第434話、同士に愚痴を聞いてもらう錬金術師
「でね、メイラもパックも頑張り屋さんだから、心配だし、寂しくてね・・・」
ずずっとお茶を飲みながら、私の話を聞いている彼女から視線を逸らして溜息を吐く。
アレからまた暫くたったけれど、二人はまだ帰って来ていない。
リュナドさんへ経過報告が来ているらしく、二人とも元気ではある様だけど。
ただ今は二人が別行動をしていると聞き、尚の事心配は増してしまった。
一応メイラにはアスバちゃんが、パックには精霊殺しが傍にいるみたいだけど。
あの二人が一緒に居るのであれば、早々滅多な事は無い、とは思う。
けどアスバちゃんは時々うっかり失敗するし、精霊殺しは闘うのに条件が居る。
その辺りが心配じゃないのかと言うと、やっぱりどうしても心配で仕方ない。
あと何より寂しい。まさかこんなに長期間帰って来なくなると思ってなかった。
「・・・あのさぁ。それ私なんかに話して良い訳?」
「え、良い・・・と思うけど。駄目なの?」
「いや、聞いてんのこっちだから」
疑問に対して思わず私も疑問で返すと、彼女は大きな溜息を吐いた。
何か変な事を言っただろうか。言っちゃいけない事なんて何も無かったと思うんだけど。
だって私、ただ国外に出かけた弟子達への心配を聞いて貰っただけだし。
「前から思ってたんだけど、アンタ一体私の事なんだと思ってる訳?」
「何って・・・ハニトラさんは、ハニトラさんだと思ってる、けど」
「アンタ頑なに私の名前覚えないわね」
「え、ハニトラさん、別の名前が有るの?」
「有るに決まってんでしょーが! つーかアンタ聞いた事あるわよ!」
彼女の勢いに驚き、思わず背筋を伸ばして固まってしまう。
そして頭をフル回転させて思い出そうとするも、全く思い出せない。
「・・・あった、っけ?」
「嘘でしょコイツ! 本気で覚えてないの!?」
え、だって、別の名前なんて、本当に聞いた覚えがないんだけど。
それに私が何時もハニトラさんって呼ぶと、彼女もちゃんと返事してくれるし。
そう思い恐る恐る聞くも、彼女はむしろ頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「・・・ごめんね」
同じ人を好きな大事な友達なのに、名前すら憶えていなかった。
その事実を申し訳なく思い、それに怒らせたかなとも不安になりつつ謝る。
「ふんっ、アンタにとって私の名前なんて、覚える価値も無いって事なんでしょうね」
「・・・そんな事は、ないよ」
「説得力無いのよ、そんな顔で言っても」
えぇ・・・そんな顔って言われても、私本当に申し訳ないと思ってるんだけどな。
いや、でも彼女の言う通り覚えてなかった訳だし、説得力は無いに等しいか。
うう、でも本当に聞いた覚えが無いんだけどなぁ・・・。
「まあ良いわ。アンタにとっちゃ、私はハニトラ、って事でしょ。それはある意味私を認めているって事だわ。ならそれも悪くないじゃないの。ねえ、そうでしょ?」
「・・・うん、ハニトラさんは、ハニトラさんだよ」
「そう。そうよね。私とアンタの間に、本当の名前なんて要らないって事よね」
けどハニトラさんは笑顔に戻り、名前を憶えてなくても構わないと言い出した。
むしろ名前を憶えていなくて良い関係だと。多分そう言ってくれている。
とはいえ私が彼女を認めるとか、そんな事はおこがましいと思うけど。
だって彼女はリュナドさんの事が好きで、私も彼の事が好き。
お互い同じ人が好き同士で、なら仲良くなれると私が勝手に思っただけだ。
実際こうやってお茶をするぐらい仲良くなれたから、珍しく私の考えが正しかった例でもある。
いや、これは私の正しさと言うよりも、リュナドさんが良い人だったってだけの事かも。
『『『『『キャー♪』』』』』
「はいはい。アンタ達構ってると際限ないから今はあっち行ってなさい」
『『『『『キャー・・・』』』』』
精霊達もこの通り懐いているし。今日は構って貰えなくてトボトボと去って行ったけど。
でも私は知っている。彼女はリュナドさんの家ではこの子達をいっぱい構ってる事を。
むしろこの子達に料理まで振舞っている。かなり仲良しなんだよね。
「そういえばずっと聞きそびれてたけど、アンタ一体どうやった訳?」
「え、何の事?」
「惚けんじゃないわよ。あの堅物精霊公様をどうやって引き込んだのよ。もう街中持ちきりになってるわよ、アンタの家で定期的に寝泊まりしてんのは」
寝泊まりしてる程度の事が街で噂になってるの? でもリュナドさんだから仕方ないのかな。
今の彼は街では偉い人だし、偉い人の動向は気になるのが普通の感性らしいし。
私はあんまり気にならないから、ライナやメイラから聞いて後で知る事が多い。
ただこの事に関しては、メイラは特に何も言ってなかったんだけどな。
ライナからも聞いていないし、本当に噂になっているんだろうか。
