第431話、余計な事をしたい錬金術師

リュナドさんに抱き付く事暫く、大きく深呼吸して自分の気持ちに決着をつける。

正確に言えばまだ付け切れてはいないけど、何時までもこのままじゃ駄目だろう。

たとえ彼がどれだけ優しい人でも、何時までも甘え続けていては迷惑だ。


何よりもこれは、私が師匠として、保護者として、頑張らなければいけない事だと思うし。


そう自分に言い聞かせて彼からそっと離れ、もう姿が見えなくなった空を見る。

彼は私が離れたからか、ゆっくりとこちらに向く。

ただ私に何か話しかける事は無く、私が動き出すまで待ってくれていた。


『『『『『キャー!』』』』』

「え」

「うわぁ」


すると何故か突然山精霊達が喧嘩を始め、庭が物凄く騒がしくなってしまった。

この子達が喧嘩をするのは何時もの事だけど、喧嘩になる様な理由が有っただろうか。

少し悩んでいると家精霊がやって来て、お気になさらずと書いて告げて来たけれど。


「ええと、でも、何だか今日は激しいけど・・・本当に大丈夫?」


結構本気で取っ組み合ってる様に見えるし、危ないと思ったのかこっそり逃げた子も居るし。流石に不安になって確認を取るも、家精霊はコクリと頷いて肯定で返した。

なら大丈夫、なのかな。気が済むまでやらせてあげた方が良いのかもしれない。


「取り敢えず、家に入ろう、リュナドさん」

「ん、あ、ああ」


彼は少し考え事をしている素振りを見せていたけど、なら尚の事家の中での方が良いだろう。

話し合いが結構長かったからか、もう深夜と言って良い時間だ。

態々庭で悩まずとも、お茶でも飲みながら居間でゆっくりしながらの方が良いと思う。


家精霊はその意図を汲んでくれたのか、ニコッと笑って先に家の中へ。

そして私達が居間で席に着くのとほぼ同時に、新しいカップとポットが出て来た。

流石に早過ぎる気がするけど、家精霊の事だから既に作っていたのかもしれない。


時々家事に関して新しい能力でも手に入れたのでは、と思うぐらいに優秀過ぎる。

実際お茶を入れる速さは何か能力の影響がありそうな気がするんだよね。

何て思いながら家精霊がポットを手にじっと動かない様子を眺める。


少しして家精霊は茶をカップに注ぎ、私とリュナドさんの前にカップが置かれた。

その間私は何も喋っていない。だって彼はやっぱり何かを考えている様子だったから。

彼の邪魔をしない様にお茶を飲み、パックにも行ってらっしゃいを言わなければと思い至る。


「・・・出発は、明日だよね」


流石にこの夜中に出発、なんて事は無いだろう。今日は準備だけに費やすはずだ。

それならまだ私にもやれることは在るのではと思った。ふと二人の準備を思い出す。


パックはあの子用に作った魔法石と、薬の類を多めに準備していたと思う。

メイラは魔法石こそ少な目だったけれど、同じ様に薬を多めに持って行っていた。

特にメイラは現地で怪我人が居たらどうこうと呟いていた気がする。


なら薬は幾らあっても困らないだろう。むしろ余るぐらい持って行ってしまえばいい。

仕事の依頼分は私が頑張れば良いだけの話だ。そもそも最近私働かなさ過ぎだし。

家にある素材も、作り置きも、全て持って行かせよう。


それにパックの魔法石もだ。今のパックなら、私の魔法石も何とか使えるはずだ。

即座に使うにはあの子専用の魔法石が良いけど、時間をかけられるなら持って行った方が良い。

幸い前衛が居る訳だし、使う時間は有るはず。樽で持って行かせよう。


あ、でも流石に持っていく量にも限界があるかな。

だからこそささっと準備を済ませたんだろうし。

・・・そういえば皆、どういう形で出かけるんだろう?


