第401話、弟子の手合わせを見守る錬金術師

「手合わせ、ですか?」

「ええ。ただ僕とメイラ様の二人一緒で、という図々しいお願いになりますが」

「・・・アスバさん、どうしたら良いですか?」


弟君が困惑した様子でアスバちゃんに聞いたので、開きかけた口を閉じる。

後で思えばこれは失敗だったけど、だからと言って何か言えたかは怪しい。

慌てて口を開きかけていたけど、何を言うかは全然考えてなかったし。


「面白じゃない」


ニヤリと笑って、アスバちゃんはそう答えた。当然私には困惑しかない。

一体何を言い出すんだろう彼女は。何一つ面白い部分が解らない。

弟子が大怪我しかねない手合わせなんて、私には笑える要素一切無いよ?


「やってあげなさいよ。ああでも、お互い大怪我しない様にちゃーんと見定めなさい。それも鍛錬の一つよ。誰相手にも何時でも全力で攻撃なんて馬鹿のやる事だし」

「見定める鍛錬・・・解りました。では、手合わせお受けします」

「そうしなさい。あ、そうだ。どうせだし三本勝負にでもしましょうか。相手を大怪我させない前提なんだから、負けた方も素直に負けを認める事。良いわね?」

「「「はい」」」

『『『『『キャー♪』』』』』


そして黙っている間に手合わせが決定されてしまった。

ただ彼女が手加減をする様に、と言ったので最悪の状況は避けられたと思う。

勿論避けられたのは最悪だけで、私はまだ彼らの手合わせは心配でたまらない。


アスバちゃんと弟子達の手合わせなら、一切の心配何て無い。

彼女なら大怪我をさせない様に、ちゃんと力を見極めて戦える。

けど私はあの弟君を信用できない。さっきの『挑発』があるせいで良い印象が無い。

大魔法を突然人に向ける子だ。本当に加減なんてするのか怪しいと思っている。


「・・・メイラ、パック」


けれどメイラがやりたいと言い出して、パックも反論していない。

そして頼まれた弟君が引き受けてしまい、アスバちゃんが釘も刺した。

となると二人がどうしてもやりたいなら、私は止めちゃ駄目なんだと思う。


それでもやっぱり心配で、思わず二人に声をかけた。

ただ何と言えば良いのか少し悩み、すると私が何か言う前に二人が口を開く。


「私、弟子として、頑張ってきますから・・・!」

「僕も先生の弟子として、みっともない真似だけはしない様に心がけます」


二人はもう完全にやる気らしい。こうなったら止められないだろう。

いや、さっき私が思った通り、止めちゃいけなんだと思う。

二人の意志でやりたいと言っているんだ。私が止めるのはきっと我が儘だ。


それにパックの態度を見れば、完全に戦闘態勢に入っている事が解る。

弟君が受けると言った瞬間、もう準備に入っていた。

心配し過ぎるのもやっぱり駄目なんだろう。物凄く止めたいけど。


「・・・大怪我、しない様に、気を付けてね」

「「はい!」」


危ないから止めないか。その言葉をぐっと呑み込んで二人に告げる。

喉の奥が苦しい感覚を覚えたせいか、声が変に掠れてしまう。

けれど二人にはちゃんと聞こえていたらしく、元気よく返事してくれた。


「んじゃ私達はちょっと下がってるから。近くに居たら気になるでしょ? セレス、荷車もちょっと動かすから早くきなさい。精霊達は・・・ああ、いいんだっけか」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達は二人を手伝うらしい。二人と弟君の手合わせなのに良いのかな。

そう思いつつも慌てて荷車に乗り、アスバちゃんが言葉通り三人から離れて行く。


「ん-・・・この辺りがいざという時割って入れる限界かしらね。ま、こんだけ離れたらいいでしょ。セレスもこれぐらいの距離で良いわよね?」


良かった。彼女はいざという時の事を考えてくれていたみたい。

ただ彼女にとっては届く距離なのだろうけど、私には少々遠い。

むしろ割って入る前提なら、近くで見てる方が良いんだけど。


「・・・割って入る前提なら、もっと近くじゃないと、嫌かな」

「我が儘言わないでよ。それじゃ邪魔になるでしょうが」

「・・・解った」


我が儘だったのか。うう、心配なだけなんだけどなぁ。

でもそう言われたら仕方ない。きっと弟子達にも嫌がられるし。

物凄く納得は行かないけど、大人しく近付かずに見守っていよう。

とはいえ―――――――。











「それに私が巻き添え食いたくないのよ。そうなると距離取るか結界を変えるしかないじゃないの。もしあそこで何時もと違う結界なんか使ったら、グインズが気が付くから不公平でしょ。むしろ公平をきした事に感謝して欲しいわ」

「・・・そう、だね。風向きも少し変わり始めてたし・・・ごめん、ありがとう」

「ふふん、解れば良いのよ、解れば!」


一本目は、もう終わったみたい、だけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アスバさんは大怪我をお互いしない様に、見定める鍛錬と言った。

この二人の実力を見定めろ、という事なのだろう。

あの『錬金術師』の『弟子』の実力を見せて貰えと。


ただ見た所、二人の印象はまだ最初と変わらない。

自然に漏れ出る魔力は小さく、俺の魔法に耐えられるのか少々不安だ。

戦う段に入っても師の様な迫力は無いし、負ける気が全くしない。

けれどアスバさんが手合わせを許可した以上、ある程度の実力はあるのだろう。


いや、この考えこそが間違いなのだろうか。


さっき俺はあの錬金術師の実力を見抜けなかった。

そもそもアスバさんやテオさんの実力も見抜けていない。

ならこの二人も、俺より強い可能性が高い。


「では、よろしくお願いします、グインズさん・・・!」

「どうぞお手柔らかにお願いしますね」

『『『『『キャー♪』』』』』


ふんすと可愛らし気に気合を入れるメイラと、正反対に静かなパック。

表面上を見ればパックの方が強い、と見るべきなのだろうか。

そういえば二人との手合わせという話なのに、精霊も一緒なのか。


とはいえあの精霊、そんなに強そうには見えない。

全力で魔法をぶつければ吹き飛びそうだな。

こっちは間違い無いだろう。魔力量がしっかりと確認できる。


そもそも一緒に旅もしたから、実力の程は解っているつもりだ。

精霊は基本脅威にならない。けれど連れている以上意図があると思っておこう。


「こちらこそ、よろしく」


取り敢えず見た限りの戦力は確認したけど、まだ解らない事の方が多い。

先ずは小手調べに、軽い魔法でも放って様子を見よう。

お互いに大怪我させない様にという話だし、向こうも少しずつ上げて行くはずだ。


「では、行きま―――――――」


始める声をかけて少し重心を傾けると、突然カクンと膝が落ちた。

慌てて踏み止まろうと思うも、その為の足が前に出ない。

足が、上手く動かない。何故か足に力が入らない・・・!?


「いづっ!?」


倒れるのは避けられないと思い、結界で体を守ろうと思った。

けれど実際には魔法が発動せず、そのまま地面に倒れてしまう。

腕がかろうじて動いたから、完全に無防備に倒れる事は避けられたけど。


「な、にが・・・!?」


慌てて立ち上がろうと思うも、腕も足と同じで力が入らない。

倒れる際の盾には出来ても、体を起こす事が出来ない。

むしろドンドン力が入らなくなっていく。体が上手く動かせない。

それどころか魔法が使えない。魔力が纏まらない。なんだ、なんだ、これは・・・!


「グインズさん。これをどうぞ。解毒剤です」

「げ・・・どく・・・!?」


パックが倒れる俺の横にしゃがむと、瓶を差し出して来た。

その言葉を信じるとするなら、今俺は毒に侵されている事になる。

何時。何処で。何故毒なんかに。いや、そもそも、魔法が使えなくなる毒!?


「手合わせをすると貴方が答えた時点で、特殊な麻痺毒を撒かせて頂きました。卑怯、等という言葉を聞く気は有りませんよ。実戦ならこのまま貴方の首が落ちています」


今まで弱いと思っていた相手の言葉に、ゾクリと悪寒が走った。

煽る訳でもなく、馬鹿にするわけでもなく、淡々と事実を言っていると感じて。

錬金術師に感じたものとは別種の恐怖を、現実として死に面した恐怖が襲って来た。


ああ、本当に俺は馬鹿なのか。

言っていたじゃないか、この二人は『錬金術師の弟子』だと。

あの『化け物の様な人』の弟子が、普通の判断で見定められる訳が無いだろうに。


「一本目は僕の勝ち、で良いですよね?」

「・・・は・・・い」


ニッコリと笑う彼に、痺れた口でそう答えるしかなかった。

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