第410話、砂漠の確認をされる錬金術師

魔法石。それは魔法が使えなければけして作れない。

そういう意味では、やはり作り難い道具と言えるだろう。

魔法が使えない人の方が、世の中には多いらしいし。


けれど作る事さえできれば、非力な人間には凄まじい武器になる。

武器の威力としては火薬も同じなのだけど、こちらには材料の問題がある。

大火力を出すには、それ相応の素材量が必要だ。それに扱いの知識も要るだろう。


いや、勿論どちらも材料は要るし、扱いの知識は要るか。

ただ魔法石の方が、圧倒的にコストがかからない。

魔法の技量と、自分に合う素材、そして何より必要なのが作る為の時間。



それさえあればたった一人で『大魔法』を使う事が出来るのが魔法石だ。



私の弟子達は、その魔法石を作りたいと思っている。

その為には魔法の訓練をしなくてはならず、最近は少々比重が魔法に傾いていた。

けれどそれも仕方ない。二人がやりたい事を優先させてあげたいし。


実を言うと、そろそろ他の事も一緒にやった方が良いのでは、とか思っていた。

何せ魔法の鍛錬中は手が空くし、その間別の事だって出来なくはない。

アスバちゃんが良い例だ。彼女は日常的に鍛錬を続けている。


何故やっていないかといえば、ライナに却下されたからに他ならない。

ただでさえ魔法の鍛錬がやり切れてないのに、他の事と同時なんてまだ無理でしょと。

貴女達師匠組と、弟子達を同列に考えない様に、と叱られてしまった。


「そういえば先生、先日リュナド殿が気にしていた事なのですが」


そんなこんなで魔力制御だけを続けている今、パックは世間話が出来る程度になっていた。

手を抜いている感じはしない。けれど自然に意識を別に持って行けている。

どうも弟君と戦って以降、凄い勢いで上手くなっている気がするんだよね。

彼を見て何かを掴んだのか、単純に慣れて来たのか、この調子だと近い内に魔法も使えそう。


ならやっぱり調合も一緒で良いのでは、と思いつつも怒られたくないので思考停止。

だって隣のメイラは「むぅ・・・!」って唸りながら魔力が絞り切れていないし。

本来はメイラの方が絨毯の事も有って、先に学んでた様な物だったんだけどなぁ。


今ならパックの方が絨毯上手く飛ばしそう。練習は要ると思うけど。

いや、取り敢えずそれは措いておいて、今はリュナドさんの話を先に聞こうかな。


「リュナドさんが、どうかしたの?」

「砂漠の事は放置していて構わないのだろうか、と」

「ん、砂漠? 砂漠って、あの砂漠の事だよね? 竜神の国に向かった時の」

「ええ、その砂漠です」


んー、砂漠を放置と言うと、砂漠が広がり続ける事に関してだろうか。

構わないのかと聞かれても、どういう意図で聞いて来たのかが解らない。


あの土地の地下にはほぼ間違い無く魔獣が住んでいる。

ただ役に立つのであれば良いけれど、別に素材として優秀な訳でもない。

倒すのが多少面倒な事を考えると、労力に見合う素材でもない。

という訳で特に何をする気どころか、言われるまで気にもしてなかった。


「んー・・・リュナドさん、困ってるの?」

「いえ、困っている、という感じでは無いかと。単純に先生の意図を気にしている風でした」

「そっか」


前に砂漠が広がる原因の話をして、けれど何もしなかったからだろうか。

そういえば結論が出たら教えてくれ、と言われてそのままだったっけ。

けど実際に確認して調べた訳じゃないから、確定事項ではないんだよね。

取り敢えず私の行動基準だけ伝えておけば良いのかな?


「リュナドさんが困ってる訳じゃないなら、私は別に何をする気も無いかな。ああでも、もし何か困ったならすぐに教えて欲しいな。出来る限り手を貸すから」

「そうですか。解りました。また後日伝えておきます」

「・・・ん」


一瞬、自分で伝えに行こうかな、と思ってしまった。

だって最近リュナドさん遊びに来ないんだもん。

忙しいのかなぁ。忙しいんだろうなぁ。


となると自然と顔を合わせるパックの方が都合が良いんだろう。

多分。きっと。そうなんだろうな。残念だけど。


「・・・会いに行ったら、今は、邪魔かな・・・」


思わずそんな呟きが漏れてしまった。


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最近やたらと増えた書類仕事に精を出していると、コンコンとノックの音が響いた。


「入れ」


何時もの様に応えると、扉が開かれチラッと視線を向ける。

ただ入ってきた人物を認識して、手を止めて立ち上がった。


「パック殿下でしたか」

「失礼します、リュナド殿」

「どうぞおかけになって下さい。誰か、お茶を頼む!」


廊下に向かって声を上げると、遠くから畏まりましたという声が響く。

これが貴族の態度として正しいかといえば、おそらく正しくは無いんだろう。

けどうちの領主様も大体こんな感じだし、特に誰にも文句は言われない。


いや、居たな、一人。

元国王が「貴様は永遠に『貴族』にはなれんな」とか言ってたっけ。

悪い顔はしてなかったから、おそらく良い意味なんだと思うけど。


「お気になさらずとも構いませんのに」

「そういう訳にも行かないでしょう」

「そういう訳で良いんですよ、と何度も言っているじゃありませんか。貴方は確かにまだこの国に属しているけれど、けして私の下という訳ではない。むしろ立場としては私の方が下では?」

