第413話、少し異変を感じたものの寝る錬金術師

「ん・・・ふぁあ・・・あれ、何だか、暗い・・・?」


欠伸をしながら目を開けると、部屋の中がやけに暗い。

寝ぼけた頭で何故かを考えていると、寝ぼけた眼にリュナドさんが映った。

規則的ない寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っている。


「んー、リュナドさんだぁ・・・にへへ・・・」


既に抱き付いていた彼にすり寄りながら、少しずつ頭を起こす。

部屋の暗さから察するに、おそらくもう日は沈んでいるんだろう。

となると『お昼寝』とは言えないぐらい、ぐっすり眠ってしまった様だ。


リュナドさんは寝入りの時と同じ体勢だし、多分ずっと寝たままなのかな?

よっぽど疲れてたんだろうな。今日はもうこのまま泊って行って貰おう。

彼の体温を名残惜しく思いながら、体を起こして周囲を見回す。


「ん・・・精霊達も集まってたのか」


よく見ると部屋の中に山精霊が寝転がっている。リュナドさんの上にも乗ってた。

気持ち良さそうに寝ているし、起きる気配が無いから放置で良いかな。

下手に起こしてリュナドさんが起きる事になっても嫌だし。


「・・・あれ、夜中って事は、二人は?」


扉も窓も締まっているせいか、周囲に人の気配を感じない。

ゆっくり眠れる様に家精霊が気を利かせてくれているんだろうか。

前にもそんな事が有ったと思いながら、窓を開いて庭に目を向ける。


「居ない、ね」


という事は下に居るのかな。その割には窓を開けても気配を感じない。

あれ、もしかして二人とも帰って来てないんじゃ。

パックは帰ったのかもしれないけど、メイラは一体どこへ・・・。


「・・・家精霊は、何か聞いてるかな」


あの子達が誰にも報告なしに帰って来ない、なんて事は無いと思う。

なら家精霊か山精霊に伝言を残しているか、何かあって帰れなくなったか。

前者なら良いんだけど、後者なら早く探しに行かないと。


『キャー』

「あ、起きたの? でもリュナドさんが寝てるなら小声でお願いね」


頭の上に何時も要る山精霊が起きたらしく、しーっと静かにするように注意をする。

理解してくれた精霊はしーっと返した後、何時もの様に私の頭までよじ登った。

登り終わったのを確認してからそっと部屋を出てると、家精霊が笑顔で構えていた。


「ええと、二人が帰って来ない理由、聞いてる、のかな」


部屋の前で待っていたという事は、多分私の独り言に答えに来たんだろう。

そう思い問いかけると、思った通りらしくコクリと頷いて返した。


『お二人は本日は領主館にお泊りになる様です。リュナド様とゆっくりお過ごし下さいと。彼がご不在の間は、何かあってもパック様とフルヴァド様が対処するのでお気になさらずとも』


黒板にカキカキと書かれる文字を隣で見つつ、友達と弟子の優しい気遣いに笑顔になる。

でもそれだとメイラが帰って来ないのは何故だろう。

パックが帰って来ないのは解るけど、メイラは帰って来ても良い気がするんだけど。


でもパックと一緒みたいだし、心配はない、のかな?


