第404話、弟子の勝ちを確信する錬金術師
パックが走り出した時、その時点で山精霊達がこっそりとメイラの中に入っていた。
多分指示を出したのはパックだろう。弟君の死角になる位置から入っていたし。
更にパックが特攻をかけた事で意識を持っていかれ、メイラの準備は邪魔も無く整った。
「相変らず禍々しい力ねー。ほんと、規格外の器よね、あの子。普通なら死んでるわよ」
「そう、だね・・・」
今のメイラの気配は間違い無く呪いの気配を強く感じる。
勿論その力が目で見えてきちんと認識出来る訳じゃない。
けれど得体のしれない嫌な感覚を、あの子からしっかりと感じ取れる。
ただ一つ気になるのは、黒塊はどうしたんだろう、という点だ。
「・・・黒塊無しでも、力を使える様になったのかな?」
黒塊の力を纏っているんだろうけど、さっき黒塊は出てこなかった。
竜神と戦った時は出していたのに、今回は呼び出す様子も無かったと思う。
まあ、もし黒塊を呼び出していたら、弟君も流石に途中で気が付いてたとは思うけど。
『キャー♪』
「え、そう、なの?」
不思議に思っていると、頭の上の子がご機嫌な様子で教えてくれた。
どうやらメイラと一緒の山精霊が、事前に黒塊を千切って持って来ていたらしい。
山精霊の手に収まる程度の小さな欠片。けれどそれは間違いなく黒塊の一部。
それだけあれば今のメイラは黒塊の力を行使できると。
「・・・もしかして、普段から持って出かけてた?」
『・・・キャー?』
精霊に問うと、惚けた様な声が聞こえて来た。多分視線も明後日を向いているだろう。
つまり普段から山精霊が千切って出かけて、山でこっそり試していたという事だ。
前から偶に千切ってたのは知ってたけど、そんな事までしてたなんて。
「・・・危ないんだけどなぁ・・・でも今のメイラなら、もう大丈夫なのかな」
家に来た頃のあの子には、黒塊に言う事を聞かせるなんて絶対無理だった。
けど最近のあの子は怖がるどころか、いう事を聞かない黒塊を叱りつけている。
制御の出来ないあの頃とはもう違うと考えた方が良いのかな。
「なによ、アンタだけ解った風に。私にも教えなさいよ」
「あ、ご、ごめん。えっとね・・・」
どうやら山精霊は私にしか事情を伝えていなかったらしい。
精霊から聞いた事と、私の予想を含めてアスバちゃんに説明をする。
「成程ねぇー。ま、メイラも何時までも子供じゃないんだし、大丈夫じゃないの?」
「・・・かなぁ」
アスバちゃんに子供かどうか、って話をされると反論し難い。
彼女は年齢的には子供だけど、能力的には一人前以上だし。
これからはそのつもりでメイラに接した方が良いのかなぁ。
「やだなぁ・・・」
そんな事を考えていると、ついそんな言葉が漏れた。
口にしてから自己嫌悪してしまう。なんだそれは。
弟子の成長なんだから、私は喜ばないと駄目なのに。
「・・・にしても、そろそろ動いてくれないかしら。両方動かないと見てて退屈なんだけど」
「ちゃんと弟君は動いてるよ?」
「アレは動いてるって言わないの、ビビッて守りを固めてるって言うのよ」
そ、そうかなぁ。私には脅威を正確に判断して結界を張ってる様に見えるんだけど。
パックと戦っていた時とは段違いな結界を、練りに練って防御を固めている。
それでもメイラに通用するか若干怪しいのだから、その行動は間違ってない様な。
ただメイラに関しては、動く気配がないのは確かだ。
間違い無く呪いを纏っているのに、何時もの黒い力を表に出さない。
ただ威圧感だけをまき散らして、弟君を警戒させているだけに見える。
「・・・多分、決着は一瞬だと思うよ」
「ふーん・・・どっちの勝ち?」
「んー・・・」
アスバちゃんに聞かれ、弟子達の様子を改めてみる。
メイラの立ち位置はきっとパックとしっかり相談したんだろう。
おそらく精霊達も同じ気がする。行動に無駄がない。
つまりここまでの行動は全て作戦通り、という事なんだろう。
「・・・パックの勝ちかな?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『結界まだ厚くなってるー』
『すっごいカチカチー』
『僕ちょっと怖くなって来た』
頭の中に山精霊の声が響く。そしてその言葉の意味が今の私には良く解る。
精霊達と同化しているおかげで、魔力の感じ取り方が段違いに上がっているからだ。
あの結界に込められた魔力量を攻撃に使えば、山精霊を容易く吹き飛ばせる。
精霊達にしてみれば、自分を簡単に殺せる魔法使いの前に立っているのと同じだろう。
『ふん、情けない。これだから貴様らは不要なのだ。我と我が娘さえ在れば良い』
『なんだとー!?』
『僕要るもん! 要るよね!?』
『僕達が千切って持って来たから一緒に来れたんでしょ!』
