第436話、師匠としての判断を下す錬金術師

懐が熱い。魔法石が光っている。これは、合図だ。


「―――――精霊達! 今すぐリュナドさんの所に向かって!」

『『『『『キャー!』』』』』


精霊達に頼んで荷車をまっすぐ上に浮かし、そのままリュナドさんの所へと向かわせる。

この子達は彼の居場所が『何となく』解るから、私が飛ばすより頼んだ方が早い。

ただ彼にもこの魔法石は渡している。だから合図には気が付いていると思う。


『『『『『キャー!』』』』』

「ありがとう!」


精霊達が彼を見つけたと指を差し、その方向を見るとリュナドさんを見つけた。

彼は街の家の屋根を飛び伝い、こちらに向かって来ている様に見える。

やっぱり合図は伝わっていた。ならこのまま合流しようと荷車の高度を下げる。


それを見てから彼は一瞬力を溜め、荷車まで飛び上がって来た。

精霊達が合わせて荷車を動かし、私が手を伸ばして車内に彼を引き入れる。

そして彼はポケットから魔法石を取り出し、確認する様に見せて来た。


「これって、誤作動とかじゃないよな?」

「誤作動は・・・絶対無いとは言えない。けど作動したなら、私は行きたい」

「解った。取り敢えず行ってから、だな」

「うん、何事も無ければ、そのまま帰るから」

「解った・・・これ買い物帰りだよな。荷車はお前等に任せるな。あと多分お前等送り迎えの奴置いて来てるだろ。何でもないから気にせず持ち場に戻る様に、って伝えてくれ」

「あ、そ、そうだ。ごめんね、お願いね」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達はご機嫌に鳴いて応えてくれて、それにホッとしながら懐の袋を握る。

この袋の中には転移の為の魔法石が詰まっている。

ただし以前精霊殺しを相手にした時の物とは違う。ここに在るのは制御の魔法石のみ。


精霊殺しや竜や竜神との戦い以降、私はもう少し備えるべきだと思った。

竜神の時はまだ確立出来ていなかったから、使えなかった魔法石だ。

お母さん。私はお母さんの知恵の先を、初めて行くよ。


「――――っ」


リュナドさんの袖を掴み、魔法石へ魔力を流す。

そして魔法石は対となる魔法石に反応し、その魔法石と連動して転移の魔法石が発動。

時間と魔力の余裕のある限り作っておいた転移魔法石が、倉庫に有る魔法石が発動する。


「転移出来た、んだよな? ここ、見覚えないし・・・」

「うん、行けた。大丈夫」

『キャー♪』


転移をした先は部屋の中だった。やけに豪華な部屋の中な気がする。

そして座標となる魔法石を持った精霊達が、嬉しそうに声を上げた。

よし、上手く行った。これなら他の魔法石も行ける。


ふと見ると声を上げた精霊が他の精霊に口を塞がれ、何故か声を上げない様にさせられている。

どうしたんだろう。喋っちゃ駄目って言われた時の動き、だよね。他の子も鳴かないし。


「精霊達、状況を教えて――――――」


外からは魔法で戦う気配と、やけに騒がしい気配、後何か得体のしれない気配がある。

けれど取り敢えず状況確認が先だと思い、しゃがんで精霊に声をかけようとした。

すると部屋の扉が勢いよく開かれるのを感じ、反射的にナイフを抜く。

リュナドさんも構えを取り、ただ私達はすぐに構えを解いた。


「セ、セレス殿!? リュナド殿も!? なぜここに!?」

「・・・フルヴァドさんか・・・驚いた」

「お、驚いたのはこっちだ! 戦う準備が終わって出ようとしていたら、テオが近くで転移の気配を感じたと言うし、敵の魔法使いの侵入者かと思って焦ったんだぞ!」

「――――――っ」


フルヴァドさんが何時もと違って、本気で焦った様子を見せている。

しまった。そうか、そういえばアスバちゃんにも、前に言われたっけ。

転移を暗殺とかに使う人が居るから、そういう風に疑われる事もあるって。

申し訳なさと、普段こんな勢いで来ない彼女の両方に怯み、思わず言葉に詰まる。


「・・・いや、すまない、そんな場合ではないな。今はアレをどうにかするのが先だ。その為に来たのだろう?」


けど彼女はすぐに落ち着いて部屋に在った窓の傍に寄り、私達も同じ様に外を見る。

すると眼下には燃え広がる街と、何かと戦う魔法使い子の姿が在った。

でもメイラとパックの姿が無い。アスバちゃんも居ない。一体、どこに。


「グインズ殿は見ての通り、パック殿下は民の避難誘導を手伝っている。アスバ殿やメイラ殿が留守なのは偶然か狙ったのか解らないが、あの通りどうにも通用していない様でな」

