第430話、弟子をちゃんと見送る錬金術師
私が焦っている間に、取り敢えず全員一旦解散という事になった。
アスバちゃんと魔法使い姉弟、フルヴァドさんも領主館へ戻る様だ。
パックも何かやる事があるらしく、慌ただしく家で装備を整えて後を追って行った。
メイラはそんなパックを見送ってから、真剣な様子で色々と装備の確認をしている。
いや、待って。ちょっと待って。二人共遠出して何かと戦う準備してない?
私が話を聞いてなかった間に、二人も出かける話をしていたんだろうか。
完全に混乱してたから、心を落ち着けるの優先でそれすらも聞いてなかった。
「セレスさん、私、頑張ってきますね!」
装備の点検を始める前に、気合を入れる様にメイラは私に告げて来た。
その時は一体何の事だろうと思いつつも、反射的に頷いてしまっている。
今更どこに行くのかとか、何するのかとか尋ねたら、怒られたりがっかりされるだろうか。
でも心配だし、師匠としての器を疑われるとしても聞いておきたい。
「・・・なあメイラ。無理はするなよ。今回はお前が無理する理由なんて無いんだからな」
ただ私が焦っていると、彼女の様子を見ていたリュナドさんが声をかけた。
そうだ。私が聞いていなくてもリュナドさんが聞いている。
彼ならば私よりも、もっといい言葉をメイラに告げられるんじゃないだろうか。
疑問はいっぱいだけど、今は一旦彼に任せよう。その方が安心だ。
「無理は、しません。頑張りは、します」
『『『キャー♪』』』
リュナドさんの言葉を受けたメイラは、仮面越しに真剣な表情でそう返した。
山精霊達は「僕達もいるよー」という様子で跳ねながら鳴く。
最近は仮面を付けてさえいれば、リュナドさんとは普通に話せているね。
その事実を少し嬉しく思っていると、彼は目線を合わせる様にしゃがんだ。
「その頑張りが無茶しそうだから言ってんだけどな・・・なあメイラ、一番優先するのは自分の命だからな。何が目の前で起ころうと、優先順位だけは間違えるなよ?」
「・・・私は、自分の命は、大事にしてるつもりです。しなきゃ、いけないんです」
「なら良いが・・・」
リュナドさんの忠告の様な言葉に、メイラはそれにも真剣な表情で返す。
私はその様子に少し心配が増してしまった。だってそんな事を考える事をしに行くんだよね。
一体メイラは何をしに行くつもりなんだろうか。いや、そんな疑問よりも止めるべきでは。
「・・・メイラ、本当に、行くの?」
どこに行くのかは解っていない。けれどただ心配だけが前に出て、そんな風に聞いてしまった。
するとメイラは少し驚いた様子で顔を上げ、けれどすぐにキリッとした表情を見せる。
「行きたいです。イーリエさんの助けになるなら、助けてあげたい、です」
イーリエ。魔法使いの少女。彼女を助ける為に出かける。
あれ、もしかしてメイラ、二人に付いて行くつもりなのかな。
それならアスバちゃんも一緒だから、万が一は無いと思うけど。
「もう友達だと、思ってます。だから・・・行きたいです」
・・・友達。そっか。友達か。そうだね。友達の為なら、力になりたいよね。
解るよ。凄く解る。助けられる事があるなら、きっと助けてあげたいと思う。
なら・・・止められない。止められる訳がない。だって私だったら止まらないから。
「そっか。がんばっておいで。友達の為に、出来る事をやって来ると良いよ」
「っ、はい! 頑張ります!」
『『『キャー♪』』』
少しの寂しさと、けれどメイラが友達と呼べる相手が出来た事の嬉しさを胸に告げた。
前から仲が良いとは思っていたけど、助けになりたいと思える友達になっていた。
ならきっと私は邪魔しちゃいけない。大切な友達は、メイラが助けなきゃいけないんだ。
これが私なら、その行動が間違っている可能性がある。その場合は止めないといけないだろう。
けれど私の隣に居る人が、信頼する人がメイラを止めないでいる。なら何も問題は無い。
