第414話、心地良い朝を過ごす錬金術師

「んん・・・うっそだろ・・・朝まで寝たのかよ・・・」


リュナドさんがモゾモゾ動いた気配で、ゆっくりと意識が浮上する。

ぼーっとした目を開いてみると、彼もぼーっとした目で天井を眺めていた。

そうして暫く彼の横顔を眺めていると、彼がゆっくりと横を向いた。


「――――っ」


私がすり寄り過ぎたせいか、お互いの鼻が少し当たる。

思っていたより顔が近かった事に驚いたのか、彼は一瞬ビクッとして固まった。

その様子が何だか可愛くて、ふにゃっと笑みを向ける。


「おはよう、リュナドさん」

「―――――お、おは、よう」


窓から光が差し込んでいる所を見るに、もう朝日は昇った後だろう。

ならおはようと言うのが当然で、彼も驚きを引きずりつつ返してくれた。


そう、おはようだ。もう朝だ。起きなきゃいけない。起きなきゃいけない、はずだ。


「にへへ・・・」

「―――――」


けれど彼の体温と匂いが心地良くて、まだ頭が夢見心地のままだ。

思わず彼にまたすり寄り、鼻が当たるほど近かったせいか今度は額が当たる。

もう彼の顔しか見えない距離だ。こんなに間近まで近づくのは何気に初めてじゃないかな。

流石にここまで近いと、顔というよりも彼の目しか見えない感じだけど。


「セ、レス?」


彼の言葉が耳に心地よい。寝起きに彼の声を聞いているだけで気分がとても良い。

抱き抱えている腕をきゅっと抱きしめながら、嬉しい気持ちのまま笑顔で返す。


「なあに?」

「っ」


すると彼は何故か固まってしまい、私の顔をじっと見つめて動かなくなった。

どうしたんだろう。彼もまだ微睡みのままボーっとしているんだろうか。

それにしては私と違ってハッキリと目を開いている。もうちゃんと起きてる様に見える。


なら何で私の顔をじっと見てるのかな。もしかして私と同じ様な理由なのかな?

私は彼の傍にいるだけで嬉しい。彼の顔を眺めているだけで楽しい。

一緒にこうやってずっと転がっていたいと思う程に。


「お・・・おきないの、か?」


・・・彼は起き上がらない私に疑問を持っていただけらしい。

そうだよね。あたりまえだよね。起きなきゃいけないよね。朝だし。

大体よく考えたら彼には仕事も有るんだから、このまま寝ていて良い訳がない。


「そうだね、おきないと、だね」

「あ、ああ・・・」


このまま心地いい時間を続けていたいけれど、彼の事を考えるとそうもいかない。

ぼやけた頭を起こして目を覚まし、のそりと起き上がって伸びをする。


『『『『『キャー♪』』』』』


私達が起き上がったからか、山精霊達も起き上がり始めた。

おはようの挨拶らしい鳴き声を上げ、朝の踊りを踊り始める。

朝から元気だね君達は。あ、頭の上の子もおはよう。


「あ、あのー、セレスさん、何で手を握ったままなんですかね?」

「・・・駄目?」

「えぇ・・・いや、駄目って事は無いけど・・・」


私の片手は変わらず彼の手を握ったまま、そして駄目じゃないらしいので離さない。

彼の手の感触を楽しむ様ににぎにぎしながら、ベッドからゆるりと降りた。

私に軽く引かれる形で彼もベッドから降り、空いた手で頭を抱えている。


「どうしたの、リュナドさん。まだ、眠い? もうちょっと寝る?」

「・・・いや、起きる。起きてる。大丈夫だ」

「そう? なら良いけど」


まだ眠いのかなと思って声をかけると、小さな溜息を吐いて顔を上げた。

その目はもうはっきりと開かれていて、ちゃんと目が覚めている事がうかがえる。

ならさっきのは頭を起こす為の行動だったのかな?


「あ、そうだ。多分家精霊は私達が起きた事に気が付いてるから、今頃朝食の用意をしてくれてると思うんだ。あれからずっと寝てたから、お腹空いたでしょ? 食べて行かない?」

