第437話、誤解を必死に解く錬金術師

「―――――っ」

「うおおお!?」


土煙に呑み込まれる寸前に転移をして、事前に移動するつもりだった場所へ飛ぶ。

作戦開始前に決めておいた場所で、肉眼で視認できる距離ではある。

とはいえ遥か彼方の山の頂上で、少々座標がずれた。地面が遠い。


私とリュナドさんはそのまま自然落下し、けれどお互い木に絡みつつも無事着地。

外套と靴が無ければ大怪我だった。急いでいたとはいえ、ちょっと失敗だ。

彼も鎧が有るからと甘えてしまったかも。


「び、びっくりした。てっきり地面に出るもんだと・・・」

「・・・ごめんなさい。ちょっと、失敗、した」

「ああいや、今のは俺が驚きすぎもあったな、うん。鎧着てればこのぐらい何とかなるし」


はぁーっと息を吐いてぐったりしている彼に、少し落ち込みながら謝る。

けれど彼は私に目を向けると、むしろ自分も悪かったと目をそらして言い始めた。

これだから甘えてしまうのだろうか。この人は私に甘すぎると何時も思う。


流石の私だって、自分の失敗は、やっぱり失敗だと思うもん。

でもそれを彼に言ったとしても、多分同じ様に返されるんだろうな。

なら私がしっかりするしかないのだけれど、彼には気が付くと甘えている。


困るな。何が一番困るって、困るって思えない事が困る。嬉しいからいけない。


「あれで仕留められた・・・っぽい、な。フルヴァドさんが仕留めたみたいだ」

「リュナドさん、見えるの?」

「あー、今なら一応。あと何となくなんだが、精霊共が解るみたいだ」

「そっか。良かった」


リュナドさんは遥か遠くの様子を見つめ、どうやら精霊達の感覚で解決を感じたらしい。

いや、彼の言葉通り肉眼でもしっかり見えてるのかも。今は強化された目な訳だし。


私は流石にこの距離だと肉眼じゃ解り難い。なのでその情報はとてもありがたかった。

倒せる自信はあったけど、絶対に上手く行くとは限らない。

だから無事彼女が終わらせてくれて、ホッと息を吐いて力を抜く。


「フルヴァドさんが居なかったら、上手く行かなかった。また今度、お礼を言わないと」


今回私は弟子達の前に姿を現さず、あの死者を仕留め切る必要があった。

アレは呪いだけど、正確には呪いじゃない。命を力に変えているからただの魔力の塊だ。

時間をかければアレは倒せる。何せ見た限り技術が無い。力任せに暴れているだけ。


けどアレは命を全て燃やし切ってしまえば、後は死者らしく何も残らず崩れて行く。

なら再生不可能なまでに消耗させれば良いだけで、倒すのはそう難しくない。

最悪逃げ回れば良い。そう、消耗させれば良いだけなんだ。そんなの勝ちの目しかない。



だから問題は、皆の目を欺いて一撃では倒せるか怪しい、という点だ。



リュナドさんの一撃は、精霊と一体化した彼の力は、竜神の力に迫る。

その一撃をもってすればアレぐらい破壊出来る、とはいかない。

勿論リュナドさんも、時間をかければ倒せるだろう。けれど一瞬での破壊は難しいんだ。


彼の攻撃は確実に損傷を与え、ダメージを蓄積させる。けど彼には一つ欠点がある。

殲滅攻撃手段が無い。槍で刺し、切り、打つ。彼の戦い方は単純に槍兵の戦闘方法。

特殊な力が在るから損耗は与えるけど、一瞬で殺し斬る損耗を与えるのが難しい。


