第407話、やる事もやったので帰る錬金術師

荷車から装備一式を取り出し、外に出ると強い視線を感じた。

何故か知らないけれど、さっきまで落ち込んでいた弟君が私を見ている。

しかもやけに力の籠った目で。な、なんだろう、ちょっと、怖いんだけど。


少しびくびくしながら、余り気にしない様にと思いつつアスバちゃんに道具を渡す。

いや、渡そうとしたら断られてしまった。胸当てぐらいは良いかなと思ったんだけどなぁ。


でもその割には、私が前に渡した道具は持っててくれてるんだよね。

もしかしてあれかな。これらは身を守る為じゃないから良いって事なのかな。

今回持って来たのは完全に防具だし、それが気に食わないのかも。


実際彼女に防具は基本的に要らないし、前にもそんな話をしていた。

もし防具が役に立つ時が来たら、それは彼女の魔法を貫いている。

ならたとえ竜の素材でも貫通しかねないから、彼女にしてみれば不要なんだろう。


とはいえ、そういう事態にこそ防具があると、ギリギリ助かる事も有るんだけどな。

ただ彼女の普段の言動から、流石の私も要らないって言われるかな、って予想はしていた。

友達の言動の予想が当たって少し嬉しい。でも睨まれてるのがちょっと怖い。


「そ、じゃあ好きに使わせて貰うわ」


あ、あれ? つ、使うの? 必要ないって言ったから、要らないと思ったのに。

友達の気持ちが解ったつもりになってただけだった。とても悲しい。

というか、睨まれてるの怖かったんだよ。要るなら何で睨んだの?


「サイズ的にグインズにも合うでしょうしね」


相変わらずの自分にちょっとへこんでいたせいで、かなり反応が送れた。

けれど彼女の言葉の意味を理解して、チラリと弟君へ目を向ける。

相変わらず何だか強い目でこっち見てる。凄く気になるから止めて欲しい。


アスバちゃん用だったけれど、弟君は彼女と体格が近い。

男の子だからすぐに彼女を追い抜くだろうけど、少なくとも今は大差が無い。

ならこの防具を彼に使えなくもないかな。うん、ちょっと調整すれば大丈夫そう。


それに彼はまだ未熟だから、アスバちゃんと違って防具は大事だ。

何よりアスバちゃんの要望だ。すぐにでも彼に合わせてしまおう。

そう思い彼に近付につれ、彼の顔の険しさが強くなっていく。


・・・もしかして私、この子に嫌われてる? 


何か嫌われる事したかな。全く身に覚えが無いんだけど。

最初に魔法石を掴んだのが原因、ではないよね。

あれは彼が動いたから、私も反射的に構えただけだし。


原因は解らないけど、この感じだと触って確かめるのも嫌がられるかな。

というか、私が怖いんだけどね。本当は目を逸らしたいけど、計らないといけないし。

ちょっと誤差が出ちゃいそうだけど、目測でやるしかないかな・・・。


「ありがとう、ございます・・・これを纏うに値する様になって見せます・・・!」


目測で微調整をして道具を手渡すと、彼はとても真剣な表情でそう言った。

何だか私の弟子達と同じ様な事を言うね。いや、もしかして同じ気持ちなのかな。

彼はアスバちゃんの弟子と言って良いだろうし、なら彼女と同じ装備が嬉しいのかも。

そう考えるとさっきまでの強い目は、もしかしてこれが欲しかったのかな?


「・・・頑張って、ね」

「っ、は、はい・・・!」


私とアスバちゃん、そして私の弟子達と彼女の弟子。

何だか関係を重ねてしまい、自然と応援の言葉が口から出た。

ただその強い目は止めて欲しい。まだ彼に慣れてないからどうしても怖い。


「・・・じゃあ、私は、帰るね」


アスバちゃんと久々に会ったのだから、本当はもっと話をしたい気持ちはある。

けどあんまり訓練の邪魔するのも何だし、何より私は弟君の目が若干苦手だ。

今日は帰ろう。そして日を改めて覚悟して来るか、彼女が帰って来るのを待とう。

最低限アスバちゃんが元気な事は確認できたしね。今日はそれで満足。


「あら、もう帰るの? 王子殿下に会って行かない訳?」

「・・・何で? 彼に用は、無いよ?」

「ぶふっ・・・くくっ、そ、そう、そうよね。アンタホント最高だわ。あははっ!」


彼女の問いに首を傾げると、何故か大笑いをされてしまった。

何が面白かったんだろう。だって用は無い物は用が無いし。

用も無いのにお城に行きたくない。あそこ人いっぱい居るもん。


「・・・彼が来るなら会うけど、私から行く気は、無いよ」

「ふふっ、そう、じゃあ殿下にはそう伝えておくわ」

「・・・ん、お願い」


彼の事は一応知り合いだと思ってるし、お母さんの・・・友達? になるのかな。

それに色々お願いも聞いて貰っているし、家に来る分はちゃんと歓迎する。

アスバちゃんが伝えておいてくれるなら、そのうちまた遊びに来ると思うし。


「・・・じゃあね」

「ま、待って下さい!」

「っ!?」


今度こそ帰ろうと荷車に足をかけた所で、次は弟君に引き留められた。

びっくりした、大声で近寄って来るんだもん。

な、何かな。もしかして装備の調整に不満でもあったのかな。

不安になって彼を見つめ返すと、彼の目が更に鋭くなってとても怖い。


「っ・・・あ、あの、一つだけ、聞かせて欲しいんです。姉は・・・姉さんは、元気ですか?」


あ、ああ、なんだびっくりした。お姉さんの事を聞きたかっただけか。

彼の目の鋭さは、お姉さんが心配だったからなのかな。

という事はもしかして、ずっとそれが聞きたくて私を見ていたのか。


何で睨むんだろうと思ってたけど、理由が解って少し安心した。

でもやっぱりまだ怖いから睨むのは止めて欲しいなぁ。


「・・・お姉さんなら、元気だよ。竜と毎日、訓練してるから」

「そうですか、姉さんは元気ですか・・・・・・竜と?」

「・・・うん。一日でも早く一人前になる為にって、竜と魔法の打ち合いしてるよ。それまでは君に会えないって。必死になって頑張ってる」

「そ、そう、ですか・・・あ、ありがとう、ござい、ます?」


お姉さんが元気な事を伝えると、弟君は気の抜けた表情でお礼を告げた。

多分よっぽど心配だったんだろうな。お姉さんにもこの事を伝えてあげよう。

彼女も弟君の事を気にしていた気がするしね。


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来た時と同じ様に、荷車が空を飛んで行く。

何故あの魔力量で飛べるのか、やっぱり不思議で仕方ない。

そうして荷車が小さくなるまで見つめ、消えた所で視線がアスバさんと交わる。


「良かったわね、セレスに認めて貰えて」

「・・・認めて貰えたんですか?」

「じゃなきゃアンタの為にそんな物渡さないでしょ」

「・・・まさか、これは元から俺の為だった、という事ですか」

「そーよ。ま、アンタが渡すに値するか、試していた節が有るけどね」


試されていたのは勿論解っている。最初の時点からずっと試されていたと。

あの恐怖を叩きつけられた時点で、先ず俺の実力の程を確認されたんだろう。

そして弟子達が挑んできたのも、きっとその延長なのだろうと解る。


ただその結果は無様も無様だ。

アスバさん達に訓練を付けて貰って、多少はマシになっていたと思ったのに。

完全な油断で完膚なきまでに叩き伏せられた。余りにも無様過ぎる。


