第423話、記録に纏める錬金術師
砂漠に森が出来た一件から暫く経ち、山精霊と私の関係は変わった。
という事は特に無く、前と殆ど変わらず今まで通りの関係を過ごしている。
数が減った事で悪影響でも無いかなと気にしていたけど、全くもってこれっぽっちも無い。
何時も通り楽し気で、何時も通り国中を歩き回り、何時も通り美味しい物を食べている。
一時的に力が弱ったとはいえそこは精霊で、更に言えば昔より数が増えている。
弱ってしまっても初めて会った時よりは強い。それが今の状態の様だ。
そも山精霊は群体で、けれど全てが本体。一体でも生きていれば復活が叶うのだろう。
だから巨大化した時の山精霊達は、全て消滅しても構わないとすら思っていたのでは。
私の頭の上に一体居る。メイラの傍にも三体居る。パックの傍にも二体要る。
リュナドさんの傍にもいっぱい居て、フルヴァドさんの傍にも一体良くついている。
そもそも街中と国中に散らばっていて、あの砂漠に集まった以上がまだ残っていた。
だから消えても良かった。それで私の願いが叶うなら。
全部で一つだから、たとえ消えてもまた何時か元に戻れるからと。
小型形態が一体でも残っていれば、最終的には復活が叶うのが山精霊なのだろう。
「多分、そうでしょ?」
『キャー♪』
頭の上の子が私の書く文字を覗き込み、ご機嫌な鳴き声で返して来た。
言葉は伝わって来ないけれど、多分肯定はされたのだろう。
ただしその回復にどれだけ時間がかかるかは、まだ解らないし教えても貰えない。
これに関しては観測が難しい。なにせ山精霊達は気が付いたら増えている。
また成長したのか、それとも回復したのか、偶々観測地に集まったのか。
山精霊達本人に増えた自覚が無い事が多い以上、永遠の謎になってしまうのだろう
「・・・これは、やっぱり二人には見せられないね」
『キャー?』
山精霊と初めて会った時から今までの事を纏め、現状を書き記した情報。
以前にも山精霊の事は書いたけれど、今回改めて纏めてみた。
ただ以前の物と違い、今回の記録は弟子達には見せられない。見せたらばれてしまう。
それでも書いておきたくなった。ちゃんと形にしておきたかった。
メイラとパックには何でも無いと言いつつ、暫く山精霊の状態を確認した記録を。
少し気になっただけだからと、我ながら不審な様子で嘘をついて調べていた。
私の挙動不審が過ぎたせいか、優しい弟子達は詳しく聞いては来なかったけれど。
「・・・関係が変わってない、っていうのは、間違いだったかな」
この記録は私が忘れない為の物だ。消えた子達が居る事を忘れない為の記録だ。
忘れるつもりは無い。忘れたくはない。けれどふとした拍子に忘れてしまうかもしれない。
実際私はどれだけの数が消えたのか思い出せず、曖昧な記録しか残せていないのだから。
それでもその事を悲しむ気は無い。きっと悲しんでしまえばあの子達が悲しんでしまう。
もう二度と会う事が出来ないからこそ、私はこの子達の為に悲しむ事はしない。
リュナドさんの言う通り、あの子達は私の笑顔を望んでいたんだから。
「大事な家族だから、ね」
だから私はもう、自分の事を責めない。あの願いを失敗だったなんて思わない。
きっと思っちゃいけない。あの子達が身を削って懸命に叶えてくれたのだから。
ただライナにだけは、解決した後もこの事を話した。彼女にだけは話しておきたかった。
私の願いで消えた事も、リュナドさんが言ってくれた事も全て含めて。
「・・・そっか。うん。セレスの想いに応えてくれたんだから、私もそれで良いと思うわ。この子達は貴女が大好きなんだから。ただ貴女に笑っていて欲しかったんだと思うから」
そして彼女も、リュナドさんと同じ様な事を言ってくれた。
私がどうしなきゃいけないのか、私よりも解っている様子で。
悲しいのは仕方ない。けどだからって悲しんで自分を責めても喜ばないって。
「・・・それにしても、その状態で私の所じゃなく、彼の所にか・・・ふぅん・・・」
ただライナはその事以外にも、リュナドさんの所に向かった事を気にしていた。
何か駄目だったのか聞いてみたら、別に駄目な事は何も無いと言ってくれたけど。
「セレスは変わらないなぁってずっと思ってたけど、そんな訳ないのよね。ああ、別に悪い意味じゃないのよ。きっと良い事だと思うわ。うん、ちょっと寂しいのは、私の我が儘ね」
