第400話、弟子の安全が不安な錬金術師

『キャー!』

「ん、ありがとう。君達が居て助かったよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


アスバちゃんを見つけた山精霊にお礼を告げると、精霊達全員が嬉しそうに声を上げる。

何時も楽しそうだけど、今日は何時も以上に楽しそうな鳴き声な気がした。

まあ私の言葉程度で喜んでくれるなら、これぐらいの労いは幾らでもするけど。


実際山精霊達は迷う事無くアスバちゃんを見つけ、探し回る必要も無かった訳だし。

とはいえ訓練をしていたみたいだし、物凄い魔力を途中から感じてたけど。

どうもだだっ広い場所で訓練していたらしく、周りに人の気配は殆ど無い。


「じゃあ、降ろしてくれるかな」

『キャー!』


荷車の操縦を任せている精霊に頼み、ゆっくりとアスバちゃんに近づけて貰う。

ただその際少し離れた所に、男の子が倒れているのが目に入った。

あれは・・・フルヴァドさんが言っていた弟君、だろうか。


「あら、アンタ達も一緒なのね・・・ああ、そっか。そういう事」


地上に降りるとアスバちゃんも近付いて来て、荷車の中を見てそんな言葉を漏らす。

多分後ろの二人が彼女を心配してやって来た、という事に気が付いたんだろう。

ニヤッとした笑顔で嬉しそうだ。これは二人を連れて来て正解だったかな。

私にしては良い判断をしたと思う。帰ったらライナに褒めて貰おう。


「取り敢えず、アレが例の弟君よ」

「・・・ん」


アスバちゃんが親指で差し、その誘導のまま視線を向ける。

やっぱり倒れていた男の子が弟君だったのか。

ただ弟君に目を向けると、彼から鋭い目が帰って来て少し怯む。


何であんな目で見て来るんだろう。私何か気に食わない事したかな。

いや、初対面なはずだし、機嫌を損ねる理由なんて無いはずだけど・・・。


そう思っていると弟君は立ち上がり、私に近付いて来た。

ただその際に目の鋭さが更に増して、どう見ても不機嫌な様にしか見えない。

彼が近付くのが怖くて思わず身構えると――――――何故か弟君は魔法を構築し始めた。


「―――――」


アレは不味い。あの魔法の威力はかなり不味い。人が簡単に吹き飛ぶ威力だ。

しかもあの魔法は明らかに『私を狙っている』様にしか見えない。

何で、どうして。疑問はいっぱい浮かぶ。けど彼の表情の険しさから何か事情がある気はする。


けどそんな冷静な思考とは別に、体は怖さで勝手に動いていた。

彼の怒りからの恐怖と、余りに危ない魔法。その両方の怖さに全力で構えてしまった。

だってその一撃が放たれたら、何よりも弟子達の身が危ない。特にパックが。


それは、絶対に、許さない。


「こーら。落ち着きな。アンタ程度がセレスを挑発したって、叩き潰されるだけよ」

「―――――は、はい、すみ、ません」


けどアスバちゃんが声をかけると、弟君は魔法を即座に解いて謝罪を口にする。

おかげで私もハッとなって、無意識につかんでいた魔法石を仕舞う。


びっくりした。本気でびっくりした。あんな危ない魔法を人に向けないで欲しい。

私はアスバちゃんと違って、そんなに魔法に長けてる訳じゃないんだから。


それにしても挑発って、何でそんな事して来たんだろう。

本気で怖いから止めて欲しい。ただでさえ彼の目が鋭くて怖いのに。

あれ、そういえば未だ目が怖い。やっぱり私、何か怒らせてたのかな。


となると、魔法を向けて来たのも怒りから、なのかもしれない。

けど流石にさっきのは危なかったし、出来れば止めて欲しいなぁ。

私は怖いと反射的に動いてしまうし、下手をすればさっき弟君を殺していた。


「・・・私は、怖がりだから、そういう事されると、困る、な」

「――――――すみ、ませんでした。以後気を付けます」


彼の事情を知らないままだから、少しびくびくしながらお願いを口にする。

すると彼は慌てたように私に頭を下げて、申し訳なさそうな表情になった。


・・・あれ、怒ってた、訳じゃ、ないのかな?


うーん、解らない。さっきはあんなに険しそうな顔だったのに。

弟君の態度の変化の意味が解らず悩んでいると、弟子達が動きを見せた。

アスバちゃんに挨拶・・・ではなく弟君の方へと向かって行く。


「お初にお目にかかります。先生の二番弟子のパックと申します」

「わ、私は一番弟子の、メイラです・・・!」


二人は弟君に対し自己紹介をして、何故かアスバちゃんはそれを笑ってみている。

何故か知らないけど凄く楽しそうだ・・・と思ったけど一つ思いついた。


二人は私の弟子と名乗り、その相手はアスバちゃんに鍛えられている弟君。

でも二人はある意味アスバちゃんの弟子でもある。

つまり同じく魔法を教えて貰ってる弟子仲間として、彼に挨拶を先にしたのかも。


「初めまして。カルアの・・・いえ、未熟ながら魔法使いを名乗る為に、アスバさんに鍛えなおしていただいています、グインズです。宜しくお願いします」


弟君は二人の挨拶に対し、丁寧に返して腰を折った。

ただその目がまた鋭くなって、少し不安を覚える。

流石にアスバちゃんに注意されたし、同じ事はやらないと思うけど・・・不安だ。


「・・・グインズさん、私達と、一手お手合わせ願えませんか?」


そう思っていると、メイラはとんでもない事を言い出した。

え、ちょ、ちょっと待って、な、何言ってるの!?

メイラはまだ黒塊で防げるけど、パックは跡形もなく吹き飛ぶよ!?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今の、本当にあの子の挑発だと思いますか?」

「・・・私にはセレスさんに怯えて反射的に、という風に見えました」


パック君の小声の質問に、私も小声で返す。

彼の行動は良く知っているものだった。

アレはセレスさんの傍で生活していると何度か見かけるものだ。


セレスさんの「威圧」に恐怖した行動。


あの威圧を受けた生き物は、大きく分けて二種類の行動をとる。

単純に恐怖で竦むか、戦闘態勢を取るか。

彼は多分後者だった、という事なんだろう。


「同感です。その後の先生は流石としか言いようがありませんが」

「後ろにいる私達が怖かったですからね・・・」


セレスさんが少し威圧を放ったのは、正直慣れっこだからもう余り気にならない。

それに後ろで目も見えないから、正面に居る時程の威圧感は無い。

けどその後の、彼が反射的に魔法を構築した後の殺気は、後ろにいる私達が怖かった程だ。


だからだろう。彼は魔法を構築して、そのまま動けなかった。

反射的な防御も、攻撃も、恐怖で体が動いてくれない。

そしてその事に本人が全く気が付いていない。そんな感じだったと思う。


多分セレスさんの行動はわざとじゃないだろうか。

あの子に、弟さんに、セレスさんを・・・噂の錬金術師の実力をその目で見せる為に。

だって隣に居るアスバさんが物凄く愉快そうだし。これ絶対二人共わざとだよね。


怯えたのではなく『挑発』と言ったのも、おそらくお互いの為なんだと思う。

あくまで挑んだのはあの子で、怯えて攻撃しようとした訳じゃない。

そしてセレスさんは『挑発』なら、その力を示して見せても何の不自然さも無い。


格下の挑発に付き合ってあげた。そういう形にした訳だ。

建前を守った上で、誰が格上なのかを戦闘もせずに解らせてしまった。

勿論それは、あの弟さんが『常識外に強い』から成り立った事だけど。


彼は多分最初の威圧感の時点で、セレスさんの実力を肌で感じられたんだ。

セレスさんの威圧は、強い人ほど良く解る物みたいだから。

勿論本気の殺意は誰もが解るから、強い弱い関係無く震えて来るんだけど。


「・・・後は、私の仕事も、ちゃんとやらなきゃ」

「大丈夫ですか?」

「・・・大丈夫です。私は、セレスさんの弟子ですから」


正直に言えば怖い。魔法の勉強をし始めたおかげで、あの子が凄い魔法使いだと解った。

さっきの魔法は私達には絶対に真似できない。明らかに格の違う魔法使いだ。

そう意識すると少し怖くて、思わず手が震えるのが解る。


私は黒塊が在る。精霊さんが居る。けどそれでも、無敵じゃない。

戦闘訓練をする様になって、尚の事自分が戦闘に向いてないと解ってしまっている。

だから怖い。怒りで戦った時と違い、冷静な今は凄く怖い。


「僕が付いていますよ。対した力にはなれませんけどね」

「・・・っ、ふふっ、ありがとうございます」


けれど彼の手が暖かくて、自分の体に力が入るのが解る。

怖がってなんていられない。私はセレスさんの弟子なんだから。

私は私に課せられた仕事をしなきゃ、胸を張って弟子を名乗れないんだ。


そう覚悟を決めて、パック君と二人で彼の前に立つ。

軽く自己紹介をすると、彼も自分の名を名乗った。

その際イーリエさんと同じ様に、家の名を口にするのを途中で止めて。


「・・・やっぱり、そっか」


ただ私はその間、ただひたすらに彼を観察していた。

正確には彼の魂に繋がる『呪い』を。

上空から彼を見て、その間ずっと探っていた。


「・・・やっぱり、とは、何の事だろうか」

「いえ、すみません。こちらの話です」


遠目で観察していると解り難かったけど、近くに寄ったおかげか良く見える。

この呪いはお姉さんを解くよりも、彼の方を解いた方が安全だ。

彼に繋がる呪いの糸は、お姉さんと違って繋がりが薄い。

あれだけどす黒い呪いが渦巻いていたお姉さんとは大違いだ。


お姉さんの呪いは、彼女の『魂』をがんじがらめにする様になっている。

この間見た時に呪いが強くなっていたから、黒塊が居なくてもそれが解った。

あの呪いを解く場合、下手を打つと捕らえている魂に傷がつくかもしれない。

なら大本に手を出すよりも、その先の繋がりを断ち切る方が早い。


セレスさんが私達を誘ったのは、この確認をさせる為だったんだと思う。

どちらに手を出すのがより確実で、安全かを確かめる為に私達を連れて来た。

そして何よりも、何も知らぬままの体で、確実を期すために。

誰にも気が付かれぬまま、知られぬまま、自覚しないままに事を終わらせる。


万が一この場で誰かが見ていたとしても『呪いを解いた』なんて思われない様に。

誰よりもその呪いにかかっている彼が、かかっていた事すら気が付かない様に。


「・・・グインズさん、私達と、一手お手合わせ願えませんか?」


きっと最近になって本格的な戦闘を許してくれたのは、この為だったんだと思う。

そして彼の実力は見せて貰った。それもきっとセレスさんの計算の内。

なら後は私の仕事をやろう。セレスさんの一番弟子として、望まれている仕事を・・・!

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