第405話、弟子の言葉に疑問を持つ錬金術師
「確かに、これはパックの勝ちね」
『キャー♪』
封印石を放ったパックと山精霊を見て、ニヤッと笑いながら彼女は言った。
精霊は頭の上だから表情は解らないけど、声はとてもご機嫌だ。
そして次の瞬間には黒い力が弟君を飲み込んでしまう。
「直撃か。ま、今のはもう間に合わないでしょうね」
「ん、そう、だね」
魔法を放った山精霊とパックは、ぎりぎりまで動く様子を見せなかった。
パックは離れた位置で座って眺めていたし、精霊達は服の中で静かにしていたんだろう。
そしてメイラが力を使って威圧して、完全に意識が外れた所での封印石。
アレは間に合わない。むしろ反射的に魔法を放たなかった弟君を褒めるべきだ。
どれだけ早く魔法を放ったとしても、隠匿していなければ魔法を放たれた事は解る。
なら弟君は反射的に魔法を撃ち返してもおかしくはなかった。手元で用意していた魔法を。
けれど彼はあの一瞬で『どんな魔法か』を判断して動きを止めたんだ。
それが決定的な隙になってしまったけれど、それでもあの状況では最善の行動だった。
封印石の結界は若干魔法を内側に反射させる。
手元で練っていた魔法は複数。どれも自分の張った結界と同程度練られていた。
なら即座に封印石を打ち破れるだろうけど、その一瞬に全力の魔法が自らを襲う。
弟君はそれを見ただけで理解した。魔法の力量と瞬間の判断力は評価出来る。
とはいえ、それら全てを逆手に取ったパックの方が上手だった。という事なんだろう。
「・・・ねえ、泡吹いて・・・何か変な跳ね方してるんだけど、あれ、大丈夫、よね?」
「大丈夫じゃないと思うけど・・・メイラが居るから、何とかなる、と思う」
多分あの状況は呪いの力が原因だし、それならメイラが直してくれるはずだ。
そう思って答えると、アスバちゃんはホッと息を吐いた。
「ん、何か騒いでるわね。あの子」
「そうだね、私達も行った方が良いかな・・・あ、黒塊が投げ捨てられた」
メイラが慌てて弟君に近付き、突然振りかぶる様子を見せる。
その手が降ろされると、黒塊らしき小さな黒い物が地面に叩きつけられた。
黒塊自体は実体が無いはずなのに、何故か精霊やメイラに叩かれると跳ねるんだよね。
「もしかしてあの状態は、アレが余計な事した、って事かしら」
「多分、そうだと思う。取り敢えず近付くね」
『キャー♪』
「ん、じゃあ、任せるね」
三本勝負って話だったし、さっきので決着と考えて良いだろう。
荷車を精霊に動かして貰い、三人の傍に寄る頃には弟君の呼吸は安定していた。
ただメイラが彼に触れて集中しているから、この子が離れるまでは静かにしてる方が良いかな。
アスバちゃんも同じ考えだったのか、弟君の顔を覗き込みながら黙って見ている。
「ふぅ・・・これで、大丈夫、だと思います・・・」
「お疲れ様です、メイラ様」
『『『『『キャー♪』』』』』
メイラが大きく息を吐くと、弟君はさっきより血色が良くなっている様に見えた。
精霊達も一緒に手をかざしていたのは、メイラを手伝っていたんだろうか。
何となく違う気がする。あくまで何となくでしかないけど。
因みに黒塊は地面に落ちて動かない。投げられてショックだったのかな。
「お疲れ、メイラ」
「っ、セ、セレスさん、あ、そ、その、最後に、失敗、しちゃいました・・・すみません」
声をかけるとメイラは驚いた様に跳ね、そしてアワアワと随分慌てて謝って来た。
失敗っていうのは、最後の一撃の加減だろうか。あんな風にさせる気は無かったって事かな。
でも仕方ないんじゃないかな。手合わせを始めた以上、そういう事態は起こりえる訳だし。
それに冷たいかもしれないけど、私は二人が無事ならそれで良いかなって思っている。
「謝る必要は無いわよ。これは手合わせなんだから。相手を殺さない様にさえ加減していれば、責める様な事なんて何一つないわよ。むしろ負けたこいつが未熟なだけ。そうよね、セレス」
「ん、そうだね。メイラは、出来る事をやっただけだと思うよ」
『『『『『キャー♪』』』』』
声音から察するに、少し泣きそうになっているメイラを撫でる。
この子は戦いに向いていない。けれどそれでも頑張って戦った。
ちゃんと決められたルールも守ったし、悪い事なんて何一つない。
精霊達は多分何にも考えてないだろうけど、私達を肯定する様に鳴き声をあげた。
けど失敗という点を考えるなら、ちゃんと手伝えなかった君達の失敗では?
