第421話、我慢出来なかった錬金術師

山精霊のおかげで砂漠の呪いは消え、そして多分土地もすぐに蘇るだろう。

地面に埋めたあの岩は、きっとそれだけの力を持っている。

あれは一つの奇跡だ。人間には作り得ない精霊だからこその超常の物質だ。



けれどその奇跡は、犠牲が無くてはきっと作れなかったんだろう。



山精霊達があの岩を作り出す前と後で、明らかに大きさが変わっていた。

弾ける時にざっと落ちて来る数を確認したけど、どう見ても数が合っていない。

合わさる時はもっと精霊が居たはずだ。少なくともあの倍は居た。


つまりあの岩を作る為に、大量の精霊が消えてしまった。

あの魔力の塊は、あの大きな岩は、ただ魔力を込めた物じゃない。

精霊達自らの体をあの岩に変えて、私の願う物を作り出してしまったんだ。


そこまでして作って欲しい訳じゃなかった。無理はしないで良かった。

だから出来ないなら出来ないで良いと、そう伝えたのに。


『『『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』』


けれど自分達が消えてしまった事なんて、何にも気にしていない山精霊達。

きっと本当に気にしてないんだろう。楽し気に踊る様子にそう思う。


ふとメイラの様子を見ると、ただただ圧倒されている様だった。

踊りに満足した精霊達がこっちに向かってきた時も、ただ感謝だけを述べていた。

何となくだけど、メイラは精霊が減った事に気が付いていない気がする。


その事に少し違和感を持ち、けれど途中で私の認識も少し変になっている事に気が付く。

合わさる時に居た精霊の数が思い出せない。むしろ最初から今居た数しか居なかった気がする。

そんなはずはない。もっと居た。絶対もっと居た。なのに、何か、おかしい。


「・・・そうか、そこまで、全部叶えようとしてくれたんだ」


呪いは何の為に消した。それは当然メイラの為だ。メイラが落ち込んでいたからだ。

精霊達もこの子が落ち込んでいる事は解っていて、だからその為の物を作り出した。

ならメイラが悲しんでたら意味がない。笑ってくれないと叶えた事にならない。


山精霊が自らを犠牲にした事に気が付いたら、きっとメイラは悲しそうな顔をする。

だからメイラは気が付けないんだ。山精霊が気が付かない様にさせてるから。

それは害意じゃなく優しい力。だからメイラの中の黒塊の力も抵抗しない。


『キャー?』


私が精霊を褒めなかったから、不安そうに聞いてきた子が居た。役に立たなかったのかと。

そんなはずがない。こんな物が役に立たないなんてあって良い訳がない。

自らを犠牲にしてまで願いをかなえてくれたんだから。そう、自らを犠牲に、したんだ。


「・・・ううん、凄く、役に立ったよ。でも今度からは、無茶な時は、ちゃんと無茶だって言ってね。君達を無くしてまでやりたい訳じゃないから・・・解った?」

『キャー!』


きっと精霊は気にしていない。自分の身の犠牲を、私の願いの為なら些細な事と思っている。

そこまで私を主と想っていてくれたんだ。そしてこの子達はやっぱり一つの精霊なんだ。

一人一人が意思を持っている。けれど全部で一つの精霊だから消えても悲しみはしない。


それは他の精霊に当てはめれば、ただ力を消耗してしまったのと同じ事だから。

どれだけ時間がかかるかは解らないけど、多分時が経てば回復はするんだろう。



けれどその時現れる山精霊は、消えた山精霊とは違う山精霊だ。



「・・・ごめんね。でも、本当にありがとう」

『キャー♪』


消えた事実はきっと言わない方が良い。それが精霊の叶えてくれた事なんだから。

無茶を言った事を謝りたいけど、それよりも感謝と誉め言葉を言うべきだろう。

精霊達は褒めて欲しいと望んでる。消えた事を気にして欲しいと思ってない。


なら私は少しの謝罪と、めいいっぱいの感謝をこの子達に伝えよう。

今まで主の自覚は殆ど無かったけど、今日私は改めて君達の主にちゃんとなるよ。

私は君達の見分けが殆どつかない。だから一人一人の事はちゃんと覚えてない。


けれど絶対に忘れない様にする。今日君達が消えた事は、絶対に。

たとえ君達がそれを望んでなくても、私は君達の事を忘れない。

ちゃんと、覚えてるから。だから・・・ありがとう。


「・・・次から、迂闊な事、言えないな」


山精霊達の想いを見誤っていた。そこまで私に身を捧げる程だと思っていなかった。

多分また無茶な願いを口にしたら、この子達は叶えてくれてしまうんだろう。

自分達が叶えられる事なら、それこそ自分の身を犠牲にしてまで。


「セレスさん、どうかしたん、ですか?」

「・・・ううん、何でも無いよ。凄いなって、圧倒されちゃったから」


精霊が作り出して地中に埋め込み、少しだけ頭を出している岩を見ていた。

そんな私の様子をメイラがおかしいと感じ、けれど私は嘘をついた。

いや、これは嘘じゃない。本当だ。本当の事だから、本当の事にしないといけない。


「山精霊達に、感謝しなきゃね。いっぱい、ね」

「はい!」


無理やりにでも笑顔を作ろうと思った。ちゃんと私は笑えているだろうか。

余り自信が無い。笑えている気があんまりしない。けど口元は上がっている。

メイラが良い笑顔で応えてくれたから、きっと多分笑えているはずだ。


そうしてメイラと一緒に山精霊達を褒め倒し、腕に疲労感を覚えながら帰った。

家に帰るとパックが家精霊と一緒に留守番をしていて、私達を出迎えてくれた。

今日は来ないと聞いていたけど、どうやら予定が空いて待っていたらしい。


「お帰りなさい先生。メイラ様も・・・今日は随分ご機嫌ですね」

「はい! 山精霊さんが凄かったんですよ!」

「山精霊達が?」


メイラは砂漠に居た時と同じテンションで説明し、パックは感心した様子で聞いている。

何よりも近い内に土地が蘇るだろう、という点にかなり食いついていた。

メイラと一緒の三体にも詳しく訊ね、翻訳を介して理解しようとしている。


ただその会話を聞いていた家精霊は、何かに気が付いた様子で山精霊を見ていた。

自分の近くに居た山精霊を、優しく撫でて何か語り掛けている。

撫でられた山精霊は胸を張って『キャー♪』と鳴き、家精霊は少し呆れた様に笑っていた。


多分家精霊は気が付いたんだろう。山精霊の消耗に。同じ精霊だから。

けれどメイラが気が付いた様子が無いから、言葉にはしていないんだろう。

なら私も言うべきじゃない。私だけが解っていれば良い・・・はず、なんだけど、な。


「・・・パック」

「は、はい、先生。何ですか?」


胸の奥から何かが溢れる。その気持ちを我慢して、パックに声をかける。

精霊の言葉を懸命に理解している途中だったからか、彼はちょっと驚いて応えた。


「・・・リュナドさんは、今領主館かな。それとも家に居る?」

「今は領主館ではないかと。色々と手続きが終わってやっとのんびりしている所ですね。多分何時もの執務室でのんびりしているか、精霊兵隊の鍛錬に加わっているかと」

「・・・そう、ありが、とう。ちょっと、彼の所に、行って来るね」

「は、はい。解りました」

「い、行ってらっしゃい、セレスさん」

「・・・ん、いって、来る」


歯を食いしばって絨毯を手に取り、鼻だけで堪える様に呼吸をする。

そして外に出たら絨毯を広げて、全力で領主館へと飛ばした。

鍛錬場をチラッと見たけど、リュナドさんの姿は見えない。


なら領主館の中だ。彼が仕事で使っている部屋だ。何度か行ったから覚えている。

何時もの庭に降りて、絨毯を丸めもせずに握って中に入る。

人気のない廊下をつかつかと歩いて行くと、彼の仕事部屋の扉が開いた。


「うえっ!? は、早いな、今日は。何時もはまだ庭に居るだろうに・・・」


彼は私が部屋の前に居る事に驚き、周囲の山精霊も『キャー?』と首を傾げている。

そんな彼を見て、彼の顔を見て、もう駄目だった。我慢が、出来なかった。


「う、うえええええぇぇぇ。リュナドさあぁあああああん」

「!!?!??!!?」

『『『『『キャー!?』』』』』


彼の胸に抱き付き、あふれる涙の我慢を止め、大きく泣いてしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


待って待って待って。ナニコレナニコレ。今何が起きてんのこれ。

え、泣いてる? セレスが? あの錬金術師様が?

俺の胸に抱き付いて来て、周りの事一切気にせず泣いてる?


