第415話、先ずはリュナドの体が心配な錬金術師
何故かリュナドさんが頭を抱えて動かない。目を瞑って物凄く悩んだ顔をしている。
私本当に嘘なんてついてないんだけどな。事情とか何も聞いてないし。
むしろ彼が事情を知っていると思っていたから、竜の事を放置した感じだし。
あれ、という事はもしかして、竜は彼の指示を聞かずに出て行ったって事かな。
もしかしてあれ、見送っちゃ駄目だったのかな。リュナドさん起こした方が良かったのかな。
や、やってしまったかもしれない。ど、どうしよう、彼が凄く困ってる。
「・・・取り敢えず、食事に、しない?」
「っ、い、いや、だけど―――――」
彼の顔を覗く様に下から見上げ、恐る恐る訊ねてみた。
すると彼は否定を口にした様だったけれど、その言葉を途中で止めた。
お腹が盛大になり、彼が固まってしまった事で。そりゃそうだよね。お腹減ってるよね。
下からいい匂いが上がって来てるから、体が食べたいって叫び始めてるんだ。
「・・・昨日何も食べてないから、何か食べないと。眠って疲れは取れたけど、その分消耗してるから。ちゃんと食べて、エネルギーを入れないと駄目だと、思う」
竜が居なくなった事は問題かもしれない。けれどそれならもう時間的に手遅れだ。
移動したのは昨日の夜。そして今は早めとはいえもう朝だ。
食事を抜いて追いかけた所で間に合わない。なら彼の体を優先に考えるべきだ。
「・・・追いかけるなら、その後の方が、良いと思う、よ?」
とは思う物の、険しい顔の彼の反応が少し怖くて、やっぱり恐る恐る告げる。
すると彼はぐっと喉が詰まった様な顔を見せた後、大きな溜息を吐いた。
も、もしかして怒らせたかな。そう不安になりながら彼の返事をじっと待った。
不安過ぎて彼の手を握る力が籠る。お、怒らないで、欲しいな。
「解った。そうだな。折角回復させて貰ったのに、これで無理したら意味が無い。お言葉に甘えて食事にさせて貰う。家精霊の食事は大分体に良いみたいだしな」
「うん・・・!」
『『『『『キャー♪』』』』』
彼が少し肩の力を抜いて返事をしてくれたので、私もホッと息を吐いて頷く。
その際彼が一瞬ビクッとして、どうかしたのか首を傾げるも何でも無いと言われた。
なら取り敢えず食事にしてしまおう。それから荷車で竜を追いかけよう。
私達の様子を少し不安そうに窺っていた山精霊も、早く行こうとばかりに声を上げてるし。
とはいえ実際何処まで行ったんだろう。本当に砂漠に行ったんだろうか。
あの竜は色々と規格外だから、何をするか解らな過ぎる所が有るんだよね。
もし何か大事をやらかしているなら、完全に手遅れで後始末になる気がする。
けど、ただ何か失敗をやらかしてるだけなら、まだ良い。
竜がリュナドさんの指示を無視したなら、それは敵に回った可能性も考えないといけない。
それが一番まずい。もしそうならリュナドさんが危険だ。彼の身を守らないと。
「・・・一応、準備はしておこうかな」
こういう時の為に用意しておいた外套を持って行こう。
最近仕事すら弟子達がやってくれていたから、時間があり過ぎた事が功を奏した。
竜に確実に勝てるとは言えないけど、今度は前よりも勝負になるはずだ。
とはいえ不意打ちの為に策を練る時間も、その為の道具を作る時間も仕掛ける時間もない。
そもそも竜が今砂漠に居る確証も無いし、指示を無視した理由も解っていない。
何が目的かは解らないけど、それでも彼の事だけは守ろう。
「・・・絶対やらせない」
あの竜は強い。化け物だ。けど、弱点は、ある。
アスバちゃんとやった二戦を見て、あの竜を倒す目は見えた。
もし本当にリュナドさんに牙を向けるなら、その時は―――――。
「容赦は、しない」
とはいえ竜の性格を考えると、気まぐれに出かけた可能性も大きい気もするけど。
それに・・・もう仲間だと思ってたし、そういう事態には余りなって欲しくない。
魔法の師匠やってる竜は、楽しそうに見えたんだけどなぁ。
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朝食なんかよりも状況の把握が先だろう。そう思い反論をしかけて思わず止まった。
さっきまで笑顔だったセレスの目が、口答えするなと鋭く俺に刺さっている事に気が付いて。
そして怯んだ俺は少し冷静になってしまったのか、漂ういい匂いを思い出してしまった。
緊迫した空気の中腹の虫が鳴る。同時に気持ち悪いぐらい腹が減って来た。
セレスが言うにはエネルギーが足りていないという事らしい。
つまり、そんな消耗状態で追いかけて何が出来る、という事だ。
ため息を吐きつつそう結論付け、相変わらず下から睨みつけるセレスに応えた。
っていうかさっさと答えないと手が握り潰されそうで怖い。いや今なら俺の方が力は上だけど。
あ、いま強化のアクセサリー付けてねぇ。逆らったら握り潰されてたかも。
「解った。そうだな。折角回復させて貰ったのに、これで無理したら意味が無い。お言葉に甘えて食事にさせて貰う。家精霊の食事は大分体に良いみたいだしな」
「うん・・・!」
『『『『『キャー♪』』』』』
するとセレスは笑顔で頷き返したが、小さくため息を吐いていた。
思わずビクッとした俺は悪くないと思う。笑顔からの溜め息は無いと思う。
しかもその溜め息が無かったかの様に笑顔で首を傾げられると更に怖い。
俺を安心させたいのか怖がらせたいのか、どっちなんですかねセレスさん。
何でも無いとセレスに返すと、相変わらず手を繋いだまま彼女は移動を始めた。
精霊達は珍しく神妙な様子だったが、もう完全に気にしていない。俺も精霊になりたい。
「・・・一応、準備はしておこうかな」
凄まじく低い声音で、背筋に寒気がする迫力で、そんな言葉が耳に入った。
俺の手を握る彼女の手が、少しだけ強くなったのを感じる。
「・・・絶対やらせない・・・容赦は、しない」
あのー、何処が何も知らないんですかね。明らかに何か知ってる呟きですよねそれ。
タイミング的に間違い無くイーリエ関連だよな。てことはとうとう仕掛けて来たのか?
砂漠の方に意識を向けていた事を考えると、実際あり得なくはないが。
しかしお前、思ってたよりあの子の事気にかけてたんだな。
でもホントコイツのこういう所やだ。頼むから偶には先に情報をくれ。
いや、偶にはくれてるな。じゃあ毎回ちゃんと教えて下さい。お願いします。
なんて不満を口に出来る雰囲気ではなく、黙って手を引かれて居間に向かう。
居間に入ると既に食事の用意がされていて、そこでやっとセレスは俺の手を放した。
リボンが揺れる所に近付き、おそらく家精霊を撫でて褒めている。
「じゃあ、食べよっか、リュナドさん」
「・・うん」
すげー笑顔だ。切り替えが早いっすね。俺全然付いて行けてないんすけど。
とはいえセレスの言う通り、食事はとった方が良いんだろう。
寝起きと驚きで解っていなかったが、食事を目の前にした事で色々足りていないと感じる。
匂いの時点で多少自覚していたが、思っていた以上に足りていないと。
もしかして俺、結構良くない状態だったんだろうか。
だとしても俺を休ませるのと、連中の行動に合わせる必要は無い様な気がするんだが。
「美味い・・・」
けれど家精霊の食事を口にすると、色んな事が頭から吹き飛びそうになる。
ただ単純に腹を膨らましている感覚じゃない。全身に力が行き渡る。
ああ、成程これは食べないと駄目だ。本当に今の俺は空っぽだったんだ。
「美味しいよね。いっぱい食べてね。満足するまで食べて大丈夫だから」
「・・・ああ」
『『『『『キャー♪』』』』』
何となく解って来た。つまりそろそろケリをつける頃合いだという事か。
だってのにお前は何で疲労してんだと。全回復してきっちり働けと。
そんな思いをひしひしと感じるが、そもそもその疲労の原因貴女なんですけどね?
精霊達は一切気にした様子無く、ご機嫌に食事を食べていた。
複雑な気分で食事を食べ終わり、その頃には力が漲っていた。
家精霊に礼を告げると装備も持って来てくれて、本当に山精霊と交換して欲しくなる。
『キャー・・・』
そんな俺の考えを読み取ったのか、ポケットの相棒がジト目を向けているので目を逸らした。
冗談で言った分は兎も角、本気で思ったのは流石に気まずい。
誤魔化す様に装備を全て身に着け、その頃にはセレスも装備を身に着けていた。
「じゃあ、行こうか。竜がまだ近くに居るかは、解らないけど」
つまり事が済んでいる可能性がある。それならそれで構わない。
いやそもそも俺は竜が砂漠に行ったと思っていたが、そうとも限らないって事か。
色々と焦って考えていたが、ただ睨みを利かせてるだけの可能性も有るな。
よく考えれば慌てる必要があるなら、俺の回復待たずにセレスが先に行ってる気がする。
「解った。たのむ」
食事前の迫力はどこに行ったのか、気楽に告げるセレスに応えて荷車に乗る。
そして何時もより少し早めに飛ばす車の中で、集中する様に先の空を見つめる。
色々気になる事は沢山あるが、どうせ聞いても答えない。なら早く現場に行く方が良い。
焦らずに心を戦場に変え、そして目に飛び込んできた光景に―――――――。
「グルアアアアアアアアア!!」
『ヴァアアアアアアアアア!!』
「・・・は?」
完全に混乱しただけだった。そしてビリビリと響く声に思考が一瞬止まった。
「なんで、竜と山精霊が取っ組みあって・・・つか山精霊が竜とほぼ同じ大きさになってないか・・・それにあの黒い巨人、メイラ、だよな・・・え、ホントになにこれ」
いや、そもそも何でメイラが居るんだ。まさか竜に付いて来てたのか?
「・・・確認が先、だよね。竜と、山精霊だし・・・」
混乱しながら何とか状況を掴もうとしていると、地の底を這う様な声が耳に入った。
セレスさん、何か怒ってないですかね。気のせいか殺気を感じるんですが。
もしかして今の状況、セレスにも想定外だったりするんですかね。
・・・・・・え、いや待って。それは、冗談じゃなく、不味くないか?
『『『『『キャー・・・』』』』』
車内の山精霊達が気まずそうにセレスを見上げていて、それが余計に不安を誘った。
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