第424話、首を傾げ続ける錬金術師

「え、とうとうけっこ―――――」

「してない!!」


驚いた様子のアスバちゃんが告げた言葉は、途中でリュナドさんが大声を出して否定した。

ただし彼が真横で大声を出したから、アスバちゃんの言葉は聞き取れなかったけど。

彼が大声を出すと思ってなかったから、一瞬頭が真っ白になった方が原因かもしれない。


取り敢えず否定したって事だけしか解らず、びっくりした気持ちを落ち着ける為に息を吐く。

深く大きく息を吐いて心を落ち着け、それからアスバちゃんに向き直った。

すると彼女は怪訝そうな顔を私に向けて、片手の親指を彼に向ける。


「コイツはこう言ってるけど、実際の所は?」

「・・・彼が否定するなら、その通りだと、思うよ」

「・・・あっそ」


私に聞かれても内容を理解していないし、リュナドさんの意見を私に聞かれても困る。

なので彼がそう言うならそうなんだろうと、思ったままに答えるしかない。

ただアスバちゃんはその答えが不満だったのか、むすっとした顔を彼に向けている。

ど、どうしたのかな。何だか変な空気だけど。


「ま、良いわ。立ち話も何だし、取り敢えず入るわよ。家精霊、お茶お願いね」

「相変わらず我が物顔だなお前・・・」

「はっ、否定する癖に当たり前なツラしてたアンタに言われたくないわね」

「うっ、いや、それは・・・」


アスバちゃんは私が招き入れる前に家に入り、家精霊は笑顔で頷いて台所へ向かう。

リュナドさんは呆れた様子で付いて行き、ちょっと口論の様子を見せながら奥へ。

ただ弟君が自分はどうしたら良いのかと、困った様子で立っている様に見えた。


「ええと、俺も入って、良いんでしょうか・・・」

「・・・ん、どうぞ」


流石に彼を一人外に立たせて待たせる様なつもりは無い。入ってくれて構わない。

メイラが居たらちょと悩むけど・・・あ、でも彼とは顔を合わせてるし大丈夫なのかな。

手合わせをしてた訳だし・・・いやでもあの時も、割と我慢している雰囲気だった気もする。


まあ今は良いか。取り敢えずそれはまた後だ。多分メイラは今日も帰って来ないだろうし。

その事を思い出す度に少し寂しくなる。その内慣れるかなと思ったけど全然慣れない。

リュナドさんが居るからそれは嬉しいんだけど、メイラが居ない寂しさはまた別だ。


「あの、どうかしたんですか?」

「・・・ん、何でも、無いよ」


メイラ帰って来ないかなーと思っていたら、ぼーっとしてしまっていた。

弟君の声で正気に戻り、彼に頷いて彼の後ろを付いて行く。

居間への短い道のり。なのに彼はその間物凄く緊張している様に見えた。


アスバちゃんを見てホッと息を吐いていたけれど、知らない場所が不安なのかな。

取り敢えず私も席に付いて、弟君も座る様に促した。


『『『『『キャー♪』』』』』


全員が席に着くと、山精霊がご機嫌にお菓子を持って来た。

恐らく家精霊が用意したお茶菓子を、早く食べたくて持って来たんだろう。

お菓子を手に取るとそれぞれに差し出してきて、私達が食べるのを待っている。


「ハイハイ、急かさなくたって食べるわよ」

「あ、ありがとう」

『『『『『キャー♪』』』』』


アスバちゃんは菓子を受け取るとすぐに食べて、弟君も遠慮がちに受け取った。

私もお礼を言って受け取って口にすると、精霊達はわーっと菓子に群がり出す。

リュナドさんがまだ食べてないんだけどな。何故か彼は優先されない時がある。

家精霊はその様子に溜息を吐きながら、お茶を皆の前に置いて行った。


「んー。やっぱりこれが一番だわ。ほんっと美味しいわね、家精霊の淹れる茶は」

「なんだ、これ・・・!」


アスバちゃんは表情通りの嬉しそうな顔でお茶を堪能し、弟君は一口入れて驚ている。

家精霊は二人の反応に満足気に微笑み、スススと移動して私の背後に浮かぶ。


「それで、帰って来いって言ったからには、舞台は出来てんでしょうね」


お茶を飲み、お菓子を食べ、またお茶を飲んで一息履いたアスバちゃんの言葉に首を傾げる。

一体何の話だろうかと思っていると、リュナドさんの様子が少しピリッとした気がした。


「・・・その件で一つ聞きたい事がある」

「あによ、珍しくシリアスね」

「茶化すな。真面目な話だ」

「ハイハイ私が悪かったですー。良いから早く話を勧めなさいよ」

「おまえなぁ・・・」


アスバちゃんは相変わらずアスバちゃんで、私は何だか嬉しくなる。

けれどリュナドささんは困った様に溜息を吐き、それも何だか何時も通りで嬉しい。

いや、彼が困ってるのだから、嬉しがっちゃいけないんだけども。


「まあ良い。それでだ。お前、帰って来るまでの間あの国を一度も出てないんだよな? 帰りの際も変に寄り道とかせずに帰って来たんだよな?」

「出てないわよ。アンタがそうしろって言ったんでしょーが」

「それは俺じゃなくて・・・いや、今はそれは良いか。本当に出てないんだな?」

「何よ、しつこいわね。私が嘘吐いてるって言うの?」

「・・・解った。信じるよ。まあお前ならやって来たって堂々と言うよな」


リュナドさんは背もたれに体を任せ、目を瞑って大きく息を吐く。

ただそれは脱力した様子で、さっきのピリッとした雰囲気が消えていた。


「あによ回りくどいわね。何かあったならとっとと言いなさいよ、面倒くさい」

「・・・んー、王子はわざと伝えてないのか、まだ情報を仕入れてないのか」

「ちょっと、本当に何があったのよ」


リュナドさんの様子が変だと思ったのか、アスバちゃんも少し真剣な表情に変わる。

ただ私に視線を向けられても困る。私何にも知らないもん。

何故かリュナドさんもチラッと私を見るけど、その意図は全く解らない。どうしたの?


「お前を寄こせと書状を送ってきた国、なんだがな」

「・・・また何か仕掛けて来たの?」


リュナドさんはその問いに小さな溜息を吐いてから、弟君に目を向ける。

そして少しだけ眉を顰め、悩むような様子で続きを口にした。


「先日国王が死んで側妃が攫われた。今は大混乱中だ。ただあの国は多方面に態度が余り良くなかったらしいから、今の所うちに疑いは向いてない。元々内部の反乱も多かったらしいしな。だからこそ情報が容易く他国に出回った・・・いや、わざと情報を流した奴が居るんだろう」