だからアスバさんの指示で、彼女が俺に道具を渡した時、叱られている気がしていた。


お前はこれから彼女と同じ物を纏う。その意味をきちんと理解しろと。

自分が無様を晒す事は、彼女の顔に泥を塗る行為になるんだぞと。

あの『頑張れ』も死ぬ気で強くなれという類の意味だと思っていた。


「認められたとは・・・思えないですが」


手渡された装備を胸に抱き、思わずそう答えてしまった。

何せ俺は負けたんだ。あの一番弟子の彼女にも、なす術無く負けた。

戦況を操作していたのはパックだ。けど一切合切を無視して俺を倒したのは彼女だ。


結界は確かに張っていた。魔法を放つ為の魔力も練っていた。

それら全てが一瞬で吹き飛ばされ、意識も完全に呑まれてしまった。

彼女達は一切の油断も無く俺を打倒して、その上実力も遥か上をいかれている。


ここまでの無様を晒しておきながら、何をどう認められると言うのか。

だから悔しくて、情けなくて、不安で、彼女の事を見つめていたんだ。

一体彼女は俺をどう判断して、アスバさんに何と告げるのだろうかと。

その判断したいでは、俺が姉さんの足を引っ張る事になりかねない。


「アイツはね、敵には甘くない奴なのよ。いや、敵でも見込みのある奴には手を差し伸べる人間が正解かしらね。そんなアイツがアンタの為に装備を渡した。それだけで根拠は十分だわ」

「見込み、ですか・・・」

「ええ。アイツに見込まれた奴はね、殆ど例外なく何かしらに長けているわ。中にはアンタより遥かに弱かったのに、私と並ぶ所まで来た奴もいる。アンタもそうなれるかもね?」


この人と同じ高み。そんな未来はまるで想像がつかない。

少なくとも今の俺には、余りに高過ぎる場所だ。


「多分アンタの姉をよっぽど気に入ったんでしょうね。王子殿下を放置して、挨拶も一切せずにアンタに会いに来たんだから。アンタと一緒で可愛い弟の事を褒めてたんじゃないの?」

「そうだと、嬉しいですね」


彼女は姉が元気だと言った。つまり姉と何度も会っているという事だ。

だから彼女は俺を見に来たのか。あの姉さんが褒める弟がどれ程のものかと。

そして俺には未だに納得は行かないけど、お眼鏡にかなったという事なんだろう。


姉さんが褒めてくれていたか。嬉しいけど、今は少し情けなくなってしまうな。

誰がどれだけ褒めてくれたとしても、自分自身が納得いかない。


「・・・なら、姉さんに恥じない為にも、認めてくれた彼女に応える為にも、何よりも俺を鍛えてくれるアスバさんに応える為にも、俺はもっと強くなろうと思います」

「そう、なら今後もきっちっり叩き伏せてあげるわ」


ニヤッと笑う彼女の魔力に冷や汗が出る。姉さんも同じ気持ちで鍛えているのだろうか。

フルヴァドさんから聞いていた『竜』という規格外の存在と戦って。


まさかそんな存在と戦って自分を高めているとは思わなかった。流石姉さんだ。

きっと俺がして貰ってる訓練と違って、もっと実戦に近い戦闘なのだろうな。

最初は思わず呆けてしまったけど、姉さんの鍛錬と思えば納得出来る。


「ただアンタが一番頑張る理由って、フルヴァドでしょ?」

「―――――っ、そ、それは、その」

「あははっ、声裏返ってんじゃないのよ」

「か、揶揄わないで下さいよ・・・」


フルヴァドさん・・・彼女に会う時は、こんな無様を晒したくはないな。

そして彼女の事を思い出すと、きっと彼女ならこんな無様を晒さなかったとも思う。

自分の弱さを理解している人だ。俺の様な馬鹿な油断は絶対にしないはず。


あの人は錬金術師が頼りになると言っていたけど、本当にその通りだったな。

おかげで俺に足りないものが良く解った。

アスバさん達強者と戦うだけでは、きっと気が付けなかったと思う。


「・・・俺、もっと頑張ります、フルヴァドさん」


強い貴女の隣に並べる様に。貴女に胸を張って会える様に。

そしてその時は改めて、錬金術師に礼を告げに行こう。

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