第399話、やっぱり心配になった錬金術師

フルヴァドさんを見送り、見えなくなった所で伸びをする。

それからどうしようかなと一瞬悩み、精霊に頼み事があった事を思い出した。


「アスバちゃんに防具を――――」


と、そこまで呟きかけて、ちょっと不味いのではと思い直す。

精霊達は良くつまみ食いをする。それは普通の食事に限らない。

倉庫に置いていある素材も、偶に齧った跡が付いているのだから。


あの防具は今の所無事だけど、搬送を任せても無事届くのだろうか。

だって偶に手紙も端っこ齧ってたりするし。紙なんて美味しくないだろうに。

今まで大きな『物』をお願いした事無いから、少し不安になって来た。


「んー、荷車で日帰りできる距離だし、自分で届けに行くのもありかな・・・」


持って行って貰った結果、竜の素材を使ってない部分を食べられたら困るし。

それに私も久しぶりにアスバちゃんに会いたい。元気だとは聞いてても気になる。

フルヴァドさんからどこに居るかは聞いているし、折角だし届けに行こう。


「もうそろそろ二人も帰って来るね・・・お昼お食べてから行こうかな」


メイラとパックもアスバちゃんを心配していたし、どうせなら一緒に行こう。

とはいえ二人に聞いてみて、二人が行きたいって言えばだけど。

最近鍛錬の方が楽しいのか、リュナドさんに会いに行く時は余り付いて来ないんだよね。


でもライナの所に行く時は来るから、ちょっと不思議ではあるけど。

食堂に行くのは食事だから、また別の話なのかな?


『キャー?』

『キャー!』

『『『『『キャー』』』』』

『キャー! キャー!』


突然庭の中央に山精霊が集まり、何だか言い合いを始め出した。

とはいえ喧嘩って感じはしないから、ほおって置いても大丈夫かな。

時々何話してるか気になるけど、言葉が解らないからどうしようもない。


『キャー』

「ん、そっか、ありがとう」


何となく精霊達の会話を眺めていると、頭の上の子が『二人が帰って来た』と教えてくれた。

同時に通路向こう精霊達の声が大きくなり始め、少し待つと弟子二人の姿が庭から見える。


「お帰り、二人共」

「ただいまです!」

「ただいま帰りました。態々出迎えをして頂き恐縮です」


元気よく答えるメイラと、何時も通りのパックの頭を撫でる。

メイラは嬉しそうに笑うけど、パックは相変らず少し恥ずかしそうだ。

でも嫌じゃないって聞いてるし、めいいっぱい撫でておく。


先ずは二人から今日の収穫と、何をして来たかの報告を聞く。

それから一旦お昼にして、その間に二人にさっきの事を訪ねた。


「セレスさんが良いなら、私は一緒に行きたいです」

「僕も、先生が許可して下さるなら共に」


すると何故か二人共、物凄く真剣な顔でそう答えた。

二人共、そんなにアスバちゃんの事が心配だったんだ。

何だか嬉しいな。弟子達が私の友達の事を案じてくれていて。


いやでも、良く考えたらアスバちゃんは、二人にとっても友人なのかな?

どちらにせよ、二人がそこまで行きたいなら早めに出発しよう。


「じゃ、行こうか」

「「はい!」」


・・・何だか返事に迫力が在るのは、私の気のせい、かな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日はこの辺りで終わりにしましょうか」