いや、黒塊が何かしたみたいだし、精霊達を責めるのもまた違うか。
「あ、ありがとう、ございます・・・」
「ん」
まだちょっと浮かない様子みたいだし、機嫌が直るまで頭を撫でていよう。
落ち込んでるときはこうやって撫でて貰うと、随分気持ちが楽になるからね。
アスバちゃんはそんな私達から視線を切り、しゃがんで弟君の頬を突きながら口を開く。
「つーか、二本目も実質勝ったようなもんでしょ、アレ。コイツまんまと嵌められた訳だし」
「それは・・・どうかな。負けは負けだと思う。二本目の状況じゃどう足掻いてもパックは弟君に勝てなかったし、メイラも彼に一撃を入れられたかは解らなかった」
「厳しいわねぇ、アンタ。ま、だからこそ二人が優秀なんでしょうけど」
厳しい、かな。客観的な事実だと思うのだけど。
だってパックはどう足掻いたって、正面から弟君に勝つのは不可能だ。
そしてメイラの攻撃も、弟君の移動が自由なら躱せた可能性が高い。
黒い攻撃は遅くはないけれど、けして躱せない攻撃ではないのだから。
とはいえ二人が優秀と、そう褒められる事自体は嬉しい。
実際私も凄く優秀だと思う。特にパックの立ち回りはかなりのものだ。
格上に勝つ為に、確実に勝つ為に、ひとつずつ手順を踏んで場を整えていた。
今回の勝利者はパックだ。メイラには申し訳ないけど、私はそう思う。
「あ、あの、セレスさん、でも、パック君は・・・パック君がいたから、私は、勝てたと、思います・・・私ひとりじゃ、こんなに上手く、行きませんでした・・・」
するとメイラは何故か、パックのおかげで勝てた事を態々私に告げた。
それは勿論解っているんだけどな。メイラもルール的に本気を出せなかっただろうし。
少し不思議に思い首を傾げ、そのまま視線をパックの方へと目を向ける。
・・・んー、なんか、パックも、浮かない顔してる、様な。何でだろう?
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「それは・・・どうかな。負けは負けだよ。二本目の状況じゃどう足掻いてもパックは弟君に勝てなかったし、メイラも彼に一撃を入れられたかは解らなかった」
先生の評価は正しい。僕ではきっとどう足掻いても、彼に勝つ事は出来ない。
そしてメイラ様に関しても正しい。彼女は戦闘に適していない。
彼が足を止めずに逃げ回り始めれば、メイラ様が追いつけるかは非常に怪しい。
もしそうなった場合、捕まえるには『本気』を出さなければいけなくなるからだ。
本物の神と渡り合える彼女の本気。もしそんな力で戦えば彼は死んでしまう。
だから、先生の評価は何処までも正しく、僕は粛々と受け止めるべきだ。
先生のおっしゃった事は純然たる事実。ならば僕はその事実を受け入れなければいけない。
僕は弱い。強者と戦う力など無い。無理をすれば勝てる、なんて事を考えてはいけないんだ。
たとえそれが、やはり力量自体は低い、という厳しい現実だとしても。
「厳しいわねぇ、アンタ。ま、だからこそ二人が優秀なんでしょうけど」
アスバ殿が優秀だとは言ってくれたが、先生はその言葉に何も返さない。
当然だろう。確かに今回上手く行きはしたが、それは結果論に過ぎないのだから。
本当なら手段を選べるだけの幅が有って、初めて優秀と言えるのだ。
僕にはあれが限界だった。僕にはあれしか策が無かった。
確実な勝ちの為に、自分の弱さを受け入れて負けるしか、手段が無かったんだ。
それを間違っていたとは思わない。ただ力が足りていない事も間違い無い。
けれど解っていても、自分の弱さを突きつけられると、やはり少し辛いな。
「あ、あの、セレスさん、でも、パック君は・・・パック君がいたから、私は、勝てたと、思います・・・私ひとりじゃ、こんなに上手く、行きませんでした・・・」
優しいメイラ様は、師に怒られるのを承知で私を擁護してくれた。気持ちはとても嬉しい。
けれど万が一にも、私の為に貴女が責められる事などあってはいけない事だ。
そう思い「良いんです」と口にしようとして―――――首を傾げる先生と目が合った。
仮面越しなので解り難いけれど、少し目が細められている様に見える。
いや、眉間に皴が寄っているのだろうか。どちらにせよ鋭い事には変わりない。
