第422話、変わらない山精霊を見る錬金術師
沢山泣いた。泣かないと、どうしようも出来なかった。感情が処理できなかった。
泣いたって何かが変わる訳じゃない。山精霊達が戻ってくる訳じゃない。
そうだ。戻って来ない。何も出来ない。対処法が、何も、無い。
だからこそ悲しくて、腹立たしくて、色々ぐちゃぐちゃで、泣く事しか出来なかった。
そんな私を彼は優しく受け止めてくれて、その温かさに尚の事泣いてしまう。
泣き止んだ後もやっぱり悲しくて、無くしてしまった事が悔しくて、腹立たしかった。
自分のミスだ。悪いのは自分だ。あの子達を無くしてしまったのは自分の判断だ。
けれどそんな私に、彼は一番大事な事を伝えてくれた。
「そんなに自分を責めなくて良いんじゃないか。それが、精霊達の望みだったんだろ」
『キャー♪』
解っていたはずだった。精霊達の望みは私達が笑っている事。悲しむ事じゃないんだ。
あの子達はきっと私が自分を責める事は望まない。望んでいたらあんな事はしない。
精霊はやりたくない事はやらない。山精霊はその性質が特に強いのだから。
彼の言葉に同意する精霊の鳴き声が、尚の事その事実を私に理解させてくれる。
ライナといい、リュナドさんといい、なぜこんなに欲しい言葉をくれるんだろう。
私が解っていなければいけない事を、何時も教えてくれるんだろう。
「・・・ん・・・そう、だね・・・ありがとう、リュナドさん」
悲しくなくなった訳じゃない。けれど私が泣いたって精霊達に報いれない。
私があの子達に向けるべきは感謝と笑顔だ。彼のおかげで、自然とそう思えた。
精霊といつも一緒で、精霊達の事を良く解って彼の言葉だからこそ、なのかもしれない。
彼の手を取り頬に当て、それだけで心が安らいで来る。胸がぽわぽわする。
ああ、大好きだなぁ。そう思いながら彼を見上げる。
すると少しだけ驚いた顔をして、けれど何時もの表情に戻るリュナドさん。
きっと私が笑っているからだろう。ついさっきまでアレだけ泣いていたのに。
自分でも少し現金だと思う。けれどきっと、彼だから私は笑えたんだ。
大好きな彼の言葉だから。頼りにしてる彼の言葉だから。優しい彼の言葉だから。
人の事を想って兵士をやっている、人の笑顔の為に働いている彼の言葉だからこそ。
「・・・皆、笑ってる方が、嬉しいよね」
「ああ、そうだな」
『『『『『キャー♪』』』』』
笑顔を向けて告げると、彼もフッと笑って返してくれた。
それだけで胸がいっぱいになる。そして踊る精霊にまた笑ってしまった。
私が笑っただけで楽しそうに踊るこの子達に、何時までも悲しい顔は見せていられない。
うん。整理はついた。悲しいけれど、この悲しさは忘れないけど、けれど笑っていよう。
無くした事は忘れない。その辛さも忘れられない。だからこそ私は笑える。
「・・・ありがとう、精霊達」
『『『『『キャー♪』』』』』
わーいっとドタバタ走って全身で喜ぶ精霊達に、やっぱりくすっと笑みが漏れる。
何時も通りだ。そう、何時も通りなんだ。なら何時も通り接しよう。
前より少しだけ気を付けて、けれど今まで通りに付き合おう。
それがきっと、この子達の望んだ事だから。そうだよね、リュナドさん。
「アレだけ泣いたら喉も乾いただろ。茶でも入れて来る。ちょっと待っててくれ」
「あ、うん、ありがとう」
私がもう大丈夫だと思ったらしいかれは、そう言ってお茶を入れに行った。
確かに言われてみると、ちょっと喉が渇いたかも。
そう思い彼の言う通りお茶を貰い、ホッと一息ついてから帰る事にした。
「今日はありがとう。リュナドさん」
「ん、まあ、気にするな」
「・・・うん、ありがとう」
気にするなと言われて、それが尚の事嬉しくて再度礼を告げる。
きっと多分彼の言葉なのだから、本当に気にしなくて良いんだろう。
その優しさが余計に嬉しくて、思わず笑顔になる自分を自覚する。
「じゃあ、またね」
暖かい気持ちのまま手を振り、部屋を出て扉を閉める。
のんびり廊下を歩いて庭に出たら絨毯を広げ、ゆっくりと空へ飛ぶ。
弟子達を置いて来ているんだから、本当は早く帰るべきだと思う。
けれど何だか、今はちょっと、ゆっくり帰りたかった。
「もう、何時も通りだから、ね」
『キャー♪』
何時も通りの自分に戻れた事を、頭の上の子と噛み締めながら。
そうしてのんびり家に帰ると、何故か大量の山精霊達が物干しざおに干されていた。
バタバタ暴れているけど縛り紐が外れない。多分家精霊の力のせいだろう。
『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』
助けてあるじー、と言われても、一体何があってこうなったの。
ニッコリ笑顔で私を迎えた家精霊は、山精霊の鳴き声を完全に無視していた。
メイラとパックは苦笑していて、けれど二人も山精霊達を助ける気は無いらしい。
「・・・メイラ、何があったの?」
「えーと、その、山精霊さんがちょっと家精霊さんを怒らせてしまって・・・私は出来れば助けてあげたいんですけど、ちょっと無理そうで・・・」
今度は何やったの君達。また何か悪戯したの?