「・・・そうなんだよな。一回も起きることなく朝まで寝てたんだよな、俺」

「うん、ぐっすりだったね」

「そんなに疲れてたつもり、無かったんだけどな・・・」

「でも起きられなかったって事は、疲れてたんだと思うよ」

「そうなるんだろう、な」


多分たまった疲れを全て吹き飛ばす様に、家精霊がぐっすり眠らせたんだと思う。

起こさない様にそーっと動いてはいたけど、よく考えると私彼にすり寄ってるし。

あれで起こしていてもおかしくないけど、彼は結局起きなかった。

つまりそれだけ疲れていたんだろう。やっぱり寝る様に薦めてよかった。


「起きた後も暫くボーっとしてたから、もうそろそろ呼ばれるかもしれないよ。あの子起きて来た時に食べられる様に、大体の事は夜明け前に終わらせてる事多いから」

「・・・なら、呼ばれる前に行くか」

「ん、いこ」

『『『『『キャー♪』』』』』


もしかするとまだ若干眠いのか、ちょっと気怠そうに答えるリュナドさん。

そんな彼にニッコリと返して、ご機嫌に手を引いて部屋を出る。

精霊達もピョンピョンと跳ねながらついて来て、何体かは先にタタッっと駆けて行った。

すると途端にいい匂いが鼻をくすぐり、朝食の用意がほぼ出来ている事が解る。


「扉開けるまで全く匂いがしなかったのにな・・・」

「家精霊の力で遮断してたんだろうね。寝るのに邪魔にならない様にって」

「至れり尽くせりだな・・・」

「良い子だよね、いっつも感謝してるんだ、私」

「こいつらと交換して欲しいよ、全く」

『『『『『キャー!』』』』』

「ああ、はいはい、ごめんごめん。何時も助けられてます。感謝してます」

『『『『『キャー』』』』』


交換して欲しいと言われて不満を上げる精霊達は、彼が謝ると宜しいとばかりに頷いた。

でも私も彼の立場なら同じ事を言うと思う。悪いけど山精霊より家精霊が良い。

いや、どうかな。今の状況だから、そんな事が言えるだけかもしれない。


今の私にとっては、家精霊も山精霊も家族の様なものだ。

何を言ってもどっちもここに居る。そう思っているからな気がする。

家精霊は兎も角、山精霊をそこまで信用するのは、本当は危険だと思うんだけどね。


「しっかし、あんまり寝すぎた。帰ったらフルヴァドさんに謝らねーとな。仕事をしてたなら兎も角、ただずっと寝てたとか申し訳なさ過ぎる。何か問題が起きてないと良いが」

「問題が起きたなら、誰かここに来るんじゃないかな?」

「あー・・・んー・・・どうだろうな。あの人の性格的に余程の事じゃない限り『任せられたのだ。ならば最後まで私が責任をもって全うしよう』とか言い出しそうだし」


確かに言いそうな気がする。フルヴァドさん凄くまじめで優しい人だし。

私と違って責任感の塊みたいな人だし、問題があっても言いに来ないかも。


「じゃあ、竜が飛んで行ったのも、実は何かあったの、かな?」

「――――――待った。セレス待った。竜が何だって?」

「え、あ、うん。えっと、昨日の夜、竜が砂漠の方に向かって飛んで行ったのを見たんだ」

「・・・何で?」

「さあ?」

「・・・えぇ、うっそだろ・・・」


彼は困った表情で私を見つめる。やっぱり彼は何も指示していないんだろうか。

でもそんな顔で見られても、私も何も知らないんだけどな・・・嘘ついてないもん。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『『『『『キャー♪』』』』』


竜の背に乗り、凄まじい速さで景色が過ぎ去るのを眺める。暗闇のせいか尚の事速く感じる。

ただそれだけの速度で飛んでいる割に、風を余り感じないのはありがたい。

どうも竜が魔法で保護してくれている様だ。でなければとっくに地面へ落ちているだろう。

精霊達はそんな事に関係なく楽し気な気もするけれど。


「ちょ、直接乗ると、ちょ、ちょっと怖い、ですね」


僕としてはメイラ様の絨毯に乗っている時と同じ感覚なのだけど、彼女はどうも違うらしい。

自分で操縦していないからだろうか。でも先生と一緒の時は平気そうだったかな。

最近はメイラ様と一緒に乗る事が殆どで、先生の時はどうだったか思い出せない。


「こちらに、メイラ様」

「あ、ありがとうございます・・・」


必要は無いと思うが不安そうな姉弟子様の肩を抱き、少しでも不安を消そうと試みる。

彼女は少し照れながらも礼を言い、多少は気を紛らわせる助けになった様だ。


「お二人は、その、恋人同士だったり、するんですか?」


ただそんな僕達を見て、イーリエ殿が見当違いな事を言い出した。


「メイラ様は先生の一番弟子で、尊敬する姉弟子様で、恩人の一人です。なのに僕などがメイラ様の伴侶に等と恐れ多いにも程があります。今後はその様な勘違いは無い様にお願いします」