なんて少し首を傾げつつも、疑問に答えようと口を開く。
「私は別に、ただ誘っただけだよ。寝て行かない、って」
「・・・ウッソでしょ。え、ホントにそう言ったの? それで頷いたの? あの人が?」
「え、うん、ほんと、だけど」
彼女が何を信じられないのか良く解らず、首を傾げたまま肯定で返す。
すると彼女は背もたれに体を預けて天を仰ぎ、大きな溜息を吐いた。
「あーそう、そうですか、ハイハイ解ってましたよ。そりゃそうよね。私は所詮ハニトラだもの。そうなるわよね。最初から知ってたわよそんな事」
彼女が何を言っているのか良く解らない。時々だけど彼女はこういう所が在る。
多分私に言ってる訳じゃないのだろうと最近は思っている。
だって解んないんだもん。解らない事はきっと私の事じゃない。そう思いお茶をすする。
「解んないのはアンタなのよね、ほんと。何でアンタ私を排除しない訳?」
「へ? 何でそんな事する必要が在るの?」
「・・・今のマジトーンだったわね・・・むしろこっちが困るわ」
困ると言われても私も困ってしまう。だって彼女を排除する理由なんて無いし。
むしろ私は彼女と仲良くしたいから、こうやって定期的に会ってる訳だし。
「・・・まあ、錬金術師様には何かお考えが有るんでしょうけどね。私はそれに全力で乗っかって、都合よく進めるだけなんだけど。ここに来れる立場も上手く使わせて貰ってるもの」
「そうなの?」
「そうよ。おかげで一目置かれてるし、何かがあってもコイツらが守ってくれるしね」
『キャー♪』
ツンと突かれた精霊がご機嫌に応え、やっぱり仲が良いと思う。
山精霊は基本的に悪い人には懐かないはずだ。少なくとも私達の敵には絶対に。
そんなこの子達がいっぱい懐く時点で、彼女はやっぱり良い人なんだと思う。
だから私との関係が彼女にとって良い事なら、それはとても嬉しい。
「友達が安全なら、私も嬉しい」
「・・・友達、ねぇ」
あ、あれ、もしかして、友達と思って貰えてなかった、のかな。
私ずっと彼女とは友達だと思ってたんだけど。
でも考えてみると、彼女からそうだと言われた覚えは無い気がする。
「私は友達で終わらせる気は無いわよ。解ってんでしょ?」
・・・それは、ライナと同じ様な、もっと仲の良い、それこそ親友にと言う事だろうか。
どうしよう。嬉しい。凄く嬉しい。そんな風にまで想って貰えてると思ってなかった。
口元がにやける。嬉しくて顔が変な感じだ。あ、にやけるの止まらない。でもいっか。
「うん、そうなると、嬉しい、な」
「・・・あっそ」
胸に抱いた気持ちのまま笑みで応えると、何故かつまらなさそうにそっぽをむかれた。
・・・あれぇ? ハニトラさんも時々アスバちゃんぐらい返事が難しい・・・。
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『キャー♪』
「はいはい。じゃあ今日は今から行くって言っといて」
『キャー!』
また錬金術師様からのお呼び出しだ。精霊を使ってある程度定期的に呼ばれている。
今回は呼ばれない期間が長かったから、もう呼ぶ気が無いのかと思っていたけど。
最初こそビクビクしながら行った物だけど、最近はもう慣れた。
むしろあの女は『それで納得しておけ』という意味合いで威圧をかけて来るだけだ。
その点を理解してしまえば、ある意味付き合いやすく、そして利点しかない事も理解した。
何故か知らないけど、アイツは恋敵であるはずの私を排除しない。
それどころか精霊達に守らせている。この間も変な男から守って貰った。
街の住人からは錬金術師の身内と思われているし、精霊公の妾とも思われている。
まあ仕方ないけど。だって正妻はどう見てもアイツだもの。
溜め息を吐きながら服を着替え、のんびりと精霊公の家を出て街を歩く。
当然色んな人から声を掛けられるけど、怪しげな連中は精霊が殴り飛ばすから問題無い。
たとえ近くに居ない様に見えても、街のどこかに潜んでいる。
物陰から突然現れる様は虫みたいだ、と思ってるけど口にはしない。
流石にこいつらの機嫌を損ねたら不味い事ぐらい、私はよーく理解しているもの。
「来たわよー」
「ん、どうぞ、上がって。お茶の用意も、出来てるから」
錬金術師の家に来ると、何時もこの女は庭で待っている。
流石に毎回ずっと庭に出ている訳はないだろうし、接近を察知しているんでしょうね。
精霊から聞いてるのかしら。まあ別にどうでも良いけど。抵抗するだけ無駄だし。
私の命はこの女の掌の上だ。何時でも簡単に殺せる。そう思うともう怯えるのも馬鹿らしい。
なんて思いながら席に着くと、今日は彼女の弟子達の話を聞かされた。
弟子達が心配だ、という内容ではあるのだけど、途中で違和感を覚える。
そして聞いている内に、これ絶対聞いちゃ駄目なやつだと思った。
待ちなさいよ。それ絶対一般人が聞いたら不味い話よね。国家機密とかよね?