ただそんな事を言いながら、言葉通り寂しそうな表情を私に向けた。
私は変わったんだろうか。少しは変わった気もする。けどそんなに劇的には変わらない。
仮面が無ければ初対面の人と碌に話せないし、困ったら何時もライナに頼りに来ている。
多少師匠として頑張る様になったけれど、それもちょこちょこ叱られているし。
ただ悪い意味でないのであれば、私はもっと変わりたいと感じていた。
その気持ちこそが、きっと私が一番変わった所だと、少し思った。
「さて、インクは乾いたかな」
少し前の事を想い耽っている間に、インクが乾いた様なので紐で纏める。
ただしこの記録は本棚に入れない。弟子達に読まれたら不味い。
「棚の奥にしまっておけば大丈夫だとは思うんだけど・・・」
一応今日までずっと、経過記録も棚の奥に仕舞っていた。だから多分大丈夫だとは思う。
けれど何かのはずみで見つかる、なんて事も無いとは言えない。
なんて少し悩んでいると、コンコンと作業場にノックの音が響く。
返事をする前に扉は開かれ、その向こうに居るリュナドさんが少し驚いている。
どうも家精霊が空けたけれど、今日は服を着ていないから見えていなかった様だ。
彼の手には二つのカップがあり、お茶のいい匂いが香って来る。
「あー、その、すまん。一応反応を待つつもりだったんだが、入って大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
『キャー♪』
「なら良かった。茶を入れて来た。作業が物書きだけなら、邪魔にはならないだろ」
そう言って彼はカップを一つ机に置き、片方は自分で飲んだ。
彼は今日泊りに来ている。というよりも、私に協力してくれている。
山精霊の調査をしたいけれど、弟子達に不審に思われたくはない。
記録も残したいけれど、弟子達の居る前では書く訳にはいかない。
私が作業場に籠っている時は余り入って来ないけど、それも絶対という訳ではないから。
という事をライナに話したら、後日リュナドさんが手を貸すと言って来てくれた。
自分も砂漠の事も含めて少し調べたいからと、一緒に付いて来てくれて。
彼が泊まる時は何故かメイラ達も外泊するので、こうやって夜に纏める時間も出来ている。
「今日で、もう調査は打ち切ろうかなって、思ってるんだ。これ以上は調べても解る事は無さそうだし、後は日常の変化を確認するしかないかなって」
「そうか。セレスがそれで良いなら、良いんじゃないか」
「うん、そうだね。ありがとう、リュナドさん」
「気にするな。その代わりに今の砂漠の状態を色々と調べて報告を上げて貰った訳だしな。自分で調べる手間が省けて、最終手段で精霊共から話を聞くより万倍楽だった」
それは別に、山精霊の変化や岩の力の事も調べないとと思って、自分の為にやった事だ。
だからお礼にも何にもなってないのだけれど、彼はそれで良いと言ってしまう。
本当に優しいなぁ。彼の優しさに涙が溢れそうになる。胸の奥が暖かくて笑みが漏れる。
『『『『『キャー!』』』』』
「ん、何だ、二人が帰って来たのか?」
「なの、かな」
今はもう日も沈んだ夜で、こんな時間に山精霊が騒ぐのは最近では珍しい。
となれば二人が帰って来たか、それとも誰かが訪ねに来たか。
一番可能性が高いのはフルヴァドさんだろうか。そう思い窓を開く。
「ええい邪魔よ、纏わりつくんじゃ―――――へぶっ!?」
「あ、アスバさん、大丈夫ですか!?」
『『『『『キャー♪』』』』
アスバちゃんだ! それと魔法使いの子の弟君も後ろに居る。
そして彼女は山精霊達に歓迎され、足を取られてこけた。
何で彼女は運動神経は良いのに、精霊に纏わりつかれるとこけるんだろう。
結界を常に張ってるから、怪我はしていないと思うけど。
「この、じゃまって、いってんでしょうがぁ!!」
『『『『『キャー♪』』』』』
「アスバさん、投げても喜んでますよ・・・」
彼女はまとわりつく山精霊を投げては纏わりつかれ、また投げては家に向かっていた。
『キャー♪』
「あ、うん、そうだね。迎えにいこっか」
「そうだな、やっと帰って来たか」
頭の上の子に声を掛けられ、外套を手に取り仮面を付けて玄関に向かう。
アスバちゃん一人なら良いんだけど、弟君とはまだ上手く喋る自信がない。
リュナドさんは「あれがイーリエの弟か」と言いながら後ろをついて来た。
