第435話、弟子の元へ行きたい錬金術師

今日も今日とて弟子達が返って来ない。なので買出しも当然自分で行く必要がある。

以前は致し方なくとも行く必要が在って、それなりに慣れて来たと思っていた。

けどそれは間違いだったらしい。隣に誰かが居ないだけでとても心細い。


「これは錬金術師様! いらっしゃいませ。こちらですよね。すぐに包みますので」

「・・・ん」

『『『『『キャー♪』』』』』


店員さんの元気な言葉にビクッとしつつ、それでもちゃんと頷いて応える。

そして用意された物を精霊達が持ち上げ、荷車へと運んでいく。

隣にメイラが居た時は、もう少し会話が出来てた気がするんだけどなぁ。


最近メイラ達に買い物を任せていたせいか、それとも師匠として気を張ってないせいか。

以前の私に戻った様に、買い物で上手く喋れなくなっている。凄く、困る。

と最初は思った物の、実際は余り困る事は無かった。


「錬金術師様、いらっしゃいませ。この樽で宜しいですか?」

「・・・ん」

「錬金術師様じゃありませんか。ああ、こちら塊そのままで宜しいのですよね?」

「・・・ん」

「いらっしゃいませ。いつもお世話になっております。すぐに用意致しますね」

「・・・ん」


大体ほぼ頷くだけで終わっている。会話の必要が無い。物凄く助かる。

そしてその程度であれば、仮面が有ればなんて事は無い。この街の中ならそこまで怖くない。

この街の人達は私に優しい。多分私に特別優しい訳じゃなく、人に優しい街なんだけど。


流石に友達と話す程気楽ではないけど、知らない街で知らない人と話すよりはマシだ。

とはいえ市場はどうしても騒がしくて、この活気の良さが私には恐怖になる。

だって時々何処からか怒鳴り声みたいなの聞こえるんだもん。あれ結構怖いよ。

近くで大声で話している客とかいると、流石にちょっと逃げたくなる。


「お弟子さんはまだ帰って来ないんですねぇ」

「メイラちゃんが帰って来たら、またオマケしますねー」

「パック君に会えないのは寂しいわねー」


そして買い物をしていると、何度かこういう事を言われる。

皆中々帰って来ない弟子達の事を心配してくれている様だ。

ただ私はそれに対し殆ど「・・・ん」と頷いて返すしか出来ないのだけど。


きっとあの二人は私と違い、ちゃんとコミュニケーションを取っているんだろう。

だって私は『錬金術師様』なのに、二人は大体『メイラちゃん』と『パック君』だもん。

可愛がられているに違いない。そう思うと何だか少し誇らしい。

まあ二人の師匠である私は、二人が見てない前だと以前のままダメダメなんだけど。


「ええと、買い忘れは・・・うん、無いね。帰ろうか」

『『『『『キャー!』』』』』


買い物中は結構必死なので、荷車に帰ってから買った物を確かめる。

そして買い忘れが無い事を確認してから、精霊達にお願いして荷車を動かす。

後は中でのんびりしているだけでいい。ホッと息を吐いて座り込んだ。


「・・・寂しい、か。そんなの、私が、一番寂しいよ」

『キャ~』


市場で言われた事を思い出し、天井を見つめながら思わず呟く。

そると頭の上の子が慰めるように撫でてくれて、周りの子達も心配そうに見上げている。


「・・・ありがとう。ん、ごめんね。君達が居てくれるのは、解ってるんだけどねー」

『『『『『キャー♪』』』』』


気遣ってくれる山精霊達を撫でると、皆嬉しそうに鳴き声を上げる。

ただ運転中の精霊が『狡い!』と運転を止めて車が落ちたのは少し焦った。

とはいえその子も同じ様に撫でてあげたら、ご機嫌で運転を再開したけど。


因みに精霊兵隊さんが何事かと驚いて中の様子を見に来た。とても申し訳ない。


精霊達は何時も傍にいてくれる。そういえば何だかんだといつも私の周りは騒がしい。

流石に依頼の品を作っている時は静か・・・静かな時も、ある、けど。

それはもしかすると、この子達なりに私を寂しがらせない様にしてくれてるのかもしれない。


「・・・人って、変わるものだよね、本当に」

『キャ~』


一人が好きだった。一人が一番心地よかった。勿論ライナという例外は居た。

けれど私は人と一緒に居るのが辛くて、一人で寂しいなんて思った事は殆ど無かった。

実を言うとお母さんが出かけている間も、一人の留守番にホッとしていたりした。


そんな私が、今や弟子達が家に居ない事を寂しいと、早く帰ってきて欲しいと思っている。

弟子達が居ないならリュナドさんに傍に居て欲しいと、友達が遊びに来るのを待ち望んでいる。

ライナ以外の友達が、沢山出来て、とても、人恋しいと思っている。


「私が向かって良いなら、一番なんだけど・・・それはいざという時しか駄目―――――」


呟きの途中で、懐に入れていた魔法石が、強く光った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ホント、腹が立つぐらい、嘘みたいに順調よね」