「帰って来ないのは寂しいけど・・・泊るって言ってるなら、迎えに行くのは良くない、かな」


首を傾げながら家精霊に問うと、笑顔でコクリと頷き返されてしまった。

横に首を振って欲しかったけど、どうやら私の望む答えは貰えないらしい。


「んー・・・そっか。じゃあ、仕方ない、か」


メイラが居ないなら一人で寝るしか・・・いや、リュナドさんが居るからそうはならないか。

あの子が居ないのは寂しいしまだ少し心配だけど、一人じゃない事は嬉しい。


「なら、もうひと眠りしようかな・・・リュナドさんが起きたら食事にするね」


本当は今食事にした方が良いんだろうけど、どうせなら彼と一緒にしたい。

なら彼が起きるまでは一緒に寝て、彼が起きてから食事にしよう。

今日は元々ライナの店に行かない予定だったから、特に焦る様な事も無いし。


「お休み、家精霊」


ニッコリと笑う家精霊の頭を撫でて、そっと部屋の中に戻る。


「あ、窓開けっぱなしだった・・・」


窓を閉めようと近付くと、暗闇の中で竜が立ち上がっていたのが見えた。

そして強風を巻き上げて飛び上がり、どこかへ飛んで行った。


「・・・あっちは・・・砂漠の方、かな」


あれ、でも良いのかな。リュナドさんここで寝てるんだけど・・・。


「・・・まあ、良いか。あの竜なら」


リュナドさんの言う事を聞く、と約束してるはずだし。

彼がここに居るのにどこかに行ったなら、多分その範囲の内の行動のはずだ。

何より普段彼のいる場所から離れない訳だし、となれば元々リュナドさんの指示かも。


「確認は・・・起きてからで、良い、よね?」


気持ち良さそうに寝ているのを起こすのは忍びない。そう思い窓を閉めた。

外の気配を一切感じなくなったのを確認して、そーっと彼の隣へ。

起こさない様にそっと彼の腕を抱き、すり寄りながら心地良く目を瞑った。


「にへへ・・・」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「つかれたぁ・・・」


ぱたりとベッドに倒れ込み、思わす口から呟きが漏れる。


今日も魔法の訓練は無く、代わりに精霊兵隊の訓練に混ざっていた。

巡回の仕事が無い時は、兎に角体力づくりの訓練をしている。


「・・・何で、訓練、してくれないんだろう」


私が吹き飛ばされたあの一件以降、竜は何故か眠りについてしまった。

呼んでもゆすっても魔法を放っても全く起きてくれない。


『アイツも山精霊達と一緒で気まぐれだからなぁ。まあそのうち起きるだろ。暫くは魔法の訓練を休め、って意味なのかもしれねえぞ』


隊長・・・リュナドさんにその事を相談すると、そんな風に返されてしまった。

本当にそうなのだろうか。もしかして私は、失望されたんじゃないだろうか。

あの程度の魔法を受け損なうなんて、そんな魔法使いに教える価値が有るのかと。


リュナドさんも本当はそれが解っていて、慰める様に黙っているだけでは。

あの時何でもない様子だった錬金術師さんも、実は呆れているのでは。

私はもう、本当は、駄目なのでは。


「うぅ・・・だめだ、一人になると、こうなっちゃう・・・」


訓練をしている最中は良い。巡回の仕事の最中も問題無い。

けれど一人になってしまうと。どうしても悪い方に考えてしまう。


「弟の心配が要らなくなったのは、良かったけど・・・こんなんじゃ駄目だなぁ」


フルヴァドさんと錬金術師さんが居れば、きっとあの子は大丈夫だろう。

後は私が自分の為に頑張るだけだ。自分が生きる為に、自分らしくある為に。

そう思っているのに、やっぱり胸を埋めるのは不安な感情ばかりだ。


「・・・うるさい」


そうなると頭に嫌な声が響く。投げ出せと。止めてしまえと囁く声が。

私が私である事が弱い理由だと、弱る私を否定して成り代わる為に。

その言葉に悪態をついて耳を塞ぎ――――――部屋の外が騒がしい気がした。


「・・・なんだろう」


私は領主館の一室を与えて貰っている。だからこの時間はとても静かだ。

外の街と違って、夜は見張りの兵士も静かであるように努めているらしいから。

なのに騒がしいという事は、何かあったという事だろう。


扉を開けて廊下を出ると、バタバタと走っていく人達が見えた。

少し気になって追いかけてみると、どうも隊長の部屋に向かっている様だ。

隊長に急ぎの用事という事は、街に何かあったのかもしれない。


流石に盗み聞ぎは不味いと思い、彼等が部屋に入って行ったのが見えた所で足を止めた。

暫くすると何故か部屋からは隊長ではなく、錬金術師の弟子二人が出て来た。


「おや、イーリエさん、なぜここに?」

「あ、ええと、何だか慌ただし様子で私の部屋の前を走って行ったから、何かあったのかと思って・・・もしそうなら、精霊兵隊の仕事かなって、その、はい。お二人こそ、なぜここに?」


別に悪い事をしていた訳じゃないのに、何だか咎められた気分でパックさんに返す。

ただそんな私の様子に気が付いたのか、彼はくすっと笑って口を開いた。


「メイラ様。彼女なら頼りになりませんか?」

「そうですね・・・なると、思います。凄く」

「え?」


二人の会話に思わず声を上げ、すると彼は何があったのか説明を始めた。

何やら砂漠の有る所で怪物が現れ、それと精霊が戦っているらしい。

なのに精霊達に事実を確認しても知らないと返して来る。


『僕知らないよ! 内緒だから知らないんだもん! 内緒なんだもん! 知らない! 悪い事してないよ! ほんとだよ! ほんとだもん! 僕主の為じゃない事はしないもん!!』


正確にはこうらしいので、絶対何か知ってるとは思うけど。

でも両手で口を覆って喋らなくなってしまった精霊に、これ以上の情報は期待出来ない。

後は錬金術師さんかリュナドさんぐらいしか、彼等に事情を話させられる人間はいないだろう。

今も目を向けると、口を押えてフルフルと首を横に振っているし。


「今はリュナド殿は不在でしてね、代わりを私とフルヴァド殿が勤めています。本当は先生や彼に話を通した方が良いのですが、今は事情が在って二人の邪魔をしたくありません。なので私達が様子を直接見に行こうとしていたのですが・・・貴女もご一緒頂けませんか」