「勘弁して下さい。王太子殿下に貴族位を授けて貰ったのに、何でそうなるんですか」

「私は確かに王太子です。ですが『僕』は錬金術師の弟子です」

「勘弁して下さい・・・」


セレスは俺が庇護しているんだから、その弟子も庇護する存在という意味だ。

本当に勘弁してくれ。そんなの建前であって、俺は操られてるだけなんだから。

何ならこの地位全部捨てたって俺は全然構わねえぞ。一兵士で良いんだよ、ほんとに。


まあ実際は、今はどう足掻いてもそんな事出来ないけど。

精霊公の代わりがこの街に居ない。今俺が居なくなったら絶対面倒な事になる。

俺はその面倒を全部投げ捨てられる様な、そんな図太い神経をしていない。

全部想定通りなんだろうなー。俺のこのヘタレ加減も含めて。


ため息を吐いて席に付くとお茶が運ばれ、男二人向かい合って口にする。

味の良し悪しは未だに良く解らない。多分美味しいんじゃないだろうか。

なんて自分の舌の貧乏加減を自覚していると、殿下はカップを置いて口を開いた。


「先日の話ですが、先生は口を出す気は無いようです。ただ好きにさせる気なのか、もしくは先生がそう動くように仕向けたのか。その点は流石に、私には少々測りかねます」

「そうか・・・まあ、そういう事なら、暫くは放置かな・・・」


彼が今日来た理由は訊ねずとも解っていた。

昨日確認を取って欲しいと、彼に頼んでいた事の返事だ。


最近砂漠の方で異変があると聞き、気になって少し調べようとした。

すると何故か精霊達は情報を集めて来ず、それ所か目を合わせずすっとぼけた。

それでも問い詰めると『内緒だもん!』と言って逃げて行く始末だ。


絶対アイツら何かやってるだろ。そう思ってセレスに確認を取った形だ。


一応念の為砂漠に人をやっているが、精霊と違い帰って来るまでに時間がかかる。

情報が確定してからでも良かったが、問題が起こる前に確認が取れるに越した事は無い。

ただ殿下も把握していなかった事を考えると、確実にセレス絡みという事だろう。


「ま、砂漠に現れた化け物らしき存在が、面倒な物じゃないと解っただけでも良いか」

「実際は精霊ではない可能性もありますよ?」

「それは、まあ・・・一応その確認の為に人をやってる訳ですし」


最近情報収集を精霊に頼っていた、という点が失敗した形になった。

今回はその点を反省する必要も有るんだろうな。

余りに精霊を信用し過ぎて、人力で出来る部分を疎かにしていた。


「・・・砂漠から攻めて来る可能性がある、という事でしょうか」

「さて、まだ解りません。先生の考えは読み切れないので。ですがあり得なくはないかと」

「・・・全く面倒な」


国内に入ってくる怪しい連中は、ほぼほぼ殿下の部下が追い出すが捕縛している。

だからイーリエに接触して来る事も無ければ、戦力を一か所に集めて攻めて来る事も無い。

ならばどうするか。穴は砂漠だ。あそこからなら戦力を集められる。


本当はんな事したら、周囲の国から総スカン食らうんだが・・・関係無いんだろうな。

兎に角イーリエと弟、あの二人に近付く事を目的としている。そんな気配だ。


「捕まえた連中は何か吐いたりは?」

「吐きませんね。捕まえた理由も大概が弱いので、拷問も出来ませんし。最終的には国から追い出す事しか出来ません。せめて不法侵入してくれたら容赦なく拷問にかけるのですがね」


この王太子様怖い。セレスと居る時の様子から忘れそうになるけど、こういう人なんだよなぁ。

捕らえる理由も大概でっち上げて捕らえてるらしいし。

相手の国との関係悪化なんざ気にしてないからこそ出来る荒業だけど。

思わず半眼で見つめていると、彼はお茶を飲み終わって席を立った。


「では、伝えるべき事は伝えたので、お暇しますね。余り長時間手を止めさせても何ですから」

「いやまあ、少し休憩する程度構いませんよ?」

「いえ、それで先生に叱られても困りますから」

「・・・へ?」


扉に手をかけて告げる彼の言葉に、ポカンとした顔を向けてしまった。


「先生が貴方に会いたそうでした。忙しい貴方の邪魔を避けた様ですけどね。なので貴方が手を止める理由を態々作る気は有りません。寂しそうでしたよ、先生は。では失礼」


パタンと扉が閉まり、部屋には今の会話内容が頭に入らない俺が一人。

セレスが俺に会いたい? 寂しがっている? 俺に会えなくて?


「・・・呼び出しか。うん、多分そうだろうな・・・仕事、片付けるか・・・」


一瞬変な勘違いをしそうだったが、頭を振ってその思考を捨てた。

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