第406話、本来の目的を思い出した錬金術師

浮かない顔をしていると思ったら、パックは自分の勝ちだと思ってなかったらしい。

でもあれでパックの勝ちじゃないって言うなら、一体誰の勝ちになるんだろう。

どう考えてもパックの勝ちだと思うんだけどな。それじゃ駄目なのかな。


と思って本人に訊ねたら、良い笑顔で「勝ちました」と口にした。


やっぱりそうだよね。改めて考えて納得したのかな?

まあパックが納得したならそれでいっか。

そう思い笑顔のパックを褒め、怪我も無い事に安堵する。


ただそこまでが心配過ぎて、思わず抱きしめてしまった。

すると何故かパックは泣き出し、びっくりして私は一瞬固まってしまう。

抱きしめられたのがそんなに嫌だっただろうか。うう、私が泣きそう。


「・・・良かったですね、パック君」

「はい・・・」


あ、あれ、良かった、のか。じゃあ何で泣いてるんだろう。

もしかして嬉しくて泣いてるのかな。普段は恥ずかしがるのに。

そういう事なら何時もよりギューッと抱きしめて、何時もより一杯撫でてあげる。


こういう機会でもないと、パックは抱きしめさせてくれない。頭は撫でさせてくれるのに。

あ、そうだ。メイラも頑張ったのは事実なんだし、一緒に撫でてあげよう。

傍に寄っていた彼女も一緒に抱きしめ、二人の頭を両手で撫でる。


「・・・ほーんと、可愛がってるわねぇ。ま、そりゃ可愛いか。あれだけ頑張られちゃね」

「うん、可愛いよ。二人共、私の可愛い弟子だから」

「っ・・・!」


ただアスバちゃんの言葉を肯定すると、今度はメイラまで泣き出してしまった。

思いっきり泣いてる訳じゃないけど、すんすんと少し鼻をすする様な泣き方だ。

メイラも嬉しくて泣いてる、で良いのかな。多分良いんだよね?


うーん、何時も褒めてるつもりなんだけどなぁ。褒め足りないのかなぁ。

もしかして私、また知らない内に厳しい事やってたのかも。

帰ったらライナに相談してみよう。二人に嫌われるのは嫌だ。それは私が泣いちゃう。


『『『『『キャー!』』』』』

「あ、ごめんね。君達も頑張ったね」

『『『『『キャー♪』』』』』


二人を褒めていたら、一緒に戦った精霊達も褒めてくれとよじ登って来た。

メイラとパックを撫でる手の下に入り込み、自ら撫でられに来る。

そんな精霊達の様子に、泣いていた二人はクスクスと笑い始めてしまった。


ただそのせいでパックが離れてしまい、私は物凄く残念だったけど。

もうちょっと抱きしめていたかった。メイラも離れちゃったから寂しい。

今度パックを抱きしめられるのは何時になるだろう。本当に残念だ。


「しっかし気持ち良さそうに寝ちゃってまあ。ねえメイラ、これ起こして問題無いのよね?」

「は、はい。大丈夫、です」

「そ、りょーかい」


メイラの答えを聞いたアスバちゃんは、手元に水の魔法を形成していく。

相変わらず見惚れる程に鮮やかで、弟君の魔法が霞む技量だ。

弟君の技量はけして低くないどころか高いんだけど、やっぱり彼女の足元にも及ばない。


「ばーん」

「わぷっ!? な、なんだ!?」


彼女が落とした水の塊を被り、目を覚ました弟君。

慌てて体を起こして周囲を見渡し、そしてすぐに様子が落ち着く。


「・・・負けたん、ですね、俺」

「完膚なきまでにね。一番の敗因は何か解ってる?」

「・・・油断です」

「そうね。完全な油断。一戦目はまだ仕方ないと言えるかもしれない。それでもあれが実戦だったら既に命を落としてる。それだけの事をやって来た相手を意識から外した。致命的だわ」

