第433話、魔獣退治の仕事を率先してやる錬金術師

「ギャオオッ!」

「っと」


大きな猿の魔獣の振るう前足を躱しつつ、目を狙って小石を指で弾く。

その間に背後から迫る個体の喉をナイフで裂いて、驚き喉を抑えた所で頭を蹴る。

蹴った足を掴みに来た個体に、逆足であごを思い切り蹴った。


舌を噛んでしまったらしく、千切れた舌が飛ぶ。

魔獣がそれを認識する前に地面に手を突き、手を軸にしてもう一度蹴り飛ばす。

追撃に来ようとしていた個体に向けて蹴ったので、攻撃の手が止まった間に立ち上がる。


最初の個体は目に入った石に悶えていて、邪魔だと判断されて他の個体に投げられていた。

一体居なくなった所で問題が無いぐらいの数で、私を囲んでいるからだろう。

私が一度体勢を立て直したせいか、直ぐにかかって来ずにじりっと距離を測っている。


「やっぱり、数が多いな」


猿の魔獣。前に狩りに行った程小型じゃなく、人より少し小さいぐらいの魔獣だ。

正直材料になる要素が『魔獣』ってだけだから、本来なら相手にする気が起きない種類。


だって面倒臭いんだもん。基本大量に群れてて数が多いし、そのせいか中々逃げないし。

相手が明らかに圧倒的強者でも、仲間を呼んで戦おうとするんだよね。

後個体としての性能が魔獣の割りに低い。だからこそ大量の群れで生活するんだろう。

素材の質としても微妙だし、仕事じゃなかったら進んで相手にはしない。


そう、今日は仕事だ。久々に魔獣退治の仕事を自分でやっている。

どうも猿の魔獣が山の奥で増え過ぎたらしく、大きな群れが別れてしまった様だ。

結果何処に行くのかと言えば、当然餌が在る方へと群れは向かう。


そして辿り着いた先は、人里の畑の在る場所。豊かな食事の在る場所に出た。

質の悪い事にそれを人間が作っていると理解し、作っている時は手を出さずにじっと待つ。

そして収穫時期になると現れて、出来上がった作物を夜中に取って行く。


因みに近くに居た山精霊は魔獣におすそ分けを貰い、リュナドさんに思いっきり怒られている。

勝手に取ったら駄目なんだぞ! って言ったら、分けて貰ったので見送ったらしい。

美味しかったよ! と報告した後、ライナの店の台所で縛られて宙吊りになって泣いていた。


私はそれを知って彼に話を改めて聞き、こうやって魔獣退治に来た形だ。

元々は兵士達にやらせる予定だったらしいけど、私にやらせて欲しいとお願いして。


だって、ほら、私一応、あの子達の主だし。あの子達がやった事は、私も責任を取らないと。


「大抵の魔獣なら、ここまでになる前に逃げるんだけど、やっぱり中々逃げないね」

『キャー・・・』


まだ仲間を呼ぶ鳴き声が聞こえる。頭の上の子は呆れた様子だ。

勝てる訳が無いのに、数で攻めれば何時か倒せると思っているんだろうか。

今迄はそれで何とかなったかもしれないけど、この程度なら幾らいても敵じゃない。


「リュナドさん、大丈夫?」

「一応な。げんなりした気分ではあるけど・・・つーか、山精霊相手にも逃げないんだな。どう見ても勝てる見込みは無いと思うんだが。まあ数を減らす必要が在るから、こっちは助かるが」


