第427話、友人の実力を再認識する錬金術師

「はあ!?」


彼女の言葉に素直に応えると、明らかに怒った様子で返されてしまった。

元々怒ってるのは解ってたけど、怒鳴り声が怖過ぎる。

怖くないって思おうと思ってたけど無理。やっぱりどうしたって怖いものは怖いよぅ・・・。


泣きそうな気持ちで固まっていると、けれど彼女はそれ以上の反応が無かった。

怒ってる様子はそのままだけど、椅子に体を預けてお茶を飲み始める。

そしてお菓子をもしゃもしゃと食べ出したので、多分静かに待つ事に決めたのかな。


これ以上怒られない事に安心して力を少し抜き、私も仮面をズラしてお茶を飲む。

外すのは無理。絶対無理。多分私今ここで外したら絶対泣いちゃう。

話しが終わった後なら兎も角、今泣いたりしたら話の邪魔になっちゃうし。


何て思いながら待つ事暫く、そこまで時間の立たないうちに魔法使いの子がやって来た。

弟君と涙を流しながら再会を喜び、お互いに自分が悪いと謝り合って。

それに少し遅れてパックとメイラが帰って来て、二人共アスバちゃんに目を向けた。


二人は彼女が怒っている事に気が付いたのか、すすっとリュナドさんの背後に隠れる。

というか、パックが手を引いてメイラも隠した、という感じだろうか。

出来れば私もそこが良いなぁ。なんて考えてるとフルヴァドさんもやって来た。


「おかえり、アスバ殿。話は聞いた。私が力になれるそうだな。手を貸すぞ、友よ」

「―――――は? っ、リュナド、アンタ・・・何もしないなんて、良く言えたわね・・・!」

「俺は何もしない。この国で、この街で、変わらず民を守れていれば、それで良い」


んえ? 何か二人の会話が噛み合ってない、ような?

アスバちゃんは彼が何かやったっていう風に言ってるよね。

けど彼は相変らず同じ発言で・・・何がどういう事になっているんだろう。


「お前は腹が立ってるんだろうが、面倒事なんて何時だって突然やって来るもんだ。覚悟を決める必要だってな。本人に向き合う覚悟があるなら、外野がとやかく言う事じゃねえよ」

「・・・はっ、アンタが言うと説得力あるわね、精霊公様?」


本人に向き合う覚悟・・・二人に向き合う覚悟があるなら、手を出すべきじゃないって事かな。

確かに弟君は自分で決めると言った。いや、お姉さんと一緒に決めるんだっけ?

なら自分で対処するつもりで、他の人間が変に怒る事じゃない、って事なのかなぁ。


あれ、でもそれじゃあフルヴァドさんが手を貸す、って言って来たのは何だったのかな。

この状況で彼女に助けを何か求めたから、ここにやって来たん感じだと思ったんだけど。

けれど周囲を見回すと、疑問顔は私だけに見えた。おかしい。何で。


「フルヴァドさん・・・お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな、グインズ。元気だったかい?」


首を傾げていると弟君がフルヴァドさんに話しかけ、彼女も笑顔で応えている。

そういえば二人は顔見知りだったっけ。帰りの船旅は一緒だったんだよね。


「・・・ありがとうございます。貴女のおかげで、俺は強くなれました」

「私のおかげ? 私は君に何かを教えた覚えは無いが・・・」

「いいえ。在りました。貴女には、とても大事なものを教えて貰った。俺が今あるのは貴女のおかげです。ついさっきだって、貴女の言葉が無ければ、俺はきっと決められなかった」


弟君は熱の籠った目で彼女を見上げ、けれど当の本人は少し首を傾げている。

ただすぐにフッと笑顔を見せ、彼の頭に手を置いた。


「きっと私にとっては当たり前の言葉、些細な言葉を口にしたのだと思う。だから気にするな、等と言うつもりは無い。私に言葉が君の助けになったのであれば、私はそれを誇りに思おう」

「――――っ、は、はい・・・!」


フルヴァドさんが優しく頭を撫でながら告げると、弟君はボロボロと泣き出してしまった。

ただ悲しそうな訳ではなく、顔を下げる事は無く、嬉しそうにじっと彼女を見つめて。

何だか彼、物凄くフルヴァドさんに懐いてるね。アスバちゃん相手より懐いている様な?