だから彼には、アレを動けなくして貰った。たとえ殲滅できずとも、その一撃は強力。

力を注いだ槍の一撃を受けた死者は、一時的に機能不全に陥りその場に張り付けられた。

その一瞬に倉庫から魔法石の詰まった樽を転移させ、圧縮に圧縮を重ねた封印結界を展開。


更にその結界内にまた樽を複数転移させ、結界が耐えられるギリギリまで魔法を放った。

竜でも初見では簡単には壊せなかった封印結界。それを更に圧縮した結界だ。

逃げる事も叶わなければ、その中で放たれた魔法も避けられず、容赦なく吹き飛ばした。


それでも、倒せるかどうか、確実とは言えない。だからこそ、後詰を彼女に頼んだ。

精霊殺しにも仕留められるか確認を取ったし、きっときっちり仕留めてくれたのだろう。

彼女が飛び込んで来る姿は見えていたし、精霊殺しの力は背筋に寒気が走る程だったから。


後は全力で隠匿の魔法をかけていたのを、あの場に居た人間に見破られてない事を祈ろう。

フルヴァドさんがあの場の皆の意識が向く様に、声を上げてくれたから大丈夫だと思うけど。

精霊殺しの力と光も相まって、あの死者ですら接近だけで警戒の意識を向けていたし。


しかし白い鎧を着て飛ぶ彼女は、まるで物語の天使か何かの様に綺麗だった。

あれで羽が生えていたら完璧だ。今度あの鎧に合わせた装飾でも作ってみようかな。


『『『『『キャー!』』』』』


ぱいーんと弾ける様に、リュナドさんの体から出て来た精霊達が声をかけて来た。

僕達も役に立ったよね! という事らしい。実際とても助かった。

この子達が居たおかげで二人の危機が解ったし、リュナドさんの力も借りられた。


「あ、うん、精霊達も、ありがとう。助かったよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


山精霊達が嬉し気に声を上げ踊り出す。帰ったらまた普段とは別でお菓子でも作ってあげよう。

問題はこの子達が帰って来た時、私に見分けがつくかどうかなんだけれど・・・が、頑張ろう。


「これで解決、って事で良いん、だよな?」

「ん? うん、そうだね」


あの死者を倒してしまえば、後は二人に危険は無いだろう。弟君は何だかんだ強いし。

フルヴァドさんの体調だけが心配だけど、今から見に行く訳にもいかない。

私に出来る事は、後はもう帰るだけだ。パックやメイラが気が付かない内に。


「・・・全部計算通りに行った、って所か?」

「んー・・・概ね、かな」


流石に私も死者の力の総量は把握しかねる。絶対確実とはちょっと言えない。

本当ならフルヴァドさんの後詰が無くても倒したかったけど、それは無理だったらしいし。

とはいえちゃんと倒す事は出来た。二人にも、多分、バレてない、と思う。


なら計算通りに行った、と思って良い、よね?


「・・・あれが現れるのも、計算通りだった、って事か?」


首を傾げながらそう思っていると、何だか苦しげな表情の彼と目が合った。

え、アレが現れるって、何の事。何の事を差してるんだろう。まさかあの死者の事、かな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これで解決、って事で良いん、だよな?」

「ん? うん、そうだね」


取り敢えず化け物を倒して肩の力を抜き、セレスに軽く訊ねてみた。

すると一瞬首を傾げたが、それでも軽い声で肯定が帰って来た。

その事に深くため息を吐いてから・・・落ち着いたせいか少し嫌な考えが浮かぶ。


「・・・全部計算通りに行った、って所か?」

「んー・・・概ね、かな」


そうか。概ね計算通りか。何処から何処までが概ねなんだろうな。

弟子達が苦しんでいるのを見て、出て行きたそうにしていた姿を嘘とは思いたくない。


そもそも二人の危険に備える為に、セレスは精霊達に連絡用の魔法石を渡していた。

普段街を守っている精霊達のいくらかを、船の倉庫に隠して運ばせてな。

あれは間違い無く、弟子の身は案じていたんだろう。それだけは間違いない。


ただその時点で俺は予想するべきだった。セレスが解っていた事を。

アレだけの化け物が出て来る事を予想して、だからこそ確実な対処を取ったんだと。


そして化け物を倒したのは誰だ。周囲の目は誰が化け物を倒したと思う。

当然止めを刺したフルヴァドさんだ。光り輝く彼女を見た人間は多いはずだ。

精霊殺しの力もあったのか、やけに声が響いてたからな。余計に意識が行く。


グインズ・・・殿下はこの国で強者として認められ、だが彼が倒せない化け物。

それを倒した聖女様。ああ、それは随分な評価を貰えるだろうな。

彼女が倒れる事まで計算済みかもしれない。命を懸けて民を守った聖女として。


この国は彼女を、ひいては彼女が住む俺達の街を受け入れるだろう。

王子が彼女を慕っているのも仕方ない。むしろ慕って当然とも感じるかもな。

余りに丸く収まり過ぎだ。つまりここまで全部予想通り、って事かよ。


「・・・あれが現れるのも、計算通りだった、って事か?」


その思考を想像で終わらさず、セレスに確認を取った。どうしても取りたかった。

出来れば否定して欲しいと思いながら。せめて何か言い訳をして欲しくて。

だがセレスは俺の質問にキョトンとした顔を見せ、不思議そうに見返している。


ああそうか。そんな事問うまでもない、って事か。そりゃそうだよな。

錬金術師様だ。あのセレスだ。この程度の事を予想出来てないはずがない。

けど出来てたなら、何で言わなかった。何で言ってくれなかった。


「あの化け物が、街中に現れて被害を出すのが、解っていたのか・・・!」


思わず拳を握り込み、掠れた息を吐き出す様に口にする。

あの被害でどれだけの負傷者が出た。どれだけの死者が出た。

詳しい確認が出来ていない俺には解らないが、それでも負傷者は絶対居る。


その被害者は確実に争いと無関係な人間だ。ただ街で生きるだけの一般人だ。

犠牲になって良い人間じゃない。あの二人を身内と思うなら尚の事だ。

助けなきゃいけない人間だろう。守らなきゃいけない人間だろう。


知ってたなら、解ってたなら、まだ何か手があったはずだ・・・!


「え、い、いや、えっと、わ、解って、ないよ。お、驚いたもん、私も。街が大変な、事になって、物凄く、慌てて、えっと・・・」


するとセレスはワタワタと、物凄く珍しい様子で慌てだした。

その自然な慌て様を見て、思わずポカンと彼女を見つめる。

だって今彼女は何と言った。解ってないと、慌てたと、そう言わなかったか。


「・・・解って、無かった、のか?」

「・・・うん。あんなのが街に出るって知ってたら、最初からついてったよ、私。まさかこんな事になるなんて、思ってなかった。二人はもっと別の場所で、別の危険に遭うと、思ってたし」


彼女の言葉を確かめる様に、少し呆けたまま訊ね直す。

すると彼女は慌てた様子をゆっくりと消し、錬金術師様の態度で返した。

俺を睨んで見上げ、低く重い声で告げ、今の焦った言葉を誤魔化す様に。


街に出ると知っていたら。もっと別の場所で、別の危険に。ああ、そう、なのか。


セレスの算段では、戦場で仕掛けてくる予定だった、って事か。

まさか無関係の人間巻き添えにして、ただ暴れさせて来るとは思わなかったと。

そもそも状況がほぼ落ち着くまで黙っていた、という事が予定外だったのか?


いいや、もしかしたら、出現その物は可能性でしかなかった、という事かもしれない。

彼女は『もしもの為』と言って準備を進めていた。そして旅立つ弟子の身を案じていた。

俺はその様子を見ていたはずだ。大事な存在を待つ彼女の姿を。


街の被害を見て、悲壮な顔をしていた、彼女の横顔を。


黒塊の時だって、別にセレスは全てを予想出来た訳じゃなかったじゃないか。

あんな化け物の出現は予想外みたいだったし、竜との遭遇だってそうだ。

セレスの能力が余りに高過ぎて、俺は少し彼女の幻想を追っていたかもしれない。


「悪い。少し、言い過ぎた。セレスだって、何でも解る訳じゃないよな」

「へ? あ、う、うん?」


俺が謝ったのが意外だったのか、彼女はまた表情が緩くなった。

もっと突っ込まれると思って構えていたのか。あの勢いで聞けばそうなるか。

悪いけど俺はお前と違ってそこまで頭が良くないんだよ。もうちょっと情報をくれ。


「今度からもう少し、何時もよりもう少しで良いから、伝えてくれると助かる・・・頼むよ」

「え、う、うん。解った。何時もより、もう少し、だね。ん」


変な誤解で今更仲違いはしたくない。そう思い、今だからこそ言える言葉を告げる。

すると彼女はまるでメイラの様に、胸元でぐっとこぶしを握って頷き返した。

その姿が可愛く見えるのは、正直絶対狙ってると思う。


また遊ばれてるのかと一瞬不安になって来るから止めて。

お前自分の容姿の自覚強過ぎるだろ。いや、こう考える時点で少し遊ばれてそうだ。

俺が少し罪悪案を抱いている、って事を気が付かれての事だな。でも今回は仕方ないか。


「・・・流石に今日のは、疑い過ぎだな。やっちまったな・・・」

『『『『『キャー!』』』』』

「・・・ハイ、すみませんでした」


流石に自己嫌悪だ。精霊共が足元で煩いが、今日は甘んじて責められよう。

主はそんな事考えてないよだってさ。うん、そうだな。今回は俺が悪かった。


とはいえフルヴァドさんを選んだのは、やっぱ予定通りなんだろうなぁ。

不測の事態が本当に起きた時、成果を誰もが評価するのを予測した人選だったんだろう。

頑張って聖女様。俺は帰るけど頑張ってくれ。健闘を祈る。後で愚痴だけは聞くから。

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