「私も、ですか?」

「ええ。貴方の魔法の技量なら、大概の相手は問題無いでしょうし。如何ですか?」

「それが仕事の命令なら従います。私は精霊兵隊ですから」


部屋の奥を見ると、フルヴァドさんが心配そうに私を見ている事に気が付く。

けれどそれをわざと見ないふりをして、ただ一隊員として答えた。

有事の際に精霊兵隊として仕事をする。それが私に出来る数少ない恩返しなのだから。


「そうですか・・・では、よろしくお願いします、イーリエさん」

「よろしくお願いします」

「はっ、最善を努めます」


もう慣れてしまった敬礼で返し、何故か苦笑する二人。

その理由が解らないでいると、二人は移動をするから付いて来てくれという。

メイラさんが手に絨毯を持っているから、外でアレを広げて飛んで行くのだろう。


そう判断して二人に付いて行くと、中庭に出た所で竜の顔が在った。


「乗って行け。ソレよりも私の方が早いぞ?」


竜は全てを知っている、と言わんばかりの様子で告げた。

いや、実際知っているのかもしれない。この竜は人知を超えた存在なのだから。

そんな竜に少し驚きつつも、パックさんは冷静に返した。


「しかし竜殿。リュナド殿の指示なく街を離れて宜しいので?」

「未熟な弟子が遠出をする時は、師も付いて行くものなのだろう? ならば私が付いて行く事に何の問題が有る。これは錬金術師と主の指示なのだ。否と言われても私は行くぞ」

「先生達の・・・そうか、これも織り込み済みか・・・解りました、お願いします」

「ああ。あっという間に届けてやる」


竜はニヤッと笑うと翼を広げ、その大きな体躯を見せつける様に立ち上がる。

こうやって見ると本当に大きい。おとぎ話の存在が本から出て来た様だと思う。

少し呆けて見上げていると、メイラさんが絨毯を広げていた。


「イーリエさん。乗って下さい。竜さんの背中まで、これで飛ぶので」

「はい。メイラさん、後ろを失礼します」

「ふふっ、固いですね、イーリエさん」

「え、そ、そう、言われてましても」

「・・・私、貴女とは仲良くなれると思うんです。友達になれると思うんです。貴女の抱える怖さとか、苦しみとか、少しだけ・・・ほんの少しだけ解るから」

「――――――それ、は」


解ると言われて、一瞬何が解る、と思ってしまった。

けれど仮面の奥の彼女の鋭い目に、そんな文句はすぐに消えた。


「私は優しい人達に囲まれたから、強い人達が傍にいてくれたから、精霊さん達が居てくれたから、この力に呑まれる事は無かった。けど貴女は一人で戦ってる。それは、凄い事だと思う」


彼女には一体何が見えているのだろう。何故か全てを見通されている気分だ。

私の苦しみも、葛藤も、決意も、何もかをも見通したような目。


「貴女の力はきっと貴女が制するしかない。けど力が足りない事は悪い事じゃないと思います。貴女はもっと、誰かに助けを求めて良いと、そう思いますよ」

「周りに、助けを・・・でも、私は、もう沢山助けて貰ってます」

「私もそうです。いっぱい助けて貰ってます。だからこそ、一人じゃダメなんです、きっと」


自分が頑張るしかないと思っていた。当たり前だ。自分の内にある力なのだから。

この力を自力で制御できない限り、私は本当の意味で私にはなれない。

この力に呑まれた私は、きっともう私ではなくなってしまう。


なら弱音は吐けない。吐いてはいけない。私は立って戦えなければいけない。

そう思っているのに、何故か彼女にそう返せない。


「私は貴女を尊敬します。その力を制しようと努力を続ける貴女を。けれどずっと頑張ってたら疲れちゃいますよ。私の尊敬するお師匠様は、適度に休むのも大事って言ってました」

「錬金術師さんが、ですか」

「はい。実はのんびり屋で、お昼寝が大好きな人なんですよ。後少しだけだらしないんです」

「・・・私には、想像が付きません」

「私も最初はそうでした。ふふっ」


柔らかく笑う今の彼女からは、私の内を見抜く様な目が消えていた。

けれど何故か安心する。まるで唯一の理解者を得られたような感覚がある。

理屈なんて一切ないけれど、彼女は私と同じ種類の苦しみを知っている気がして。


「じゃあ竜さんがじーっと見て待ってますし、そろそろ行きましょうか!」

『『『『『キャー♪』』』』』

「精霊さん達は状況次第では後で叱るからね」

『『『『『キャー・・・』』』』』


飛び上がる絨毯の上で元気よく答えた精霊達は、一瞬でしょぼんとした様子になっていた。

何となく様子が『僕達関係無いのに・・・』といっている気がしたのは気のせいだろうか。

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