こういう所があるから、感謝ばっかりは出来ないんだよなぁ。
ホントはもっと褒めてあげたいのに。困る。
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『今日の家はなんか優しいねー』
『ねー、お菓子いっぱい食べても怒らないねー』
『どしたの家。今日何か良い事でもあったー?』
もっしゃもっしゃと菓子を食べ続ける山達に、フッと笑顔を向ける。
普段ならもう取り上げている頃合いだ。何せメイラ様達はこの場に居ない。
二人は作業場に籠って仕事をしており、ならば本来は山達に食べさせる菓子などない。
『私には何も。ただメイラ様が笑顔なら、それが何よりですから』
メイラ様はここ暫く砂漠での出来事を気に病んでいた。
普段はなんて事は無い顔をしていたけれど、ふとした拍子に自分を責める。
メイラ様は変な所が真面目すぎる。主様の緩さを少し見習ってもいいと思う程に。
いえ、それはそれで困りますけどね。師弟して緩いと健康に不安が残りますから。
けれど私にはどうしようも出来なかった。遠くの土地の出来事など干渉できない。
私は家の精霊で、私の領域からは出られない。そして言葉だけでは限界がある。
『なので貴方達に感謝の意を示しているだけですよ』
メイラ様に笑顔が戻ったのは、確実に山達のおかげだ。
自らの体を削り、力を消耗し、弱体化しててでも笑顔を齎した。
それは家の住人が健やかに生きる事が幸せな私にとって、心から感謝をしたいと思える事。
自分がその役目を果たせなかった事は悔しいけれど、それでも嬉しい事には変わりない。
出かけて行った主様は少し寂しそうだったけれど、きっと多分大丈夫だ。
相手がリュナド様であれば、主様はきっと癒されて帰って来る。そう確信できる。
なら私は山達を少しでも労おう。感謝と共に。何よりもその献身に。
『ふーん、ならもっと感謝しろー』
『そうだそうだー!』
『おやつもっと増やせー!』
『僕達の分の食事ももっといっぱい作れー!』
『すぐ投げ捨てるの止めろー!』
『ちょっと齧っただけで怒るのはんたーい!』
そう思っているのに、思いたくなくなる事を言い出すのが山達だ。
いや、抑えろ。今日は我慢。少なくとも今日だけは我慢。
感謝しているし、山達が頑張ったのも事実だし、今日だけは我慢。頑張れ私。
『大体家はいっつも偉そうなんだよねー』
『そうそう、自分が一番主に役に立ってるー、って顔してさー』
『家から出れない癖にねー?』
『へーんだ。今回は僕達の方が役に立ったもんねー。くやしーでしょー』
うん、我慢。我慢・・・。
『それに僕達前よりぎゅーってなれる様になったから、もう家より強いかもねー』
『そうだよー。いっぱいになった僕達すっごい強いんだから!』
『もう家要らないかもー』
『主とメイラの事は僕達に任せておけば良いよー。お疲れー、家ー』
よし、もう無理です。そこまでは許してません。家で主様を守るのは私です。
『それは面白いですね。ではその力を付けた、という実力を見せて頂けませんか?』
『あ、まずい逃げ――――』
逃げ出そうとする山達を一体も逃がすまいと、結界を強固に張る。
当然山達は庭の外に出れるはずもなく、出してーっと叫びながら結界を叩く。
私の結界に阻害されて一体化も出来ない以上、結界を抜ける事すら山達には出来ない。
『本当に学習しませんね貴方達は。家の中で私に勝てる訳が無いでしょう』
『家ずるいー! 僕達がぎゅってなれないようにするのずるいー!』
『そうだそうだー! だから許してー!』
『そうだよ、弱い相手一方的に殴るのって悪い事なんだよ! リュナドが言ってた!』
『やだー! 家のおしおき地味にずっと痛いからやだー!』
喚く山達を捕まえては物干し竿に干し、紐で括って縛っておく。
力を込めているので地味に痛いのだろう。助けてーと叫んでいる。
そこで異変を感じたメイラ様が出て来て、彼女に説明しながら庭に居る山を全部干した。
「う、うーん、ちょっと調子に乗っちゃっただけ、だと思うし、許してあげない?」
『駄目です。暫く反省して頂きます。反省するかどうかは怪しいですが』
家の中の事に関しては絶対に譲りません。こればっかりはメイラ様の言葉でも駄目です。
メイラ様は今日の事があって山を許して欲しそうだけれど、ここは譲れません。
主様が帰って来た後も干しっぱなしにして、翌日ぐったりした山を解放した。
スンスン泣いていたけれど、お菓子を渡したら泣き止んだので反省してない気はする。
まあ、それが山らしいと言えば山らしい。だからこそ、メイラ様を笑顔に出来たのだから。
『まったく・・・本当に困りますね、貴方達には』
感謝をしたいのにさせてくれない。何せ求めているのは感謝ではないから。
山達が求めているのは楽しい事。笑顔で喜ぶ事を求めている。
だからこそ貴方達は楽し気で、主様達を笑顔にしてくれるんでしょうね。悔しいですが。
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