第440話、心配しつつも無事を確信する錬金術師
リュナドさんの好意を確認出来て、とても幸せな気持ちだ。
足が地に着いていない様な、ぽわぽわした感覚になっている。
彼の手を握って抱きしめているだけで、ただそれだけで幸せで心地良い。
とはいえ、何時までも彼を立たせたままも良くない。
取り敢えず家に入って、お茶でも飲んでゆっくりして貰おう。
今回もすっごく助けて貰った訳だし、言葉とは別でお礼をしなければ。
前は普段使いの鎧を作った訳だけど、今度は何を作ろうかなぁ。
フルヴァドさんにも何か用意したいな。何をしたら喜んで貰えるかな。
「リュナドさん、取り敢えず、家に入ろうか。あ、今日は、泊ってく?」
「・・・今日は、帰るわ・・・仕事も途中だったし・・・」
「そっか。ん、解った」
言われてみれば、彼は私のお願いと約束があったから、急いでやって来てくれたんだ。
きっと仕事を投げ出して来てくれたのだろう。それじゃ引き留める訳なんかいかない。
とても離れがたかったけれど、自分にそう言い聞かせて、ゆっくりと手を放す。
ただ最後に指の一本をきゅっと握る、自分の聞き分けの無さにちょっと呆れた。
指を放さないから彼は動けないでいる。早く放さないと彼の仕事が遅れる。
それでもこの手を放すのが寂しくて、けれど意を決して彼の手を放す。
手をじっと見つめていた視線を上げると、彼が困惑した顔を私に向けていた。
「あ、ごめんね。気にしないで、ね。お仕事、頑張ってね、リュナドさん」
「―――――ああ、うん、じゃあ、な」
『『『『『キャー♪』』』』』
きっと私が何時までも離さないから困らせてしまったのだろう。
いや、彼の事だ。行って欲しくない、という私の気持ちに気が付いたのかも。
だからどうしたら良いのか悩んでいたのかもしれない。けどそれは駄目だ。
私はリュナドさんの邪魔をしたい訳じゃない。だから慌てて謝って、彼を見送る。
彼もそんな私を見て少し戸惑った様子で、けれど頷き返して去って行った。
精霊達もいくらか彼に付いて行き、何だかみんなご機嫌な様子だ。
「さて、じゃあ私はどうし――――」
今日はどうしようかと、何となく家精霊に話しかけようとした。
すると家精霊は頭を抱えた動きをしており、何だかブツブツ呟いている様に見える。
勿論声は聞こえないのだけどそんな風に見えて、何時もと様子が違って心配になった。
「ど、どうしたの!? 頭でも痛いの!?」
慌てて近付き声をかけると、家精霊はハッッとしたように顔を上げた。
そして私を見てから何故か深々と溜息を吐き、更に何故か頭を撫でられてしまった。
どうしたんだろう。家精霊の行動の意味がサッパリ解らない。でも気持ち良いな。
もしかして弟子達を守って来た事を労って貰えているんだろうか。
『『『『『キャー!』』』』』
すると山精霊達が『僕もやるー!』と騒ぎだした。ただ君達には難しくないかな。
頭の上の子は何時も乗ってるから撫でてくるけど、大量に乗られても困る。
まあ精霊達は基本的に重量が無いから、大量に乗られても平気ではあるんだけど。
なので取り敢えず屈んであげると、周囲に居た精霊が全員群がって来た。
やっぱりこうなったか。こうなる気はした。頭の上が渋滞になっている。
そして乗る所が無くなったからと、取り敢えず乗れる所に乗って撫で始めた。
『『『『『キャー♪』』』』』
家精霊と違って特に気持ち良くはないけど、喜んでいる様だからまあ良いか。
暫くそうしていると満足したのか、精霊達は私から降りて行った。
ただ頭に残った何時も居る子が、ぷりぷりと怒っている。ここは僕の場所なのにと。
『キャー・・・!』
「そんなに怒らなくても・・・」
『キャー!』
「そ、そっかぁ」
駄目らしい。ここは絶対に譲れないそうだ。なぜそんなに私の頭の上が良いんだろう。
そんな事をしている間に、家精霊も何時も通りの様子に戻っていた。
なので取り敢えずお茶をお願いして、家でのんびり過ごす事に。
家に一人になってしまった事は寂しいけれど、今は胸がいっぱいな気分で余り気にならない。