「す、すみません・・・」


しまった。ちょっときつめに言い過ぎただろうか。いや、だがこれで良いか。

僕がメイラ様と恋仲などと、その様な話が広まる事は失礼が過ぎる。

部下にも二度とふざけた事をぬかすなと、釘を刺している事柄なのだから。


「あ、あの――――」

「そろそろお前達にも見える距離だろう」


気まずい空気を感じてメイラ様が口を開こうとして、けれど竜の大きな声で遮られた。

全員反射的に進行方向に目を向けると、山精霊が巨大化しているのが解った。


「何かと、戦ってる? 報告にあった化け物と戦ってるのかな?」

「おそらくそうではないかと。ただ暗くて解り難いので、もう少し近付かないと・・・」

「あれは・・・あの大きいのは、一体・・・!?」


メイラさまが目を細めながら口にし、僕も同意しつつも良く見えない。

ただイーリエ殿は、山精霊の方に驚いている気がした。


「あの大きいのは合体した山精霊さん達です。集まるとああなるんです」

『『『『『キャー♪』』』』』

「がっ・・・たい」


メイラさまの説明にえっへんと胸を張る精霊達を見て、呆けた表情を見せるイーリエ殿。

僕も初めて見た時は驚いた。精霊とはこんなに訳の分からない物なのかと。


「あれ、でも何だか前より大きい様な? いや、あれ絶対大きいですよね、パック君」

「・・・ですね」


山精霊を視認できた時点では大きさが解らなかったけれど、段々異変に気が付いた。

竜が距離を縮めて行くと、以前より山精霊が大きくなっているのが解る。

というか、余りにも巨大になっているから、遠くても視認できたというのが正しいか。

竜に迫るほどの大きさになっていないか、あれは。


『ヴァアアアアアァァァァアアア!』


そして大きさが解る距離になると、ビリビリと響く様な山精霊の声が耳を打つ。

明らかに気が立っていると解る声音。そしてその前に聳え立つ巨大な化け物。


「そしてアレが、報告にあった化け物、という事なのでしょうね。これは碌に確認せず逃げ帰るのを責められない。僕だって先生の弟子になる前なら絶対に逃げている・・・!」


それはおそらく虫の魔獣で良いのだろう。ムカデの様な虫の魔獣。

ただその大きさがおかしい。余りにも巨大すぎる。

更に大きくなった山精霊程ではないが、以前の山精霊と同等以上の大きさだ。


その上何の冗談なのか、それが複数体砂漠で蠢いているのが見える。

あんな物が一体今までどこに。この砂漠にずっと潜んでいたとでも言うのか・・・!


『ヴァー♪』

「えぇ・・・」


竜がその上空を通過した瞬間、巨大山精霊はご機嫌に手を振った。

緊張感が一気に消えた。もしかしてそんなに危機的状況じゃないんだろうか。

あ、吹き飛ばされた。やっぱりあの魔獣結構強い。そして山精霊はやっぱり山精霊だ。


『ヴァァァァアアアアァァア!』


怒った様子で魔獣を掴み、引きちぎる山精霊。

ブシャっと中身が砂漠に飛び散り、魔獣はビクンビクンと跳ねる。

その場面だけを見れば力の差がある様に見えて、けれど次の瞬間考えを改めた。


『ヴァー!?』


引きちぎられた魔獣が、その体をしならせて思い切り巨大精霊にぶつけた。

凄まじい打撃音と共に山精霊の一部が吹き飛び、そして―――――。


「治った!?」

「嘘でしょ!?」

「再生力が高いってレベルじゃないぞ・・・!」


メイラ様とイーリエ殿が驚きの声を上げ、僕はむしろ震えた様に漏らした。

引きちぎられた魔獣は精霊の手から逃れると、千切れた部分がそのままくっついた。

そしてまるで何事も無かったかの様に、また一体の魔獣として暴れ出す。


「くくっ、イーリエがアレを倒すは骨が折れるだろうな。だが倒せなくはない。頭を回せ。力を使え。お前の限界を引き出してみろ。なに、師が後ろで見守っていてやる。行って来い」

「へ――――――きゃあああああああああ!」

「イーリエさん!?」

「イーリエ殿!」


突然魔法による保護を消されて風に煽られ、イーリエ殿が吹き飛んで行った。

慌てて手を伸ばすも間に合わず、メイラ様と顔を合わせて慌てて立ち上がる。


「精霊さん、黒塊、お願い!」

『我が娘の望むままに』

『『『キャー♪』』』

「僕達も行こう!」

『『キャー!』』


メイラさまは一瞬で戦闘態勢を整え、黒を纏って飛び出して行った。

僕はそれを追いかける様に絨毯に乗り、精霊に操縦を頼んで竜の背を離れる。


「竜殿はやる事が突飛すぎる・・・!」


いや、それは尊敬する我が師を考えると、僕が言える話ではないか。

兎に角早く加勢しなければ。僕が力になれるかは解らないのが難点だが。

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