第418話、少女の涙の理由が解らない錬金術師

蹲るリュナドさんを見つめる事暫く。動かない彼に心配が募る。

けれどさっき私に質問を投げかけて来たし、何か考えているのかもしれない。

心配なんだけれど、声をかけたら時邪魔になるかも。そう思うと動けないでいる。


「あ、あのー・・・すみません、質問しても宜しいですか?」

「・・・なに?」


そこで背後から声を掛けられ、驚いて一瞬体に力が入った。

恐る恐る振り向くと魔法使いの少女が眉を下げ、困った表情で私を見上げている。

どうしたんだろうか。彼女が私に質問する事なんて在っただろうか。

少女はそんな私に気が付いたのか、ちょっと気まずそうな様子で続ける。


「あの魔獣が虫じゃなくて、その、スライム? なのは解ったんですけど、いえ正直に言えばまだ色々と腑に落ちてないんですけど・・・あれって、どうやったら倒せたんですか?」


ああ、そっか。今回反則的な倒し方をしたから、彼女は対処法が解っていないのか。

弟子二人には教えていたから、解っている前提で話を終わらせていた。

どうしてもこういう所が治らない。本当は気を付けたいんだけどな。

いや、そう考えると弟子二人がちゃんと理解しているのか、その確認も必要なのかな?


「・・・メイラとパックは、解ってる?」

「え、ええと、教えられた通りなら・・・火で炙ると良いんですよね?」

「僕も先生の教えからはそう記憶しています。ただ実際にあの巨大な虫の外見と外殻を見た後となると、本当にそれが効くのか不安になりますけど」


どうやら二人はちゃんと覚えているらしい。スライムは水があれば生きていける。

逆に言うと水気がないと生きて行けない。火で炙って水気を蒸発させれば干からびて死ぬ。

ただパックの不安通り、普通に火を起こして近付けても、今回の魔獣は倒せなかっただろう。


「・・・正解。ただ今回の魔獣は大きかっただろうし、生命力も尋常じゃなかったと思う。だから普通に炙ったぐらいじゃ、パックの言う通り通用しない可能性は有るかな」

「なら・・・熱した炭をぶつける、等が効果的なのでしょうか」

「・・・そうだね。火が消えにくい物をぶつけると良いと思う。後はパックが得意な火の魔法石を使うとかかな。とにかく水気が蒸発する熱を与える必要が有るね」

「成程・・・外見が虫だった上に何度も出て来るので、僕が倒せると思っていませんでした」


まあ説明するまでスライムと思っていなかったのだから、その倒し方はしないだろう。

普通の魔獣だとしたら、そのサイズの魔獣にパックの魔法が通じるかどうか。

冷静に判断するパックだからこそ、下手に攻撃しなかったんだと思う。


『キャー?』『キャー』『キャー!』『『キャー♪』』

「精霊さん、次は燃やそうじゃなくて、次は下手に手を出さない様にしようね?」

『『『『『キャー?』』』』』

「いや、燃やすのを駄目って言ってるんじゃなくて・・・待って、変に燃やすのも駄目だよ? 森の中で火とかつけたら大変な事になるからね? 勝手に燃やしちゃ駄目だよ?」

『『『『『キャー・・・』』』』』


燃やせばいいと判断したらしい精霊達は、やたら楽し気に騒いでいた。

けれどメイラが声をかけると、えーっと言わんばかりの表情で返している。

ただ最終的にしょぼんとした顔で応え、メイラはホッと息を吐いていた。

そこで魔法使いの少女が、少し悩むように口を開いた。


「つまり私が風の魔法ではなく火の魔法で攻撃していれば、メイラさんでなくとも倒せた、という事ですよね。魔獣の生態に気が付かず、得意な魔法で戦ってたからダメだったと」

「・・・そういう事に、なるね。貴女の魔法なら、簡単に倒せた、だろうし」


竜との訓練は何度も見ているし、彼女の魔法技能は規格外だ。

彼女なら上手くやりさえすれば、スライムを逃がさず蒸発させる事も不可能じゃない。

むしろ私としては、メイラの倒し方の方が驚きだ。そんな事出来ると思ってなかったもん。


「・・・あっ、そうだ、呪い」

「え、な、何ですか、セレスさん。呪いがどうかしましたか」

「・・・メイラ、結構全力で、黒塊の力使ったん、だよね」

「は、はい。そうじゃないと、倒せなさそうだったので。だ、駄目でしたか?」

「・・・駄目じゃないけど・・・その呪い、土地に残ってない?」

「・・・あっ」


メイラはふと周囲を見回し始め、私には見えない何かを確認している様だ。

暫く彼女の様子を見守っていると、ぎぎぎと錆びた扉のような動きでこちらを向いた。


「す、すみ、ません・・・呪い、結構広範囲に、撒いちゃって、ます。その、えっと、砂漠だし、皆使ってない土地って聞いてたから、あ、あんまり、気にしてなくて・・・」

『キャー!』『キャー・・・』『キャー?』


どうやら予想通り、土地に呪いが残ってしまっているらしい。メイラは涙目で謝って来た。

三体の精霊は焦るメイラを庇う様に、または怒られる覚悟を決めた様に前に立っている。

ワタワタと言い訳というか、求められたからって張り切った黒塊が悪いという子も。


・・・いや、まあ、そうかもしれないけど、全部黒塊のせいにするのもどうなのかな。


「・・・あれ?」

「え、な、何ですか、メイラさん。ど、どうしました?」


ただそこでメイラが魔法使いの子に目を向け、少しポカンとした顔をした。


「いえ、その、今更気が付いたんですけど・・・イーリエさん、呪いが、抑え込まれてます」

「・・・のろ、い?」

「あっ、え、えっと、その、えと・・・イーリエさん、呪いをかけられてて、実は私はそれに気が付いてたんですけど、下手に手を出せなくて、その、今は、それが落ち着いてて・・・」


メイラははっとした表情で私に顔を向け、しまったという表情でオロオロし始める。

けれど何を焦っているのか良く解らず成り行きを待つと、ポソポソと説明を始めた。

そういえば結局呪いの事も話せてなかったんだっけ。丁度良いかもしれない。


「・・・前は、どうなっていたんですか?」

「え、ええと、呪いが、ううん、色んな人の意思が、貴方を飲み込む様に、悪意に満ちてるとしか思えない感情の塊が渦巻いてた。見てるだけで気分が悪くなるような憎悪、だった」

「・・・今は、どう見えているんですか?」

「今は・・・見ようと思わないと見えないぐらい、貴女に抑え込まれている、かな」

「そう、なんだ・・・」


メイラは終始私をチラチラ見ながら伝え、釣られたのか少女も私を見上げる。

見つめられた私は思わず背筋が伸び、何か言われるのかなと構えてしまった。


「・・・かなわないなぁ」


すると少女はぽろぽろと涙をこぼし、けれど顔は笑っている様に見えた。

ただ突然の出来事に私は動けず、けれどメイラが私より早かった。

ハンカチを取り出して涙を優しく拭い、彼女の手を取って笑いかけている。


「良かったですね・・・」

「うん・・・ありがとう・・・ありがとう、ございます、セレス、さん・・・!」


え、何で私? 慰めてるのメイラだよ? 今私何もしてないよ?


「・・・私は、何もしてないよ」


だから慌ててそう答えると、彼女は眼を見開いて、けれどまた堪えきれない様子で泣いた。

え、ええ、私が泣かした事になるのかな。なんでぇ。私本当に何もしてないのに。

・・・まさか何もしてないから泣かれたの!? まさかそうなの!?


「そうだ私の初めての弟子よ。お前は自分で強くなったのだ。自分で自分の力を制御したのだ。それは他の誰でもないお前自身が為した事だ。胸を張れ。お前は自分で勝手に成長したんだ」

「・・・はい・・・はい・・・!」


そこで竜が声をかけ、けれどまだ少女はポロポロと涙を流す。

暫くの間そんな彼女を皆が見つめ、私は自分のせいじゃない事にホッと息を吐いている。


「さて、帰るか! 皆乗るが良い! グルアアアアアア!!」


ただ少女が泣き止むよりも、竜が翼を広げて咆哮をあげた。

早く帰りたいらしい。私もそれには同意したいけど、泣いてる子ぐらい待ってあげようよ。

少女はそんな竜を一瞬呆然とした顔で見上げ、すぐに満面の笑みで「はいっ!」と応えた。


もう彼女の目に、涙は無かった。








「いや待って待って。帰る前に呪いの話だけ解決してからにしてくれ」


けどリュナドさんの言葉で皆その事を思い出し、メイラが慌てて謝っていた。

私も忘れてたので謝った。あの子が泣いた事で完全に頭から吹き飛んでた。


因みにこれには精霊達が手を上げ、どうにかしてみると言い出した。

忘れがちだけど、この子達も神性を持ってるからね。何とかなるかもしれない。


『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』


精霊達が散らばって、小さな小さな石の欠片の様な物を作り出した。

何時だったから私の仮面の石を作った時のように。

あれって合体しなくても出せたんだ。とはいえすっごくちっちゃいけど。


それを土の中に埋めて、暫くしたら多分大丈夫、との事だ。

多分って言葉がとても心配だけど、取り敢えず様子を見る事になった。

メイラはちょっと、しょぼんとした様子が再開しちゃったけど。





そういえば、ずっとこっちを観察してる人達が居たな。

私に視線はほぼ感じなかったから、竜を警戒してたのかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


竜が去って行く。凄まじい速度で砂漠から遠ざかっていく。





――――――――我等の悲願と共に。





「見たな、お前達」


思わずそう口にしていた。今日見たものが幻でないと、そう確認したかったが故に。


「ああ、見た」

「しかと」

「アレはまさしく。まさしく我らが悲願の結実」


そうして返ってきた言葉、望んだ通りの答え。幻覚ではなかった。現実であった。


「完成したぞ。あれが、アレがカルアだ。あの娘こそが完成されたカルアだ」

「ああそうだ。やっと我等は奴を超えたのだ。あの愚か者を超えたのだ」

「作ってみせたぞ。作ってやったぞ。貴様が愚かと見下した者達が・・・!」


そしてその感情は、私だけでなく他の者達も同じだったようだ。

ゆっくりと、実感が湧いてきた。悲願がかなったのだと。とうとう完成したのだと。

アスバ・カルア・・・いや、逆賊アスバを超える、本物のカルアを作る事に!


「何度も何度も潰した命がやっと報われる」

「礎になった同胞達も、儀式の為に使った者達も、これで報われる事だろう」

「ああ、きっと死んだ彼らも、今頃喜びに打ち震えているに違いない」


そうだ。何人も何人も何人も殺して殺して殺して混ぜた。

幾人の命という尊い犠牲が、今日この日に実を結んだのだ。

アレは完成されている。カルアとして完璧に力を制御している。


人知を超えた魔力量と、それを制御しきる魔力操作能力。

アレはもう人間ではない。カルアだ。魔法使いだ。本物の魔法使いだ!


「ならばもう、あの国王は不要か」

「カルアを作る為に必要ではあったが、もう無駄に人命を潰す事もあるまい。最早それを隠すための存在など不要。むしろ奴は里への口出しが面倒だ。始末するがよかろう」

「であればあの娘の母親はどうする。アレはまだ使えるぞ。娘が完成されたとはいえ、我等はまだ止まる気は無いのだ」

「何、問題は無い。今まではあの国が必要であったが、もう要らんのだ。多少頭が壊れた所で、体の機能を保てば良かろう。壊して連れて帰ればよい」

「そうだな。どうにかあの娘と接触できぬかとこんな所まで来たが、来た甲斐があった。カルアが完成したのであれば、小僧の回収も急いでする必要はあるまい」

「小僧の子が生まれたら使えるかどうかが気になる所だが、今は措いておくか」

「・・・皆高揚しているのは解るが、先ずは帰るぞ。ここで話していても終わらん」


私とて気持ちのままに喋りたいが、ぐっと抑えて声をかける。

皆理解を示して静かに頷き返し、帰路へと就く。


「・・・次だ。我等はやれたのだ、ならば次に進むぞ・・・!」


誰もが胸に、熱い想いを抱きながら。

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