「そうだな。早くても明日の朝になると思うぞ。態々夜中に出る理由も無いだろうしな」


何て考えていると、私の独り言に彼が応えてくれた。

失敗した。結構小声のつもりだったけど、彼の邪魔をしてしまった。

しょぼんと落ち込みながら、恐る恐る彼の顔を見上げて謝る。


「・・・考え事の邪魔してごめんね」

「い、いや、別に良いけど・・・明日までに、何かするのか?」


彼は私が邪魔した事を気にする事は無く、むしろ私の様子を心配してくれている様だ。

何処までも優しい人だ。余りにも私を優先してくれるから、つい甘えたくなってしまう。

思わずクスッと笑ってしまい、穏やかな気持ちで悩んでいた事を口にする。


「薬が大量に要るみたいだし今から作って、今ある分も合わせて全部、渡したら役に立つかなって思って。パックにも持たせられるだけの道具を持たせられたらとも。ただ数が多いと渡しても困るかなと・・・皆がどういう風に出発するかにもよるし」

「・・・薬、か。そうだな。確かに数が要りそうだな」


リュナドさんの同意が得られたのであれば、これほど心強い事は無い。

なら早速用意をしよう。きっと二人は喜んでくれるはずだ。


「ただ今回の件、あの二人が自力でどうにかする為に、二人の意志に任せて見送ったんだと思ってたんだが。だからこそメイラにだって、最後にもう一度確認したんじゃないのか?」


パックの時は慌てていたから兎も角、ちゃんと見送ったメイラは確かに彼の言う通りだ。

あの子は自分でやると決めて、なら私は見送るべきだと思った。

見送りは明日になってしまうけれど、パックにだって余り余計な事をするべきじゃない。


そう、するべきじゃないんだ、本当なら。本人の意志でやると決めたなら。

お母さんなら、ライナなら、私が尊敬する二人ならきっとそうするから。

お前が自分で決めたならやってみな。貴女がそう決めたならやってみなさい。


きっとそう言う。そして失敗した後か、失敗しそうな時に助けてくれる。

なら結果が欠片も見えない状況で手を出すのは、明らかに余計な手出しだ。


「うん、リュナドさんの言う通り、だよ。心配なせいで考えた、余計な事だね、これは」

「―――――」

「・・・リュナドさん?」


やっぱり情けないなぁ。なんて思いながら彼の言葉を肯定する。

でも彼に心配をかけたくなくて、笑顔で応えたつもり、だった。

彼はそんな私を見て固まってしまい、笑えてなかったかなと不安になり首を傾げて声をかける。

すると彼はハッとした顔を一瞬見せて、少し気まずそうに眼を逸らした。


「・・・いや、お前がそんな顔するなんて、珍しいと思っただけだよ」

「・・・そう? なら、良い、けど」

「ああ、それだけだよ」


それだけだと言いつつも、少し声のトーンが低い。機嫌を損ねてしまっただろうか。

もしかして師匠としてあまりにも情けないと、呆れられてしまったんだろうか。

ありえる。流石の彼でも、何処までも全部許してくれる、何てのは私の望み過ぎだ。


「・・・まあ、保険は確かにあった方が良いか。上手く行けばそれが一番だが、色々トラブル続きだった事を考えるとな・・・王子を巻き添えにするつもりみたいだし、何とかなるか」

「・・・え」

「手を出した方が安心出来るんだろ?」

「・・・それは、うん」

「なら何とかするさ。それが俺の仕事だろうしな」


彼の仕事、だろうか。流石に違うような気もする。だってこれは私の個人的な願いだ。

更に言えば彼の言う通り余計な事で、なのにその手助けをしようとしてくれている。

悩んでいる間に彼はちょっと確認して来ると言って外に出て行き、私は呆然と見送った。

そうして、じんわりと、理解し始めた。お前の我が儘を手伝ってやると言われた事を。


「・・・ありがとう、リュナドさん・・・大好き」


暫くして自然に口から出た言葉は、既に部屋を出ていた彼には届いていなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


