第428話、怒られないかと思いつつの錬金術師

「・・・フルヴァドさん。恥を忍んでお願いします。私達に、手を貸して下さい」

「勿論だ。その為に私はここに来た。私の力など微々たるものだが、出来る限り力になろう」


魔法使いの少女のお願いに、はっきりと力強く答えるフルヴァドさん。

胸を張って断言する彼女を見ていると、何でも何とかしてくれる気がして来る。

きっと少女も同じ気持ちだったのだろう。嬉しそうな顔になっていた。

うん、彼女に任せておば大丈夫そうだ。私は何も出来なさそうだし。


「あ、あの、取り敢えず皆、座りませんか。その、家精霊さんがお茶の追加をもってきたので」

『『『『『キャー♪』』』』』


そこでメイラが声をかけ、目を向けると家精霊がお盆を抱えていた。

追加の人数分のカップが乗っていて、ニッコリと笑顔を見せている。

この笑顔が見えるのが私とメイラだけ、っていうのが今更だけどちょっと残念だ。

山精霊達は追加の菓子を抱えてご機嫌に鳴いている。つまみ食いした子は窓から投げられた。


「じゃあ私はおかわり」


アスバちゃんは空になったカップを家精霊に渡し、おかわりをポットから注いで貰う。

その間に皆それぞれ適当に座って、それから皆の前にカップが置かれて行った。

家精霊のお茶はホッとするし、魔法使いの姉弟が落ち着く為にも丁度良いだろう。


『『『『『キャー♪』』』』』


山精霊は菓子をみんなに配り、それぞれ礼を言われて喜んでいる。

自分が配るんだと引っ張り合って、割れた菓子に呆然としている子も居るけど。

菓子なんて頑丈じゃないんだから、君達が引っ張り合えば割れるに決まってるのに・・・。


それにしても今日は人数が多い。今までで一番家に人が居るんじゃないだろうか。

八人も私の家の居間でお茶をしていて、私も一緒にのんびりお茶を飲んでいる。

嘘みたいな光景だ。ここに居る私は本当に私なのかな、って思っちゃう程に。


魔法使いの子達の事を考えるとそんな場合じゃないけど、少し嬉しくてほんわかする。

まあでも仮面が無かったら無理だろうなぁ。今日のアスバちゃん怖かったし。

実はまだちょっと怖いけど。仮面と家精霊のお茶のおかげで誤魔化せてるだけで。


「で、具体的にどうするつもり。言っとくけどコイツ案外頼りにならないわよ。聖女とか言われてるけど、中身はただの脳筋だから騙し合いとか策略とか出来ないからね」

「・・・頭に血が上ると突貫するアスバ殿も似た様なものじゃないか」

「私は実力があった上で、考えがあってやってんのよ!」

「私だって無謀な事はしていないし、何も考えてない訳ではないぞ」

「はー、良く言うわね! 剣が無かったらよわっちくてその辺のチンピラにも負ける癖に!」

「それは言い過ぎだろう。私とてその辺のチンピラ程度は素手でも何とかなる」


ああ、アスバちゃんとフルヴァドさんだ。二人の会話を久々に聞いてほんわかする。

だってアスバちゃん笑ってるし、フルヴァドさんも別に怒ってないし。

何時もの二人だ。二人が帰って来た。その事に何だかとてもほのぼのしてしまう。


「ああもう、今はそんな事どうでも良いのよ!」

「・・・どうでも良くは無いのだが・・・まあそうだな。今はそれよりも二人か」


アスバちゃんが会話を打ち切り、フルヴァドさんは少し不満そうだけど頷く。

そして二人は魔法使いの姉弟に目を向け、再度同じ事を問う。


「で、どうするつもり。そもそもアンタ達は結局どうしたい訳?」


少しピリッとした空気に戻ったアスバちゃんに、二人も緊張感が戻った様に見えた。

そして小さく深呼吸をした後、姉の方が静かに口を開く。


「私は逃げただけで、それじゃ何も解決していなかった。だから最低でも一族を見つけ出して、私の様な人間を作る事を止めさせないとと思ってます。誰かが止めないと、きっと止まらない」


彼女の様な人間を作る・・・思い当たるのは呪いの事だろうか。

多分そうだよね。止めなきゃいけない様な事ってなると、その事だと思う。

今はもう大丈夫らしいけど、彼女はここに来た時呪いに侵されていた。

そして一族から逃げたって事は、呪いをかけたのが彼女の家族って事なのかな。


何それ。意味が解らない。家族が彼女を呪ったとか、余りにも理解が出来ない。

メイラから説明を聞いた時、碌でもない呪いだと予想を立てた。

あんな呪いを意図的にかけるには、相当の命を使わないと作れないと。


彼女自身が呪いにかかってた事を知らなかった以上、きっとこれからも彼女の家族は人を殺す。

望んで呪いにかかっていた訳ではない以上、そこに優しい想いなど在りはしない。

だってもし、もし彼女への優しさでの呪いであれば、隠す必要など無いのだから。


彼女の呪いは隠匿されていた。メイラや黒塊でないと気が付かない様に。

それは死後の彼女の命すら、何かに使う為の呪いだったんじゃないだろうか。

かかっている彼女自身が気が付かない様に。気が付いて解除など出来ない様に。


「―――――ああ、そうか」


だから彼女は逃げたんだ。家族から。一族から。身内から。同じになりたくなくて。

呪いをかけられている事に気が付いてなくても、そんな真似をしている事は知っていて。

多分弟君も同じ事なんじゃないかな。きっとそんな一族になりたくなかったんだ。


だってそれは、野盗と何も変わらない。人の形をした獣と何が違う。


けれど彼女は未熟だった。だからきっと逃げるしか出来なくて、強い魔法使いになりたかった。

この街に来て師匠を求めたのはその為だったんだ。逃げる為じゃなく、向き合う為に。

竜との訓練をアレだけ頑張って、ボロボロになっても鍛錬を望んだ理由がしっくりきた。


「何よセレス、何か案でもある訳?」


ただ思わず私が呟いてしまった事で、私に何か案が在ると思われてしまったらしい。

ギロリとアスバちゃんに睨まれ、しまったと思い焦って周りを見渡す。

全員私を見ている。待って待って。何も無いから。私に名案なんて浮かぶ訳無いから!


ああでも、その、一つ気になる事は、あるけど。

だって、そんな一族を止めるって事は、方法は一つしかないと思う。

その事を伝えて怒られないかな。だって、それは、私なら、泣くほど辛いもん。


人の命を欲望で奪う獣を止めるには・・・力での服従以外に方法は無いと、思うから。

けどそれでも止まらない獣は居る。その場合は、最後は、殺してしまうしかない。

ただ自分の身内で考えてしまうと、私には出来る気がしない。二人は、どうなん、だろうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「―――――ああ、そうか」

「何よセレス、何か案でもある訳?」


姉さんの言葉に、錬金術師が何か思いついた様な、納得したかの様な言葉を漏らした。

すかさずアスバさんがそれに食いつき、真剣な目を彼女に向ける。

ただ今の目から怒りは感じない。単純に信頼できる相手の言葉を待っている様に見える。


だからだろう。全員が錬金術師の言葉を待った。彼女なら何か良い案を出すと感じて。

そんな視線を一身に受ける錬金術師は、仮面のせいで様子が全く解らない。

ただ背筋が少し伸びて、顔を姉さんに向けた気がした。解ったのはそれだけだ。


「・・・身内を、殺す事に、なるよ」

「っ、覚悟の、上です」


低く、重く、確かめる様な言葉に、姉さんは一瞬詰まりながらも答えた。

一族を殺す。全員殺す。明確に言葉にしなかった事を、錬金術師は口にした。


ああ、そうか。だからさっき彼女は、何かに気が付いた様な言葉だったんだ。

まだ少し覚悟が足りないと感じ、明確に言葉にさせる為に意識を向けさせたんだ。

一族を止めるには話し合いじゃ無理だ。戦う事にきっとなる。


そしてその果ては間違い無く殺し合いだ。綺麗事なんて存在しない。

止める。なんて言葉で終わらせていては、また逃げる事になるだけだと言いたかったんだろう。

優しい姉さんだからこそ、錬金術師は『本当に出来るのか』と問いかけたんだ。


「私は、その時だけはリガス・カルアとして、一族を終わらせます。きっと本当はもっと早く終わるべきだったんです。ただ彼らは認めたくなかっただけなんだから。自分達が凡人である事を否定する為だけに、何人も何人も殺して来た一族なんだから・・・!」


姉さんは胸を抑えながら、見た事が無い表情で苦しそうに語る。

悔しいのか、悲しいのか、辛いのか、怒っているのか、それとも全てなのか。

けれど姉さんは一族を終わらせると告げた。あの優しい姉さんが人を殺す覚悟を決めた。


なら俺はどうしたら良い。姉さんと一緒に戦えば良いのか。一族を殺せば良いのか。

それは一つの正解だろう。きっと間違いじゃない。けれど正解でもない気がする。

俺の一族への想いは、悪いものではなかった。姉さんが今口にした事実は知らなかった。


なら俺がこのまま「姉さんがそう言うなら付いて行く」というのは違う気がする。


「・・・弟君も、それで、良いの?」


姉さんの覚悟は理解したとばかりに、錬金術師が俺にも問いかけて来た。

それは姉さんが来る前と同じ様な問いかけで、そして安易な答えを許さない迫力があった。

掠れた重く暗く威圧するような声音。下手な事を言えばこの場で殴られそうな気配すらある。


「俺は、母を救いたい・・・そして、国を救いたい、です」


父が俺を愛していなかった事は解っている。きっと父は俺を武器として見ていたのだろう。

母が俺を愛していなかったのは解っている。きっと自分の地位の為の道具だったのだろう。

けれどそれでも、あの二人は俺の父と母だったんだ。血の繋がった両親だったんだ。


そう思うのであれば、救うべきはまだ助かるかも知れない母の事。

父が私欲の為でないとは言えずとも、それでも守って来た国を救う事。

きっと俺がやるべきは、何も考えて来なかった俺がやるべきは、責任を果たす事だ。


ああ、そうだ。姉さんは一族の名を継ぐ者として、俺は王族の血を継ぐ者として。


「だからこそ俺達は、それぞれが持つ責任を果たすべきだと、そう思います」


そうだ。たとえ王子として育っていなくとも、俺は父の血を引いている。

ならやるべきは混乱している国を救い、姉さんの決着も見届ける。

きっと俺のやる事も、人を何人も殺す事になる。けれどそれはやらなきゃいけない事だ。


そしてこの結論に至れば、なぜ聖女様であるフルヴァドさんが来たのかも解ってしまう。

おそらく姉さんはどっちもやるつもりだったんだ。けど、そんな事は、させない。

もう何も考えずに行動はしたくない。俺はちゃんと考えて動かないといけないんだ。


「王子として名乗りを上げます。きっとそれが、俺のやらないといけない事ですよね」

「・・・君がそう思うなら、それが正解だと、思う。私の答えなんて、当てに、ならないから」


あくまで俺が答えを導いた。自分の頭で考えて、自分の足で立った。

錬金術師はそんな風な言葉を口にしながら、俺の言葉を肯定してくれた。

まるで自分は何も考えず、何も案など出していないと、そんな風に。


アスバさんが怒った理由が今ちゃんと解ったけど、俺は彼女に感謝しか抱いていなかった。

だって大事な事に気が付かせてくれたから。そうか、これが、師匠の尊敬する友人か。

敵わないな。師匠にも、憧れの人にも、錬金術師にも。皆、余りに恰好が良すぎる。

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