「あらセレス、出迎えご苦労様。帰って来たわ・・・は?」
ただ庭に出るとアスバちゃんは、目を見開いて固まってしまった。
その視線は私にではなく、リュナドさんに向いている。
彼のどこかに驚く要素・・・特に無い様な気がするんだけど、どうしたのかな?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
やっと帰って来れた。竜の姿を見てそう思う自分に、思わず笑みが漏れる。
帰って来たか。そうなのね。私はここに帰って来たのね。
ここが私の帰る場所。無意識にそう思っていたらしい。
「骨を埋めるつもりで、もう良いのかもね」
私の名は、アスバ・カルアの名は意外な程に、今や周辺国家に轟いている。
それは単純な魔法使いとしての実力、だけではない事は理解していた。
むしろ私の実力なんて、大半の人間が知り得ない。
解っているのはこの国の人間と、あの竜神の国の首都に居た首脳陣ぐらいだ。
それ以外の人間にとっては、私はただの一兵隊か、錬金術師と親しい人間というだけ。
どれだけ凄い魔法使いと言っても『所詮』魔法使いだと。そう思われている。
実際街で絡まれる事が無くならない辺り、私の実力を信じてない奴が未だ居る証拠なのよね。
むしろ私を襲って捕まえて、錬金術師か精霊使いに脅迫、なんて事考える奴も居るし。
それでも、だとしても、私の名は轟き始めている。魔法使いアスバ・カルアの名が。
罪人の名ではない。国を滅ぼした人間の名でもない。私の名が、師匠の名が。
「・・・セレスのおかげ、ってのが、今一つ納得がいかないけど」
きっとアイツにとっては全て計算づくかもしれない。今の私の気持ちも含めて。
何て考えてしまうと、素直に感謝もしにくいし、むしろちょっと八つ当たりしたくなる。
相変わらず良い様に掌で転がされていて、一矢報いる事は滅多に出来ないし。
「けど今回は、驚かせてやるわよ・・・!」
「あ、あのー、アスバさん? その、どうかしたんですか?」
「・・・んんっ、なんでも無いわよ。良いからついて来なさい」
「はぁ・・・勿論付いて行きますけど・・・」
ぐっと拳を握って呟く私に対し、グインズが不思議そうに訊ねて来た。
ちょっと恥ずかしくなり、コホンと咳払いをして歩を進める。
暫く進むとセレスの家に向かう小道に付き、精霊兵隊に止められた。
「お嬢ちゃん、申し訳ないがここから先は危ないよ。それにこんな時間に子供二人は感心しないな。親御さんはどうしたんだい。まさか二人旅、なんて事は無いだろう?」
見覚えの無い顔だ。おそらく新人だろう。じゃなきゃ私を止める訳がない。
私の顔を知らない事も考えると、他の街から引っ張って来たのかしら。
ただし隣に居る筋肉ダルマは、口を押えてプルプル震えて笑っているけれど。
「吹き飛ばされたい様ね、あんた・・・!」
「・・・な、何の事かな・・・俺は別に、なにも・・・ぷふっ」
「思いっきり笑ってんじゃないのよ!」
「え? ええ? ふ、副隊長、彼女は、お知合いですか・・・?」
困惑する新人に対し『嬢ちゃんは通して良い』と笑いながら指示をする筋肉。
あんなのが副隊長だって言うんだから、精霊兵隊の質が問われるわよ。
少し腹が立つけど今はセレスに帰還を伝える方を優先して、小道へと歩を進める。
すると何時も通り精霊達に纏わりつかれ、けれど今回はそれを避けようとした。
何時も何時も足を取られてばかりじゃないの・・・あ、踏む。
着地場所に来てんじゃないわよ! 避け―――――。
「へぶっ!?」
「あ、アスバさん、大丈夫ですか!?」
またこけた。っていうか精霊なんて踏んだって大丈夫なんだから、避けなくても良かったのに。
我ながら半端にお人好しで嫌になる。なんて思っていると精霊が群がって来た。
それを投げ捨てながら玄関に向かい、扉が開いたのを確認して顔を上げた。
「あらセレス、出迎えご苦労様。帰って来たわ・・・は?」
そこにはこんな夜中なのに、何故か隣に当たり前のように立っているリュナドが居た。
弟子達じゃなく、家精霊でもなく、ライナでもなく、リュナドが。
「え、とうとう結婚―――――」
「してない!!」
リュナドの反論は食い気味だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます