第402話、弟子の敗北を察する錬金術師
弟君が仕掛けようとした瞬間、パックが事前に撒いていた麻痺毒が効き始めた。
そして動けない事を自覚してからでは、もう対処するには遅すぎる。
あの状態では戦闘続行は不可能だろう。一本目はパックの勝ちだ。
今は弟君をパックが抱き上げて、メイラが解毒薬をゆっくり飲ませている。
解毒の効果が出るには少し時間がかかるから、立てるようになるまで暫く待つ事になるかな。
精霊達はその間暇なのか、楽し気に彼らの周囲をくるくると回って踊っている。
「懐かしいわね、あの薬。私に使った奴でしょ、あれ」
「ん、そうだね。あの時のだね」
パックが使った薬は魔力の操作も阻害する麻痺毒。魔法使いには絶大な効果だ。
ただ以前私がアスバちゃんに使ったときは、力技で除去されたけど。
けれど弟君には出来なかったらしく、そのまま倒れ伏す結果になった。
「風上に陣取ってるのに気が付かないと危ないわよね、アンタ達は。当たり前に毒を撒いて来るんだから、ホント油断ならないわ。まあ、動けないだけの麻痺毒なだけ優しいんでしょうけど」
「手合わせだから、危なくないのを選んだんだと思う。毒によっては少量で致死に至るし」
「・・・さらっと怖い事言うわよね、あんた」
パックは最初から風上に陣取っていた。挨拶の時点からだ。
という事は、最初から毒を撒くつもりだったんだろう。
そしてあの毒は効き出すのに少し時間が要る。
だから手合わせをすると彼が答えてから、即座に毒を撒き始めた。
ただそこで少し風向きが変わり始めたから、アスバちゃんと私は避難した訳だ。
パックは私達の移動を待つ間も、地味に移動して風上を陣取り毒を撒き続けていた。
結果としては完勝。だけど結構ギリギリだった気もする。
弟君の魔法は強力だ。間違い無くパックでは敵わない。
だから初手で大魔法が放たれていれば、結果は真逆だった可能性がある。
とはいえその場合、お互いに行動不能、という結果になるとは思うけど。
あれ、でもその場合は、残ったメイラの勝ちになるのかな?
「メイラのが姉弟子って事になってるけど、錬金術師らしさじゃパックの方が上じゃない?」
「そう、かな。でもパックは、素材の目利きが出来ないからなぁ・・・」
「あー、そっか。アンタ達はそういう技能も要るんだっけか。ホント、大変な職業ね」
大変、なのかな。私は特に困った事が無いから、そう思った事は無い。
やれと言われた事は殆ど出来たし、出来なかった事も数度やれば大体できた。
まあどれだけやれと言われても、人付き合いだけは円滑に出来なかったけど。
「でもま、これであの子も学習したでしょ。実戦ってものをね。格下だと侮ってるとどうなるか身に染みたと思うわよ。たとえ単純な魔力で勝っていても、油断出来ない相手が居るって」
「その為に、手合わせをさせたの?」
「そうよ。言ったでしょ。相手を見定める鍛錬だって。絶対に強い私や、人間の規格で測れない精霊殺しや、どう計ったら良いのか解んないアンタ。そんな格上に『勝てない』なんて当たり前なのよ。問題は『格下』への警戒と恐怖。それが持てない奴は何時かあっさり死ぬわ」
そっか、だからアスバちゃんは手合わせを勧めたのか。
あの子の『敵』に対する油断を潰す為に。
相手がどんなに格下で在ろうと、何かが違えば死ぬ未来は当たり前にある事を。
とはいえ私が彼より格上かというと、かなり疑問は残るけど。
でも今はそれよりもっと気になる発言が有った。
「アスバちゃんが油断できないと思う格下の人って、居るんだね」
「・・・身近に居るから怖いんじゃないの」
「そう、なんだ」
「そうよ。ふんっ」
あ、あれ、何だか機嫌が悪くなってしまった。
聞いちゃいけない事だったのかな。
一体誰の事なんだろう。私の知ってる人なんだろうか。
あ、でも魔法では格下だろうけど、リュナドさんと精霊殺しは油断できないよね。
特にリュナドさんは今や強化で人間離れしてるし、その上で神様にもなれるみたいだし。
そういう意味ではメイラも一緒なのかな。あの子の黒い力も相当強いし。
「お、立ち上がったわね」
「・・・まだ少しふらついてるけど、続けるつもりかな」
「みたいよ。ほら、離れてくもの」
弟君はふらふらした足取りで、メイラ達から少し離れ始めた。
そして魔法を唐突に使い、風を周囲に起こし始める。
完全に散布毒を警戒している魔法だ。けど麻痺毒の抜けてない彼にはかなりの負担のはず。
「そう、それが正解。攻撃の為だけに使うのが魔法じゃないわ。何よりも一度毒で攻撃して来た相手に、もう一度万全の状態になるのを待つ、なんて油断が過ぎる。良い判断よ」
「解毒の魔法も、使ってるみたいだね」
