第419話、そろそろ帰って来てくれないかなと願う錬金術師
砂漠での一件から暫く経ち、相変わらず普段通りの日常を過ごしている。
とはいえ幾つか変化した事も有る。例えば山精霊の事とか。
竜と力比べをしていた山精霊は、今までで一番大きな姿になっていた。
なのであれは元々なれたのか、それとも以前からできたのか。
少し気になりメイラに通訳を頼んで話を聞くと、新しい事実が判明した。
『僕達いっぱい頑張ったんだよー。そしたらぎゅーってなれる様になってね。だから僕達前よりドーンってなれるようになったんだー。すごいでしょー』
正直最初は何を言っているのかと首を傾げた。メイラも首傾げてたし私は間違ってない。
ぎゅーで、どーんじゃなくて、もうちょっとしっかり説明をして欲しいよね。
とはいえその発言からでも多少は推測できる。先ず以前は出来なかったという事だ。
そして今までで一番大きな精霊達のあの姿は、密度が上がったからこその姿じゃないかなと。
一定空間に以前以上の数が存在できる様になり、合体後の姿も大きくなったのでは。
山精霊達一体一体の力は精霊にしては弱い。精霊はもっと絶大な魔力を持っている。
一つになって大きくなった時に、初めて精霊らしい魔力量になっている状態だ。
多分あの大きな姿が本来の完成系だったのだろう。けれどこの子達はそれを否定した。
自分の在り方を自分で否定したんだ。精霊が自分の形を自分で許さなかった。
それは下手をすれば自分自身の存在意義を揺るがし、違う物に変質しかねない行動だ。
「それ、多分かなり危ないよね。解ってやったの?」
今までの様に数が増えたのとは話が違う。神性を持った経緯ともまるで違う。
アレは勝手に成長しただけだ。山精霊達が自分の在り方のまま自然に強くなっただけだ。
けれど今回の変化は、下手をすれば消滅していた可能性も有る気がする。
ただ山精霊達は楽しい事が好きで、気楽にのんびり愉快に生きている精霊だ。
少なくとも今までずっとそうだったし、私はそう認識していた。
そんなこの子達が、自分の命の危機を抱えてまで変化した自覚はない気がした。
『危なくないよー? だって僕のやりたい事だもん。これで僕もっと主の役に立てるよー。竜や家よりもっと色々出来るもん。えっへん。もう大きな魔法にも簡単には負けないからー!』
するとあっけらかんとした返事が返って来て、危機感の欠片も感じなかった。
言葉通り本当に問題が無かったのか、危なかったのに解ってなかったのか判断しかねる。
とはいえやりたい事という一点を貫いていたなら、そこまで危険な事も無かったのかな?
精霊がそもそも特殊な存在なんだけど、その中でも殊更特殊過ぎるんだよこの子達。
私の中にある程度あった『精霊』の常識を殆ど崩してくれてるし。
家精霊みたいな解り易いのが精霊なんだよ、本来の私の知ってる精霊って。
『あ、でもバーンはやだ。バーン怖い。違うよ。平気だよ。うん、今の僕ならバーンにだって耐えられるよ。だからしないでね。バーンはしなくて大丈夫だからね?』
そう悩んでいると魔法をぶつける実験を考えていると思われ、物陰に隠れられてしまった。
メイラの掌に乗っている精霊は逃げなかったけど、指に必死にしがみ付いている。
あの魔法が苦手になってる事は知ってるし、そこまで言わなくてもやらないよ・・・。
取り敢えず山精霊はまた成長したと。それも今までの在り方を変えてまで。
そこでまた一つ気になったのは、何で砂漠でそんな事をしていたのかだ。
今思えば精霊が砂漠に集まっていたのは、この変化を自身に促すためだったのだろう。
それは砂漠という環境が必要だったのか、それとも他に理由でもあるのか。
そこが気になって訊ねると、ある意味で想像通りの返事が返って来た。
『そうだった! 僕達主を驚かせよーと思ったんだ! ねえ驚いた? 僕達強くなって驚いた? 凄い? 僕達これでもっと主の役に立てるよね? 家より凄いよね!』
つまり出来るようになったのを見せて、驚かせよーというだけの話だったらしい。
普段の私の生活圏外でやれば、出来るようになるまでバレないからと。
後多分、最後の一言が一番重要だったんじゃないかな。物凄くそんな気がする。
ただそんな事を言われても困るんだよね。だって正直に言うと家精霊の方が頼りになるし。
でも逃げた山精霊達も集まって来て、キラキラした瞳を向けて来ている。
どう見ても全員『今から凄いよって褒めて貰える!』って思ってる眼だ。
とはいえ嘘でも家精霊より凄いと言うのも、それはそれで違うと思うんだよね。
「ええと・・・山精霊には、その、何時も色々手伝って貰ってるから、役に立ってる、よ?」
『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』
嘘はつかない様に気を付けて告げると、山精霊達は嬉しそうに声を上げて踊り始めた。
ちょっと言葉を濁した事に罪悪感を覚える。でも嬉しそうだし言わない方が良いよね。
まあ助かっているのは事実だ。今後も助かった時は褒めてあげよう。
という訳で山精霊が何だか変な動きをしていた事は、完全に解決したらしい。
ただ砂漠の呪いの経過を見る為に、前より多くの精霊があの場に留まっている。
とはいえ美味しい物が何も無いせいか、頻繁に交代しているらしいけど。
そうだ。その砂漠の件で、リュナドさんとパックが最近忙しそうにしているんだ。
難しい話は解らないけど、遠くない内に砂漠の殆どがリュナドさんの領地になるとか何とか。
その為に色んな国に交渉をしているらしく、パックが家に来る頻度が減っている。寂しい。
ただその代わりか、リュナドさんが訪ねて来る頻度は増えた気がする。
「もうヤダ。なりふり構ってられない。休ませてくれ」
何時も疲れた様子でやって来るから、しっかり休んで帰って貰っている。
ただ彼が来る日はメイラが何時も外泊をするから、ちょっと心配だったりするけど。
何でなのかな。もうリュナドさんなら大丈夫に見えるんだけど、まだ少し怖いのかな。
それと魔法使いの少女に関しては、竜との訓練が前より苛烈になっている。
なので街の傍でやるのは危険と、魔法戦の訓練は何処か別の所でやるようになった。
竜が丁度良い所を知っていると連れ出していて、今の所彼女しか行った事が無い。
ただ毎日充実しているらしく、偶にメイラにその事を話しに来ている。
どうも二人は仲良くなったみたいだ。友達が出来た事に関してはとても良い事だと思う。
よく考えるとメイラは私より友達が少ない。もっと同年代と遊ばせてあげるべきだろうか。
でも男の子が怖いんだよね。パックが例外なだけで。女の子だけが居る所ってあるかな?
そんな感じで平穏な日々を過ごしていて・・・一つ足りないと感じるものが在った。
「アスバちゃん、そろそろ帰って来ないかな。弟君も、会って大丈夫だそうだし・・・」
友達がまだ帰って来ない。その事実は何だかぽっかりと穴が開いた気分になる。
魔法使いの女の子が「これでやっと弟に胸を張って会えます」って言っていた。
ならもうアスバちゃんが帰って来ない理由も、弟君が来れない理由も無いはずだけど。
「・・・そうだな。連絡入れておく」
そう思い家精霊の淹れてくれたお茶を啜りつつの呟きは、寝起きのリュナドさんが聞いていた。
直接相談された彼の連絡の方が、私が変に口を出すよりきっと良い、よね?
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「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
体力も魔力もほぼ使い切り、息を切らせながら空を仰ぐ。
けれど脱力する体は心地良く、また力を増したと思える自分が居た。
「今日はこれで終わりよ」
「あ、ありがとう、ござい、ました・・・」
地面に倒れ伏す俺とは対照的に、余裕綽々で鍛錬の終わりを告げるアスバさん。
彼女との訓練の日々を続ければ続ける程、俺はとことん手加減をされていたのだと実感する。
勿論彼女の魔力量が尋常ではないのは確かだ。
単純な魔力量の差で挑んでも、彼女が俺に負ける事はない。
絶大な力量差がある以上、どう足掻いたって俺は彼女に勝てない。
けれど違う。違うんだ。彼女の本当の強さは魔力量などじゃない。
彼女の魔法を学べば学ぶ程、理解すればするほど、その魔法構築の繊細さに舌を巻く。
その判断力と魔法の構築速度に、今までの自分の学びの浅さを痛感する。
魔法戦闘に兎に角長けている魔法使い。その教えを叩き込んで貰えている。
この楽しさが何時まで続くだろうかと思った瞬間もあったけど、何時までも楽し過ぎる。
楽し過ぎて自分が何の為に学んでいるのか、時々忘れそうになる程だ。
「今日はまあまあ良かったんじゃない。でもまだまだ魔力運用が甘いわね。そんなんで息切れしてちゃ、目標の弟子達どころか、セレスには逆立ちしたって勝てないわよ」
「あ、あはは・・・恐ろしい、話し、ですね・・・」
今の所目標は、せめて錬金術師の弟子達に、同じ目線で話せる様になる事だ。
パックと名乗った彼の様な策謀は、きっと俺には一生出来ない。
だったらせめて魔法だけでも、胸を張れる強さにならなければ。
あの人に、胸を張って会える様になる為にも。
「・・・会いたいな・・・元気かな」
そう思うたびに、あの人に会いたいと思ってしまう。いや、最近は特にか。
何時か会えるのだろうけど、その何時かが解らない日々なせいだろうか。
姉さんには勿論会いたいけれど、あの人にまた会いたいという想いが募る。
『キャー♪』
「ん、珍しいわね。手紙をここまで持って来るなんて。王子宛じゃないの?」
小さな精霊が現れ、アスバさんに手紙を突き出していた。
その様子をぼーっと眺めていると、受け取ったアスバさんの様子が変わる。
くくっと愉快気に笑い出し、そのままニヤッとした笑顔を俺に向ける。
「錬金術師様の許可が下りたみたいよ。アンタを連れて帰って来て良いってさ」
「え、それ、って・・・」
「愛しの姉さんに会えるって事よ。いや、今のアンタはフルヴァドの方が愛しいかしらね?」
「い、いや、えっと、それは・・・」
そんな事は無いです、とは言えない事に、心の中で姉に謝るしかない。
いや、姉の事も心配だし、大事だ。それは本当で嘘じゃない。
ただその、あの人に会いたいという気持ちが、ちょっと強くなりつつあるだけで。
「さぁて・・・じゃあ拝ませて貰いましょうかね、アンタ達の作ったカルアを」
「っ・・・!」
ただ彼女の横顔に浮ついた気分が消え、ゾクリと悪寒が走る。
出会ってから久々に見た、怒りに満ちた表情を見て不安が胸によぎった。
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