第426話、信じる錬金術師

弟君が自分で決めたいと、そう告げた事でアスバちゃんは少し落ち着いた様だ。

その様子にホッとして息を吐くと、彼女は私をキッと睨んで来た。

思わず背筋が伸び、今度は何に怒っているのだろうと構えてしまう。


「言っとくけど、一時的に抑えてるだけだからね。そこんとこ覚えておきなさいよ」

「・・・ん、解った」

「ふん・・・」


アスバちゃんは偉いな。私と違ってちゃんとしっかり抑えられるんだから。

私の場合下手したらひと暴れして、それで思いっきり怒られてから正気に戻りそうだし。

さっきも怒ってはいたけど、突然出ていく様子は無かったもん。


今だって怒ってはいるままだけど、弟子の意志を優先して静かにしている。

これがちゃんとした師匠なんだろうなぁ。私は見習わないといけない。

ただその、我慢しているのは解るんだけど、あんまり睨まないで欲しいなぁ。


仮面を付けてるから我慢できるけど、仮面付けてなかったら私泣いてるかも。

八つ当たりであって、私に怒ってないとは解ってても、何だか怒られてるみたいで怖い。

取り敢えず一旦リュナドさんの陰に隠れよう。そうしよう。

そう思い彼の袖を掴んで、彼の背後に回る様に隠れる。


「うえっ? セ、セレス、何を・・・?」

「何よ、リュナドを差し出して・・・ああ、そういえばコイツの姉は、今は精霊兵隊の隊員なんだっけ? それじゃあお伺いを立てないとね。アンタの所の隊員呼んでも良いかしら?」

「断らせる気が無いのに聞くなよ・・・呼ぶよ、呼びます。ちょっと待ってろ」


私はただ隠れただけのつもりだったけれど、どうやら彼の許可が必要だったらしい。

となると暫くは黙っておいた方が良いだろうか。

なんて思っていると彼は懐から紙を取り出し、私があげた鉛筆で何かを書き出した。


「精霊達、これをイーリエに渡してくれ。ああ、もしメイラ達が近くに居るなら、絨毯で運んでやってほしいと頼んでくれると助かる」

『『『『『キャー!』』』』』


リュナドさんは紙を折り畳んで山精霊に渡し、精霊達は元気よく鳴いて応える。

そして渡された精霊以外も何故か付いて行き、ワーッと走り去っていった。

メモを渡すだけなら一人だけで良い様な。まああの子達の事だし別に良いか。


「暫くすれば来るだろう。それぐらいの時間は大人しく待ってくれよ」

「ふんっ、そんな事言われなくても解ってるわよ!」

「・・・なら良いけどよ」


リュナドさんが不安そうに呟くと、アスバちゃんはまたフンっと鼻を鳴らす。

どう足掻いても怒りと不機嫌が収まる事は無さそうだ。

彼女の機嫌が直るのは、多分弟君にとっていい結果で終わった時だろう。


友達の弟子。可愛い弟子。そう考えると、私も彼に手を貸してあげたいな。

この子本人にはまだ慣れてないけど、それでも友達の身内だもの。

出来る限り手を貸そう。とはいえ私に出来る事があるかは怪しいけど。


だって話しを聞くに全部身内の話みたいだから、私が口を出すと迷惑かけそうだしなぁ。

いや、間違い無く迷惑をかける。だから何か頼まれた時だけ手を出そう。

それが良い。うん、それが一番私が邪魔にならない助けになるよね。


「で、セレスと私の判断を聞いて、アンタはどうするつもりなのよ」

「どうするって言われてもな・・・俺の判断は変わらねえぞ」

「はっ、また何もしないって言うの!? 出来る訳無いじゃないの!」


アスバちゃんの怒りがまた再燃したのか、ドンと机を叩きながら叫ぶ。

その様子に私は思わず固まり、けれどリュナドさんに動揺した様子は無かった。

むしろ静かにお茶を飲んでから息を吐き、逆に鋭い目で睨み返す。

彼の珍しく険しい様子に、アスバちゃんの勢いが削がれた。


「な、なによ」

「・・・お前が怒ってるのは解るよ。お前には可愛い弟子だろうよ。たった一人の可愛い弟子なんだろうよ。けど俺だって背負ってんだよ。沢山の人間の命が乗ってんだよ。その俺が、他国が混乱してるのをいい機会だ攻めろ、何て言えると思うのか」

「・・・竜神の国の時は、行ったじゃないのよ」

「あの時と今は状況が違う。アレは行かなきゃ収まらなかった。今回はもう手を出す意味が無い。むしろ手を出せば無駄に侵略者だと思われる。他国に警戒される。なら俺のするべき行動は、何もしない事だ。俺はこの街を守る為に居る。他国を攻める為じゃない」


リュナドさんの言葉はとても重い。私なんかよりもとても。

彼はその言葉通り、兵士として沢山の人の命を背負っている。

だからきっと、軽率な事は出来ないんだろう。それは仕方ない事なんだと思う。


けど、だけど、アスバちゃんと、魔法使いの少女も、その一人なんじゃないだろうか。

二人だってこの街の住民で、リュナドさんが守るべき人のはず。

彼ならきっと、そう思ってると思う。だって優しい人だから。とても優しい人だから。


「セレス、アンタはそれで良いの?」

「・・・そう、だね」


アスバちゃんにしてみれば納得がいかないだろう。すぐにでも力を貸して欲しいに違いない。

だからきっと彼女にとっては、彼の判断は間違っている。私でもそう思う。

身内が被害に遭ったのだから協力する。そう言ってくれるのがリュナドさんだと。





「・・・彼がそう言うなら、私はそれで良いと、思うよ」





だからこそ、彼の事を信じようと思う。彼は絶対に、私達を見捨てない。

何時だってそうだったから。リュナドさんは何時だって、肝心な所で助けてくれる人だから。

そんな彼が何もしないって言うなら、きっと何もしない方が良いんだ。そう、信じる。


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やべえ。めっちゃ怖い。何この魔法が使えなくても解る力の威圧感。

怖い怖い。お前ら睨みあうだけで人を気絶させられるから止めろって。

いやまあ、アスバの怒りは解るよ。だって嵌められた様なものだもんな。


セレスが何処まで読んでたのかは知らねえけど、俺も肩透かし食らった気分だったし。

あんまり積極的に動かねえと思ってたら、勝手に自滅とか誰が予想するよ。

まあ、セレスは予想してたんだろうけどな。そして姉弟がどういう反応をするのかも。


姉の方はそこまでショックは大きくなさそうだった。

ああ、とうとうか、みたいな感じだったと思う。

むしろその話を弟が聞いた時、ショックを受けないか心配していたな。


そして案の定弟は駄目になり、そこに導いたセレスに対してアスバが怒った様に見えた。

ただセレスは言い訳をするでもなく威圧で返し、マジでどうしようか冷や汗ものだったけど。

今日は竜の鎧着てないし、槍も遠いし、そもそも精霊共が逃げてったし。


『『『『『キャー・・・』』』』』


お前らマジでふざけんなよ。二人が睨みあったら即座に逃げやがって。

影から様子窺ってないでこっち来い。主の傍に居ろよ精霊共。


「・・・弟君は、どうしたい?」


ただそこで、セレスは誰よりも判断出来なさそうな相手に、威圧をかけて声をかける。

そのおかげか彼は気を取り直し、気圧されつつも話を聞く体勢になった。

正直な所、俺は意外だった。だってそうだろう。俺が何もしないって言ったら怒ったんだぞ。


だからてっきり、問答無用で事を進めるつもりだと、そう思っていた。

けれどセレスの口から出て来た言葉は違う。当事者に判断しろという言葉だ。

最初こそ彼はその言葉に困惑していたが、途中で目に光が宿る。しっかりとした強い光が。


アスバに礼を言い、セレスに応え、そして姉と話して決めると。

なので二人の要望通りにイーリエを呼ぶメモに、ついでにちょっと追加で書いておく。

それを山精霊に手渡すと逃げる様に出て行った。っていうか大量に逃げた。この野郎。


弟子の答えにアスバは一旦怒りを抑え、なのでセレスも威圧を抑えた様だ。

とはいえ納得した訳じゃないんだろう。アスバは俺にも噛みついて来る。

ただ俺の答えは変わらない。俺の仕事は街を守る事だ。


「セレス、アンタはそれで良いの?」

「・・・そう、だね・・・彼がそう言うなら、私はそれで良いと、思うよ」

「はあ!?」


相変わらずセレスに威圧感は有るが、それは単純にアスバへ対抗しての事だろう。

そして言葉の内容は俺の肯定。どうやら俺の判断で構わないらしい。

ただそうなるとさっきの怒りは何だったんだと思わなくはないが、俺に別の判断を促す為か?