やっぱり自分が思っていたよりも、私は彼の事が好きだったようだ。
彼の好意を確認できた。ただそれだけの事を再確認して、思わず口元がニヘラと緩む。
「あ、そうだ。今日はライナの所に行ってくるね」
お茶を渡してくれる家精霊に告げて、ずずっとそのお茶を飲む。
今日はいっぱい報告する事がある。弟子達の事は勿論、リュナドさんの事も。
弟子達の事は相談もしていた訳だし、彼女のおかげで私は師匠をやり切れたんだしね。
ライナの教えが無ければ、私はきっとまた失敗していた。そう思う。
それにこの幸せな気持ちも彼女に伝えたい。きっと彼女なら喜んでくれるだろう。
楽しみだなぁ。今日は帰って来るのがちょっと遅くなりそうだ。
・・・あ、そういえば、アスバちゃんの事を忘れていた。
幸せ気分で完全に飛んでいたけど・・・大丈夫だよね、多分。
メイラがあの場に飛んで来たって事は、離れても大丈夫と判断してだろうし。
あの子は優しいから、離れたら不味いと思ったら、アスバちゃんを見捨てられないと思う。
だから多分大丈夫だ。きっと私が心配するだけ無駄で、彼女は元気に帰って来る。
『はっ、私が負ける訳無いでしょーが!』
何時も通りそんな風に、帰って来た彼女は胸を張って言うのだろう。だから、心配無い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
――――――――格が、違う。
目の前で起きている事に、魔法の嵐に、そう思い知らされた。
彼女は、アスバさんは、私なんかよりも遥かに格上の存在だと。
「はっ、温いわね。その魔法はこうすんのよっ!」
彼女は先程から、放たれた魔法と同じ魔法を返し続けている。
結界を使って防がずに、全ての魔法を相殺して、それから反撃に移る。
何処から打っても、何を打っても、どれだけの数を打っても、彼女には通用しない。
視線も向けずにあらゆる魔法を相殺して、その魔法より弱いはずの魔法で敵を打ち抜く。
そうだ。本来は弱いはずの魔法なんだ。なのに誰もその魔法を防げない。
籠められた魔力は少ない。威力もさしてないはず。だから本来は防げないはずがない魔法。
なのに結界を貫通し、相対した魔法を貫通し、魔力の阻害を無視し、確実に魔法を当てる。
物が違う。アレは同じ魔法じゃない。私と同じ魔法なんて言ってはいけない物だ。
師匠と訓練して、私は魔法が使える気になったつもりだった。それはまさしく『つもり』だ。
これが本物の魔法。これこそが本物の魔法。彼女こそが本物の魔法使い。
膨大な魔力を有しながら、その力を殆ど使う事無く、技術で全てを蹂躙して行く。
「魔獣はあらかた片付いたし、後から出て来た出来損ないもこの程度・・・たかが知れるわね」
目の前で破壊と修復を繰り返す何かに、彼女は呆れた様な溜息を吐く。
もし私がアレと正面から戦って、同じ様な戦い方で、同じ事を言えただろうか。
無理だ。絶対に無理だ。何時に成ったら倒れるのかと、精神が疲弊していただろう。
何となく解る。アレは私と同じ物で、ただ私と違って都合を考えられていない物だ。
実験の使い捨て。いや、再利用か。カルアを作る為に出来た、壊れた魔法使い。
新しく作ったのか、保存してあったものを出して来たのか、それは私にも解らない。
ただ言える事は、凄まじく不快という事だ。余りにも不快が過ぎる。
「―――――アスバさん、あっちは、私がやります」
「勝手にどうぞ。私は好きにやってるだけだもの」
「ありがとうございます」
新しく転移で現れた何かに、先制攻撃で魔法を叩き込む。師匠に鍛えられた魔法を。
ちょっと前なら自信があった魔法だ。やっと使いこなせるようになったと思った魔法だ。
けれどなんて大雑把なのだろう。彼女の魔法と比べると、魔法と呼ぶには恥ずかし過ぎる。
これが弟の見て来た世界。ああ、これは、憧れる。師と仰いでしまう。なんて、凄い。
勿論竜が弱い訳じゃない。私の師匠が悪い訳じゃない。師匠も凄い魔法使いだ。
長く生きた知識と経験から、様々な魔法を知っていて、そして繊細な魔法を放つ事も出来る。
