第403話、敗北を見守る錬金術師

戦闘開始の合図は無かった。それはそうだろう、一度目も無かったのだから。

先に手を出したのは弟君。小さな火の魔法を撃ち放った。

ただしその魔法は単体ではなく、風の魔法に乗せて加速させている。


防御のために使った魔法を攻撃にも応用するか。

二つの魔法を自然に混ぜて使える辺り、やっぱり魔法の技量はかなり高い。

あの使い方を技量の低い人間がやると、魔力がぶつかって弱い方が消えるだけになるし。


ただそれでも威力は抑えめだから、小手調べに放ったという感じなんだろう。

パックはその魔法に反応して結界石を発動させ、火の魔法を防御した。

ただし発動させた数は二つ。一つでは防ぎ切れないと判断したらしい。


「ふーん、どうやら私が居ない間も、ちゃんと訓練していたみたいじゃないの」

「うん、二人共、頑張ってたよ」


アスバちゃんが褒める通り、さっきの魔法は見た目以上に防ぎ難かっただろう。

攻撃規模の割りに含まれている魔力が多く、ぱっと見はそこまで強い攻撃には見えない。

けれどちゃんと魔力量を見極めて、きちんと防げる結界を張った。


アレは今までの魔法の訓練が有ったからこその判断だ。でなければ結界は一つだっただろう。

あの子達はまじめだからね。毎日毎日私が何も言わなくても頑張っている。その成果だ。

ちょっと心配なのは、今日はお休みにしようって言った日もやってるっぽい事だけど。


けれどその魔法を防御した事で、弟君はパックの技量をある程度把握したようだ。

同じ様な火の魔法を複数作り出し、連続で放ち始めた。

パックは慌てずに結界を重ね、難なくすべて防ぐ・・・という訳にも行かないだろう。


結界石の数には限りがある。そしてパックが使える魔法石単体の威力は少々低い。

つまりこのまま耐える続けるだけの場合、あっという間に手持ちが無くなる。

結界石が切れた時点でパックの負けだ。とはいえ――――――。


「へぇ、メイラも前より上手くなってるじゃない。ちょっと制御が怪しいけど」

「前より上手くは、なってるん、だけどね・・・」


パックが結界で防いでいる間に、メイラが魔法石を重ねで発動させた。

若干制御が怪しいけれど、あれぐらいなら問題は無いだろう。

弟君はその魔法を見て目を更に細め、少し警戒する様子を見せている。


発動してメイラの手から離れた魔法石は、地面にボトリと落ちた。

弟君は一瞬不思議そうな顔をして、けれど即座に結界を張る。

次の瞬間彼の周囲から土の槍が生え、当然彼に向って穂先が迫る。


槍は全方位から生えている。躱すには上空に逃げるしかないだろう。

けれど弟君は少し驚いた表情をしつつも、その場から一切動かなかった。

それも当然だろう。彼の結界はその魔法を防げる以上の魔力を込められているのだから。


多分メイラは風の魔法を見て、打ち放つタイプの魔法を避けたんだろうな。

放っても風で返させるかもしれない。それなら地面から直接と。

けど威力が足りない。メイラは精一杯頑張ったんだろうけど、あれじゃ結界を通せない。


「まー、純粋な魔法戦闘じゃこうなるわよねぇ」

「そうだね。やっぱり、勝てそうにないね」


解っていた事だけど、純粋な魔法戦闘じゃ絶対に勝ち目がない。

あの子達が勝つ事を諦めてないなら、何かやりそうな気がするんだけど・・・。


「あら、パックが突っ込んだわね」


結界を最低限張りつつ、パックが弟君へと走って近付いて行く。

接近戦をするつもりだろうか。その場合でもあの結界の対処法を考えないといけない。

それに接近戦をするつもりなら、何故靴を使わないんだろう。普通に走っている理由は一体。

メイラを見ると、あの子はあの子で結界を張って防いでいる。一体何をする――――。


「あっ・・・」


パックは懐に手を入れ、けれど魔法石を取り出さない。

ただあの子の懐から大きな魔量が走るのを感じる。

あの子、自分の制御以上の魔法石を使う気だ。

だから靴の制御が出来なくて、自力で走ってたのか。


「・・・当てられる自信が無いから近距離で、って事かしらね」

「多分、そうだと思う」


確かにパックが弟君に一撃通すには、それしか手が無いと思う。

完全に油断を無くした彼の結界は、生半可じゃ攻撃は通らない。

となれば通せるだけの威力の魔法を放つ必要が有る。


ただしそこで問題は、素直に弟君が結界で受けてくれたら、という点が有るだろう。

さっきの土の槍こそ結界で受け止めたけれど、アレはそれで受け止められると思ったからだ。

高威力の魔法をもし放たれて、結界で受けるのが危ないと判断した場合はどうするか。


当たり前だけれど、魔法を放って相殺させるに決まってる。


「でも多分、近付くまで結界が持たないわよ、あれ」