私達よりも暴れ倒している精霊を見ながら、リュナドさんは呆れた様に呟く。

魔獣達はさっきから精霊に一撃で殺され、それでも諦めずに向かって行っている。

死や強者への恐怖よりも、縄張りを侵され一族を殺された怒りの方が強いのだろうか。


『『『『『キャー!』』』』』

『『『『『ギャギャッ!』』』』』』


流石に精霊を相手にしても逃げない程、とは私も想像していなかった。

畑の作物をおすそ分けしていたと聞いたし、恐れから機嫌をとったのだとばかり。

なのにその山精霊が居ても、縄張りに足を踏み入れたら襲って来た。


まあ狙ったのが私だったから、私が負傷したら逃げると思ったのかもしれないけど。

結果としては襲ってきた個体を私が斬り捨て、それを合図とばかりに群れが一斉に襲って来た。

頭に血が上ったのか、精霊相手でも魔獣なりの拘りが在るのか、その辺りは判別が難しい。


「でもまあ、流石に逃げる個体も、出て来たみたい、か」


成体は相変わらず向かってくる様子だけど、子供を抱えている個体はじりじり下がっている。

それも私が目を向けると慌てて逃げ出し、視線を切る様に他の個体が立ち塞がった。


「・・・その知能が在るなら、今すぐ全員逃げるって判断をすりゃあ良いのによ」


それでも逃げない個体が居る事に、彼は思わずという様子で呟きながら切り捨てる。

足元には魔獣の死体がごろごろ転がっている。処理をするのが面倒な程に。

人里へ下りる個体への牽制と、増え過ぎた魔獣を減らすのが今回の目的だ。

となればもう十分だろう。逃げるなら追う必要は無い。


「知能が有るから逃げないんだと思う。私達の強さを痛感して、生き残りが追われない様に。ここで全滅させられない様に。自分が死んでも種が繋がる様に」

「・・・なるほど、まあ言葉が通じない以上、相手の判断なんか解んねーか」


けどそれはこっちの都合であって、魔獣達にそんな事は解らない。

残った魔獣は逃がした個体の為に、死ぬ気で私達を足止めするつもりだろう。

その思考を彼に伝えると、彼はため息を吐きながら納得した。


「ただそれは、私達に勝てない、とは思い始めたという事、だけど・・・」


仲間を呼ぶ鳴き声が完全に止まった。むしろ小声で何かを指示する様な鳴き声が聞こえる。

近付いて来ていた足音が止まり、逆に遠ざかっていくのが解った。

あとは私達を囲んでいる個体が逃げてくれたら、もう言う事は無いんだけどな。


「・・・動きが止まったな。セレス、どうするんだ。逃げるのは追わないって話だったが」

『『『『『キャー?』』』』』

「うん、ちょっとだけ、待ってくれる、かな」


魔獣達の動きが止まり、怯えが見える様子で、けれど牙を剥いて私達を囲む。

暫くその様子をじっと見ていると、一体が鳴き声を上げながらじりじりと下がり始める。

それを合図に全員下がり始め、かなり距離を取ってから全員全力で逃げ出した。


「やっと逃げたか・・・つっかれた・・・」

『『『『『キャー!』』』』』


リュナドさんは深く息を吐き、構えていた槍を降ろす。

とはいえ彼は言葉ほど疲れてはいないと思う。

今日は完全装備で来ているから、怪我の心配も無いかな。


そもそも今じゃ単純な接近戦は私より彼の方が上だ。強化が在るし。

強化無しならまだ勝てる自信は有るけど、それでも最近の彼は強い。

精霊達は『勝利だー!』とばかりに腕を上げて声を上げていた。

旗まで降って楽しそうだ。所でその旗の絵、もしかして私じゃないよね?


「お疲れ様、リュナドさん」

「ああ、お疲れ。つーかセレスこそ疲れてないのか。普段と戦い方違った、よな?」

「ん、まあ、そう、だね」


彼の言う通り、今日の私は何時もの戦い方をしなかった。結界石も爆弾も使ってない。

体術のみで魔獣達の相手をして、体には大分疲れがたまっていると感じる。

流石に長時間の体術戦闘は疲れを誤魔化せない。


「体動かしてる方が、今は、楽だから。普段の戦い方だと、考える余裕が、出ちゃうし」

「・・・そうか」


普段の戦い方をするなら、群れ相手に素直に体術だけで何て事はしない。

けれど集団相手に体術のみで戦闘をする場合、余計な事を考えている余裕がない。

本当はそんな事すると危ないんだけど、今はその方が気分が楽だった。


「・・・メイラとパック、大丈夫かなぁ・・・」

『キャー・・・』


余裕があると直ぐこんな事を、考えても口にしても仕方ない事を、ずっと考えてしまうから。

もうそろそろ目的地に着いた頃なのかな。帰って来るの、だいぶ先だって、言ってたし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


まあまあ長い船旅を終え、目的の国へと到着し、割とあっさり国内に入る事が出来た。

それは港を治める領主に思う所が在り、見覚えのある紋章を掲げる船を受け入れたからだ。

当然この船を目当てに受け入れた以上、領主は僕達を屋敷へと招いた。


「・・・ねえパック君。港、思ったより平和でしたね?」

「ええ。表面上は、ですけどね」


港は平和だった。内乱が起こっているとは思えない程に活気があった。

とはいえ内乱が起こっている不安は皆の顔に在り、そしてその不安の理由は多分解るだろう。

でなければ領主が態々招くはずがない。そして予想が的中しているなら、余りにも好都合だ。


「・・・これも先生の策、なんでしょうね」

「セレスさんの?」

「はい。我々・・・というよりも、聖女一行は一度あの船でこの国に来ている。そしてその実力も示していて、かつ二国が協力しているという証でもある。おそらく領主にとっては、この機会は神の思し召し、とまで思っているかどうかは解りませんが、希望と思っている事でしょう」


今回の件で『聖女』を向かわせた事で、彼女の在り方を『救い』だと思う者は多いだろう。

怪しげな錬金術師や、危ない魔法使いではなく、ぱっと見は厳かな雰囲気の女性だ。

その姿は港の者達も見ていて、特に帰りは堂々と帰ったが故に、多くの者が見ている。


何より笑ってしまうのが、追っ手に追われているのに、道中で人に手を差し伸べていた事だ。

余りにも余裕が過ぎると同時に、聖女という存在がどういう物か噂が立っている。

だからこそ領主は賭けたのだろう。敵となった国の民でも手を伸ばす聖女に。


「ごめん、俺には全然解んないんだけど・・・もうちょっと詳しく教えてくれないか?」


そこでグインズ殿が困った表情を向け、見るとフルヴァドさんも似た様な表情だ。

つまり彼女の行動は完全に無意識であり、やらせようとしてやった訳ではない。

だがそれでも、彼女という人間を完全に理解した故の先生の策、だと思う方が自然だろう。


「一応これは、状況を見た予測だという事を踏まえて聞いて下さいね」

「あ、ああ。解った」

「先ずこの港はどこかの陣営についているはずです。そして最初は押している方に付いた。けれど最近になって状況が怪しくなっており、危機感を感じている。そこにこの国の騎士達を相手に堂々と帰って行った『聖女』がまた何故かやって来た。領主はどう動くと思いますか?」

