくはないし、けれど彼は根本がとてつもない善人だ。
セレスはそれを敏感に感じ取って、彼に急激に懐き、そして彼は応えてしまった。
打算は有れど下心は無く、ただただ兵士として働き、兵士としてセレスすら守る。
あの人は異常だ。セレスとは違う意味で異常だ。それを本人が自覚していない。
そんな二人だからこそ、彼が踏み出しさえすれば、きっと悪い事にはならないと思った。
「なのに何でこうなるかなぁ・・・」
いや、原因は解ってる。そりゃ無理よね。酷いもの。期待させるだけさせたのよ?
告白に応えたつもりだったのに『友達として宜しく』なんて拒絶にしか思えないもの。
普段ヘタレの彼が応えたって、どれだけの覚悟と勇気で言ったのか、想像もつかないのに。
それ以上を踏み込む事なんて、きっと彼には無理だったろう。むしろ私が泣きたくなる。
「ラ、ライナ、ごめんね・・・困らせてばっかりで・・・」
しまった。答えが出なくて突っ伏していたら、セレスが泣きそうになっている。
「あー、いや、泣かなくて良いのよ。別にセレスが悪い訳じゃ・・・いや悪いわね。うん。これは流石に悪いと思うけど、私に謝る様な事じゃないから」
「あ、や、やっぱり、私、彼に何か、したの・・・?」
「したと言えばしたし、してないと言えばしてないわね。むしろしてないから困ってるとも言えるし、やってしまったから困ってるとも言えるわね。もう何言ってるのかしら私」
「ラ、ライナ・・・?」
自分で喋ってて段々混乱してきたわ。言ってる事が多分間違ってないから余計に。
そんな私を見たセレスも、困った顔で首を傾げている。
さっき泣きかけだった事もあって、物凄く鋭い目になってるわね。
「・・・セレスって、この人の子供なら産んでもいいとか、思った事ある?」
「こど、も? 思った事は、無かった、けど・・・」
考えが纏まらなさ過ぎて、思いっきりストレートに聞いてしまった。
言ってからしまったと少し思ったけど、彼女の反応は緩かった。
んーっと首を傾げ、暫くして口を開く。
「リュナドさんの子供なら、良いかな。うん」
なんて事も無げに言ったので、流石に固まって暫く言葉が出なかった。
「・・・ああ、そっか。そういえば、そうか。お母さんに、そんな事、言われてたっけ」
そして何か一人で納得した様に、セレスは呟いていた。何かに気が付いた様に。
・・・おばさん何言ったの。何だか凄く嫌な予感がするんだけど。
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