ただ基本が大魔力なんだ。だからそもそもの問題として、受ける私が未熟過ぎた。
効率は悪く、繊細さとは程遠く、判断も遅く、だから魔力を多く消費してしまう。
それはきっと実戦経験の少なさも原因だ。とっさの判断力が無さ過ぎるんだ。
悔しさと、憧れ。両方の気持ちで彼女を見ながら、私も敵を打ち倒す。
魔力の塊だというのであれば、全てを吹き飛ばしてやれば良い。私に出来るのはそれだけだ。
「ふんっ、やるじゃない」
「ありがとうございますっ!」
私に出来る事。それは制御できる上限を上げ続けた結果の、大火力攻撃だ。
前は怖くて出来なかった、呑まれそうで出来なかった、けれど自分の物にした力。
師匠のおかげでドンドン上限が上がって行っている。今の私ならこれぐらい造作も無い。
きっと師匠に教えを乞う前の私なら、絶対に出来なかった魔法だ。だから、胸を張れ。
「幾ら来ても、吹き飛ばしてやる!」
私にはあんな事は出来ない。あんなに凄い事は出来ない。アスバさんの様にはまだ無理だ。
それでも私は魔法使いだ。師匠の顔に泥を塗る様な、半端な魔法使いになる気は無い。
出来る事をやれ。出来る事を知れ。師匠の教えの通り、私は出来る事をやるだけだ!
「はっ、良いんじゃないの、それで。兄弟そろって有望じゃないの」
背後から愉快気な声が響き、そしてまた敵が消えて行く。彼女の魔法になす術無くやられて。
そうして暫くすると、敵が出て来なくなった。とうとう出す物が無くなったのだろうか。
「・・・かかった。甘いのよ、魔法使い未満共が。やると思ったわよ」
彼女が低く呟くと、魔力の流れを見える様にしながら、即座に転移魔法を発動する。
その魔力の流れを必死に追いながら、彼女に付いて行くように転移した。
そうして転移した先には、荷物を抱えて逃げ出す様子の一族が居た。
転移魔法を使わずに足で逃げれば、もしかしたら見つからなかったかもしれないのに。
自分達の能力を過信した結果、簡単に魔力の流れを察知されて追いつかれた。
そもそもあの戦いを見ておきながら、どうして貴方達の魔法が通用すると思ったのか。
「なっ、なぜ、なぜだ! なぜ解った!」
「偽装は完璧だったはずだ! 我々の誰もが確認して解らなかったはずだ!」
「これだけの膨大な魔力を放って擬装した転移だぞ! 追って来られる訳が無い!!」
お爺様達が叫んでいる。一族の悲願を願った者達が。狂気に身を委ねた者達が。
人の命を奪うだけ奪っておきながら、自分達の命を懸ける気概も無い者達が。
怒りで思わず拳を握っていると、アスバさんが鼻で笑って口を開いた。
「救えないわね。その程度の技術で、本当にカルアを名乗って良いと思ってたの? 魔力がどれだけあった所で、アンタ達には持ち腐れだわ。魔法使いとして能力が低過ぎる」
「ぐっ、小娘が、調子に乗りおって・・・!」
「アレだけ見せてあげたのに、出て来る言葉がそれとはね・・・本当に救い様が無いわ」
「う、煩い! 黙れ黙れ! アスバの力が無ければ、ただの小娘のくせに!!」
「はっ・・・そんなだからアンタ達は力を受け継げなかったのよ」
彼らの魔法技術は低くはない。世間から見れば高い方だ。
けど彼女からしてみれば『その程度』だ。そしてそれは、私の目からも同じ事。
あの程度で何が出来ると思った。その程度の技術で何を極めたつもりだった。
師匠の魔法の一撃も防げない様な、そんな貧弱な力と技術で、何を為せると思った。
「そもそもお前は何をしている! その小娘は一族の裏切り者だ! あのアスバの力を受け継ぐ小娘だぞ! なぜ共闘などしている! 殺せ! 殺し合うべき相手だろう!!」
「―――――っ」
彼等の一人が叫んだ瞬間、目の前が真っ赤になった。怒りで、意識が、埋め尽くされる。
私の怒りじゃない。胸の内に渦巻く他人の怒り。それがアスバさんへと向かう。
けれど彼女は静かな目で私を見つめ、そして、私は――――――――。
「がっ、あっ、うがあああああっ!!」
力を、抑えつけた。ふざけるな。ふざけるな! これは私の体だ。これは私の力だ!
