第425話、優しい誰かに自分がなる錬金術師

アスバちゃんの迫力に固まっていると、ギンッと強い目を向けられてしまった。

そのせいで余計に体が強張ってしまったけど、仮面のおかげか恐怖で慌てずに済んでいる。

友達相手だから、というのも有るのだろう。そしてそのほんの少しの余裕が違和感を覚えた。


普段から彼女は強い目をしているけれど、今日の視線は何だか何時もと違う。

怒っている様に見える。表情は明らかに怒ってる。けど様子がおかしい。


何時もの彼女なら、怒っているなら、きっともう何かを私に言っているはずだ。

今迄がそうだったし、そういう所は解り易い人だから。

何に怒ってるのか解らない事はよくあったけど、感情の出し方が素直な人だから。


それがアスバちゃんだからこそ、今の彼女の様子が良く解らない。

険しい目を私に向けながら、口を開こうとして、何も発さずに閉じた。

そしてぎりっと歯を食いしばる様子を見せてから、視線をリュナドさんに向ける。


「・・・それで、アンタはどうするつもりなのよ」

「俺は・・・何もしない。元々絡んで来たのはあっちで、向こうが絡んでくる余裕がなくなったならそれで終わりだ。国が遠い事もあるし、こっちから手を出しても得は少ないしな」

「そう、そうよね、リュナドの判断は、そうよね」


ちょっかいをかけて来た国。魔法使いの女の子と弟君の住んでいた国で、国王が死んだ。

そのせいで国が混乱しているなら、もうこの街に手を出して来る事は無いだろう。

なら何もする必要は無い。リュナドさんの判断は何も間違っていない。

そう思うけれど、アスバちゃんは相変わらず表情が険しい。


あれ、ちょっとまって。驚きと恐怖で何か聞き逃していた様な、気が・・・あ。


弟君、父と母って言ったよね。国王と側妃の話だったのに。あれ、弟君王子なの?

という事は魔法使いの女の子はお姉さんだから、彼女は王女様だったのかな。

・・・ああ、そうか。アスバちゃんが怒っている理由が解った。それは、怒るよね。



弟君を鍛えていたアスバちゃんは、間違い無く師匠の姿だった。

きっと私なんかよりも、もっとちゃんと師匠をやっていたんだろう。

期間の長い短いとかも関係無い、しっかりとした師弟関係だったに違いない。


その弟子の家族が殺され、弟子はショックを受けている。

私とアスバちゃんにとって『弟子』の考え方は違うかもしれない。

けれど私にとってパックとメイラは、大事な家族で身内で守るべき人間だ。


もし彼女も私と同じなら、弟子を悲しませた相手の事は・・・きっと絶対に許せない。


「――――――っ」


想像するだけで怒りが湧いた。勿論メイラの親はもう居ない。野盗に殺されたから。

あの時はただ助けたかっただけだったけど、もし身内だったら皆殺しにしていただろう。

本人が害された場合も同じだ。私は絶対に許さない。許せる訳がない。


「せ、セレス?」

「・・・ふん、やっぱり、そうよね。何もしない訳、ないわよね、アンタなら」


私の様子に驚いたのか、リュナドさんが少し仰け反りながら声をかけて来た。

けれどアスバちゃんは解っている様子で、やっぱり私と彼女は同じ考えなんだ。

そうだよね。許せないよね。弟子を傷つけた相手をそのままなんて出来る訳がない。


リュナドさんの言葉に険しい顔を向けたのは当然だ。

だってそれじゃ気が済まない。それに彼の母親の安否も解らない。

大事な弟子の家族が一人殺された。けれど一人はまだ生きているかもしれない。


なのに『何もしない』なんて、そんな事で納得できるはずがない。

それでも間違いないか、私の事だから不安で、一応確かめておきたい。


「・・・アスバちゃんは、どうしたいの?」

「はっ、そんな事、それだけ威圧を放ってるアンタなら解ってる事でしょうが」

「・・・そうだね。やっぱり、そう、だよね」


殺意を抑えられていない。魔力が溢れている。鼻に皴の寄った獰猛な顔。

見た目は少女なのに、それを忘れそうになる程の恐怖と威圧感。

私が問いかけるとそれらが一気に襲って来て、けれど怖いとは思えなかった。


ううん、怖い。怖いけど、怖くない。だってそれは、人を想っての事だから。

私やリュナドさんに対してじゃない、弟子を想っての怒りだ。

だから私は彼女の目を見られている。物凄く怒っている彼女の目をまっすぐに。


「・・・でも、もう一つ、聞きたい」

「なによ、言ってみなさいよ。聞いてはやるから」


これはきっと、私が当時者じゃないから聞ける事だと思う。

もし私が彼女の立場なら、こんな事は考えずに動いてしまっているだろう。

その結果私は何度も失敗して、けれど優しい皆のおかげで今の私が在る。


ならきっと、その皆に、今は私がならないといけない。友達の為に。

何度も何度も助けてくれた、大事な友達の為に、私が頑張る番だ。

だから気合を入れて、背筋を伸ばして、はっきりと声を出して訊ねるんだ。


「・・・弟君は、どうしたい?」

「っ、俺、は・・・」

「セレス、アンタ・・・!」


アスバちゃんの威圧感が上がった。怖くないって思ったけど、正直に言えばやっぱり凄く怖い。

だけど怖くないんだ。怖がっちゃいけないんだ。これは私に向けられたものじゃないから。


許せない事は解る。絶対に許せない事は解る。けど、大事なのは、この子の想いだ。

大切な人のやりたい事を先に考えないといけない。怒りで暴走したら取り返しがつかない。

だって彼は言っていたから。確かに『両親と一族』と口にしていた。


つまり彼にとってはどちらも身内。ならもし、彼女が怒りに任せて飛び出たら。

私ならきっと全てを殺す。彼女は違うかもしれないけど、それでも容赦はしないだろう。

けどそれは、彼女が家族を殺す事になる。大事な弟子の家族を、彼女自身が。


「・・・どちらも、君の身内。君は、どうしたい?」


泣きそうな顔を上げた弟君に、仮面越しに問いかけた。私も、必死になって、震えながら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何も考えられなかった。言われている事に現実感が無かった。まるで理解出来なかった。

だって、なんだそれ。何でそんな事になってるんだ。何がどうなっているんだ。


父が死んだ。それどころか母も攫われた。生きているかどうかも解らない。

何よりもそれをやったのが一族の者だって、そんな馬鹿な事あるものか。

そう叫びたかった。否定したかった。けど、それを言ったのが、姉さんなんて。


何も解らない。何なんだこの状況は。俺は一体何を、聞いているんだ。

足に力が入らない。自分が立っているのか座っているのか、平衡感覚もおかしい。

泣きたいのか、怒りたいのか、感情もぐちゃぐちゃで自分で解らない。


どうして、なんで、なにが、どうなって、ただ疑問だけが頭にぐるぐるとある。

答えなんて無い。出せる訳がない。だってこんな事、こんな、事。


「・・・弟君は、どうしたいの?」


そんな中に、混乱する思考を吹き飛ばす程の威圧感が叩きつけられた。

思考を放棄している場合かと。今の当事者はお前なのだと言われている様に。

そのせいか良い意味で頭が真っ白になり、けれど変にクリアになった思考は恐怖を覚える。


隣の師匠と、目の前の錬金術師。その二人の今にも弾けそうな威圧感。

混乱していたおかげで気が付かなかった事に気が付き、ごくりと喉が鳴る。

その様子に思考が戻ったと判断したのか、彼女は再度問いかけて来た。


「・・・どちらも、君の身内。君は、どうしたい?」


身内。どちらも身内。どちらも、俺の身内、だと、彼女は言った。

そしてそれは、何故かその通りだと、すとんと胸の中に落ちた。

これは一族同士の問題。俺の身内の問題なんだ。


なら俺はどうしたい。殺された父の仇を討ちたい? 母を助けたい?

どちらもやりたいと思う。けれど実行したら、敵になるのは身内の一族だ。

カルアの一族を手にかけて、俺は誇り高い一族の魔法使いと胸を張れるのか?


それに、俺に、身内を殺せるのか。殺す。そうだ、きっと、殺し合いになる。

育ててくれた人達と殺し合う事になる。その事実に手が震える。

戦いが怖いのか。違う。殺す事が怖いのか。違う。胸を張れない行いが怖い。


何が正しいのか解らなくて、何をしたら良いのか解らなくて、どうしたら良いのか解らない。


解らない事だらけな事が怖くて堪らない。何を言っても間違いな気がして来る。

俺は一体どうしたら良いんだ。何をしたら良いんだ。俺は、一体、どうしたいんだ。





『怖いさ。だが怖い事と弱い事は、戦わない理由にはならない』





その時、あの人の言葉を、思い出した。何時も凛と立っていた、弱くて強い人の言葉を。

ああそうか。そうだ。今俺はきっと、戦わなきゃいけない場面なんだ。

怖くて堪らない。何を判断してもダメな気がする。けど、決めなきゃいけないんだ。


あの人を目指すと決めただろう。あの強い人に並ぶと決めたんだろう。

なら泣いている場合か。恐怖で震えている場合か。顔を上げろ。

何よりも俺の隣で、自分の事じゃないのに怒ってくれている人の為にも。


「アスバさん、ありがとうございます。多分、俺の為に、怒ってくれてるんですよね」

「・・・ふんっ、弟子の為に師匠が怒るなんて当たり前でしょうが」


弟子。短い期間だったけれど、それでもこの人には大事な事を叩き込んで貰えた。

尊敬するこの人に、弟子と思って貰えていた事が、それが嬉しい。

だからこそ、俺はこの人に頼っちゃいけない。これは自分の事なんだから。


「・・・本当に、ありがとうございます。でも、俺、自分で決めないと、駄目だと思うんです」

「あっそ・・・アンタがそう言うなら、今の所は抑えてあげるわ。今の所は、ね」


フンッと鼻を鳴らしながら、威圧感を抑えていくアスバさん。

だからなのか、錬金術師からの威圧感も、少し減った気がした。

いや、これは違うかな。俺の様子を見て、威圧をかける必要が無いと思ったのかも。


「・・・先ず姉さんと、会わせて下さい。それから・・・決めます」


これは身内の話だ。俺が決めないといけない話だ。けど、姉さんも、きっと一緒にだ。

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