リュナドさんは無茶をするなよと心配はしても、見送ろうとしているのだから。
それに精霊達も何時も付いている。早々滅多な事はない、と思う。
けれどやっぱり心配は有って、同時に言い様の無い寂しさもある。
その気持ちのままに屈み、メイラをきゅっと抱きしめた。
「怪我、しないようにね」
「・・・はい」
抱きしめ返して応えるメイラに、尚の事力を込めて抱きしめる。
ちょっと大きくなってるな。初めて会った時より大きくなってる。
成長するんだなぁ、やっぱり。寂しいな。どんどん手から離れていくのが凄く寂しい。
「メイラが居ない間、寂しいなぁ」
「私もセレスさんに会えないのは寂しいです」
「・・・そっか。じゃあちゃんと、帰って来てね」
「はい、ちゃんと、帰って来ます。ここが私の家ですから、お師匠様」
お師匠様。メイラにそんな風に言われた事があったあだろうか。いや、あった気もする。
その言葉は何故か彼女に師と認められた様で、余計にメイラを放したくなくなってしまう。
けどそういう訳にもいかない。彼女は自分の為に、友達の為に、行かなきゃいけないんだから。
『『『キャー!?』』』
「ん、そうだね、君達も、ちゃんと帰って来る様にね。本当に帰って来るんだよ?」
『『『キャー♪』』』
山精霊達が『僕はー!?』と言うので、この子達にもちゃんと告げておく。
でないとまた砂漠の時みたいに、無茶して帰って来ない可能性があるし。
そういう意味ではメイラよりも、山精霊の方が危険かもしれない。
「じゃあ、セレスさん。行ってきます!」
『『『キャー!』』』
「うん、いってらっしゃい」
『『『『『キャー!』』』』』
装備を整えて、絨毯に乗って飛んで行くメイラと三体の精霊。
それを精霊達と共に手を振って見送る。
小さくなっていくその姿に、帰って来ないんじゃという不安を覚えながら。
「・・・何もかもに怯えまくってた娘が、随分強くなったもんだ」
「うん、そう、だね」
もう今のあの子に、助けたばかりの頃の弱さは無い。
勿論未だに男性は怖いみたいだし、上手く話せない事も多い。
けれどあの子はその弱さに自ら向かい合っている。私と違って。
その成長は喜ぶべきだけど寂しい。寂しさに思わず、彼の背中に抱き付いてしまった。
「セ、セレス、さん?」
「・・・ちょっとだけ、このままで、お願いして、良いかな」
「・・・あいよ」
弟子が遠くなっていく寂しさを彼で紛らわすのは申し訳ない。
けどそれでも許してくれる彼の優しさが、今の私には必要だった。
ただ寂しさは誤魔化せても、心配な気持ちだけはどうしても消せなかったけれど。
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何処かに出かけるらしいメイラが、絨毯でびゅーんって飛んで行く。
僕は両手を振って見送って、ただ主は出かけメイラの事が心配みたい。
『主心配そうだねー』
『僕達もっとついてくー?』
『でも主が行ってないから自由に動けないよー?』
『そうだねー。困ったー』
主はリュナドに抱き付いて、メイラが居ない寂しさを誤魔化してるみたい。
なら一緒に付いて行けばいいのになー。そうしたら僕達もいっぱい自由に動けるのに。
主の行った所は主の場所だから、主の場所は僕達の場所なんだよ。
でも主は付いて行く気が無いみたいだし、そうなるとやっぱり僕達は付いて行けない。
せめてリュナドが行けばもうちょっと違うのに。何でリュナドも行かないの! バカー!
『この間みたいに誰かに引っ付いてく?』
『うーん・・・アスバちゃんと、フルヴァドさんと、イーリエと、グインズ・・・四人についてく程度の僕じゃ、大した事出来ないねー』
『だねー。パックとメイラと一緒の僕は絶対二人から離れないだろうしー』
うーん、うーん、と集まって悩む僕達。
行けない場所だから、何時もみたいに行くぞーって出来ない。
なんとかしないと。何とかしないと僕達が役に立つって褒めて貰えない!