「ですねぇ・・・私達が思い悩んでたのは何だっただろう、って少し思っちゃいました」

「あ、あはは・・・」


言葉通り少し不機嫌そうな顔を見せるアスバさんに、イーリエさんが同意する様に応える。

ただしその要因になった人物が私の師匠なので、私は苦笑いでしか返せない。

この国に来てからそこそこ日数が立った。いや、逆に言えば、そこそこしか経っていない。

なのにグインズ君は、この国の大半をもう手中に収めた形になっている。


どうも『王子』を名乗る人間の何人かは、実際に王子か怪しい所が在るらしい。

つまりどさくさ紛れの名乗り上げが何人かいるという事で、それが許される国という事。


この時点でセレスさんの計略が嵌っている。そういう国だと、最初から解っていた訳だ。

勝てば官軍。完全にその言葉通りの国。ただし、その中に、特殊な王子が現れた。

闘えない民を前に出さず、戦いに勝ったとしても恐怖で支配せず、快進撃を続ける王子が。



乱れた国に現れた英雄。神代の物語の体現者。本物の覇王。



短い期間にそんな噂が流れ始め、そしてその噂通りの戦果を上げ続けた。

結果強い所についていただけの貴族は、他を裏切って彼に付く事になる。

更に言えば王子を名乗っていた他の勢力も、彼の戦いを見て幾つか白旗を上げた。

最後まで抵抗している勢力もあるけれど、もはや時間の問題だろう。


グインズ君は格が違う。普通の人間が太刀打ちできる次元じゃない。

数なんて何の意味も無くて、持久戦なんて尚の事意味が無くて、ただただ強過ぎる。

けれどそんな彼は、戦いを挑んでこない相手には寛容だ。特に苦しむ民には尚更。

強大な力を持ちながら、心優しい王子。民を、国を想って、戦う王族。



それはきっと、彼を導いた『聖女』の教え。そう民からは認識されている。



だからグインズ君が本当に王族でもそうでなくても、疑う民は殆どいない。

むしろ彼こそがこの国を治めて欲しい、内乱が終わった後も安泰だと思われている。

内乱の後を狙う国が居ないとは限らない。むしろ疲弊した後を狙って来る可能性の方が高い。


貴族達にもそういう打算が有って、だからこそ彼を王族と認めているのだろう。

まあ、予想外に、彼が王族と認められる事態も起こった訳だけど。


王族の血筋じゃないと抜けない剣。そんな物を持っている王子が居た。

そしてその王子は自ら敵地に来て剣を突き出し、グインズ君に抜かせようとした。

その時彼らの周囲には有力貴族がいて、きっとグインズ君を偽物扱いする為だったんだろう。


けれど無駄だ。だって彼は、本当に王子なんだから。つまり結果は、ただ後押しになっただけ。

あの流れも全て計算済みだったんだろうか。セレスさんは何処まで見通していたんだろう。

後はパック君が部下を使って国内に色々噂を流し、はれてグインズ王子は確立された。


因みにその剣、呪いの剣だった。私は「彼なら抜けるなぁ」と思いながら眺めてた。


『これで別行動が可能でしょう。アスバさん・・・お師匠様、ご武運を』

『はっ、アンタの分もぶん殴って来てやるわよ』


そこからは二人の間でそんな会話がなされ、予定通り別行動になった。

私が呪いの気配を辿り、そしてアスバさんとイーリエさんが決着をつける為に。

まだ彼女達の一族はこの国に居る。国内の事は今ならどうとでもなると。


「・・・近いです。もうそろそろですよ」


そうして私達は彼等にばれない様に、魔力を抑えて徒歩で向かっている。

ただし私だけはかなり全力だ。勿論魔力じゃなくて、呪いの力だけれど。

パック君と別れてからこっち、ずっと黒塊を降ろして力を使っている。

呪いを感じる為に。呪いを見つける為に。そして、今、視界に捉えた。


「やっと、やっとケリが付けられるわね・・・」

「はい・・・もう、終わらせます・・・!」


私が伝えると、二人共雰囲気が変わった。さっきまでのどこか緩い様子が消えた。

イーリエさんは当然として、アスバさんの言葉にも、何処か重い物が在る。


「じゃあ、とっとと叩き潰しに行くとしましょうか。足手纏いになるんじゃないわよ」

「師にかけて、絶対になりません」


二人が私を抜き去り、魔力を解放する。魔法が下手な私でも解るぐらいの暴力。

グインズ君は格が違うと思った。けれどこの二人は更に格が違う。

彼は人間としての最上位。けれどこの二人は『化け物』という言葉が似合う。


きっとこれで終わる。あと数日もしたら、私達は帰れそうだ。

良かった。何事も無く終わ――――――。


「っ!?」


なに、今の、嫌な感覚。今のは、おかしい。なんで、ここじゃない所で。

いや、それよりも、この方向は、この距離は、不味い、不味い、不味い・・・!