「はい・・・」


凄い。アスバちゃんすっごくお師匠様っポイ。

メイラとパックを教えてた時も思ったけど、絶対私より教えるの上手だよね。

凄いなぁ。私もこんな風にしっかりお師匠様出来たら良いんだけどなぁ。


「手合わせで良かったわね。実戦で死なない為にも、今回の事は胸に刻んでおきなさい」

「はい。申し訳ありませんでした・・・」


弟君はしょぼんと落ち込む様に顔を伏せ、アスバちゃんの言葉に頷いて謝った。

とはいえこれは正論だ。今回の件を糧に出来なければ、彼は何時かあっさり死にかねない。

敵を意識から外す。それは余りにも愚行が過ぎるのだから。


「ま、今すぐの反省点はこの辺りにしておきましょうか。細かい指摘は他にも無い訳じゃないけど、負けてすぐに色々追い詰めちゃ可哀そうだしね」

「い、いえ、アスバさんの教えは、ありがたく思っています。問題が有るなら幾らでも教えて頂きたいです」

「今は気持ちを落ち着けなさい。今の落ち込んでるアンタじゃ、細かい教えは身にならないわ」

「っ・・・はい、わかりました」


成程。そっか。細かい教えは後回しの方が良いのか。参考になる。

私も今度からそうしようかな。でも後回しにすると言い忘れそうなんだよね。

それにその場で伝えてないと危ない事も有るし・・・うーん、難しいなぁ。


「そういえばセレス、アンタの用事はこいつを見に来ただけなの?」


え、何でそんな話に。私はアスバちゃんに会いに来ただけだったんだけど。

弟君に用は無かったのに、何故か弟子達が手合わせするって言い出しただけだよ。

そうだよ、忘れてた。随分後になったけど、彼女へと持って来た物を渡そう。


・・・それにしても弟君、かなりしょんぼりしてるけど大丈夫かな。

弟子達と戦った結果ってのを考えると、ちょっとだけ気になっちゃう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・これを渡そうと思って」


セレスはグインズをチラリと見ながら、胸当てやローブ等の装備類を持って来た。

ただしローブは私が貰った物と同じ作りで、自分の弟子達に渡している物とは違う。

けど素材はきっと弟子達と同じかな。これはきっと、そういう事なんでしょうね。


「私に防具なんて必要無い、って解ってるわよね?」


ジロリと見上げながら問うと、セレスの仮面の奥の目が細まった。

そして少し掠れた低い声が返って来る。


「・・・要らない気はしてたけど、もしかしたら要るって言うかなと、思って。フルヴァドさんの分を作るついでに、作っておいたんだけど・・・やっぱり、要らない、かな」


さっきまで普通のセレスだったのに・・・グインズが起きてるからかしら。

多分コイツの前では恐ろしい錬金術師様を続けるって事ね。

どういう理由が有るのか知らないけど、黙って乗っておいてあげましょうか。


んーで、フルヴァドのついでか。という事は、既にアイツは新しい何かを貰っているのかしら。

そして私が必要ないと解っていて作ったという事は、やっぱりグインズ用よね。

何時から用意してたんだか。それに私が鍛えるのを見越してたって訳?

確かにコイツの分は後々頼んでいたかもしれないわね。ホント、先回りが過ぎるわよ。


「そ、じゃあ好きに使わせて貰うわ。サイズ的にグインズにも合うでしょうしね」

「・・・ん、そっか。貴方の、好きに、使ってくれて、良いよ」


セレスはチラリとグインズを見てから返事をし、けれど私の言葉を否定はしなかった。

つまり予想通り、これはグインズの為に作ったって事でしょうね。

私とほぼサイズが変わらないから、私の為っていう理由を付けたみたいだけど。

現時点じゃそれが自然だしね。セレスがグインズに防具を作る理由なんて無いもの。


「・・・ただ、サイズの調整、少しした方が良いかな」

「持って帰るの?」

「・・・すぐ、出来るから、大丈夫」


セレスはそう言うと、グインズの元へと近付いて行く。

ただ近付くにつれ少しずつ威圧感が増してるのは気のせいじゃないわよね。

あんまりビビらせないであげてよ。ただでさえ落ち込んでんだから。


「・・・立って、くれる?」

「は、はひ!」


あーあーあー。完全にビビってんじゃないのよ。声が怖いって。

けれど直立不動になったグインズを、セレスは容赦なくじっと見つめる。

それから持って来た道具類を少し弄ると、それらを全て彼に手渡した。


「・・・アスバちゃんが、貴方にあげるって」

「っ・・・はい」


私と同じローブ。それを纏うという意味。つまり私達の身内だと言う様な物。

その事に気が付いたのであろうグインズは、落ち込みも怯えも消えた表情だった。

むしろ覚悟を決めた様な目で、力の籠った目でセレスを見返して受け取っている。


あの子割と単純だからね。何となく考えてる事が解るわ。

アスバさんの教えを受けた者として恥ずかしくない様に、とか思ってるんでしょ。

私としては正直どーでも良かったりするんだけどねー。


「ありがとう、ございます・・・これを纏うに値する様になって見せます・・・!」


ま、セレスの威圧に怯えなくなったのは、大きな成長って所かしらね。

至近距離のアイツの眼光、私でも結構迫力あると思っちゃうし。

そう考えると、落ち込んだ後のケアも考えての行動だったのかしら?


ほんと、相変わらず人間を転がすのがお上手です事。

一番怖いのは、その行動の結果が本人にとって一番良い事よね。

勿論それは味方に限る、っていう前提が在る訳だけど。




・・・グインズの言葉にちょっと嬉しくなってる私も、結局単純で転がされてるのかしらね。

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