突然背後から強い力で抱き付かれ、思わず声をかけるも帰って来た言葉に動けなくなった。

メイラを心配するセレスは何時もと違い、余りに弱弱しい様子だったと思う。

見送る瞬間は泣きそうな顔だったし、今も何かを堪えている様に感じる。


ただすっげえ痛え。力をもうちょっと緩めて欲しい。

毎回そうなんだけどさ、変に正気に戻すの止めて頂けませんか。

でも文句も言えないので暫く我慢して、放された後セレスの顔を見て思わず固まった。


知っている人間なのに、まるで知らない人間を見た様な、そんな感覚に陥る。

弟子が消えた先を見つめる彼女の横顔は、余りにも儚げに見えて。

ただそんな表情も俺の複雑な気持ちも、唐突に山精霊が喧嘩を始めて中断された。


家精霊に確認を取るセレスからは、もうさっきの様子は見られない。

ともすれば触れるだけで壊れそうな、そんな弱弱しい様子はない。


「取り敢えず、家に入ろう、リュナドさん」

「ん、あ、ああ」


俺は一体何を考えている。セレスが弱弱しい? そんな馬鹿な事があるかよ。

声をかけられた事でそう思い直し―――――――彼女の泣き顔が頭にちらついた。


つい最近、本当に最近、俺は見たはずだ。彼女が恥も外聞も投げ捨てて泣く所を。

山精霊が消えたと・・・死んだと、その事を心から悲しんで泣く彼女を。

彼女は策士だ。それは今までの成果が証明している。けれど完璧じゃない。



彼女は俺に、その姿を見せた。今まで見せて来なかった弱音を吐いて。



「・・・出発は、明日だよね」


その言葉は俺に問いかけたのか、独り言だったのか、どちらか判別がつかない小声。

だから一応返事をしたが、どうやら邪魔だったらしい。低い声で返された。

畜生心配してたのにと思いながら焦っていると、セレスはクスっと笑顔を見せる。


最近俺に良く見せるようになった気がする顔で、けれど何処か不安そうに考えを告げた。


彼女の言った言葉は正しいと思う。きっと今回の件は薬は有れば有る程助かるはずだ。

けど彼女は弟子達を見送った。弟子達が自分でやると決めて出て行った。

自分には関わりのない事だという態度を貫いて。なのに、今更、手を出すのか?


「うん、リュナドさんの言う通り、だよ。心配なせいで考えた、余計な事だね、これは」

「―――――」


まただ。笑顔なのに、笑顔じゃない。けど何時もの迫力のある笑いでもない。

自分を責める様な様子が見える、弱弱しく見える笑みに言葉が詰まる。


彼女の本質がどちらなのか、未だに俺には掴めていない。

けれど俺は知っている。あの錬金術師も泣くのだと。

自らの失敗を悔いて、その失敗を全て自分の責と嘆くのだと



俺は彼女なら何でも何とかしてくれると、そう思っている所が在った。

実際彼女にはそれだけの能力がある。きっとそれは、間違いじゃない。

けど彼女も人間だ。人間なんだ。そしてその彼女の弟子が戦場に赴く。


アレだけ可愛がっていた弟子達。成程鍛え始めたのはこの為だったんだろう。

自らの意志で歩き始めた時、自らを守る事が出来るように。

それでも、もし二人が傷つけば。万が一倒れる様な事が在れば。



目の前の錬金術師はまた自分を責めるのだろう。他の誰でもなく、自分の事を。



俺はそれを知ってしまった。知らなければ気にならなかったのに。

思わず心の中で溜息を吐きながら、動けないやつの代わりに余計な事を始める。

これは俺の余計なお世話だ。錬金術師本人は動く事を良しとしていなかった。



何せ彼女が自分で言ったんだ。余計な事をと。

更に言えば失言をしたと判断したのか、彼女は途中で表情と声音を硬くした。

まるで真意を語ってしまったと焦る様に。ならこれは、今からやる事はきっと必要の無い事だ。



おそらく動かないのが正解なんだろう。これだけ頑なに彼女が動かないのだから。

これは間違い無く余計な事だ。やる必要なんか何処にも在りはしない。

それでも多分、アイツは俺に弱音を吐いた。珍しく、その余計な事を、告げたんだ。


言う必要の無い事を告げ、撤回しようとした。だって必要のない余計な事だから。

けど俺はそれに気が付かなかった。これは、ただそれだけの、話だ。


『『『『『キャー!』』』』』

「くそったれ、ほんとさぁ・・・あーもう面倒くせえ。あんな顔見せんなよ・・・」


制御がきくかどうか怪しい精霊に指示を与えながら、自分の愚かさに大きなため息が出た。

この俺の行動すらも予測済みじゃないのか、なんて思考が多少否定できないから余計に。


ホント、一番の大馬鹿野郎は俺だよなぁ・・・。

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