「なんだ、ありゃぁ・・・何であれだけバカスカ魔法くらって平気なんだ・・・!」


パックが無事な事にホッとして、メイラもどうやら無事な様だ。

ただし最大戦力の二人が居ないから、精霊は危険と感じて私達を呼んだらしい。

確かに、アレは、嫌な感じがする。魔力の流れがおかしい。使い方もおかしい。


あれは・・・人間じゃない。魔獣でもない。だからといって神でも、悪魔でもない。

アレはただの力の塊だ。力を溜め込んで吐き出すだけの存在になっている。

多分アレを倒せるのはアスバちゃんやメイラ、後は―――――。


「テオが言うには、アレは死者だと言う。私には良く解らないが、死者の命の塊が燃えているだけだと。私達では倒せない可能性が高いとも。だがセレス殿達が来てくれたなら心強―――」


現状を冷静に確認していると、不意に彼女の言葉が途切れ、私の思考も途切れた。

恐らく理由は同じだろう。ゾクリと背中を駆け抜ける悪寒。吐き気のするような威圧感。

凄まじい呪いの力を感じて、全員が視線を空へ向ける。黒い塊が落ちる姿を。


メイラが全力で殴りに行ったように見え、けれど死者に当たった所で動きが止まった。

次の瞬間メイラは吹き飛ばされて、地面を転がって行く。


「―――――っ!」


反射的に出てい行きそうになるのぐっと堪え、メイラの様子を見る。

大丈夫だ。食らう前に黒を纏っていた。あの子は無傷だ。

ただ立ち上がったメイラは、前に勧めなかった。進める様に見えなかった。


ああ、そうだろう。そんな気がした。解っていた。

アレはメイラが一番相性良く倒せる相手だけど、メイラが一番倒し難い相手だ。

あの子はとても優しい。そして呪いを感知する術に長けている。


ならきっと、あの呪いの塊が、どうやって作られたのかも解るんだろう。

アレは消滅させないと止まらない。けど人型で、動いている人を、あの子は殺せない。

それでも・・・それでも、あの子は前に行こうとしている様に、見えた。


「ぐぅ・・・!」


歯を、食いしばる。頑張っている。あの子は頑張っている。

まだ諦めていない。体も問題無い。ならきっと、私は、出て行っちゃいけない。

それでも助けてあげたいと思うのは、私の我が儘なんだろうか。


「セ、セレス、殿?」

「セレス、どうするんだ?」

『『『『『キャ~・・・』』』』』


動かない私に、判断できない私に、二人が声をかけて来る。

精霊も足元で心配そうに見上げていた。皆に心配をかけている。


・・・何をやっているんだろう、私は。今大変なのは、私じゃないのに。あの子達なのに。


冷静になれ。私は何をするべきなんだ。師匠として私は何をしなきゃいけない。

そうだ。二人は自分達で頑張りたいと、そして胸を張って帰って来たいと言っていた。

なら私がここに居る事自体、本当は不味い。気が付かれちゃいけない。


逆を言えば、気が付かれなければ、良い。そういう事だ。なら、行ける。出来る。


「フルヴァドさん、リュナドさん、精霊達。お願い、手を、貸して」


皆の手を借りれば、気が付かれずに行ける。今ならやれる。


「勿論だ。私がセレス殿の頼みを断るはずがない」

「手を貸す気じゃなきゃ、最初からここに居ないんですけどね、俺は」

『『『『『キャー!』』』』』


二人とこの場に居た精霊達は、快く答えてくれた。

本当に私は、友達と家族に恵まれていると思う。

今、行くからね、メイラ。会えないけど、それでも、行くから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「作戦は理解したな、テオ」