何で私にそんな話してんのよ。いやアンタが首傾げてんじゃないわよ。
つーかアンタいい加減名前で呼ぶ気無いの?
とまあ、何時も通り訳解んない感じで、ただ最後の疑問も何時も通りの軽口だった。
すると何故かこの女は、私の名前は『ハニトラ』以外に何か有るのかと言い出した。
何時もの『それで納得しろ』という脅しの顔で。怖いけどもう慣れたわよ。
ハイハイ、アンタにとっちゃ私はハニトラって事でしょ。
いや、考えようによっては、そう認められる相手って事かしら。
私ならアンタの大事な精霊公様を取れる。そう思ってるって事よね。
それは少し気分が良いわ。同時に何で私を排除しないのかが全然解んないけど。
「そういえばずっと聞きそびれてたけど、アンタ一体どうやった訳?」
ただ彼の話になった事で、ふと聞きそびれていた事を思い出した。
何度誘っても乗って来なかったあの人が、ここ最近彼女の家に良く行くようになった。
家には帰って来ないのに。いやもう、ほんと全然帰って来ないのに。
そしたら堂々と『寝よう』と誘ったとか、当たり前のように返してきやがった。
ああハイハイ。そうですよね。私は所詮ハニトラだものね。
アンタが誘ったなら、そりゃあ彼は頷きますわよね。クソッタレ。
知ってたわよ。解ってたわよ。だから少し、悔しくて余計な事を口にした。
何で私を殺さないのか。ずっと好きに泳がせているのか。
何時ものコイツならきっと答えない。また脅されて黙らされるだけなのに。
「へ? 何でそんな事する必要が在るの?」
すると私が困惑する程に、本気の声音でそう返して来た。する意味が無いと。
どうしよう。余計に何考えてんのか解んないんだけど。ホント何なのコイツ。
いや、あの錬金術師様の考えに勝とう、なんて思っちゃいないけどさ。
何だか力が抜けてしまって、もう良いやと投げやりになる。
するとコイツは何を血迷ったのか、大事な友達だと言い出した。
いや、違うか。これは挑発だ。私とは『友達』でしかないという。
同じ男を奪い合う間柄として、それ以上の関係にはなり得ないと。
だから私も何時も通り挑発で返した。なのに―――――。
「うん、そうなると、嬉しい、な」
何故か、物凄く嬉しそうな顔で、そう返して来た。まるで本気で望んでいる様に。
え、なに、アンタ私が妾か二人目になるのを望んでる訳?
だから今まで放置してたの? 今までの挑発もそういう事?
「・・・あっそ」
ああ、何かもう、本当に馬鹿馬鹿しくなって来た。
挑発に乗ってた自分が余りにもバカみたいじゃないの。
いいわよ。ええ良いわよ。そういう事ならもう本気で何も遠慮しないわよ。
「じゃあ、私は本気で好きにやって良いのね?」
「私は、全然構わないよ?」
「そ、解ったわ」
言質取ったわよ。もう怖い物なんて何にもないわ。
やってやろうじゃないの。絶対いつかその余裕の顔崩してやるから。
・・・そうえば精霊公は、この女の思惑知ってるのかしら? まあどうでも良いか。
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