「・・・グインズが私以外にあんな顔してるの、初めて見た・・・」


その様子を見ていた魔法使いの子は、少し呆けた様にそんな事を呟く。

彼女の言葉が聞こえたのか、弟君がハッとした様子で彼女に振り返った。


「ね、姉さんへの尊敬を忘れた訳じゃないから! その、フルヴァドさんは、色々凄い尊敬できる人で、色々気が付かなきゃいけなかった事を気が付かせてくれて・・・」

「うん。大丈夫だから、落ち着いて、グインズ」

「あ、うん・・・ごめん・・・」


ワタワタとした様子で語る弟君に、魔法使いの子は落ち着く様にと静かに告げた。

すると自分の慌て様が恥ずかしかったのか、謝りながら俯く弟君。

私はそんな様子を眺めつつ、実はちょっとホッとしてたりする。


さっきからちょっと空気が和やかだ。フルヴァドさんが来た辺りからだろう。

彼女が来てから弟君は明らかに明るくなり、アスバちゃんの怒りも解けた。

おかげで私はホッと息を吐けている。今は弟君が居る緊張ぐらいしかしてないもん。


「・・・うん、フルヴァドさんのおかげ、だね」


よくよく考えると、アスバちゃんとの言い合いでも、あの調子で何時も応えてるんだもんね。

だからなのか余り当たりが強くないし、私も彼女と話している時は穏やかな時が多い。

この中では誰よりも人を和ませる力の持ち主なのかも。そう考えるととても凄い。


ああ、だから彼女を呼んだのか。リュナドさんが彼女を呼んだのはこの為なのか。


おかげでアスバちゃんの怒りは解け、弟君はとても話しやすそうだ。

魔法使いの子も少し気が抜けているし、弟子達もリュナドさんの背後から出て来た。

何もしないなんて言いながら、結局誰かを助けてくれる。やっぱり彼は彼だ。


うん、信じて間違い無かった。だからこの後もきっと彼に任せれば大丈夫だろう。

やっぱりリュナドさんは何時だって困った時は助けてくれる人だから。




それに半端に私が口を出しても、解決しない可能性の方が高いし。これは確実に間違いない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


久しぶりに会ったグインズは、何だか少し大きくなったように見えた。

ううん、暫く会ってなかったから、実際に大きくはなっている。

けど何だか少し違う。以前とは雰囲気というか、気配というか、何かが違う。


そしてその理由はすぐに解った。フルヴァドさんを見つめるあの子を見て。


話しには聞いていた。この子から貰う手紙からも理解していた。彼女に憧れている事は。

けれど実際に見て実感が湧いた。この子はきっと一人で歩き始めたんだと。

一族の魔法使いでもない。私の弟でもない。一人の人間として目標を見つけたんだ。


弟が彼女に何を見たのかは正直な所まだ解らない。

勿論フルヴァドさんが強者なのは知っている。彼女はとても強い。

彼女の持つ聖剣の力は不可思議で、全力で戦っても勝てるか怪しいと感じた。


けれど弟の手紙には『とても弱くてとても強い人』と書いていたと思う。


その点が私にはまだ掴めていない。弟の言う『弱い』とは一体何なのか。

この人は強い。体も、心も。けれど解らなくても構わない。

だって弟があんな目をしているのだから。あんなに、生きた目を、向けているのだから。


里ではついに見れなかった目だ。私相手には見せなかった目だ。

だってグインズは、別に魔法使いになりたかった訳じゃない。

ただ優しかった姉が魔法使いで、そんな姉と一緒に過ごしていたかっただけだ。


カルアの一族を信じて、だから私の事を信じて、そして自分の心を騙して。


本当は、家族と一緒に過ごしたかったんでしょう。ただ平穏に過ごしたかったんでしょう。

勿論魔法を鍛える貴方にやる気が無かったなんて思わない。けれどそれは本心じゃないよね。

でも今のあの子は、強くなろうとしている。ううん、多分もう、強くなってるんだ。


「・・・良かった」


声にならない様な声で、そんな言葉を漏らす。本当に弟はもう大丈夫なんだと。

両親の事で心配をしていたけれど、そんな心配はもう失礼なのかもしれない。


「・・・うん、フルヴァドさんのおかげ、だね」


声にほぼ出ていなかった呟きに応える様に、錬金術師さんが呟いた気がした。

思わず彼女に視線を向けると、ほぼ同時に私からすいっと視線を外す。

そして隣の隊長に目を向け、最後に笑った様な吐息が聞こえた。


ああ、そうだった。この人は、錬金術師さんが、セレスさんが信頼する人だ。

それだけの力を持つ人で、だから私も納得したんじゃないか。

だから頼れば良いんですよね。ここは彼女に頼るのが、きっと正解なんですよね。


「グインズ。もう、ある程度話は聞いているのよね?」

「・・・はい。信じられませんでした。信じたくありませんでした。けど、だけど・・・俺は聞いた話を信じます。耳と意識を塞いで子供の様に喚く真似は、しません」

「そう。そっか。本当に、強くなったね・・・」


そのきっかけを与えてくれた人に、私は深呼吸してから顔を向ける。

錬金術師さんが認めた。そして隊長が態々呼んだ。この人の力を借りれば良いと。


「・・・フルヴァドさん。恥を忍んでお願いします。私達に、手を貸して下さい」

「勿論だ。その為に私はここに来た。私の力など微々たるものだが、出来る限り力になろう」


そして揺ぎ無い彼女の姿に、弟の気持ちが少しだけ解った。

ああ、これは、憧れる。余りに恰好良すぎる。涙が出そうな程に。

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