『取り敢えず行けるだけ行こう!』
『悩んでたって仕方ない!』
実際悩んでも仕方ない。だって僕達は出来ない事は出来ないのだから。
主が望むなら出来ない事も出来るけど、それ以外は出来る事しか出来ない。
ならやりたい事をしよう。主に喜んでもらう為に。
『じゃあ僕が行くねー?』
『あ、ずるい! 僕だよ! 僕が行って褒めて貰うんだから!』
『違うよ僕だよ! 勝手に僕以外が行く事にしないで!』
『行かせるかー! 行くのは僕だー! 捕まえろー!』
『やだー! 放せー!』
我先に行こうとした僕を僕達が捕まえ、そこから更に抜け駆けしようとした僕も捕まる。
庭でわちゃわちゃ暴れる事になって、主が困った顔でそんな僕達を見ている。
元気になったみたい。良かった。そう思いながらこそーっと庭を離れて草むらの中へ。
『へへーん、僕が行くんだもんねー。これで褒めて貰うのは僕だーい』
そのまま僕達は庭で争って、最後は家に怒られると良いよ!
僕は勝ち誇りながら全力で走って、メイラ達の元へと向かう。
そしてアスバちゃんを見つけ、てててーっと近寄った。
『遠くに行くのー? じゃあ僕も行くー!』
「ふーん。好きにしたら? アンタ何時も勝手についてくんじゃないのよ」
そうだった。アスバちゃんには何時も付いて行く僕が居たんだった。
アスバちゃんは駄目だ。フルヴァドさんにしよう。
『じゃあ僕もフルヴァドさんと行くー』
『また聖女様のじじょになるのだー』
「ええと、自分達も付いて来る、って言ってるのかな?」
フルヴァドさんも駄目だ! イーリエは!?
『僕相棒だからついてくよー?』
「・・・ありがとう。よろしくね」
そうだった! イーリエ精霊兵隊だから僕が付いてるんだ!
こうなったらグインスに付いて行くしかない。グインズ何処だー!
『じゃあ仕方ないからグインズには僕が付いて行ってあげよう。よろこびたまえー』
「え、何々、何か凄くふんぞり返ってんだけど・・・」
あー! 先越されたー! うう、もう付いて行ける人が居ない・・・仕方ない、帰ろう
とぼとぼと家に帰ったら、残ってた僕達に袋叩きにされた。酷い! 僕も行けなかったのに!
「あー・・・そろそろ落ち着いたか?」
『なにー、リュナド―。どうしたのー?』
『お仕事ー?』
『やっぱりリュナドも行くのー?』
ボコボコに殴られたから庭の端で拗ねていると、気が済んだ僕達にリュナドが話しかけていた。
主はもう家に戻っていて、家のお茶を飲んでのんびりしているみたい。
ぼくはまだちょっと拗ねているから、背中を向けたまま話だけ聞いている。ふーんだ。
「お前等、こっそりアイツ等に付いて行く事って出来るか?」
『こっそりー?』
『こそこそー?』
『隠密だー!』
『隠密やるの!? 諜報員するの!?』
「あー・・・何言ってんのか解んねぇ。つってもメイラに翻訳頼む訳にもいかねえしなぁ・・・ええとだな。取り敢えず隠れて付いて行けるかどうかだけ、ちゃんと返事してくれ。ああ、一応これもお前等の主の役に立つ事になるだろうし、お前らのやる気になる事だと思うが・・・」
『『『『『やるー!』』』』』
びきっと、枷が壊れた音がした。出来ない事が、少しだけ出来るようになった気がした。
主の為と、リュナドの指示と、精霊兵隊の僕達と、僕達の望み。
僕達がやりたいだけじゃ出来なかったけど、これなら。
『僕達は精霊兵隊だから、リュナドの指示に従うのだー!』
『『『『『おー!!』』』』』
「・・・やべえ、これちゃんと伝わってんのかな。見つかるなよ? 頼むから向こうでその調子で騒ぐなよ? 後まだ本題に入ってないからな?」
『大丈夫大丈夫ー! リュナドはしんぱいしょーだねー!』
「・・・セレスを使ってやる気にさせたのは失敗だったかも・・・本当に大丈夫かな」
・・・ずるい、僕そっち側じゃないから行けないのに狡い。
良いもん、主と一緒に居るもん。べーっだ。ライナの料理食べに行くもんね!
「くそったれ、ほんとさぁ・・・あーもう面倒くせえ。あんな顔見せんなよ・・・」
何かリュナドも文句言ってる。解る解る。僕達我が儘だよねー。全くもう。
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