「・・・助けを、求める?」

「その可能性が高いでしょうね」


彼は僕の言葉を聞いてふむと呟き、けれど彼の姉は納得がいかない様だ。

首を傾げながら思案顔を見せ、僕に質問を投げかけて来る。


「そんなに簡単に、他国に助けを求めるものですか?」

「普通ならしないでしょうけど、今回は不味いんでしょう。僕もこれで何にも情報収集をしていなかった訳じゃないんですよ。内乱が始まる前までは、各地にそこそこ人を送っていましてね」


この国は僕達に、先生に、アスバ殿に喧嘩を売って来た。

喧嘩を買うと決めた以上、当然僕は僕で情報を収集していた。

内乱が起こって暫くはまだ情報を集められ、けれど断念せざるを得ない事が起きた。


「最悪の場合領主は一族郎党皆殺し。降伏しても逆らった以上は皆殺し。そんな王子様が率いている勢力が、ここに一番近いみたいなので。そして自分の部下に港を与えるでしょうから、港の民の扱いもどうなるか。まあ一番が自分の命か民かは、僕には解りませんけどね?」

「っ、降伏しても、皆殺し、ですか?」

「ええ。容赦無く、一族全員、晒し首らしいですよ。我々に逆らえば全てこうなる、と民への脅しとしても使ったのでしょうね。効果はてきめんで、民は逆らえずに居るようです」


そして私の手の者も、危うく殺害されかけた。見せしめに巻き込まれかけて。

流石にそんな事で命を落とさせるのは馬鹿馬鹿しいと思い、そこからは手を引かせている。

勿論情報を集めた方が良いが・・・脳みその無い恐怖政治をやる手合いの情報など不要だろう。


ただただ武力の在る者を有用して集めているだけ。後々の事も政策も考えちゃいない。

なら正面から叩き潰せば良い。そして叩き潰しても、誰も文句は言わない。

つまりは我々にとても都合が良い敵が、一番近くに居て好きにやれるという事だ。


「はっ、成程、解り易いじゃないの。セレスのお膳立て通りって訳ね。助けを求める領主に手を貸す代わりに、ここに居る王子様を王子と認めさせる訳でしょ。二国の王族が認め、国内の領主が認める王子様が、この港を拠点に盛り返す。何処の戦記物語かしら?」

「現実は時として創作じみていますね」

「はっ、どの口が言うんだか。アンタ、予測付いてたんでしょ、この流れ」

「一応は。まさかここまでタイミングよく、都合良く行くとは思っていませんでしたが」


途中で何となくだが僕にも全体像が見え、この流れを予測する事は出来た。

けれどここまで完全なタイミングで、確実に事を成す事など出来はしない。

大体争っている王子達の分布だって、操作も予測も難し過ぎる。

それこそグインズ殿ではないが、我こそが王子の一人と突然名乗り出す者も居るのだから。


「先生が居なければ、ここまで都合良くは行きませんよ」

「はっ、ムカつく話ね」


ここに居ない錬金術師。偉大なお師匠様。貴女の存在は、やはり余りに大き過ぎる。

居なくても手を貸してくれる貴女の力に、僕は何時になったら追いつけるのだろうか。

一生、追いつける気がしない、と少し思ってしまう自分が嫌だな。


「・・・まあ良いわ。そういう事ならグインズの独壇場よ。この国にアンタの存在を見せつけてやりなさい。アンタに従っていれば、皆助かるってね!」

「はいっ!」


魔力を迸らせながら獰猛に笑うアスバ殿と、それを嬉しそうに応えるグインズ殿。

少し自分を見ている様で恥ずかしいな。僕もきっと、あんな嬉しそうな顔なのだろう。


「・・・パック君みたいですね?」

「メイラ様も変わらないと思います」

「そうですか?」

「そうですよ」


思っていた事をメイラ様に言われ、しらっとした顔で返す。

けれどクスクスと笑われているから、誤魔化した事はバレている様だ。


「・・・私から見れば、皆同じだと思う」


・・・テオ殿の呟きは、おそらく真理だろうな。

そういえばメイラ様は、彼の傍に居て大丈夫なんだろうか。

仮面があるとはいえ、船旅では距離を開けていたと思うのだけれど。


「・・・大丈夫ですよ。大丈夫。私はきっと、私を殺せる彼が、怖いだけですから」

「そう、ですか。解りました」


顔に出していないつもりだったけれど、目線で気が付かれてしまったらしい。

彼女を殺せる。多分それはきっと、彼女の中の呪い事断ち切れる。そういう意味なのだろう。

テオ殿を見つめて震える手を、わざと見ないふりをして彼女に頷き返した。

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