技術も磨かず、力も蓄えず、人を恨んで、人を殺して、人から奪った力で何が怒りだ!
怒ってるのはこっちだ! こんな物、こんな物、本当は要らなかったんだ!!
「はあっ、はあっ、ゆる、さない・・貴方達は、カルアは、滅ぶべきだ・・・!」
私の最初の呟きに彼らは笑みを見せ、けれど魔力を叩きつけられて青い顔になった。
ああ、何を恐れていたのだろう。この程度の相手に、私は何を恐怖する必要が在ったのだろう。
今はただただ胸に渦巻く怒りと、嫌悪と、犠牲になった人への悲しみで心が痛い。
「何故だ! なぜ制御が利かん! 起きろ! 起きるのだ! 念願が叶うのだぞ!!」
「せめて同士討ちで終われば次が作れるのだ! あの女さえいれば!!」
「アスバ・カルアを殺すのが我等の悲願であろう! あの裏切者をおおおお!!」
「起きろぉ! この場をしのげば次こそ、次こそぉ!!」
老人達が喚く。ああ、そういえば、我が一族は老人が多い。
若い者の多くが実験体にされたからだろう。一部の成功例に自分達を混ぜたのだろう。
だから本当なら彼らが起きて、私を呑み込んで、アスバさんと殺し合う手はずだった。
たとえそれが叶っていたとしても、きっと私が殺されて終わりだったろうけれど。
「哀れね、ほんと・・・余りにも哀れだわ、アンタ達なんかに怒りを持ちながら、それでも心を痛めていた師匠が。恨みは忘れられなかった。怒りは忘れられなかった。それでも師匠は自分の行いを間違いだったと、生前はそう言っていたのに・・・やっぱりあの人は、優しすぎるわ」
叫ぶ彼らを見た彼女は、泣きそうな顔でそんな事を口にした。
彼等に対してというよりも、ただただ自分の感情を吐露する様に。
その想いがどれだけの物か。私には想像がつかない。
けれど多少は解る。こんな理不尽な恨み、許せるはずがない。
こんな物を埋め込まれた事を、私は一生許さない。これからも、ずっと。
だからこそ終わらせなければいけない。こんな事がこれからも続いて良いはずがない。
「片を付けましょう。今日、ここで、私達の因縁を。アスバさん」
「・・・そうね。こんな幕引きなんて、余りにも滑稽だけど・・・相応しいのかもね」
どちらともなく魔法を放ち・・・そうして、カルアの一族はここで途絶えた。
自らの命を張る事も出来なかった者達が、私達に敵うはずもない。
せめて彼らが自分達を実験に使っていれば、状況は違ったかもしれないけれど。
「・・・師匠、終わりましたよ。だからどうか、安らかに・・・」
万感の思いを込めた彼女の呟きが、静かな山の中に響いた。
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