「そりゃそうでしょ。あの解毒薬が本当に『全部解毒してくれる』保障なんて無いんだから」
「そうだね。多分、それで正解」
パックは確かに解毒薬を使った。そして毒の除去には少し時間がかかる。
けれど私が見ていた限りでは、解毒の除去にかかる時間が少し遅い。
彼が立ち上がった頃には、既に抜けていないとおかしいはずだ。
けれど彼はふらついていて、明らかに体を動かすのが辛そうだった。
多分あれはもう暫く麻痺毒が半端に残るだろう。
解毒薬の量を少し減らして飲ませると、ああいう半端な状態になる。
メイラが薬を飲ませているのを、パックが途中で止めていたからわざとだろう。
なんというかパックの戦法は、お母さんを見ている気分になって来る。
いや勿論教えたのは私だけどさ。こういう効果になるよって飲ませたのも私だけど。
「さて、お次はどうするつもりかしらね。メイラの様子から察するに、まだ本気でやる気は無いのかしら?」
「そう、みたい、だね」
二人共魔法石を手に取っていて、メイラはどうも素のままやるつもりの様だ。
でも多分、それだと絶対勝てない。事前に罠でも張っていれば別だけど、そんな物ないし。
大丈夫かなぁ。二人とも大怪我しないと良いけど・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「パック君、もう毒を使うのは無理そうですよ」
「ええ。使えばおそらくこちらに流されますね。当然の対処と言えばその通りですが」
初手で使った麻痺毒から、散布毒の類を完全に警戒している。
念の為先に解毒薬を飲んでいるから、多少返って来ても問題は無い。
けど一切彼に届かないのでは、リスクを負う意味が無いだろう。
しかも彼は足取りと焦点が段々はっきりし始めている。
アレは確実に毒を抜いている。魔法で解毒をしていると思うべきだ。
先生は『魔法での解毒はそれなりに技術が無いと出来ない』と言っていた。
つまり目の前にいる相手は、僕達の魔法では到底かなわないと言われている様な物だ。
何せ僕達にそんな事は出来ない。そもそも魔法自体真面に使えない。
先生が用意してくれた魔法石。これが無いと碌な魔法戦闘なんて出来ないのだから。
「真面に戦って、勝ち目は有りますか?」
「無いでしょうね。流石にあの警戒具合で本気で来られると、手が有りません」
麻痺毒が通用したのは彼が僕達を甘く見ていたからだ。
勝つ為にどんな手段でも講じる人間、という存在を理解していなかったからだ。
錬金術師の弟子。その危険性を理解した彼に油断はもう無い。
爆薬も幾つか持っては来ている。けれど彼の魔法には通用しないだろう。
おそらく爆弾を投げつけても、爆発までに押し返されかねない。
そうなったら自分で投げた爆弾にやられる、なんて笑い話にもならない結果になる。
「あー、あれは不味いですね。もう完全に毒が抜けていそうだ」
「こっちを警戒した目で見つめながら体調を確かめてますね。確認し終わったら来る、って事ですよね、あれって。どうします?」
『『『キャー?』』』
メイラ様が僕に訊ねると、精霊達が『出番ー?』と楽し気に訊ねて来た。
元々手合わせは、毒が効いたなら二度やる予定だった。
だから本当は、メイラ様が戦闘準備を済ませているはずなのだけど・・・・。
「ごめん、もうちょっと待ってくれるかな」
精霊に謝りながら結界石を右手に、魔法石を左手に握り込む。
正直あの風の魔法を見ていると、この結界が通用するのか不安で堪らない。
けど折角アスバ殿が三本勝負にしたんだ。ならまだやりたい事が有る。
「勝てないのは解ってるけど、それでも最後まで足掻いてみたいんだ」
『『『『『キャー!』』』』』
精霊は僕の言葉に反対せず、むしろ『ガンバレー!』と応援してくれた。
そしてそんな僕達を見て、メイラ様がクスっと笑みを漏らす。
「解りました。パック君、援護しますね」
「我が儘を言ってすみません、メイラ様」
「パック君はちゃんとセレスさんの弟子らしい強さを見せました。そして今からもそれを見せようとしているだけです。我が儘じゃありませんよ。それにこれは手合わせなんですし、アスバさんも言ってたじゃないですか。お互い見定める鍛錬だって。だから一緒に頑張りましょう」
「ふふっ、ありがとうございます。では、一緒に行きましょうか」
おそらく魔法戦になれば『どこまで保つか』という感じにしかならないだろうな。
けどその魔法戦で、メイラ様がやり易い様に次へ繋げられるかもしれない。
その為にも次は私達が、彼の実力を肌で感じる番だ・・・!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます