第409話、友達と仲良くしたいという話を聞く錬金術師

魔法使いの弟君との出会いから暫く、特にこれといって目新しい出来事は無かった。

何時も通りノンビリと仕事をして、何時も通り弟子達を鍛える毎日。

変わった事といえば留守番が増えた事ぐらいだろうか。


今度は買出しに付いて行く事すらさせて貰えなかった。パックと精霊達は一緒なのに・・・!

一緒に出掛けたいとか私も変わったなぁ、とか思いながら寂しさから現実逃避している。

そんなある日、少々珍しいお客さんが家に来て、少々困惑する事態が起きた。


「あ、あの、弟と貴女は、一体どういう関係なのでしょう・・・!」

「・・・・・・え? いや、どういう関係と、言われても、困るの、だが」

『キャー!?』

『キャー!!』


居間にてテーブルを挟み、真剣な表情で問いかける魔法使いの少女。

それに相対するは困惑した面持ちのフルヴァドさん。

ついでに二人の様子に困惑して固まる私と、苦笑している家精霊。

山精霊は良く解らない。何故か少女とフルヴァドさん側に分かれて鳴き合っている。


何故こんな事になっているかと言うと、先ず二人の出会いは偶然だった。

フルヴァドさんはリュナドさんが忙しいからと、依頼書と品物の受け取りに来た。

彼が来ない事は残念だけれど、それはそれとして友人の訪問だ。嬉しくない訳が無い。


歓迎して家に迎え入れようとしていると、空から飛んで来る何かを視界の端に捉えた。

段々過激になる竜の魔法を受け損ね、苦肉の策で自分から大きく吹き飛んだ少女を。

そしてその軌道は家に直撃するコースだったので、家精霊が優しくキャッチ。


地面に降ろして貰った少女は中々の怪我をしていて、けれどそれでも訓練の続行を願った。

魔法で傷を回復しながら、また竜の元へ向かおうと飛び立とうと。

けれどそんな彼女に「今日はもう休め」と伝えて竜は丸まってしまった。


竜にやる気が無い。となれば訓練の続行は出来ない。

ただ竜は少女が自分の方を向くまで『しまった』という顔をしていた。

多分熱が入って加減を間違えたんだろう。丸まったのは自分の頭を冷やす為だと思う。

つまり彼女は、それだけ強くなっているという事だ。竜が楽しくなって加減を間違える程に。


「イーリエ殿、竜殿の言う通り少し休んでは如何かな。貴女は少々張り詰め過ぎている。少しは休む事も必要だろう。どうかな、私達と共にお茶でも」

「え・・・はい、わかり、ました」


丸まる竜を見つめて動かない彼女に、フルヴァドさんがお茶に誘った。

少女は困惑をしつつも、私とフルヴァドさんの様子を窺いながら頷き返す。

因みに私はこの時点で既に仮面を付けている。だってまだこの子に慣れてないし。


「勝手に決めてすまない。でも彼女の様子が見ていられなかった。どうか、お願いしたい」


その際こそっとフルヴァドさんが告げて来て、私もそうだねと返した。

先の通り彼女は結構な怪我をしている。魔法で治せるとしても身体の消耗が大きい。

なら薬を塗って、少しこの家で休んで行った方が、彼女の体には良いだろう。


少女にその事を告げて手当てをして、家精霊にお茶の用意を頼んだ。

手当てが済んだら居間に向かい、家精霊のお茶を飲んで一息つく。


「その、手当、ありがとう、ございます・・・」

「・・・ん、どういたしまして」

「セレス殿の薬は良く効くから、明日には治っていると思うよ」


暫くはそんな感じで、他愛ない話をしながらお茶をの楽しんでいたと思う。

そして話が少女の生活状況というか、困っている事や慣れない事が無いかという話になった。

勿論話しているのは大半フルヴァドさんだ。私がそんなに話題を振れる訳が無い。


「・・・困っている訳じゃ、ないん、ですけど・・・その、気になる事が」

「何かな。気にせず聞いてくれ。出来る事なら力になろう。貴女の弟君にも頼まれているしね」

「――――、その、それ、です。弟の、ことで・・・ええと・・・」


という会話から、最初の話になった訳だ。

少女は真剣な表情で、フルヴァドさんは困惑した顔で、お互い見つめあっている。


「先日弟からの手紙を頂きました。そこには自分を鍛えてくれるアスバさんという方と、世話になっているお城の方達、そして私への安否を気遣う旨の内容がありました。ですが手紙には、その、とても熱がこもった様子で貴女の事が書かれていて・・・ええと、その」


少女が言うには、弟君のヴルヴァドさんに対する言葉は、まるで大好きな人に向ける物。

他とは明らかに熱量の違う文字の羅列に、姉として二人の関係がとても気になった。

という事らしい。彼女は早口で焦った様に、気まずそうな感じで訊ねて来た。

手紙を読んでいない私には「そうなんだ」としか答えようがない。それに私の事でもないし。


「いや、うん。彼が私に敬意を払ってくれていた事は、一緒に旅をしていた頃から解っているが、それは君の考え過ぎだと思う。私と彼はただの旅の友に過ぎない」

「・・・そう、ですか」


少女は納得したような言葉を口にするも、私でも解るぐらい不満そうな顔だ。

何で不満なんだろう。フルヴァドさんが違うと答えてあの顔なんだよね。

という事は、フルヴァドさんと弟君の仲が良い方が嬉しい、って事なのかな。


焦るように聞いていたのも、弟君と仲良くして欲しかったからか。

けどフルヴァドさんは人の好意を無下にする人じゃない。

そんなに焦らなくたって、弟君が本当に仲良くなりたいならすぐ仲良くなれると思う。


「フルヴァドさんは、優しい人だから、大丈夫だよ。弟君も、悪い子じゃ、ないと思うし」

「セレス殿!?」


うえ!? な、なに、フルヴァドさん、私何か変な事言った!?

だ、だってフルファドさん実際優しいし、弟君もお姉さん思いの子だし。

二人が仲良くなるのは、多分心配しなくても大丈夫と思ったんだけど・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私はただ根を詰める彼女が心配になり、少しでも力になれればと声をかけただけだった。


丸まる竜を見て、自分の力の足りなさに拳を振るわせる少女。

無数の怪我をしながらも、それらを意に介さず鍛錬を望む魔法使い。

その姿は自分が余りにも情けないと、そう責めている様に見えた。


だがイーリエ殿は良くやっている。少なくとも私などよりは遥かに。

テオに力を借りて、自分の力以外の物で地位を得ている私には彼女が眩しい。

けれど同時に彼女からは危うさも感じていた。求める自分の為に無理を続けている様に。


アレはいつかの私だ。従士として無才なまま剣を振り続けていた頃の私だ。


勿論私と彼女を比べるなど烏滸がましいのは解っている。

先の通り私の力は大半が仮初だ。テオにも良く「もっと頑張ろうね」と言われている。

それに比べ彼女はどうだ。自分の力を研鑽して竜に挑む本物の強者だ。


なのに彼女は余りに余裕が無い。何時も必死で足掻いている。あれ程の強さを持ちながら。

だから何度か声をかけようとしていたのだが、良い言葉が出て来なかった。

けど彼女なら、セレス殿なら、イーリエ殿の力をもう少し抜いてあげられるのでは。


と思って声をかけ、セレス殿も同意してくれたのに、何故か彼女は一言も喋らない。

いや、話しかけられたら答えはするが、それ以上の事を話す気が無い様に見える。

まさかこれは私がどうにかしろと言う事だろうか、出来ないから助けを求めたのに。


「あ、あの、弟と貴女は、一体どういう関係なのでしょう・・・!」


更に何故こんな話になっているのだろう。一瞬何を言われたのか解らず呆けてしまった。

彼女が受けた手紙に何と書かれていたのかは解らないが、流石に考え過ぎだと思うのだが。

確かにあの子は私を何故か慕ってくれていたが、そこに特別な感情は無いと思う。


「フルヴァドさんは、優しい人だから、大丈夫だよ。弟君も、悪い子じゃ、ないと思うし」


だというのに何故かセレス殿は、その話を肯定する様な事を口にした。

驚いて思わず大きな声で咎めてしまったが、私は絶対に間違っていないと思う。

そもそも歳を考えるべきだ。私はもう行き遅れの年齢なんだぞ。


なのに前途ある、しかもまだまだ少年である彼が、私を想うなどあり得ないだろう。


「・・・何か、おかしな事、言った?」

「え・・・い、いや・・・」


だがセレス殿の声音は何処までも真剣だった。何も間違っていないという声音だった。

距離が近いから仮面の奥の目もはっきり見え、それが鋭く自分を射抜いている。

つまり私の想いは措いておくとして、弟君の想いは事実という事か。


それはそれで困る。待って欲しい。本気で待って欲しい。

あの子と私は下手をすれば親子ぐらいの歳の差が有るんだぞ。

いや、勿論流石にそこまでではないが、そう見えなくもない年齢差だ


弟君が真剣に想ってくれるのは嬉しいが、それに素直に応えられる歳ではない。

むしろもうそんな物諦めていたんだぞ。なのに突然なんだこの話は。

適当な返事をするのは失礼だと理解しているが、だからといって何と答えろと!?


「錬金術師さんが、セレスさんがそう言われるのでしたら・・・私は、信じます」


私が混乱している間に、イーリエ殿はセレス殿の言葉を納得してしまっていた。

待って。本当に待ってくれ。私はまだ何も答えていない。

いや多分私がセレス殿の問いに詰まったのを見て、肯定と判断してしまったんだろうが。


「・・・うん、焦らなくても、大丈夫、だよ」

「―――――はい、ありがとう、ございます。そう、ですね」


そこで気が付いた。セレス殿は私の提案に乗って今の話題を続けたのだと。

少女は何時も張り詰めている。常に努力を続けている。

その一番の理由は、彼女の大事な弟の為だと聞いた。


つまり万が一自分の力が足りない時、弟を任せられる人が欲しかったのだ。

それが弟自身が望む人で、そして信用に足る人物なのか。

もし信頼できるのであれば・・・彼女は一つ肩の荷が下りる。

弟の為にと焦らずに、自分の為に努力を続けられると。


あんな安心した顔をされては、下手に否定を口に出来ない。

何よりこれは私が望んだ事だ。セレス殿に私が頼んだのだ。

でも私は手を出していないからね。そんな話本当に今知ったからね。


・・・仕方ない。誤解はグインズ殿が来た時に解けると信じよう。


『キャー?』

『キャー』

『『『『『キャー♪』』』』』


・・・山精霊が相談をしている。物凄く嫌な予感がする。まさか今の話広める気!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る