「・・・多分、それも織り込み済み」


アスバちゃんの言う通り、パックは攻撃の為に集中していて結界を張りなおせない。

自分の制御を超えている魔法を使おうとしているんだ。出来る訳がない。

けれどあの子はそれを解っていてやっている。


そして今まさに結界が壊れ、無防備なままパックは突き進む。

弟君はそれに少し困惑した表情をしつつも、手を止めずに魔法を放った。


「へぇ、成程、ね」

「頑丈だから、アレ」


パックは歯を食いしばり、足に力を入れて突き進みながら魔法を受け止める。

ただし竜の皮で作った外套で受けて、魔法の衝撃だけを受け止める形で。

あの火の魔法は確かに威力は高い。けどそれは含まれている魔力の話だ。


火の強さは高くとも、衝撃そのものは大した事は無いはず。

少なくとも竜の皮を撃ち抜ける程の威力じゃない。

あとはパックがそのつもりで踏ん張れば、前に出るのは不可能じゃないだろう。


「あはは、驚いてる驚いてる」


アスバちゃんが楽しげに笑う通り、弟君は驚く表情を見せた。

その表情は一瞬だったけれど、その一瞬があれば十分だ。

元々二人の距離はそこまで遠くはない。なら今の一瞬で射程距離に入った。


パックは合成され巨大化した魔法石を手放し、即座に結界石を全力で発動させた。

次の瞬間巨大な火柱が立ち上り、弟君を逃げ場なく包んで襲う。

それ所か、使い手のパックも呑み込んでしまったけど・・・。


「・・・良かった。怪我は無さそう」


それと、あっちも準備は終わったみたいだね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


油断したつもりは無い。最大限に警戒はしていたつもりだ。

相手の力量を読み、殺さない様にと手加減もしていた。

そしてその判断が間違っていたとは思っていない。


たとえ今火柱に呑み込まれていようと、やはり彼我の実力差は明白だ。

俺ならこの程度の魔法は制御できる。だが彼は自分の魔法に呑み込まれていた。

おそらくこれが全力。ならもう、正面からの勝負は、俺の敵じゃないと断言できる。


「二本目は、俺の勝ちかな」


火柱を結界で防ぎきり、風の魔法の威力仰げて霧散させ、土の魔法で彼を拘束。

自分の魔法から身を守る為の結界も打ち抜いたので、もはや彼には手が無いだろう。

ただしまた毒か何かを使われかねないので、少し距離を取った。


「そうですね。まいりました。完敗です」

「良かった。ここから起死回生の技でも在るなら、どうしようかと思った」

「ふふっ、嘘つきですね。勝ちを確信していたでしょう?」

「まあ、この状況なら流石に。お互い大怪我はしないさせない、って約束だし」


その決まりがあるからこそ、俺は魔法の威力を下げて様子見をしたんだ。

勿論それで押し切れると判断して、威力を上げなかった訳だけど。


とはいえ彼の結界は見事だったと思う。さっきの魔法もだ。

制御が出来てなかったとはいえ、あれだけの魔法を使える者は少ない。

おそらくタネはあの石なのだろうが、だとしても見事という他無いだろう。


何よりも結界が無くなった後でも突っ込んで来る度胸だ。

あの外套が有るからなのだろうが、それでもいい度胸をしている。

威力を抑えていたとはいえ、直撃して無事で済む威力ではなかったというのに。


その点を考えると、あの外套も『彼の力』と考えるべきなのだろう。

いや『錬金術師の力』なのかな。あの防御能力は脅威だ。


魔法を当てた時の手応えがおかしく、当たった後に魔力が消される感覚があった。

彼が特攻を仕掛けて来たのは、あの外套で防げる確信も有ったからだろう。

とはいえ拘束の魔法は霧散しない辺り、魔力を霧散させる条件が有るのかもしれないが。


「三本勝負という話だったけれど、どうする、三本目はやるかい?」


色々と確かめつつ拘束を解き、立ち上がる彼に問う。

さっきの一手は決死の攻撃だったはずだ。

おそらく彼の放てる、最大の一撃を防いだはず。

まだ手が有るのであれば、あんな特攻をする――――――


「っ!?」


ゾクリと、言い知れない悪寒が走った。ここに在ってはいけない物が在る感覚。

その感覚に従い顔を動かすと、その先には彼女が居た。俺を静かに見据える少女が。

もう一人の弟子、彼の姉弟子らしい、メイラと名乗った少女。


「当然でしょう、ここからが本番です。姉弟子様は僕より遥かに強いですよ。お気をつけて」

「―――――っ」


その言葉がハッタリではないと、背中を伝う汗と寒さが証明していた。

小手調べをされていたのは、二本目も変わらず俺の方だったか・・・!

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