アスバはセレスの発言が理解出来ないという様子で、けれどセレスはそれ以上何も言わない。

問い詰めてもこれ以上は無いと判断したのか、アスバも大人しく茶を飲み始めた。

そして暫くして庭から精霊の鳴き声が響く。早い。という事は絨毯で来たか。


「グインズ!」

「姉さん!」


扉が開き居間にイーリエが現れ、その眼には涙が溜まっていた。

弟も同じ様子で立ち上がり、お互いを呼びながら近づく。


「グインズ、元気だった? ごめんね、勝手に居なくなって。心配かけたね」

「ううん、姉さんは悪くないよ。俺が、悪いんだ。俺が勝手な事をしたから・・・!」

「そんな事無いよ。グインズは悪くない。悪くなんて無いんだよ」

「姉さん・・・姉さん・・・!」


涙を流しつつも優しく弟の頭を撫でる姉と、そんな姉に何も言えなくなって泣く弟。

アレだけボロボロに泣いていた娘が、弟を前にしたらしっかり姉をするものだ。

その様子に少し気を緩めていると、精霊達と共にメイラ達も入って来る。


「ただいまです、セレスさん」

「先生、失礼致します」


メイラとパック殿下はセレスに挨拶をして、けれどすぐにアスバの様子に気が付いた。

姉弟の感動の対面だから抑えているが、未だ不機嫌なままのアスバに。

なのでアイツには声をかけずにすっと移動し、セレスと俺の後ろに回って来る。盾にされた。

申し訳なさそうに目を逸らすメイラと、ニッコリ笑顔を返す殿下。


「グインズ、そろそろ―――――」

「おかえり、アスバ殿。話は聞いた。私が力になれるそうだな。手を貸すぞ、友よ」

「―――――は?」


そんな俺達に溜息を吐きながら声をかけようとして、アスバの言葉は途中で途切れた。

後から現れた、我等が聖女様の登場と、その発言の内容に。

一瞬呆けた表情をみせ、けれどすぐに俺の意図に気が付き顔を向ける。


「っ、リュナド、アンタ・・・何もしないなんて、良く言えたわね・・・!」


怒っているのか笑っているのか、微妙に判断のつかない顔で俺に唸るアスバ。

俺は嘘は言ってないぞ。俺は動かない。けど聖女様に救済に行って貰おうじゃないか。


混乱する国に救いを与えに。王族の姉弟と共に。

あくまで動くのは俺以外。俺の意見は聖女様とは反対になるって形で。

それに彼女が居れば、多少アスバのブレーキになって暴走を抑えられるだろうしな。


「俺は何もしない。この国で、この街で、変わらず民を守れていれば、それで良い」


だからといって子供二人が苦しんでいるのを、そのまま放置する気もねえよ。

短い間だったが、イーリエは俺の部下になっていたんだ。ならこいつも俺の身内だ。

結果としてセレスの意図通りだったとしても、これが俺の判断だ。それに――――。


「お前は腹が立ってるんだろうが、面倒事なんて何時だって突然やって来るもんだ。覚悟を決める必要だってな。本人に向き合う覚悟があるなら、外野がとやかく言う事じゃねえよ」

「・・・はっ、アンタが言うと説得力あるわね、精霊公様?」


アスバはそこでやっと怒りを消し、何時もの様子で鼻で笑った。うるせえよ畜生。

まあでも取り敢えず俺の判断は満足したらしい。この後どうなるかは解んねーけどな。






・・・だから二人の喧嘩は二人で終わらせてね。頼むから俺を巻き込まないでね?


『『『『『キャー・・・』』』』』


オイコラ、逃げたくせに残念そうな目を俺に向けるな。お前等を二人に投げつけるぞ。














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ここからはちょいとご報告。物語だけを純粋に楽しみたい人には申し訳ない。

https://dragon-novels.jp/product/322104000127.html

引き籠り錬金術師3巻発売中なので良ければ買ってくーださーい。

今の感じだと4巻はちょっと難しいかも・・・いやこれ宣伝って言うか報告だな。

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