『勿論。マスターこそ大丈夫? 作戦上、今回私は動きの補助が出来ないけど』

「ああ、解っている。今回は、自力でやるしかない。だが友が望んだのだ。やらずどうする」


短い作戦会議を終え、見晴らしの良い場所に立ち、テオを構えて眼下を見据える。

未だグインズ殿と戦い続ける化け物と、動けないでいるメイラ殿。

そして彼女を支え、けれど歯噛みしているパック殿下を。


「それに、子供を助けるのは大人の役目だ。私は次世代を守る為にもお前を握ったのだ」

『―――――ああ、そうだね、マスター。行こう。守る為に』

「ああ、行くぞ・・・!」


用意が出来たセレス殿を確認して、剣に持つ力を籠める。

本来なら使えない。けれど限定的にだが力を放つ。

私が守るべき者を守る為に。メイラと、パックを、次世代の子供達守る為に。

そして短い距離を転移して、化け物を上を取る様に浮かび見下す。


「――――――余り調子に乗るなよ、化け物が」


声を張り、虚勢を張り、化け物に告げる。全ての意識を私に向ける様に。

テオは力を使う事だけに集中し、そしてその力はあの化け物を断てる。

ただ倒しきるには力が足りない。しかも良い所一撃しか放てない。だから私には倒せない。


テオにそう言われても、私はセレス殿から授かった白い鎧を着た。そしてテオを手にした。


『ここで戦えず、何の為に私はお前を手にしたんだ! お前は私の剣だろう! 私に何を見た!何を想って私を主とした! ここで戦えない者を、今後も主と想えるのか!!』


そう叫んだ私に、テオは従ってくれた。我ながら酷い事を言ったと思う。

これは負け戦だ。出来る事は精々時間稼ぎだ。そう解っていても私は剣を取った。

だが眼前で逃げ惑う人々が居て、子供達が懸命に戦っている。

勝てる戦いならば良い。だが違うのであれば、真っ先に死ぬのは大人の役目だろう!


「意識をとられたな、化け物」


だが悪いな化け物。もう死ぬ気は無いんだ。何せ負ける気がしないからな!


「――――――もう、遅い!」


叫びながら地面へと飛ぶ。けれど化け物は私より背後に意識を向けようとした。

だがもう遅い。今更気が付いた所で、その反応では間に合わない。


そこには既に転移した二人が居て、リュナド殿の槍が容赦なく叩き込まれた。

精霊を内に宿し、竜の鎧を身に纏い、神を打ち砕く力を持った一撃。

その一撃は化け物をその場に縫い付け、動く事が叶わなくなったように見えた。


更に彼の一撃と共に結界が張られ、化け物の周囲にいくつもの樽が出現する。

そして出現と同時に凄まじい破裂音が響き、化け物は結界の中で衝撃に呑まれた。

説明は聞いていたがすさまじいな。遠隔で魔法石の詰まった樽を転移か。怖過ぎる。


だがまだ生きている。テオの力を引き出しているからか、存在を感じられる。

槍が彼の槍ではなかったからだろう。先の一撃で壊れてしまう危険があった。

だからどこにでもある普通の槍で、けれどだからこそ、私が最後の詰めだ。


「―――――――はぁ!」


爆風で土煙が上がる中、真っ直ぐに化け物を両断する。

最早人の形を成していない。渦巻く肉の様などす黒い何か。

槍で貫かれ、セレス殿の魔法で砕かれても、なお生きている死体。

だが両断されたそれは動きを止め、そしてサラサラと崩れ始めた。


「・・・人間の死に方ではないな」

『仕方ない。すでに死んでいたから、これは死体の塊。死なせてあげた方が、良い』

「・・・そうだな。やるせないが、そう思うしかないだろう。二人は?」

『すでに離脱済み。気配を近くに感じないから、もしかしたらもう家に帰ったのかも』

「ははっ、らしいと言えばらしいか・・・」


セレス殿の願いは単純明快だ。自分が事の解決に関わったと知られたくない。

だから一瞬で決める。そして意識を逸らして欲しいと。

確かに本来彼女はここに居ないはずだ。ならきっと、それが一番良いのだろう。


先程の魔法や転移も隠匿しているらしく、見ていなければ気が付かないだろうと言っていた。

既にグインズ殿が魔法を放ちまくっているし、あの化け物の残滓も有るから魔力が解り難いと。

アスバ殿が居れば気が付くだろうが、彼女が居たらそもそも出番は無かった。


つまりは全て私の力と誤魔化せ、という事だ。後はあの化け物の抵抗にするしかない。


「ふ、フルヴァドさん! 無事ですか!?」


グインズ殿が駆けて来る。土煙の中を良く解るものだな

メイラ殿とパック殿下も付いて来ている様だ。

そして魔法で土煙を飛ばし、視界が一気にはれる。


「この通りだ。一か八かだったが、何とか倒せたらしい」

「フルヴァドさん・・・良かった・・・!」


グインズ殿が目を潤ませ、私の手を握る。私の何をそんなに好いているのか不思議だ。

思わず笑みを漏らしながら、その後ろに居るメイラ殿達に目を向けた。


「・・・フルヴァドさん、あの、さっき、セレスさん達―――――」


そして彼女が困惑した表情で問いかけようとした言葉が、途中で途切れた。

いや、それもそうだろう。何せ問いかける相手が突然倒れたのだから。

不味い。動けない。反動が思っていたより酷い。意識が、保てない。

子供達が叫んでいる気がするけど、どうにも声が遠くて聞き取れない。


『マスター・・・良かったね』


ああ、そうだな。成すべき事を成せた。満足だ。

少しでも彼女に借りを返せたなら、嬉しい、よ・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る