「――――――父が、死・・・母、も?」


ただその内容に弟君は目を見開き、アスバちゃんから凄まじい殺気が漏れ出ていた。

その迫力に私は首を傾げた体勢のまま固まってしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


グインズには身の上を何度か聞いた。詳しく事細かではないけど、世間話の様に何度か。

大半は姉が凄い。姉を尊敬している。姉のようになりたい。そんな話だったけど。


多分利用されていたんだとは思う。本人に自覚は無いけど。

だってコイツは、グインズは、素質があるから。

コイツは私と同じだ。受け皿になる才能がある。


とはいえコイツに私の後を継いでもらう気は無い。

だってその頃にはこいつもオッサンかじーさんじゃないの。どうしろって言うのよ。

私が次を見つける時は、もっと先の未来の話だわ。少なくとも30年以上は先ね。


けど多分、あの連中にとってはそうじゃない。こんな素質の塊を放置する訳がない。

アイツ等がどれだけちゃんと把握しているのか解らないけど、それでもグインズは天才だ。

コイツにはカルアの力なんて要らない。本物の魔法使いになれる器がある。


本人もそう聞かされていて、そして鍛錬には真面目に励んでいたらしい。

凡人共の凡人らしい鍛錬じゃ、この器を伸ばしきる事なんて出来なかったみたいだけど。

そしてそれだけの力が無ければ『アスバ・カルア』を名乗る事なんて本来許されない。



そうだ。元々私達は、継承などせずとも力が在る。元から魔法使いなんだ。



その事が解らない老人共が、老人共に唆された馬鹿共が、師匠を嵌めて力を求めた。

真っ当な物の考えを持つ者達を殺し、自分達の都合の良い様に事を動かして。

力の無い器に注ぎ込んだ所で、器が耐えられずに壊れるだけなのに。

身の程知らずの大馬鹿共は、けれど最後までその真実に向き合わなかったらしい。


リュナドから何度か送られた手紙の一つに、最近解った一族の内情があった。

今代のカルアであるはずだった娘が、カルアを完全に捨てて事情を話して解った事。

正直な所「やっぱり」としか思わない。アイツ等は何処までも愚か者だ。


何人殺したのか。きっと途方もない数を殺しているはずだ。

普通なら罪の呵責に耐えられない程に。きっとその為にアイツ等は国にすり寄った。

自分達の研究の成果をちらつかせて、その利益を国に与える見返りに人間を求めたんだろう。


そう考えれば自業自得だ。殺された国王だって、何人殺したか解った物じゃない。

あの国王はずっと目を瞑り続けていたんだ。いや、時期を考えれば先代からの可能性も有る。

一族の人間が側妃に居る事を考えれば、師匠に殺されずに済んで逃げてすぐかもしれない。


「・・・イーリエが言うには、カルアの一族が手をかけた可能性が高い。流れて来た情報から、殺し方に覚えがあるそうだ。十中八九一族が王を殺したと、彼女は言っている。何故その結論に至ったのかまでは解らないとは言っていたがな。母親に関しては、予測がつかないとも」


けれど奴らは、そんな相手も殺した。長年世話になった相手すら容赦なく。

何かしらの都合が悪くなったからだろう。世話になった恩など一切感じていないのだろう。

あたりまえだ。あんな連中が恩義を感じるものか。そんな真面な人間が大量に人を殺すものか。


そうだ。あの馬鹿共の子や孫だ。奴らならばやりかねない。むしろやって当然だ。

あの時に全て殺しきれていれば、きっと誰も犠牲にならなかったのに・・・!


「―――――っ!」


ズキンと鈍い頭痛が走り、自分の物じゃない記憶と感情が一瞬溢れる。

腹の底にズクズクと溜まる様な殺意が、自分の身を埋め尽くすのを感じる。

これは私の感情じゃ・・・いや、違うか。半分は私も同じだから腹が立つんだ。


「・・・なんで、そんな事に、どうして、父を、一族が」


横に居るコイツが、何も知らないコイツが、何も知らなくても良かったはずの子供が居る。

姉共々利用され、ともすれば死んでいたかもしれない命。才能があったが故に生きている子供。

それでも一族の偉大さを信じ、今も一族を疑いきれず、何よりも家族を恨みきれなかった少年。


『姉さんを助けたいだけで飛び出した俺が、本当は俺が一番悪いと思うんですよ。父は国王で、国の為に動く必要がありますし。でもアスバさん達が悪いとか、そう言うつもりもないですよ。だってそれぞれ都合が有るでしょう。ただ俺は・・・あの時一番何も考えていなかったなと』


コイツは父親の事を恨んでいない。王子なはずなのに、王子になれなかった事を嘆いていない。

それは魔法使いの自分に誇りがあるからだろうけど、それでも子供にしては聞き分けが良い。

何よりも、半ば『自分を売った』と解っている母にも恨みを抱いていなかった。


『母の事は、薄々愛情なんて無いんじゃないかな、ってのは感じてました。自ら会いに行かないと会ってくれませんし。多分それも俺の機嫌を取る為だったから。でも、それでも恨んではいないんですよ。俺は魔法使いで在りたいですし・・・それに、姉さんは優しかったから』