いやまて落ち着け。それよりもこれは不味い。廊下でこのままは不味い。


「うえええええええ、リュ、リュナド、さん、ひっく、うええええええん」

「ちょ、ちょっと、と、取り敢えず、部屋に部屋に入ろう、な!?」

「ううううう、ひっく、うぎゅうううう」

『『『『『キャー!?』』』』』


駄目だ会話にならねぇ! 取り敢えずセレスを抱きしめながら部屋に入る。

この辺りには人は少ないけど、誰も居ないって訳じゃない。

少し離れた所に使用人は居るし、警備の兵だって居る。


ならこのままセレスの、錬金術師の醜態を晒させる訳にはいかない。

っていうかこの状態で泣かれたら、今度はどんな噂されるか解ったもんじゃねえ!

つーか精霊達も慌てふためいてないで早く入れ! 扉が閉められないだろ!


遠くから見ていた使用人がもうヒソヒソしてた気がするけど、今は気にしない事にする。

それよりも今はセレスだ。抱きしめたら一層泣き出したんだけど。

って言うか思いっきり腕回して抱き付いて来てる。苦しい。ホント力強いなお前!?


今日は私服だから、骨が折れるかと思うぐらい痛い。待って、息が、息が苦しい。

女性に抱きしめられて呼吸が出来ないっておかしくねぇ!?


「ちょ、せ、セレス、どう――――」


それでも何とか落ち着こうとセレスに声をかけ、ふと彼女は顔を上げた。

フードが外れ、表情が露になる。その顔は、今まで見た事が無い顔だった。


何時もの険しい顔じゃない。自宅で見せるポヤッとした顔でもない。

弱弱しい、誰かにすがらないと生きていけなさそうな、そんな女性の顔。

俺に必死で縋って泣きついている、ボロボロに泣いているか弱い女性。


そんな風に、見えた。見えたけど、ギリギリと締め付けられるせいで正気に戻った。


か弱い女性にこんな力があって堪るか。力強過ぎるわ。

けど何時もと違い過ぎる様子に、何も言えずにただ泣くのを見つめる。

するとまた彼女は俺の胸に顔を埋め・・・何となくその頭を撫でた。


暫くそうして彼女は泣き続け、落ち着いたのか鳴き声は小さくなっていった。


「ひぐっ・・・ごめん、ね、リュナド、さん・・・ひっぐ、いきなり、来て・・・」

「え、い、いや、別にそれは何時もの事だから、全然構わないけど」


セレスがいきなり来るなんて、それこそ普段通りで謝られても困る。

むしろ何でこんな事になっているのか、そっちの方を説明してほしいんだが。

とは思いつつも、セレスが泣くほどの事だ。迂闊に聞けず聞き手に徹してしまう。


「メイラ、達の前で、は、ひぐっ、我慢したん、だけど、ね。最初は、ライナに会いに、行こうかなって、思って、けど、ひっく、でも、今だと、忙しい、かなって」

「あー・・・確かに今の時間帯は大忙しだろうな」


昼間の客の居る時間帯だ。今頃から客が増えだして、もっと忙しくなるだろう。

本当は親友の所に行って泣くつもりだったけど、邪魔をしない様に俺の所に来たって事か?

弟子達の前では見せなかったらしいが・・・て事はメイラ達も事情は知らないのか。


「リュナドさん、なら、良いか、なって、許してくれる、かなって、私、泣いても、駄目でも、許してくれるかなって、ひっく、だから、ひぐっ、うえええええええええ」

「え、ちょっ・・・」

『『『『『キャー・・・』』』』』


少し落ち着いたかと思ったら、俺の顔を見ながらまた泣き出してしまった。

今度は胸に抱き付く形じゃなくて、肩に顔を伏せる様に。涙が首を伝う。

山精霊達が心配そうに声を上げる辺り、本気で泣いているのは間違いないだろう。


「・・・まあ、俺で良いなら、構わねえよ」


何があったのかは全く解らない。泣きまくってるせいかほぼ会話が成立しねえ。

ただセレスは、ここに泣きに来た。それだけは解った。

弟子達に弱い所は見せまいと、弱い所を見せて良いと思った相手の所で。


「何か、変な気分、だな」


情けない様子だ。弱弱しい様子だ。何時もの深謀遠慮のセレスとは大違いだ。

まるで子供だと思う。感情を処理しきれない小さな子供の様だ。

そんな彼女の頭を優しく撫で、体を優しく抱き留めてやる。それこそ子供にやる様に。


セレスを相手にしている気がしない。知らない相手を慰めている感じだ。

けどセレスなんだよな。ここで泣いてるの。セレスが泣いてるんだよな。


・・・俺なら、良いって・・・どういう意味なんだろうな。


そんな疑問を泣いている彼女に聞ける訳もなく、ただ彼女の頭を優しく撫でる。

暫くそうして彼女を抱きしめ、ようやっと少し泣き止んだ様子を見せた。


「ひっく・・・ごめんね、リュナドさん・・・もう、落ち着いた、から・・・」

「あ、ああ・・・」


すると今度は、まだ泣いた様子を引きずっているが、声音の低い錬金術師様になった。

おかしいなぁ。俺さっきまで慰めてたんだけどなぁ。何で威嚇されてるんだ。

ここで泣いたのは本意じゃなかったって事かね。最初ライナの所に行くって言ってたし。


「ええと・・・その、何かあったのかとか、聞いて良いのか?」

「・・・私の考えが、甘くて・・・山精霊が、沢山消えた」

「っ、山精霊が!?」


精霊達が消える様な事って、そんな大規模な戦闘してきたのか!?


「消えたって、どれぐらいなんだ。それに何があったんだ」

「・・・沢山、としか、言い様がない。かな・・・山精霊達が、解らない様に、したから」

「ん? どういう事だ?」


山精霊達が解らない様にって、やられた精霊達がなんでそんな事を?


「・・・あの子達は、私の願いを、叶える為に、消えたから・・・だからホントは、消えた事も解らない様に、したかったんだと、思う・・・だから、消えた事しか、解らない」


そこでセレスは不機嫌そうに俯き、ぎりっと歯を食いしばった。

拳には力が籠っていて、今にも怒りが爆発しそうな気配だ。


「そこまで、しなくても、良かったのに・・・!」


何があった、という所を教えて欲しいんだが、教えてくれる気は無いのだろうか。

取り敢えず解る事は、セレスが精霊に何かを望んで、けど精霊は想定以上に張り切ったと。

その結果精霊達が大量に消えて、セレスは想定外の事態に泣いてしまった。


んで悲しみが落ち着いた今は、勝手をした山精霊に怒ってんのかね。

いや流石に違うか。そんな理不尽を向けるぐらいなら、最初から泣きやしないよな。

あのセレスが人前もはばからず、誰かにすがって泣くほど悲しかったんだから。


・・・多分、今セレスが怒ってんのは、自分になんじゃねえかな。


そう思うと、セレスが怒ってても不思議と怖くなかった。

今日は変な威圧感も無いしな。俺に向けられてる怒りじゃないなら安心だ。

ホッと息を吐いて少し力を抜き、セレスの頭を軽く撫でる。さっきの様に。


「そんなに自分を責めなくて良いんじゃないか。それが、精霊達の望みだったんだろ」

『キャー♪』


山精霊達はセレスを主と慕っている。その想いは不思議と俺にも解る。

精霊と一体化した事があるからなのか、精霊使いとしての力なのか。

どっちかは解んねえが、どちらにせよセレスを悲しませたい訳じゃないのは確かだ。

ポケットに居る精霊も同意する様に鳴き、セレスは顔を上げるとフッと笑った。


「・・・ん・・・そう、だね・・・ありがとう、リュナドさん」


俺の手を取って頬に当てる彼女を見て、少しドキッとした感情には蓋をしておく。

その後セレスは何時も様子に戻り、お茶を飲んだら再度礼を言って帰って行った。

結局何があったのか、詳しい話は聞けないだまだったが。


・・・あいつにも、あんなに取り乱す程の想定外って、あるんだな。










後日、砂漠のど真ん中に唐突に森が出来たと聞き、頭を抱えた。

パック殿下から事情を聞いた所、セレスが山精霊にやらせたそうだ。

これの事かよ。何でその事情を俺に直接言わないんですかねセレスさん・・・。


絶対各国に説明求められるよなぁ・・・何て説明すりゃ良いんだよこんなもん。


「・・・とはいえ、だ。あんな話を聞いた後じゃ、絶対に譲れねえよな」

『キャー?』


首を傾げる山精霊に、本当の話だったのかちょっと自信が無くなる。

けどお前らが身を削って、セレスがあそこまで泣いていた。

セレスにとってお前らはそれだけの存在なんだな。なら半端な事は、出来ないよな。



ああもう面倒臭い。けど仕方ねないか。本当に・・・仕方ない、全く。

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