「は、はい、ありがとう、ござい、ました・・・!」


今日も今日とてアスバさんに扱かれ、終了と言われて倒れ込む。

何も無い原っぱなので、俺の情けない行為を咎める人間はいない。

いや、誰かいたとしても、あの鍛錬風景を見れば許してくれる気がするけれど。


「ん、なんだ、あれ」


転がって空を仰いでいると、何かが飛んで来るのが見えた。

明らかに飛んでいたらおかしい物。荷車が、何故か、飛んでいる。

そしてその荷車から『キャー!』と楽しげな声が聞こえた気がした。


「あら、何かあったのかしら。セレスの奴から会いに来るなんて」


アスバさんはその光景に驚く様子は無く、むしろ気になる言葉を口にした。

今回の件で全ての中心に居る人物の名前だ。名前だけは何度も聞いた。

その人がアレに乗って飛んできた、という事なのだろうか。


そもそも一体あれは何なんだ。荷車に魔法をかけて飛ばしているのか。

出来ない事は無いだろうが、あれから感じられる魔力量で出来るはずがない。

困惑しながら荷車を見ていると、ゆっくりとアスバさんの傍に降りて来た。


「あら、アンタ達も一緒なのね・・・ああ、そっか。そういう事」


アスバさんは荷車の中をのぞきながら、他にも誰かが居る様な事を口にする。

俺からは角度的に横から見る形なので、中にだれが何人いるのかは解らない。

ただアスバさんが、俺の方をチラッと見ながら笑った事が気になる。


「取り敢えず、アレが例の弟君よ」

「・・・ん」


アスバさんが俺を親指で差し、それに応える様に荷車から人が顔を出す。

フードを被った仮面の人物。ぱっと見では解り難いけど、多分女性。

あの人が『セレス』という人。フルヴァドさんが頼りになると言っていた錬金術師。


彼女が荷車から降りると、それに続く様に二人の人物が下りて来た。

確か弟子が二人いると聞いている。あの二人がそうなんだろう。

フルヴァドさんから聞いていた特徴と一致している。


ただ失礼ながら、全員そんなに強そうには見えない。感じる魔力も並程度だし。

きっと、戦闘能力以外の実力が高いのだろう。誰もが認める策士なのだろう。


なら尚の事あの人を見定めなければいけない。セレスという人間を確かめたい。

フルヴァドさんの言葉を疑う訳じゃないが、それでも自分の目で確かめる必要はある。

この人が本当に姉を救ってくれるのか、救える様な力の持ち主なのか。


そう思いながら気合を入れて近づき―――――――何度目か解らない未熟を痛感した。


彼女に近付いて視線を向けられた瞬間、殺されるかと思う威圧を感じた。

余りの威圧感に戦闘態勢を取ってしまい、すると更に威圧感が増す。

背筋が寒い。足の感覚がおかしい。吐き気がして来る。





勝てない。逆立ちしても、この人には、勝てない。





理屈じゃなく、本能的にそう感じた。絶対に戦ってはいけない相手だと。

アスバさんの様にすさまじい魔法や魔力を見せられた訳じゃないのに。

テオさんの様に巧みな接近戦で叩き伏せられた訳でもないのに。


なのに何故か勝てる気がしない。戦う前から敗北しか頭に浮かばないんだ。

どう倒されるという明確なイメージが頭に浮かぶ訳じゃない。

だから実際に闘えば、もしかしたらこの感覚は間違いなのかもしれないとは思う。


けれど、ただ、怖い。この人に挑むのが怖い。純粋に恐ろしい。


「こーら。落ち着きな。アンタ程度がセレスを挑発したって、叩き潰されるだけよ」

「―――――は、はい、すみ、ません」


アスバさんにそう言われ、無意識に魔法を構築していた事に気が付く。

体が明らかに攻撃に移ろうとしていた。あの恐怖に反応して。

けれど俺が『怯えた』という事実を言わずに諫めてくれたんだ。


慌てて魔力を霧散させると、さっきまでの威圧感が嘘のように消えた。

いや、未だ威圧感は有る。手を出しちゃいけないと思わせる危機感は感じる。

けれどさっきまでの呼吸すら難しい威圧感ではなくなっただけだ。


「・・・私は、怖がりだから、そういう事されると、困る、な」

「――――――すみ、ませんでした。以後気を付けます」


困るなどと言いながら、その声音は『二度とふざけた真似をするな』と言っていた。

おそらく次同じ事をすれば、その時こそ命は無い可能性が高い。


これが錬金術師。フルヴァドさんとアスバさんが認める『セレス』さん。

恐ろしい事が頼りになる証拠だとは思うが・・・姉さん、大丈夫かな。

この人に戦いを挑んだと聞いてるから、無事なのか逆に不安になって来た・・・。


何て思っていると、セレスさんとは違う威圧感が自分に刺さったのを感じた。


「お初にお目にかかります。先生の二番弟子のパックと申します」

「わ、私は一番弟子の、メイラです・・・!」


そう告げる二人の目は、とても鋭い。挑む様な目だ。

いや、違うか。挑まれているんじゃない。見定められているんだろう。

この小僧は敬愛する師が気に掛けるに値する人間なのかと。


「初めまして。カルアの・・・いえ、未熟ながら魔法使いを名乗る為に、アスバさんに鍛えなおしていただいています、グインズです。宜しくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る