そう告げた時の寂しそうな顔と、ぎゅっと握る手を見て何も思わなかった訳がない。

私も似た様な物、いや、私はもっと酷い境遇だったけど、私には師匠が現れた。

あの人が拾ってくれて、短い間だったけど育ててくれて・・・それがきっと彼にとっての姉。


だから出て来た事に後悔は無いと言っていた。

自分達が居なくなっても、あの人達は次を考えるだけだからと。

むしろ勝手な都合で飛び出した自分こそが、きっと本当は一番悪くて申し訳ないと。


だからこそ、余計に強くなりたいと言っていた。魔法使いとして胸を張れる様に。

魔法使いである自分。才能を認められた力。そして目指すべき存在と守りたい姉。

それらを支えにする事で、この子供は何とか自分の足で立っていた。なのに。


「うそ、だろ」

『キャー・・・』


気を張っていたんだ。コイツは。子供ながらに、半人前ながらに立っていたんだ。

毎日毎日踏ん張って。罪悪感を持ちながら、それでも自力で立とうとしていた。

一族を裏切った自分だけれど、それでも一族に恥じない魔法使いになろうとしていた子供が。

項垂れるグインズに、精霊が気遣わし気に鳴く。けれど反応する余裕はない。


「ふざ、けんじゃ、ないわよ・・・!」


裏切った。奴らはまた裏切った。それも子供を、信じていた子供を、斬り捨てやがった。

親をしていない両親だったかもしれない。そこに愛情なんて無かったかもしれない。

それでもコイツは二人を『両親』と想い、気にかけていたというのに。


良いや、連中の事だ。コイツを切り捨てたという自覚すら無いに違いない。

斬り捨てたのは面倒な国王だけ。それを他の人間がどう思うかなど知った事ではないんだ。


これが『カルア』か。これが誇り高い『魔法使い』か。ふざけるなよ。

お前達はただ魔法が少し使えるだけの、ただそれだけの何でもない凡人だ。

身の程を弁えない力を求めて、沢山の人を不幸にしているだけの人殺し共だ。


「・・・っ!」


ただそこで少し違和感を覚えた。この状況は、余りにも、都合が良すぎないかと。

混乱する国。攫われた側妃。そして其の血を持つ、存在しないはずの王子と王女。

けれど二人が居ないと、存在するはずがないと、混乱した国でどうやって証明できる。


混乱した国では良くある事だ。本当に血を継いでいるか怪しい者が、我こそはと声を上げる。

そして勝ってしまえば誰も文句は言えない。頂点に上り詰めればそれが正史となる。

実際に血が繋がっているかどうかなんて、余程の特徴が無い限り解らないのだから。


それでも偽物であれば負い目を持つ事も有るだろう。だけど二人は本物の王子王女だ。

何よりも二人は魔法使いとしては規格外だ。戦になればほぼ間違い無く勝ち残って見せる。

勿論私やセレス、もしくはフルヴァドやリュナドの様な例外が出て来なければ、だけれど。


「セレス、あんた・・・!」


もし、もしこの流れを、この展開を、アンタが謀っていたのなら。

アンタは一体どこから予測していたの。そして一体今から何をやるつもりなの。

いや、そんな事よりも、もしアンタが全て予測済みなら、私は譲れない事が出来る。


その思考に至り思わず顔を上げ、首を傾げながら見つめる鋭い目を見た。

何時もの様子の錬金術師を。揺ぎ無く目的に至る為に、全てを利用する錬金術師を。





あの国王が死んだのは自業自得だ。それだけの事を長年続けて来たのだから。

国が荒れるのも、側妃が攫われたのも、全部自らまいた種だ。だから仕方ない。

悪いのは殺された本人だ。人を殺しておきながら自らは殺されない何て通用しない。


だけど、だけどだ。それが全部、目の前の錬金術師の掌だとすれば。

全てを掌握して、全ての流れを読み切った、セレスの策だとすれば。

セレスはこいつが、子供が、この状況をどう思うかも解っていたはずだ。


ええ、解ってるわ。セレスが正しいのも、悪くないのも、これが二人にとって良い流れなのも。

上手く行けば全てが丸く収まるんでしょうね。少なくとも面倒な干渉はもうなくなった。

後は事を起こした連中を見つけ出し、後ろ盾が無くなった以上容赦なく潰すだけ。



けど、そうじゃない。アンタなら解ってるわよね。弟子を大事にしているアンタなら。

コイツはもう私の弟子よ。季節が少し変わる程度の期間だけれど、それでも教えを叩き込んだ。

それは戦争をさせる為だったって訳? 親を殺した仇を討たせる形にする為って訳?


なら最初に覚悟をさせるべきだわ。こんな不意打ちの事後承諾で良いはずがない。

ええ、解ってるわよ。勿論解ってるわよ。私の為でもあるって事ぐらい。

けど、コイツはもう弟子なのよ。なら、私は、アンタをこのまま許しちゃいけないのよ。


私は師匠だから。弟子を傷つけた相手を、このまま許す訳にはいかないのよ・・・!

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