「すみません、ここは任せます! 私はパック君の所へ戻ります!!」

「・・・成程。流石に順調過ぎたって訳ね」

「え、メ、メイラさん!?」


慌てて絨毯を広げ、二人の返答を無視して全力で飛ばす。

内に居る精霊さんにも協力して貰って、今までで一番早く。

速く行かないと、早く戻らないと、パック君が危ない!


「っ、あれ、は・・・!」


そして見えて来たのは、あの黒く渦巻く怨念の様な呪い。

呪いその物に危険な力は無い。けれどその呪い自体が燃料になっている。

膨大な呪い。何人、何十人、下手をしたら百人を超えた人間の呪詛。

真面な人間のやる事じゃない。しかもあれ、多分かけられた人も正気じゃない!


「ざっ、けんなぁ!!」


そしてその呪詛の渦に、特大の魔法が放たれた。グインズ君の魔法だ。

全てを飲み込む様な火炎に、けれど呑まれた何かは当たり前のように対処した。

渦巻く命を燃料として燃やし、無理矢理魔力に変換し、彼の魔法を撃ち消してしまう。

けれど呪いの塊はその魔法を脅威とみなしたのか、何処か警戒し始めた様に見えた。


「そうだ、てめえの相手は俺だ! こっちを見ろ!!」


彼は呪いの気を引いている。きっとそうしないと、見境なく人を殺すからだろう。

だって、だって、こんな、折角血を流さずに済ませた街に居たのに。

きっと私が感じたあの膨らむような力。あの時、街は、こんな事になったのだろう。


家が燃えている。街が燃えている。お城も、燃えている。

ただただ殺す為に。ただただ滅ぼす為に。ただそれだけの為に。

こんなの酷い。戦争よりももっと酷いなにかだ。

だってあれは、人を殺したいだけだもの。ただそれだけのの存在だもの。


「黒塊! 精霊さん!」

『娘の望むままに』

『まかせろー!』

『いっくぞー!』

『くーらえー!』


私は絨毯から飛び降り、呪いの中心へと落ちて行く。黒塊を纏いながら。


「このおっ!」


そうして出来た黒い拳で殴りつけ、けれどその呪詛を振り払えない。

いや、違う、私の力が、入らない。近づけば近づく程、力が、抜ける。

無理矢理詰め込まれて、不安定で、認められなくて、生きたくて、助かりたくて――――。


「うぐっ!?」

「メイラ殿!? くそっ!」


動きが止まっていた私のお腹を、魔力の塊が殴りつけて来た。

痛くは無かったけど、衝撃で声が漏れて地面を転がる

慌てて止まって立ち上がったけれど、足が前に進まなかった。


意識が一瞬、呪いに混ぜられた人達に持っていかれた。涙が、溢れて止まらない。

あの人達苦しんでる。そして死んだと理解していない。生きて助かりたいと思ってる。

呪いの力を使おうとすればする程、その想いが流れ込んで来て、体が動かせない。


その間にグインズ君は戦闘を再開し、呪いの塊も対応している。

でも、駄目だ。彼じゃあの呪いを殺せない。だって、アレは、もう死んでる。

死んでるから、生きてないから、殺し切らないと止まらない。命が燃え尽きるまで。


きっと燃え尽きるまでグインズ君はもたない。アレを倒せるのは、きっと今は私だけだ。


「だから、前に、前に出ないと、パック君が、この国の、人達が・・・!」


もう既に、何人かは死んでしまっているだろう。止めなければもっと死ぬんだろう。

だから私は、殺さないといけない。あの呪いを、あの人を、殺さないと、止まらない。

人を、殺さないと。駄目なのに、覚悟してたのに、手が、足が、動かない・・・!


「メイラ様! 大丈夫ですか!?」

『メイラ泣いてるー!?』

『痛いの!? どこ痛いの!?』


情けなさに歯を食いしばっていると、パック君が山精霊と一緒に走って来た。


「パック、君・・・良かった、無事、だったんですね」

「ええ、何とか・・・メイラ様、何処か痛みますか?」

「痛みは、ない、です・・・ただあの人が、あの人達が・・・止めないと・・・!」


口では行かないとと言いながら、足が前に出ない。竜神相手の時は、当たり前に出られたのに。

やる事は同じじゃないか。神様か、人間か、それだけで、しかも相手はもう死んでいる。


人間以外の命は奪って来たじゃないか。いっぱい、魔獣を、素材にしたじゃないか。

私は錬金術師だから。偉大な錬金術師の弟子だから。命を奪う事は、出来なきゃいけない事だ。

だから、だから、私は、やらないと。だって私は、セレスさんの弟子なんだから・・・!


「――――――余り調子に乗るなよ、化け物が」


ただそこに、凛とした声が響いた。白く輝く鎧を身に纏い、光り輝く騎士の姿が。

呪いは一瞬でグインズさんへの意識を切り、全てをその白い騎士へと向けた。

けど、次の瞬間、あり得ない物を見た。居るはずの無い、姿が、見えた。


「・・・セレス、さん?」


意識を取られた呪いの背後に、見慣れたフード姿と、槍を構える男性が、見えた。

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