『ふん、我が娘が呼びさえすればそんな物は必要ない。我の答えは同じだ』
『呼ばれないもんねー! 呼ばないから僕達頼まれたんだもんねー!』
『大体僕達が居なかったらメイラは黒塊を中に入れないもん!』
『そうだぞー! やーい、ばーかばーか!』
お願いだから頭の中で喧嘩しないで欲しい。とても気が抜ける。
ただでさえ黒塊の制御に集中が要るのに、気が散ったら失敗しかねない。
今からやる事を考えると、絶対に失敗は許されないんだから。
なんて思っていると、彼の結界の魔力増加が止まった。
「お待たせした。準備の完了まで待って頂き感謝する」
「いいえ、こちらこそ、不意打ちの様な真似をして申し訳ありません」
「それは気にしないで頂きたいな。貴女の力を見破れなかった俺の未熟だ」
グインズさんは生真面目な返答をして、更に手元に魔力を圧縮し始める。
その視線は真っ直ぐに私に向いていて、実を言うとちょっと怖い。
戦意のある男性の視線に、思わず体が竦みそうになっている。
けれどそんな自分に活を入れて彼に応えた。
「それはきっとお互い様です。私も、パック君も、貴方の強さを闘って初めて理解出来ました」
「そうか、そう言って貰えると多少気が楽になる。俺を叩きのめしてきた人たちは、戦う前から相手の実力をある程度把握する様な人たちだったから」
「アスバさんは、基準にしちゃ駄目な人だと思います」
「ははっ、違いない」
彼はまだ仕掛けてこない。雑談をしながら仕掛ける隙を伺っている。
という演技なんだろう。申し訳ないけどその魔法の隠匿は通用しない。
黒塊がしっかりと彼が仕込んでいる魔法を見抜いている。
手元に圧縮した魔力はフェイントだ。勿論あれも攻撃に使うつもりなんだろう。
けれどそれだけと思わせておいて、同じ威力の魔法を連発する気だ。
ただ一瞬で複数放つ事が出来ないから、こうやって喋りながら仕込んでいるんだろう。
「では、そろそろ始めましょうか」
けれど彼はそんな事をおくびにも出さない。正々堂々の勝負の様に口にした。
一戦目のパック君が効いている。相手を下に見ず出来る全てを使って勝ちに来ている。
「ええ、始めましょうか。こっちも、準備は出来ていますし」
だから私も全力で戦おう。その為にずっと調整していた。
この人を殺さずに済んで、呪いを吹き飛ばせる力加減に。
黒塊と精霊さんが喧嘩をしながらも、ずっと私を手伝ってくれた。
「では―――――っ!?」
仕掛けようとした彼の動きが突然止まり、その目が驚愕で開かれる。
魔法は当然放たれておらず、そして視線が私から逸れた。
彼の視線の先に居るのは、二戦目で戦線を離脱したパック君。
実際は戦線を離脱したフリをして、私の準備をずっと待っていただけ。
そして私はもう『準備が終わった』から、彼は行動に移った。
事前に彼のローブの中に居た、二体の精霊さんの力を借りて。
「油断大敵ですよ。これは私達と貴方の勝負でしょう?」
そうニッコリと笑顔を見せながら、彼は封印石でグインズさんを閉じ込めていた。
持てるだけのありったけを、少しでも発動を早くする為に精霊達に頼んで。
パック君らしい、使える物は何でも使え、というやり口だ。
「まず――――――」
グインズさんの言葉はそこで途切れた。私が放った黒い柱の様な物に呑まれて。
とはいえ真横に放ったから、これを柱と言って良いのか解らないけれど。
そしてその黒い柱を手元に引き寄せ私の中に戻す。
後には結界も圧縮した魔力も吹き飛んで、黒い呪いに呑まれて気絶した彼が居た。
目を凝らして見ると、もう彼に繋がっていた呪いの糸は見えない。
どうやら狙い通り上手く吹き飛ばせたようだ。
力を練っていたのは何も彼だけじゃない。私も同じ様に力を練っていた。
彼の魔力量を見て、封印石の威力を考えて、呪い殺さないで倒せる威力を。
流石にこんな細かな調整は、精霊達と黒塊の協力が無かったら絶対無理だった。
それに当てられる保証も無かった。どれだけ調整しても避けられたらそこで終わりだ。
だから確実に当てられる様に、最初から全てパック君の作戦通り。
彼を打ち倒したのは私だけど、この勝負は最初から最後までパック君の手中だったと思う。
「メイラ様ー! これ不味くないですか! 彼ビクンビクン跳ねて泡吹いてますよー!」
「え、う、うそ!? な、何で!? ちゃんと加減したのに!」
『黒塊がさっきの打つ時ちょっとだけ力増やしたー』
『僕達は抑えようとしたんだよ? 僕悪くないよ?』
『ちょっと間に合わなかったー。てへ』
『我が娘に牙を向けたのだ。少々痛い目に遭って貰わねばな』
ああもう、また余計な事して!
ついさっきまで少し感謝の言葉を口にしようと思ってたのに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます