第408話、師匠としての相談に向かう錬金術師

アスバちゃんと弟君に別れを告げ、荷車を飛ばして帰路へつく。

出かけたのが少し遅かったのもあって、帰る事にはもう日が傾きそうだ。


「はぁ・・・緊張した・・・」

「お疲れ様ですメイラ様」

「パック君こそお疲れ様です」

『『『『『キャー・・・』』』』』

「ふふっ、精霊さん達もお疲れ様」


メイラは床にぺたりと座り込み、とても疲れた様に大きな息を吐いている。

それに反してパックは余裕そうだ。どちらかと言うとパックの方が疲れてそうなんだけど。


精霊達もその仲間のつもりなのか、二人と一緒になってぐでーんとしている。

ただ小声でキャーキャーと相談してから転がったのは気のせいだろうか。

でも頑張ったのは事実か。二人の戦い方は精霊達が居てこそだし。


「グインズさん、凄く強かったですね・・・」

「ええ。本物の魔法使いとはアスバ殿の様な方を言うのでしょうが、彼もまた本物の魔法使いだと思いました。アレは格が違う。魔法戦では勝てる気が全くしません」

「黒塊の力を借りても、多分周囲の被害無視した戦い方をしないと勝てないと思います」

「はい。今回はお互い手の内を知らないから勝てた。次はこう上手くは勝てないでしょうね」


弟子二人は弟君との手合わせを振り返って、冷静に分析している。

大体私の考えと一致している。多分二度目はあんなに簡単にはいかない。

弟君結果としては負けたけど、判断力も対応力もしっかり持っている子だ。

アレは強くなると思う。少なくともまだ発展途上だ。それはこの二人も同じだけど。


「っ・・・」

「パック君、何処か痛むんですか?」


そこでパックが痛そうに表情を歪め、慌ててメイラが訊ねる。

抑えている所から察するに、多分魔法を結界無しで受け止めた時かな。

あの時魔法は防ぎはしたけど、衝撃は当然受けている。打ち身は有るだろう。


「パック、これ塗っておくと良いよ」

「すみません。ありがとうございます、先生」

「パック君、私が塗ってあげますよ」

「だ、大丈夫ですよ。全部正面で受けてるので、自分で塗れますから」

『『『『『キャー?』』』』』

「待って待って、ローブから薬を勝手に出さないで。良いから、自分で塗るから」


打ち身用の塗り薬を取り出し、メイラが受け取って構える。

けれどパックは自分でやると薬を手に取り、メイラはちょっと残念そうだ。

姉弟子らしい事をしたかったのかもしれない。私が師匠らしい事をしたかったのと同じで。

精霊達は多分、私達がやってるから自分もしたくなったんだろう。


「今日は帰ったら、もうゆっくりしようか。家に着く頃には日も傾いてると思うから、のんびりお茶でも飲んで休憩してから、今日はライナの店に行こっか」

「はい、先生」

「解りました、セレスさん」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊は食堂に向かうのが嬉しいのか、即座に立ち上がって踊り始めた。

やっぱり疲れてないよね君達。そもそもこの子達って疲れるんだろうか。

疲れた『気分』になってるだけな気がする。


家に着くと、何時も通り庭で家精霊と山精霊達が迎えてくれた。

精霊達に留守の礼を言ってから家に入り、一旦お茶にして一息つく。


「ふぅー、美味しい・・・」


弟君と向かい合っていた緊張がほぐれる気がする。

あの子は悪い子じゃないと思うんだけど、視線が強いんだよね。

どうしても気になってしまって、体が強張ってしまう。

ちょっと疲れた。今度は弟君抜きでアスバちゃんに会いたいな。


「あ、そうだ。ねえパック」

「はい、何でしょう」

「弟君がお姉さん気にかけてた事、伝えてあげた方が良いよね」

「・・・そうですね。彼女も弟の事を気にかけていましたし、伝えた方が喜ぶでしょうね」

「そうだよね。んー、食事の後じゃちょっと遅いし、どうしようかな」


少し悩む。今日の夕食はライナのお店で食べるつもりだ。

それに今日は相談もしたい。となると帰る頃にはもう真夜中だ。

流石にその時間に会いに行くのは迷惑だろう。


急ぎの内容でもないしなぁ。でもそれを考えたら今日じゃなくても良いのか。

一旦今日はのんびり食事にして、明日空いてる時間にでも会いに行けば良いかな?


「先生、良ければ僕が伝えておきましょうか。どうせ領主館へは用がありますから」

「ん、良いの?」

「はい。先生が望むのであれば」


パックの提案はありがたい。私あの少女の事まだ慣れてないし。

ただ毎回弟子に頼っても良い物だろうか。なんてちょっと思ってしまった。

思わずチラリとメイラを見てしまい、どうしたものかと首を傾げる。


私はこのまま弟子に外の事を任せて、ずっと引き籠るようになるんじゃないかな。

それはそれで理想的で素敵なんだけど、師匠としては少し間違っている様な。

うーん、悩む。こんな事で悩むようになるなんて、私もだいぶ変わったと思う。


「あ、あの、私も少し彼女の様子を見に行きたいので、着いて行って良いですか?」


ん、メイラって、もしかしてあの子と仲良くなってるのかな。

そういえば前に遅い時間に、領主館に行きたいってお願いされた覚えがある。

あの時は良く解らずに良いよと答えたけど、彼女に会いに行ってたのかも。


「ん、解った。気を付けてね?」

「は、はい!」


二人で向かうとなると、多分絨毯で向かう事になるだろう。

最近は大分安定して飛べるようになったけど、たまーに心配だったりする。

ライナには、あまり心配し過ぎても嫌がられるわよ、って言われて我慢してるけど。


となると、もうちょっと気軽に会えるようにしてあげた方が良いのかな。

彼女もお休みの日は有るだろうし、遊びに来られる様にとか。

その事もライナに相談しよう。弟子が友達作ってる邪魔はしたくないし。

でもメイラの友達と考えれば、あんまり緊張しなくて済むかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「いらっしゃい、セレス。パック君とメイラちゃんも」

『『『『『キャー!』』』』』

「はいはい、精霊達もね」


セレスさんの事前の指示通り、今日はライナさんの食堂へ向かった。

最近は食堂に向かう日と、家で食べる日が半々ぐらいになっている。

セレスさんは毎日でも来たいみたいだから、多分私達を気遣ってくれてるんじゃないかな。


食堂に来ない日は、大体私達が魔法の訓練で潰れてる日だ。

あの家にいると回復が早まるし、食事を食べ終わる頃には元気になってる。

パック君が翌日ちょっと疲れてる日からそうなったから、きっとそうだと思うんだ。


あの時のセレスさん、少し悩む様子だったし、その日はライナさんと奥の部屋に向かったし。

セレスさんはライナさんを物凄く信頼している。相談があると良く奥の部屋で話している。


それにこのお店は『要人の集まる店』だ。


リュナドさんは元より、フルヴァドさんやアスバさんもこの店に来る。

偶に領主様や、元国王様も来る事が有るとか。そもそも精霊殺しが働いている。

現王太子様が今私の隣に居るし、良く考えたらとんでもないお店だと思う。


だからなのか、セレスさんはちょくちょく二人で奥の部屋に向かう。

きっと私達に話せない事を、他の誰かに伝える事を頼んでいるんじゃないのかな。

実際何かあると、リュナドさんは大体食堂に来てライナさんに話を聞くみたいだし。


直接本人に聞いて欲しいわ、とライナさんが愚痴っていたのを覚えている。

その点を考えても、本当は毎日様子を見に来たいと思ってるんじゃないかな。


「ライナ、ちょっと話したいことが有るんだけど、良いかな」

「ん、解ったわ。二人はゆっくりしててね」


そして今日もセレスさんとライナさんは奥の部屋へ向かって行った。

多分今日は魔法使いの姉弟に関しての事だろう。

今後の扱いをどうするか、きっと私の行動で結果が変わると思う。


だってパック君が行くと行った時、セレスさんは私に視線を向けた。

アレはきっと、私に呪いの様子を見に行って欲しいって意味だと思う。

だって私が行きたいと言ったら、セレスさんはすぐに頷いてくれたから。


私はパック君ほど察しが良くない。だからセレスさんは結構露骨な態度を取る。

本当はパック君が提案した時点で付いて行くべきだったんだろうな。


「パック君は凄いですよね。セレスさんのして欲しい事直ぐ気が付けて」

「先生は割とわかり易く指示してくれますから、さほど難しくは無いですよ」

「うー、それじゃあ私が駄目な子みたいじゃないですかー」

「ふふっ、そうとは思いませんが、姉弟子様が足りない分は僕が補いますよ」


そう言ったパック君の目は、何時もより少し自信が籠っている様に見えた。

きっとグインズさんとの戦いで、彼はやっと吹っ切れたんだと思う。

自分が弱い事をずっと気にしていたから。そんな事些細なのにね。


パック君はセレスさんの弟子として、物凄く役に立ってるのに。

国内の事ならパック君が「こうしろ」っていうだけで大体できちゃうんだよ?

私にはそんな事は無理だから、どう考えてもパック君の方が凄いのになぁ。


でも何回か言ったんだけど、それじゃパック君納得してくれないし。

気持ちの問題なんだろうとは思う。だって私にも気持ちは解るから。

土壇場で役に立てなくて、見てるだけしか出来ないって結構辛いもん。

何て思っていると、セレスさん達が戻って来た。


「二人共お待たせ。そろそろ帰ろうか」

「はい、先生」

「解りました、ライナさん、失礼します」

「ええ、気を付けて帰ってね」


手を振るライナさんに手を振り返し、私達は指示通り領主館へ向かう。

すると領主館の一角に、どす黒いものが渦巻いているのを感じた。


「彼女、あそこに居ますね」

「この距離で解るんですか?」

「はい。多分繋ぎ先が消えた事で、呪いの形が少し壊れたんだと思います」


前と違って近づいてよく見なくても、はっきりと見える程の酷い呪い。

沢山の人の怨念を詰め込んだ様な気持ちの悪い物があそこに在る。

ただその呪いは回りに害を及ぼすというより、彼女を侵食している様な・・・。


「あれ、でも、まって、これって・・・」


一瞬そう見えたけれど、良く見ていると何かがおかしい。

これは呪いが侵食しているんじゃない。彼女が少しずつ取り込んでいる。

怨念の様な力を、ちょっとずつ自分の力にしている様に見えた。


彼女は身の丈以上の力を抑え込んでいる。アレを『自分の力』にしようとしてる。

根拠はないし、それが正しい自信もない。けれど私にはそんな風に見えた。


「凄い・・・」


私には呪いは効かない。だからその苦しみは解ってあげられない。

でも彼女の恐怖が少しだけ解る、呪いが見えるからか彼女の心が私に伝わる。

負けるものかと。お前らの良い様になってたまるかと、ずっと闘っている。


苦しさも、辛さも、悲しさも・・・その強さも。

呪いの渦に彼女の感情が伝わる。私に伝わって来る。

思わず胸が苦しくなる程に、前を向いて戦い続けている彼女の強さが。


「・・・グインズさんがお姉さんの事を慕う理由が解りますね。あの人、凄い人です」

「メイラ様がそう仰る程の事ですか。先生が気に掛ける訳ですね」


彼女の心を覗いたせいか、目から少し涙がこぼれた。

その涙をパック君が拭いてくれて、ちょっとだけ恥ずかしくなる。


「え、ええと。多分私が何かをする必要は、無さそうです。パック君を送ったら帰りますね」

「解りました。では僕は明日にでも彼女に弟君の近況をお伝えしておきます。メイラ様に完膚なきまでに負けて落ち込んでいた事とか」

「それは可哀そうなので止めてあげて下さい・・・大体勝ったのはパック君じゃないですか!」

「いえいえ、あれはメイラ様が居てこそなので」

『『『『『キャー!』』』』』

「勿論、精霊達もね」

『『『『『キャー♪』』』』』


パック君の言葉に思わずふふっと笑ってしまい、そのまま領主館の庭へと降りる。

今日の事は報告は必要無い。良い方向に動いているなら、きっとセレスさんの思惑通りだし。

帰ったら今日の事を家精霊さんに話して、それからゆっくり寝ようかな。

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