何時もの様な威圧感は無いものの、その鋭い目に思わず動きが止まる。
何かお咎めが有る、という事なのだろう。何がいけなかったのだろう。
上手くやったつもりだった。力は無い代わりに出来る事をやったつもりだった。
けれど先生の目から見れば、何かが足りなかったのだろうか。
いや、足りない事なんて解り切っている。私にはまだまだ足りないものだらけだ。
「パックは、何で、そんな顔してるの?」
「えっ・・・」
ただ咎められると思っていた先生の声は、予想外にとても優しい。
そのせいか余計に言われた事の意味が解らず、思わず疑問の声をあげてしまった。
てっきりダメ出しをされると、まだまだ足りないと言われると思っていたのだから。
けれど実際に先生が口にした言葉は、僕の表情に対する事。
「二戦目で負けた事、不満だったの?」
「い、いえ。そんな事は有りません。アレは次の勝ちを拾う為に必要な事だと、思っています」
「そう、だね。負けたから、弟君はパックから意識を切った。本気なら取るに足らない相手だと思わせたから、彼はパックが戦闘をもうしないと思い込んだんだろうし」
「はい、その為に、メイラさまに意識を向けさせる為に、声をかけて誘導もしました」
彼女こそが本当の強者だと、僕はもう通用しないと思わせる様に。
完全に戦闘から外れた様に見せる為、全力で正面から挑んで完膚なきまでに負けた。
僕の持てる本当の限界でぶつかって、一切通用せずに負けたんだ。
「なら、パックの勝ちなのに、何でそんな浮かない顔、してるの?」
「―――――っ」
メイラ様の勝ち、ではなく、僕の勝ち、と先生は言った。
僕達ではなく、僕だけをさして勝ちだと断言した。
その事実が、嬉しくて堪らない。先生が評価してくれた事がとても。
「僕の勝ち、で良いのでしょうか」
それでも、その言葉を本当に受け取って良いのか、そう思う自分が居た。
自分の弱さは良く解っている。今回の戦法は二度と通用しない戦い方だ。
それでも勝ちで良いのだろうか。次は確実に負ける勝ち方なのに。
「・・・駄目なら、誰の勝ちになるの?」
すると先生は目が更に鋭くなり、少し低い声音で問い返して来た。
今のは馬鹿な事を問い返すな、という意味なのだろう。
勝者はお前で、それ以外の何者でも無いと。
ああ、そうか。大事な事を忘れていた。先生が表情を問うたのはそのせいだ。
顔を上げろ。自分の非力を認めろ。負けた事をきちんと受け入れろ。
僕は弱いんだ。竜神との戦いの際、先生が戦場から一番最初に遠のけた事がその証拠だ。
先生は何時も『僕が生き残る事』を最優先に考えていたじゃないか。
そして僕もそれに従っていた。それは必要に迫られてやっていた事ではないんだ。
先生は僕に弱者として必要な立ち回りを、ずっと示し続けてくれていただけ。
「勝ちました、先生。僕は僕の精いっぱいで、出来る事をやり切りました」
そうだ。自信を持って、そう言い切るのが本来正しいんだ。
僕は弱いなりに立ち回らなければいけない。弱いからと無理をするのも意味はない。
出来ない事を嘆いていたって仕方ない。弱い事を嘆いていたって仕方ない。
そう思っているからこそ、僕は自分の敗北を決定的な物に誘導したんだろうが。
勝利の為の布石。必要な捨て石。それのどこが不満なのか。
先生は言った。二戦目の負けは負けだと。僕では勝てなかったと。
つまり勝たなくて良かったのだ。負ける事が正解だと言ってくれていたのだ。
なのに僕は勝手な解釈をして、勝手に落ち込んでいた。それは先生の教えを貶める。
「ん、そうだね。頑張ったと思うよ。大怪我も無くて良かった」
だから先生は、そこで初めて僕を褒めてくれたのだろう。抱きしめてくれたのだろう。
お前はそれで良いんだと。状況を正しく見て策を練る事こそがお前の武器だと。
頭を撫でてくれる先生の手の優しさが、その考えをはっきりと肯定している様に感じた。
「・・・良かったですね、パック君」
「はい・・・」
僕は胸を張ります。弱者だと評価された事に顔を下げはしません。
だからどうか、嬉しくて涙が出るのは、今だけは許して下さい。
やっと・・・やっと今日、皆さんの傍に立てた喜びを、許して下さい。
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